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T.7- ende

4) Rheinlegendchen ラインの小伝説 Rheinlegendchen

Bald gras' ich am Neckar,

Bald gras' ich am Rhein;

Bald hab' ich ein Schätzel,

Bald bin ich allein!

Was hilft mir das Grasen,

Wenn d'Sichel nicht schneid't;

Was hilft mir ein Schätzel,

Wenn's bei mir nicht bleibt!

So soll ich denn grasen Am Neckar,am Rhein;

So werf' ich mein goldenes Ringlein hinein!

Es fließet im Neckar Und fließet im Rhein,

Soll schwimmen hinunter In's Meer tief hinein!

Und schwimmt es,das Ringlein,

So frißt es ein Fisch!

Das Fischlein soll kommen Auf's König's sein Tisch!

ラインの小伝説

時にはネッカー川で、

時にはライン川のほとりで草刈りをして、

時には恋人がいて、

時にはひとりぼっち!

鎌が切れなかったら、

草刈りがなんの役に立つの 私のそばにいてくれなきゃ、

恋人がなんの役に立つのかしら!

ネッカー川でライン川で

草刈りしなきゃならないのなら、

私の金の指輪を

この中に投げ込んでやるわ!

指輪はネッカー川を流れ、

ライン川を流れ、

下流へ流れていき、

海の底へ深く深く!

そう流れていたら、その指輪を、

魚が飲み込んでしまうの!

その魚は

王様の食卓に並ぶのよ!

150 Der König tät fragen,⋮

Wem's Ringlein sollt' sein?

Da tät mein Schatz sagen: ⋮

“Das Ringlein g'hört mein!”

Mein Schätzlein tät springen Berg auf und Berg ein,⋮

Tät mir wied'rum bringen Das Goldringlein fein!

Kannst grasen am Neckar,

Kannst grasen am Rhein! ⋮ Wirf du mir nur immer Dein Ringlein hinein!

王様はお尋ねになる、

誰の指輪じゃ?

そこで恋人はこう言うの、

「わたくしのものでございます!」って!

私の恋人は飛び跳ね、

山を上り、山を下り、

私のところへ

その指輪を持ってきてくれるでしょう!

君がネッカー川で、

ライン川で草刈りするのなら!

君のその指輪を

いつでも投げ込んでおくれ!

〈Rheinlegendchen〉はマーラーの他の《角笛》歌曲と比べて、上記の詩を見てもわかるよう に、基本的な詩節を崩さずに音楽も付けられており、素朴な曲である。それ故、音楽の構 成が単純明解過ぎるため、この曲を《子どもの魔法の角笛》歌曲集の中の一曲と捉えた時 に、曲自体が「違和感」に感じるのは筆者だけだろうか。

前章までの分析でも述べてきたが、この曲のKlfは紙芝居や、絵本を子どもに読み聞かせ るような聴き手との距離感の近い設定として捉えることが出来る。演奏する上でも、とて も効果的なイメージのため、この論文における〈Rheinlegendchen〉の演奏法の一提案として、

紙芝居、または絵本の読み聞かせというイメージを取り入れていきたい。

まず演奏者が確実に手に入れなければならない音楽的要素として、シンプルに3/8拍子の リズムに乗るという点が挙げられる。敢えてこの点について考慮すべきであるという事を 述べるのは、この〈Rheinlegendchen〉以外の《角笛》歌曲を分析していくと、いたって普通 な音楽を他の曲と同様に、どこかに「違和感」が隠れているのではないかと詮索してしま う可能性に起因してのためである。この曲には元の民謡〈Rheinischer Bundesring〉の音形が 多用されているという事は前章の第 2 節において述べた。とにかくこの円を描くようなリ ズムを絶え間なく流し続けることで、この曲の要素の大部分を占める、素朴でおとぎ話の ような空気感を聴き手に提示することが出来る。

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永遠に続くようなこの 3 拍子系のリズムは、特に日本人は不得意とされると耳にするこ とがあるが、筆者も 3 拍子系のリズムを体の中に絶え間なく流し続けることは得意ではな い。一つの練習方法として、一度この 3 拍子のリズムに合わせ、歩きながら歌の練習をし たことがある。とても初歩的な練習法でもあるが、見た目以上に効果的で、体の中にこの リズムを覚えさせることが出来る。何故これが有効的な練習法かというと、歩くという行 動は、体の機能として踏み出した足の踵が上がり、つま先に重心を移動させる前の時点で、

既にもう片方の足は踏み出す動作を始め宙に浮いている。これを 3 拍子の音楽に置き換え て考えると、ある小節の 1 拍目を歌っている時点で、次の小節の1 拍目は既に体の中で動 き出し、着地点を確実に見据えている状態である。おそらく歌い手が意識する以上に物凄 い速さで、3拍子の1拍目の動き出しは早いのである。それを体感するために、歩きながら 3拍子系の音楽を歌うことはとても有効的であった。

この〈Rheinlegendchen〉がマーラーの歌曲の中で「異質感」のある普通な音楽となると、

聴き手の耳を引き付けるために、言葉の抑揚で大胆に音楽を創る箇所があってもよい。例 えば王様が指輪を見つけ、誰のもかと尋ねる場面である。王様と指輪の持ち主である恋人 の言葉を歌い分けし、言葉だけで演技をすることがこの場面では最も相応しい効果的な演 奏法である。紙芝居や絵本を子どもに読み聞かせする際、物語の進行や展開部分は言葉の 抑揚を用いて子どもの集中を引き付けるが、登場人物の会話の場面では人物ごとに話すテ ンポに緩急を付けたり、声色を変えたりするのを試したことはないだろうか。声色を変え るという事は、芸術歌曲を歌う上では発声のテクニックの範囲内で行うことが鉄則である ので注意したい。話すテンポの緩急は、この歌曲の上でもまさにアゴーギグの指示記号で あるため、この要素を十分に活かすことが演奏者の役割である。

物語を聴く準備のための時間として前奏が始まると考える。歌パート冒頭17小節アウフ タクトは、お決まりの「昔々あるところに~」の雰囲気を持つ役目を果たすように、歌い 手はさらりと歌い始めるのが効果的だ。聴き手のこの物語への引き付けは、15 小節アウフ タクトからの 2 小節間で急激に行っているため、尚更歌の冒頭部分は軽やかにリズムに乗 って流していくことを要求される。この冒頭で歌い過ぎてしまうと、確実に三拍子のリズ ムが歪になり、その先の音楽が先に進んで行かなくなってしまうのだ。しかし、一つ注意 したい点は、軽やかに歌い始めたからといって、優雅になり過ぎることはこの曲の雰囲気 にそぐわない。一貫して曲に流れる緊張感が、曲の中のどこかに必ず隠れているからであ る。例えば、曲冒頭から響き渡るピアノパートeの音である。冒頭から18小節目までは各 小節に eの響きを必ず用いている。この持続している音も緊張感をもたらすが、19小節で 一瞬eがeisに変化し、この一貫して続いてきた音の半音の変化で、異なる方向へのベクト ルの緊張感が走るのだ。歌い手もピアニストもこの小さな、しかし持続する緊張感を見逃 してはならない。譜例136 (Klf,T. 15-20)

152 譜例136 (Klf,T. 15-20)

歌パートにおける歌い難さを残す箇所に付いて、少し見ていくことにする。25 小節アウ フタクトの“was”の gis の箇所で、ピアノパートにこの箇所の歌パートを助けてくれる音 の要素が無い。そのためその先のフレーズの流れに一瞬の歪みが出やすく、瞬間的に歌い 難さが存在する。改善策としては、歌パートもピアノパートも25小節1拍目のaisを解放 することで2拍目のfisにストレスが移る。この解放が音楽の歪みを改善してくれる。この 跳躍で 2 拍目に完全なストレスの移行はされにくいため、結果的に音楽の流れに逆らうよ うな不自然なフレーズにはなりにくい。譜例137(Klf, T.25-27 )

譜例137(Klf, T.25-27 )

状況描写も兼ねた表現法として、71 小節アウフタクトからの海の中で指輪が流されてい く場面が挙げられる。73小節と75小節の Ofでは松葉の強弱記号の縮小した形が、この 8 分音符のホルンとヴァイオリンパートに付いていることは、第 1 章の音楽分析で述べた。

ここではこれらの 8 分音符に少し時間をかけ、必要以上に音楽に流されないよう演奏者が 考慮しなくてはならない。大袈裟では無い程度に、音の音価をほんの少し伸ばし、テンポ を緩ませることも効果的である。その音価が伸びた部分を前後の自然なアゴーギグでプラ スマイナスゼロにしながら、穏やかな緩急をつけるべきである。これは海や川の水の流れ

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の描写とも言えよう。自然界の水の流れは決して一定ではないのだ。このような自然界の 描写までもマーラーは意識して作曲していることが、71 小節からの音楽からうかがい知る ことが出来る。譜例138(Klf, T.71-77 )

譜例138(Klf, T.71-77 )

緊張感が消滅し始め、あたかも理性を失ったかのように急激な展開を迎えるのが、107小 節アウフタクトの“kannst”での無理やりとも思えるほどの転調までの4小節間である。ゆ ったりした雰囲気は一切伴わない。テンションを高めた上で、105小節からの急激な展開と 転調は、聴き手をも引き付けクライマックスを迎える。これはこの曲唯一の異化効果と言 えるだろう。この効果を活かすために、“kannst”はいつも以上に鋭さと明瞭さが必要であ る。歌い手は114小節でピアノパートの後奏に受け渡すが、この後奏では箍が外れた旋律を 元に戻そうとせずに、最後の終止音に向かって駆け抜けていく覚悟が、この曲の魅力を更 に引き出すのだ。譜例139(Klf, T. 105-107)