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ドキュメント内 教化研究 No.14 (ページ 63-125)

りの仏がおられる︑その名を﹁阿弥陀﹂という︒阿弥陀仏

は今現在もそこにましまして︑法を説きつづけている︒舎

利弗よ︒その仏の世界をどうして﹁極楽﹂と呼ぶのであろ

うか

︒それは︑その世界の人々には︑その世界では人々が

心身に苦しみを党えることがまったくなく︑たださまざま

な幸福にのみ包まれているからである︒それ故﹁

極楽

﹂と

呼ぶのである︒

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空盗 は平

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包帯

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楽世界は︑仏道を歩み︑党りを聞くための理想的な環境が 整っている

またさらに舎

利弗よ

︒極楽世界には常に︑たとえようも

ないほど色鮮やかなさまざまな鳥がいる

︒白鵠

・孔 雀・

鵡・舎利・迦陵頻伽・共命などの

鳥である

︒これらの鳥は

一日に六返︑優雅な声で噌りあっている

︒その鳴き声その

ものが五根・五力・七菩提分・八聖道分等の仏の教えを奏

でている︒

極楽世界の人々はその声を耳にすると︑みなこ とごとく仏

・法・

僧を慕う気持ちが募

ってくる︒舎利弗よ︒ そなたは︑これらの鳥について﹁生前の罪の報いとして鳥 に生まれたのだ﹂などと思

つてはならない︒なぜなれば極

楽世界には地獄・餓鬼・畜生という

つの悪しき娩涯は存 在しないからである

︒舎利弗よ︒

極楽世界にはそもそもそ うした境涯の名称すら耳にすることもない

︒どうして悪し

き境涯に堕ち入っているものがいょうか

︒否︑いるはずも

ない︒

これらの鳥は︑ことごとく阿弥陀仏がその教えを鳥 たちの鳴き声に託して伝えようと望み︑阿弥陀仏がみずか ら出現させたのである

︒舎利弗よ︒

極楽世界では心地よい

風がそよぎ︑さまざまな宝石で彩られた並木や︑宝石が散 りばめられ鈴のついた紗の惟(天空に浮かぶ網目のべ

l

ル)を揺れ動かし︑妙なる調べを奏でている

︒それはまる

で︑十万種もの楽器を同時に奏でているかのようである

﹂の調べを聞く者は︑みなおのずと仏・法

・僧に帰依する

心が深まってくる

︒舎利弗よ︒

このように極楽世界は︑耳 にするものすべてが覚りを聞くための理想的な環境が整つ

ている︒

舎利弗よ︒

そなたはどう思うか

︒なぜこの仏を

﹁阿

弥陀

QO 

Fυ

とお呼びするのであろうか

︒舎利弗よ︒

この仏は無量の光 明を放たれ︑いかなる障害物をものともせず︑あらゆる位 界を明るく照らし出す

それ故この仏を

﹁阿弥陀﹂(無量

光)とお呼びするのである

︒また舎利弗よ

︒この仏の寿命

と極楽世界の衆生の寿命は永遠に尽きることなく無量であ

る︒

それ故この仏を﹁阿弥陀﹂(無量寿)とお呼びするの

である︒舎利弗よ︒

阿弥陀仏が覚りを聞き仏と成られてか ら︑今日に至るまで︑すでに十劫という途方もなく永い時 聞を経ている

︒また舎利弗よ︒

この仏には無数の弟子がお

り︑その誰もが煩悩を滅し尽くした︑阿羅漢といわれる修

行者である︒その数もまったくもって計り知ることはでき

ない

︒大勢の菩薩たちも同様にその数は計り知ることがで

きない︒舎利弗よ︒このように極楽世界は︑あらゆる衆生

にとって覚りを聞くための理想的な環境が整っている︒

また舎利弗よ︒極楽世界に往生した人々はみな︑覚りの

境地にいたるまで決して仏道から退くことがない︒その中

の多

くは

今一度生まれ変わった時には必ず仏になるまで

の功徳を積んでいる一生補処の菩薩なのである︒その数は

きわめて膨大なため︑まったくもって計り知ることができ

ない

︒唯一方法を示すならば︑永遠に尽きることなく無量

の時間をかけて数えるより他はない︒

会口

利弗

︒このよう

な浄土のありさまを聞いた衆生は︑必ずや極楽世界に往生し

たいと願うべきである︒

なぜならば︑それほどに優れた聖者

たちと︑そこでともに会い集うことができるからである︒

ただし︑舎利弗よ︒往生を願ってどれほどすばらしい修

行を積もうとも︑それらでは極楽に往生するにふさわしい

功徳としてはおよそ及ばないのである︒(それではどうす れば往生が適うのであろうか︒)

舎利弗よ︒男性であれ女性であれ善良な人々が︑もしも

阿弥陀仏についての教えを聴いて往生を願い︑﹁南無阿弥

陀仏﹂と念仏を称えつづけること︑もしくは一目︑もしく

は二日︑もしくは三日︑もしくは四日︑もしくは五日︑も

しくは六日︑もしくは七日途に一心不乱であれば

その人が臨終を迎える時︑阿弥陀仏は極楽世界の菩薩をは

じめとする型なる弟子たちとともに来迎され︑その姿を現

し眼の前にお立ちになる︒それ故命尽きる時であっ

ても

Qd 

pυ

その心は乱れることなく︑阿弥陀仏のお導きにより︑この

まま速やかにその極楽世界へと往生が叶うのである︒舎利

弗よ

︒私には︑このような阿弥陀仏の救いが余すところな

く手にとるように見えるからこそ︑念仏往生の教えを説く

のである︒

この教えを聴く者は︑﹁阿弥陀仏の浄土に往生 したい﹂と願いをたてるにちがいなく︑そして必ずや往生

するであろう︒

舎利弗よ︒今こうして︑念仏往生をはじめとする人知を

はるかに超えた阿弥陀仏の功徳を仰ぎたたえるのは︑私ぱ

かりでない︒

またさらに東方に広がる諸々の世界に阿閥鞠

仏・須弥相仏

・大須弥仏

・須弥光仏

・妙音仏等をはじめと

する︑ガンジス河の砂の数ほどの無数の仏がましまして︑

それぞれがそれぞれの償界において︑仏の証としてあらゆ る世界に真実を告げる広くて長い大きな舌を口から出し︑

その舌であまねく

千大千世界を躍うのである

︒そして次

のような畷偽りのない

真実の言

葉を述べられる

︒﹁

汝ら

諸人よ

︒こ

﹁あらゆる仏が念仏往生をはじめとする人知

をはるかに超えた阿弥陀仏の功徳を称讃し︑そして常に念 仏者に心を寄せ︑救い護ることを説く経

を信ぜよ

﹂と︒ またさらに南方に広がる諸々の世界に日月灯仏

・名聞光

仏・

大焔

一肘仏・須弥幻仏

・無 川

川 ﹄

精進仏等をはじめとする︑

ガンジス河の砂の数ほどの無数の仏がましまして︑それぞ れがそれぞれの世界において︑仏の証としてあらゆる世界 に真実を告げる広くて長い大きな舌を円から出し︑その丙 であまねく

千大千世界を覆うのである

︒そして次のよう

な峻偽りのない真実の

集を述べられる

︒﹁汝ら︑諸人よ︒

﹂ の

﹁あらゆる仏が念仏往生をはじめとする人知をはるか

に超えた阿弥陀仏の幼徳を祢讃し︑そして常に念仏者に心 を寄せ︑救い諮ることを説く経

﹂を信ぜよ﹂と︒

またさらに西方に広がる諸々の世界に無蛍寿仏

・無量相

仏・無量艦仏・大光仏・大明仏

・宝相仏

・浄光仏等をはじ

めとする︑ガンジス河の砂の数ほどの無数の仏がましまし て︑それぞれがそれぞれの世界において︑仏の証としてあ

らゆる世界に真

実を告げる広くて長い大きな舌を口から出 し︑その舌であまねく

千大千世界を調うのである

︒そ

し て次のような嘘偽りのない真実の

葉を述べられる

︒﹁汝

‑60‑

ら︑諸人よ︒この﹁

あらゆる仏が念仏往生をはじめとする 人知をはるかに超えた阿弥陀仏の功徳を称讃し︑そして常 に念仏者に心を寄せ︑教い護ることを説く経

を信ぜよ

またさらに北方に広がる諸々の出界に焔 と

一屑仏

・円

収勝

立日

仏・難泊仏・日生仏・網明仏

をはじめとする︑ガン

ジス

河の砂の数ほどの無数の仏がましまして︑それぞれがそれ ぞれの世界において︑仏の証としてあらゆる世界に真実を 告げる広くて長い大きな舌を口から出し︑その舌であまね

く三千大千世界を覆うのである︒そして次のような嘘偽り

のない真実の言葉を述べられる︒

﹁汝

ら︑

諸人

︒この﹃あ

らゆる仏が念仏往生をはじめとする人知をはるかに超えた

阿弥陀仏の功徳を紘

讃し︑そして常に念仏書に心を寄せ

救い諮ることを説く経﹂

を信

ぜよ

またさらに

F

方に広がる諸々の世界に師子仏・名問仏・

名光仏

・達摩仏・法陣仏・持法仏等をはじめとする︑ガン

ジス河の砂の数ほどの無数の仏がましまして︑それぞれが それぞれの山界において︑仏の証としてあらゆる問料に点 実を告げる広くて長い大きな舌を口から出し︑その舌であ まねく

士 一

千大千世界を綴うのである︒そして次のような嘘

偽りのない真実の言葉を述べられる︒﹁汝ら︑請人よ︒こ

の﹃

あらゆる仏が念仏往生をはじめとする人知をはるかに 超えた阿弥陀仏の功徳を紘讃し︑そして常に念仏者に心を

寄せ︑救い護ることを説く経﹂を信ぜよ﹂と︒

またさらに上方に広がる諸々の世界に先行仏

・宿

E

仏・

香上仏・末円光仏・大焔肩仏・雑色宝華厳身仏・裟羅樹・

t

仏 ・

宝華徳仏・見一

切 義 仏

・如須弥

山仏

等をはじめとする︑ガ

ンジス河の砂の数ほどの無数の仏がましまして︑それぞれ がそれぞれの世界において︑仏の証としてあらゆる出界に 真実を告げる広くて長い大きな舌を口から

出し

︑そ の

舌で

あまねく二

‑千大千世界を担うのである

︒そして次のような

雌偽りのない真実の言葉を述べられる

︒ ﹁

汝ら︑清人よ︒こ

の﹁

あらゆる仏が念仏往生をはじめとする人知をはるかに 超えた阿弥陀仏の功徳を称讃し︑そして常に念仏者に心を

寄せ︑救い護ることを説く経﹂を信ぜよ﹂と︒

合利弗よ︒そなたはどう思うか︒なぜこの経が﹁あらゆ

61  る仏が念仏住生をはじめとする人知をはるかに組えた阿弥 陀仏の功徳を林讃し︑そして常に念仏者に心を寄せ︑救い

諮ることを説く経﹄と名づけられているのかを︒合

利弗

ょ︒

男性であれ女性であれ善良な人々が︑もしこれら諸仏 が林賛している阿弥陀仏の名とこの経典の名を聞くもの は︑みなともどもにあらゆる仏から心を寄せられ︑救い護 られながら︑党りに至る仏道の歩みを退転させることな く︑住生の後にはこの上ない完全なる党りの成

地を究める

のである︒それ般に舎利弗よ︒そなたたちは一人残らず

ドキュメント内 教化研究 No.14 (ページ 63-125)

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