第五章 実験
5.3 結果と考察
5.3.3 REOS計測
プラズモン共鳴型シングルヘテロエミッターのLg1=70nm、Lg2=350nmのサンプルにおい てREOS計測を行った。測定結果を図5.13(a)、(b)に示す。図5.13(a)ではデバイスに何も バイアス (Vds=0.0V、Vg1=0.0V、Vg2=0.0V) を与えていない。一方図 5.13(b)ではデバイス に適当なバイアス(Vds=3.0V、Vg1=-1.0V、Vg2=0.0V)を与えている。測定結果より、条件(a) の場合にはレーザパルスが照射されたことによるモノパルスが観測されている。一方、条 件(b)の場合には緩和振動と見られるオシレーションが観測されている。第一パルスから第 二パルスまでの間の時間はおよそ 5psec 程度である。本来プラズモン共鳴が励起されたと きに予期される波形は緩和振動であるが、本測定結果においては不規則な応答が見られる。
これは、S/N比の悪さによるアベレージング処理時間の長さや、レーザーパルスの偏光状況 の時間変化などが理由として挙げられる。しかしながら、この測定結果においても、特定 のプラズモンモードに対応すると考えられるスペクトルが存在するものとしてフーリエ変 化を行った。その結果を図5.14(a)、(b)に示す。フーリエ変換結果より、条件(a)では有意な スペクトル群は見られない一方、条件(b)ではおよそ0.75THzを基本周波数とし、1.5THz、
2.25THz、3.0THzを高調波成分とするスペクトル群が確認できる。
図5.13(a) REOS測定結果
図5.13(b) REOS測定結果
図5.14(a) フーリエ変換結果 図5.14(b) フーリエ変換結果
図5.14(b)の周波数スペクトルについて考察する。プラズモン共鳴型エミッターはゲート電
極を入れ子状にG1ゲートとG2ゲートの2種備えており、それぞれのゲート直下にはG1
チャネル、G2チャネルが形成されている。G1、G2チャネルそれぞれに同時にプラズモン 共鳴が生じている場合を考える。このとき、G1、G2チャネルのチャネル長、すなわち共振 器長は互いに異なっている。したがって、(3.6)式より、プラズモン共鳴周波数は互いに異 なる周波数をとることが分かる。今、G1、G2チャネル中のプラズモン共鳴の基本周波数を それぞれ0.75THz、1.3THzとし、その高次高調波成分を重ね合わせた波形(図5.15(a)、(b)) を考える。これらの周波数スペクトルはそれぞれ図5.16(a)、(b)で与えられる。
図5.15(a) 基本周波数1.3THzとその高次好調波の重ね合わせ波形
図5.15(b) 基本周波数0.75THzとその高次好調波の重ね合わせ波形
図5.16(a) フーリエ変換結果 図5.16(b) フーリエ変換結果
この2つの波形を重ね合わせると時間波形、周波数応答はそれぞれ図5.17(a)、(b)となる。
図5.17(a) 2つの波形の重ね合わせ波形
図5.17(b) フーリエ変換結果
図 5.17(b)と図 5.14(b)測定結果とを比べるとピークスペクトル群が比較的よく一致してい
ることが分かる。従って、図5.14(b)におけるスペクトル群は主にゲート電極G1、G2直下 におけるプラズモン領域がそれぞれ異なる共鳴周波数でプラズモン共鳴状態となった結果、
プラズモンの基本モードとその高次モードに対応するスペクトル群が現れたと考えられる。
図5.14(b)のグラフにはこれら2つのスペクトル以外にもいくつかスペクトルのピークが確
認できる。本来、プラズモン共鳴型エミッターの各ゲート G1、G2 電極直下のプラズモン 領域での電子濃度は一定であることが望ましい。しかしながら、本素子構造ではドレイン バイアス印加の影響によりゲート電極直下の電子濃度が位置によって異なってしまう。こ の電子濃度の偏りが他の周波数スペクトルを生む要因となっていると考えられる。この他 にレーザーがゲート電極・ITO ミラー間で反射を起こしてしまう場合について考える。図
5.17(a)の波形に更にノイズを加え、反射波の影響も考慮した波形を図 5.18(a)、(b)に示す。
このとき、レーザーによる反射はゲート電極とITOミラーの間で起こるものと考え、第一 パルスの発生から1.1ピコ秒後に現れるものとした。この結果、図5.18(b)の周波数応答を 見ると、図5.17(b)のグラフに比べ、高周波側のスペクトルが抑圧されてしまっていること
が確認できる。このことから、図5.14(b)の測定結果においては、ゲート・ミラー間の反射 の影響は考慮しなくてもよいと考えられる。
図5.18(a) ノイズ+反射を考慮した波形
図5.18(b) フーリエ変換結果
続いて、プラズモン共鳴シングルヘテロエミッターからの放射電磁波周波数のバイアス 依 存性を 確認 するた めに 、プラ ズモ ン共鳴 型エ ミッタ ーの 同サンプル(Lg1=300nm、 Lg2=100nm)において異なるバイアスを加えてREOS測定を行った。図 5.19に周波数応答 を示す。図5.19の右上の周波数応答においてバイアス条件はVds=3.0V、Vg1=0.0V、Vg2=-2.5V、
一方左下の周波数応答は Vds=3.0V、Vg1=0.0V、Vg2=-1.4V となっている。まず、図図 5.19 の黒矢印を付したスペクトル群に注目すると、双方のグラフにおいておよそ0.9THzを基本 周波数とし、1.8THz、2.7THz、3.6THz にスペクトルが立っている。続いて白抜き矢印を 付したスペクトル群はVg2=-2.5Vのグラフにおいてはおよそ0.75THzを基本周波数とし、
1.5THz、2.25THz、3.0THzにスペクトルが立っている。一方、Vg2=-1.4Vのグラフにおい てはおよそ1.3THzを基本周波数とし、2.6THz、3.9THz、5.2THzにスペクトルが立って いる。双方のグラフにおいてG2バイアス以外の条件は等しい。したがってこれらのスペク トルのシフトはG2バイアスの変化によるものであると考えられる。この結果はプラズモン 共鳴の共鳴周波数が電子濃度により変調できることとよく一致している。
Lg1=300nm Lg2=100nm
Vds=3.0V Vg1=0.0V Vg2=-1.4V
Vds=3.0V Vg1=0.0V Vg2=-2.5V
Lg1=300nm Lg2=100nm
Vds=3.0V Vg1=0.0V Vg2=-1.4V
Vds=3.0V Vg1=0.0V Vg2=-2.5V
図5.19 ゲートバイアス依存性
次にプラズモン共鳴型シングルヘテロエミッターのゲート長の異なるサンプルにおいて 同バイアス条件(Vds=3.0V、Vg1=0.0V、Vg2=-2.5V)にて測定を行った。その結果を図5.20(a)、
(b)に示す。図5.20(a)はLg1=300nm、Lg2=100nm、図5.20(b)は Lg1=1800nm、Lg2=100nm である。図5.20(a)の測定結果おいてはG1、G2直下のプラズモン領域を共振器とした2つ の共鳴周波数成分(G1:白抜き矢印を付したスペクトル群、G2:黒矢印を付したスペクトル 群)が確認できる。一方、Lg1=1800nm、Lg2=100nmの測定結果においてはG2直下のプラズ モン領域を共振器とした共鳴周波数成分(白抜き矢印を付したスペクトル群)が確認できる が、G1 直下のプラズモン領域を共振器とした共鳴周波数成分は確認することはできない。
これは、G1のゲート長Lg1が1800nmと非常に長く、プラズモン共鳴が生じにくいためと 考 え ら れ る 。 本 来 で あ れ ば 2 つ の 測 定 結 果 に お い て バ イ ア ス 条 件 が 等 し い た め
G2:Lg2=100nmに対応するスペクトルは両測定結果において一致すると考えられるが、実際
にはスペクトルが等しくはなっていない。これはデバイスのサンプルごとにゲートのしき い値電圧が異なってしまっていることが考えられる。しかしながら、一方の測定結果にお いては G1、G2に対応するスペクトル群が見られ、他方では G2 のみに対応するスペクト ル群が見られることから、これらのスペクトル群はプラズモン共鳴に起因するものであり、
ゲート長によって放射テラヘルツ波の周波数変調が可能であることが確認できる。尚、同 一基板上に作成したHEMT における REOS計測ではこれらのような有意なスペクトル群
は確認することはできない。
Lg1/Lg2= 300 nm/100nm Lg1/Lg2= 1800 nm/100 nm VG1 = 0.0 V
VG2 = -2.5 V VDS = 3.0 V
Lg1/Lg2= 300 nm/100nm Lg1/Lg2= 1800 nm/100 nm VG1 = 0.0 V
VG2 = -2.5 V VDS = 3.0 V
図5.20(a) ゲート長依存性 図5.20(b)ゲート長依存性
こで、プラズモン共鳴の共鳴周波数について考える(図 5.21)。ゲーテッド領域(ゲート直 こ
下のチャネル領域)とアンゲーテッド領域(ゲート間の接続チャネル領域)で発生するプラズ モンの共鳴周波数は以下の式のように表される[20]。
図5.21 ゲーテッド領域とアンゲーテッド領域における共鳴周波数 ゲーテッド領域 :
k
m nd e
2ε ・
ω =
(5.1)アンゲーテッド領域 :
k m
n e ω ε
2
=
2 (5.2)したがって、ゲーテッド領域では電子濃度はゲー
ゲーテッド領域 :
トバイアスにより定まる一方、アンゲー テッド領域ではゲートバイアスによらず電子濃度が一定であることに注意すると、それぞ れの共鳴周波数fは以下のように表される。
m V V e
f L (
g th) 4
1 −
=
(5.3)アンゲーテッド領域 :
ε π m L
n
f e
24
= 1
(5.4)(5.3)式 、(5.4)式 に お い て 、 電 子 の 素 電 荷
、誘電率
における共鳴周波数をプロットすると図5.18の様になる。(この
] [ 10 602 .
1
、 電 子 の 有 効 質 量31
kg
×
−×
−10[ F / m ]
、アンゲーテッド領域におけ19
C
e = ×
−× 10 ]
)[
10 11 . 9 ( 054 . 0
m = ε = 1 . 16
るチャネル中の電子濃度
n = 1 . 0 × 10
11[ cm
−2]
としてゲーテッド領域、アンゲーテッド領域 とき、ゲート長Lを100nm、 300nm、1800nmの3水準とし、それぞれの閾値電圧Vthを-3.4V、-2.8V、-2.4Vに設定し た。)図5.22 共鳴周波数
式(5.4)を用いてデバイスの閾値電圧を求めてみる。(5.4)式より閾値電圧Vthは
gs e
th
f V mL
V
2
16 2
−
= (5.5)
で与えられる。図5.19より、基本共
f=0.75THz(Vg2=-2.5[V],Lg2=100nm) g2 g2
ミッターにおいてREOS計測を行った。プラ モン共鳴型ダブルヘテロエミッターは放射効率の向上を目指し、アンテナとしての役割 を
鳴周波数をそれぞれf=0.9THz(Vg1=0.0[V],Lg1=300nm)、
、f=1.3THz(V =-1.4[V],L =100nm)として(5.5)式に代入 すると閾値電圧 Vthは Vth1=-0.36(f=0.9THz)、Vth2=-2.53(f=0.75THz)、Vth2=-1.48(f=1.3THz) となる。したがって、図5.19の実験結果から得られる共鳴周波数をもとにゲートバイアス の閾値を算出すると、本来等しいはずのG2ゲートバイアスVg2の閾値が異なってしまうと いう矛盾が生じてしまう。このことから、式(5.3)式から共鳴周波数を算出する際には何ら かの補正を行う必要があると考えられる。しかしながら、現在得られているプラズモン共 鳴型シングルヘテロエミッターの測定結果のみでは定量的な評価は難しいため、今後更な る測定によって検証を進める必要がある。
続いて、プラズモン共鳴型ダブルヘテロエ ズ
担うゲート電極が半導体ヘテロ構造により形成されている。しかしながらこの構造の導
入により本デバイスではゲートバイアスによる電子濃度の制御が困難となってしまう弊害 が生じてしまっている。したがって、本デバイスでプラズモン共鳴を励起するためには、
ドレインバイアスによるプラズマ不安定性を利用し、プラズモンの自励発振を生じさせる 必要があると考えられる。プラズモン共鳴型ダブルヘテロエミッターの Lg1=70nm、
Lg2=850nm、のサンプルにおけるREOS計測結果を図5.23(a)、(b)に示す。図5.23(a)にお けるバイアス条件は Vds=0.0V、Vg1=0.0V、Vg2=0.0V、図 5.23(b)におけるバイアス条件は Vds=3.0V、Vg1=0.0V、Vg2=0.0Vである。また、図5.24(a)、(b)は図5.24(a)、(b)の測定結果 をフーリエ変換することによって得られた周波数応答となっている。これらのREOS測定 結果、周波数応答からはバイアスの差による明確な差異は確認することができない。先に 述べた弊害により本測定ではゲートバイアスをすべて0Vにしているため、G1-G2間にバ イアス差を与えることができず、プラズモン共鳴が生じにくくなっているのではないかと 考えられる。したがって、プラズモン共鳴励起のためにはより大きなドレインバイアスVds の印加によるプラズモンの自励発振を励起する必要があると考えられるが、これらの検証 は今後の課題とする。
図5.23(a) REOS測定結果
図5.23(b) REOS測定結果
図5.24(a) フーリエ変換結果 図5.24(b) フーリエ変換結果