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    (P。Sparke)

第2部  指揮者:木村寛仁     Flash light

    (」.Van der Roost)

    ARussianFant縦sy

    (Trad.!arr.G.Langford)

    Deep Inside The Sacred Temple     (Bizet!Euphonium Duo)

    Pastrale     (G.Richards)

    Toccata Festiva

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    (J.Van der Roost)6)

 当日の演奏会プログラムによるとそのときの出場メンバーの所属団 体は以下のとおりである。

・阪急百貨店BRASS BAND(大阪で活動。現BrassBand H.B.B.)

・BRASS BAND☆SAKAI(大阪で活動。現BRASS BAND☆STORM)

・京都チアフルブラスバンド(京都で活動。現存せず。筆者の知る限り  では、グリストブラスバンドに活動が継続されていると思われる。)

・FLAME BRASS BA麗D(滋賀で活動)

・Spirits of Brass KOBE(神戸で活動)

・茨木市吹奏楽団(吹奏楽団内の金管奏者で活動。現在、ブラスバンド  活動は行われていない)

・BREEZE BRASS BAND(大阪で活動。プロ団体)

 この中で、Spirits of Brass KOBEは当時、アンサンブルを中心 に活動していたとプログラムには書かれている。当時はブラスバンド団 体として活動できるほど、メンバーがいなかったということであろう。

現在も年1回、神戸市吹奏楽祭において臨時に結成されるという団体で ある。また、阪急百貨店BRASS BANDは目本のブラスバンドの中で、

唯一、職場に作られたバンドであった。現在はBrass Band H.B.B.

と名称を変更し、一般の愛好家に広く門戸を開くような形で、百貨店の 社員ではないメンバーも所属している。

 この演奏会のプログラムから2つの合同バンドのメンバーを見ると、

第1部の合同バンドはBRASSBAND☆SAKAIのメンバーが中心であり、

第2部の合同バンドは阪急百貨店BRASS BANDが中心となっている。

6)『第2回関西地区ブラスバンド合同演奏会』1999年5月30日、音 楽の友ホール、当日のプログラム(巻末資料参照)

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これは主宰者がBRASS BAND☆SAKAIの設立者であることや、開かれ た場所も影響があるのであろう。これら2つのバンドの実力が他のバン

ドより高かったからということが、「中心的存在たらしめた」のではない かと推察される。

 先述の演奏会は第2回関西地区ブラスバンド合同演奏会であったが、

その前年の1998年には合同演奏会の第1回として、rBRASS BANDサ ロンコンサート」が行われていた。現在、関西のアマチュアバンドの中 で、実力も高く中心的な存在とも言える大阪ハーモニーブラスが結成さ れたきっかけは、この1998年に開かれた演奏会で、同団体の代表者で ある広沢章夫氏と、当時、ブリーズ・ブラス・バンドのプリンシパル・

ソロ・コルネットを担当していた岡本篤彦氏との出会いである。広沢氏 はそれ以来、いくつかのブラスバンドに参加したそうである。先に紹介 したr第2回関西地区ブラスバンド合同演奏会」のプログラムのメンバ ー表を見ると、広沢氏が阪急百貨店BRASS BANDの一員としてこの合 同演奏会に参加していることが分かる。

 広沢氏はそのような活動の中で、r関西でも本格的なブラスバンドを 作りたい」という思いを抱きつづけていたそうである。その思いが結実

し、2000年6月に、先述の岡本氏を音楽監督兼指揮者として迎え、大 阪ハーモニーブラスが設立されたのである7)。以後、このバンドは、大 阪を代表するアマチュア・ブラスバンド団体となるのである。

 2000年代に入ると、兵庫県では3つのブラスバンド団体が結成され る。2001年に神戸市を活動拠点とするFairy Brass Ba難d KOBEが 結成され、2004年には神戸市を拠点とする神戸コーリーバンド、姫路

7)『大阪ハーモニーブラスデビューコンサート』演奏会プログラム(巻 末資料参照)を参考に記述

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市を拠点とする姫路ファイアーワークブラスが相次いで結成された。こ れらの団体には、先述のバンドに所属する人々が掛け持ちして所属して いる。このことからも、Brass Band H.B.B.(旧阪急百貨店ブラスバ ンド)や大阪ハーモニーブラスが、関西のブラスバンド活動の中心を担 っているといえるであろう。

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  2.北陸地方における変遷

 北陸地方におけるブラスバンド活動をしていた団体として、最も古い のは、福井県の丸岡町立丸岡中学校であると思われる。同中学校の活動 は以下の通りである。

 「生徒数は多く、いわゆるマンモス校である。(中略)吹奏楽部ももち ろん活動が盛んで、コンクールは毎年北陸大会まで駒を進めている」1)

とあるように、部員数が少ないためにやむを得ずブラスバンドに改編し たわけではない。その理由を当時の顧問である巻田雄一氏は次のように 語っている。

 「簡単に言ってしまえば『金管が好きだから』で終わってしまうけれ ど、それでは世間一般の方々が納得してくれません。建前としていうな らば『吹奏楽』という音楽表現の一形態の中で、私たちは常に考え、前 向きに努力しているわけです。しかし、『吹奏楽=50人編成のウインド・

バンド』ではないし、それに縛られる必要もないのです。」2)

 もともと金管楽器が好きであったところに、ブリーズ・ブラス・バン ドのCDを聴き、ブラスバンドの音楽に引き込まれたことが、吹奏楽部 をブラスバンドに改編した理由であるらしい。教員主導で編成を変えた わけであるが、ウィンドバンドでは使用しない(あるいはなくてもいい)

楽器の購入など、資金面では苦労もあったことであろう。コルネットを 少なくとも9本は揃えなくてはならないし、Eレソプラノコルネット、

Ebテナーホーンはウィンドバンドでは使用しない楽器であり、Bbフ リューゲルホーン、Bbバリトンホーン、Ebベースはなくても活動に 支障のない楽器である。しかしこれらの楽器が揃っていないことにはブ ラスバンドは編成できない。おそらく学校を巻き込んでのことであった 1)岡本篤彦「VIVA!われらバンドピープル〈番外編〉」『バンドピープ ル』八重洲出版、1995年3月号、p.32

2)前掲書1、p.33

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と思われる。

 「肝心の生徒たちの反応は?というと、そんなわがまま?な先生を暖 かい目で見守りながら、新たなスタートをきったブラス・バンドを成功 へと導こうと黙々と基本練習に励んでいた」3)と記事にはあるが、生徒 たちの声が直接書かれている訳ではないので、本当のところは何とも判 断がつかない。とはいえ、改編当初は大きな戸惑いがあったのではない だろうから特に木管楽器を担当していた生徒たちは、発音源が全く異な る金管楽器を手にして、初めから練習をしなければならなかったことや、

愛着のある楽器を手放さなければならなかったことを考えると、相当な 葛藤があったのではないだろうか。また、トランペットやトロンボーン、

ユーフォニアム、チューバを担当していた生徒たちは、戸惑いは少なか ったであろうが、ホルンに関しては、木管楽器の生徒に近いくらいの戸 惑いがあったであろう。ブラスバンドの使用楽器では、テナーホーンが 音域的には近い楽器であるが、マウスピースの形状、大きさは全く異な るし、楽器そのものの形状も異なる。他の金管楽器の生徒たちが、似た 楽器に持ち替える程度の変化から比べれば、戸惑いは大きかったであろ う。もちろん、トロンボーン以下の中低音楽器、低音楽器は、それまで へ音記号の楽譜を読んでいたのが、いきなりト音記号の楽譜を読まなけ ればならず、その点においては慣れるまで大変であったであろう。

 この丸岡中学校吹奏楽部は、現在はウィンドバンド編成に戻っている。

福井県の吹奏楽活動を調べてみると、2000(平成12)年まではブラス バンド編成であったようである。顧問である巻田氏の転勤と共にウィン ドバンド編成に戻ったようである。もともとコンクールで北陸大会まで 駒を進めるような吹奏楽部であったことから考えて、ブラスバンド編成 ではコンクールに出場できないことが、大きな理由ではないだろうか。

3)前掲書1、p.33

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もちろん、小編成部門であれば、ブラスバンドもコンクールには出場で きるが、全国大会まで続く大編成部門の場合、ブラスバンドでは課題曲 の演奏ができない。課題曲は指定された楽器で指定された楽譜を演奏す るものであり、そうなれば、木管楽器のパートは演奏できないのがその 理由である。また、ブラスバンドは一般的に認知されているとは言い難

く、指導しにくいということも理由の1つと考えられるかもしれない。

少なくとも2000(平成12)年には、福井県内にブラスバンド団体はな く、北陸地方全体でも、石川・富山両県でようやく一般ブラスバンド団 体が発足し始めたところである。

 現在の中学・高校の吹奏楽部の活動として、コンクール出場は根幹を なすものであるといえる。その現状から、中学・高校の課外活動として、

ブラスバンド活動を行なうことは困難と言わざるを得ないであろう。上 記の丸岡中学校がウィンドバンドに戻ってしまったことからも如実であ る。現在、ウィンドバンドとして活動している学校で、顧問の教員の思 いだけでそのバンドをブラスバンドに改編してしまうのはやはり乱暴な

ことだと考えられる。

 この丸岡中学校吹奏楽部がブラスバンド編成で活動をしている1998

年5月14日、ブリーズ・ブラスバンドが「Breee in MIKUNI華麗

なるブラスの響き」と題した演奏会を福井県三国町のみくに文化未来館 で行なっている。r小雨というあいにくの天気ながら開場前から長い列が でき、開場と同時に席はすべて埋まり」4)とあるように、演奏会は盛況 だったようである。この演奏会によって、ブラスバンドの演奏に初めて 触れた人もいたことだろう。この2年後に北陸地方で初めて社会人によ

るブラスバンドが富山市で結成される。もちろん富山と福井はかなり離

4)山田美由紀「ブリーズ・ブラス・バンドinMIKUNI華麗なるブラ スの響き」『バンドピープル』八重洲出版、1995年9月号、p.80

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