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Point-of-Sale (POS) データにみる消費税の転嫁

ドキュメント内 消費税の転嫁に関する研究 (ページ 56-87)

3.1 はじめに

本章では Point-of-Sale (POS) データを用いることにより、消費税転嫁に関する検討を行

う。第2章ではCPIデータに基づく分析を行ったが、CPIデータには、価格が7日間以上持 続したものに関する価格指数という統計上の特徴があり、価格が7日間まで続かなかった特 売価格に関する検討が課題として残された。そこで価格の持続期間が短いものを含むPOSデ ータの使用を考える。POS データを利用した研究としては、国内では「東大日次物価指数」

が知られているが、それによると2014年4月のPOSデータに基づく物価指数は一時的な上 昇に留まったという。これは同時期の物価が増税分だけ上昇し、ほぼ完全転嫁であったとす るCPIデータが見せた動きとは異なるものである。この違いに関する検討を行う。

スーパーなどの販売店が、従来に考えられてきた以上に頻繁に小売価格を改定しているこ とが現在の日本における特徴である。EDLP(everyday low price)を標榜するスーパーがある 一方で、曜日限定や五十日(ごとうび:日付の一の位が0や5といった日にちのこと)に特 売セールを実施する販売店が多いことは、われわれの日々の生活実感から分かる。同じ販売 店であっても、消費者には定価と特売価格という2つの価格が提示されており、このような 価格タイプの多様化と改定頻度の上昇は、販売店に転嫁を操作させる余地を与えているもの と考えられる。特売価格による販売がなされた場合に売上数量が伸張するならば、消費者が 直面する価格は、CPI データではなく POS 価格を参照した方が適切であると言える。POS 価格における消費税の転嫁は、実際にはどうであったのであろうか。POSデータを詳しく分 析し、さらにCPIデータの動きと比較してみたい。

さらに本章では、上記のPOSデータを用いたモデル推定を行うことから、価格転嫁に影響 を与える要因に関する検討を行う。取引価格の実勢をより表わすと考えられるPOS価格にお いては、消費税転嫁の傾向には財別に相違が発生していると思われる。この違いが存在する ならば、それはどのような原因により生じているのであろうか。POSデータに外部データを 追加したデータセットを作成した上で、これを用いてクロスセクション推定を試みることに より、価格転嫁の違いに影響を与える要因を検討する。

本章では、以下のように議論を進める。第2節では、先行研究のサーベイを行い、POSデ ータの検討からこれまでに分かった価格の動きに関する特徴を整理する。第3 節では、本章 で使用するPOSデータの説明を行ったうえで、それを用いて2014年4月の税込み価格の上 昇率に関する品目別の差異分析を行う。第4節では、本章において推定する計量モデルを検 討する。第5節において推定結果を報告し、第6節では、本章をまとめる。

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3.2 先行研究

3.2.1 日本の実証研究

周知の通り、わが国では1990年代半ばから今日に至るまで、物価の伸び悩みというデフレ 経済が続いている。これを価格の硬直性という文脈からとらえた際には、企業の価格設定行 動が関心テーマとなることが多く、そこでは価格改定の大きさや頻度が検討対象とされる。

この分野の研究に際しては、POS データに代表されるミクロ価格データが用いられており、

ここに本研究との接点がある。以下では、ミクロ価格データを用いた物価に関する先行研究 を振り返ることにより、日本におけるミクロ価格の挙動に関して、これまで明らかにされた ことを整理し、本研究への参考点を探っていく。サーベイからはミクロ価格データを使用し た課税の転嫁と帰着に関する国内研究は、ごく僅かなものに留まることが分かった。

大日・有賀(1995)は、この分野における初期の国内研究であり、財別の消費者物価、卸 売物価を分析することにより、消費者物価の方が上方の価格ショックに反応しやすいこと、

個別商品の価格感応度は市場集中度に依存することを見出した。才田・肥後(2007)は、CPI の原データである小売物価統計調査の個票データを用いた価格の粘着性に関する研究を行っ たが、サービス製品に比べると財製品における価格の改定頻度が高いといった日本の小売物 価がほぼ欧州諸国と同じ性質を有することを明らかにしている。小売物価統計調査を用いた 研究としては、宇野・西岡・原(2015)、倉知・平本・西岡(2016)があり、宇野らは2013 年以降のわが国における物価上昇の拡がりのなかで、価格改定の頻度が上昇していることを、

倉知らは価格の改定頻度は上昇しているものの、価格自体は上下いずれにも変化するので互 いに相殺されていることを指摘している。

Abe and Tonogi (2010)は、本研究と同じ日経POSデータを用いたものであり、スーパー における定価と特売価格の頻繁な変更、特売時の売上高の急増を明らかにした。カップヌー ドル商品について18年間の販売データを対象として、価格の改定頻度、特売日における売上 の集中を調べたが、定価(1 週間ごとの最頻価格)が 20-40 日で変化すること、価格の改定 頻度が高いこと、デフレ経済のなかで価格の改定幅が拡大するという値引き現象を指摘して いる。Sudo, Ueda and Watanabe(2014)は、日経POSデータとマクロ変数の関連性を分析し ており、高い生産指数や低い失業率は、価格の上方への更新と関連性があるとした。なお、

分析に際しては数量変化率と価格変化率の相関グラフを作成しており、それが右下がり(需 要曲線)であることを見出した。これはスーパーでは供給側が価格形成を主導していること を意味する。日経POSデータを用いた研究として最も注目すべきは、「東京大学物価指数(東 大指数)」であろう。渡辺(2015)によると、特売価格を集計対象に含めないCPIは、POS データに基づく東大指数に比べると上方バイアスが生じていること、2014年4月の消費増税 の直後には、東大指数では税抜き価格が前年比0.8%上昇したものの、続く5月になると前年 比でみて下落傾向に回帰したという。

渡辺編(2016)のうち上田・須藤・渡辺(2016)も日経 POS データを使用した研究であ

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る。上田らによると、日本における価格の改定頻度はアメリカの10倍に達しており、定価の 改定頻度は欧米とほぼ同じなので、日本は特売価格の改定頻度が高いことが示唆される。ま た、価格の改定頻度や改定幅は、商品間で異なることが明らかにされた。今井・渡辺(2016) は、新商品の登場に伴う価格改定を調べている。新商品の発売後に一貫して価格が低下する のが日本の特徴であり、すると企業にとっては価格引き上げのチャンスは新商品の発売時と いうことになる。

Matsuoka(2012)は、価格粘着性の背後に存在する要因について検討した数少ない国内研究

である。POS価格を中心とするデータセットを用いることにより、市場集中度やメーカーと 販売店の間における契約制度の存在が、価格の粘着性を引き上げ、逆に流通チャネルの増加 やチャネル内の商品数の増加は、商品間の競争を活性化させるので価格の粘着性を引き下げ る方向に働くという。

2014 年 4 月の消費増税に関する先行研究を見ておく。阿部・稲倉(2015)は、企業によ る提示価格ではなく、消費者が選好した価格を検討しているが、増税前の2014年3月には、

消費者は保存可能な雑貨や化粧品をより安い価格で購入したという。増税後の 2014 年4 月 について、支出額でみた低下率が食品、飲料では比較的小さかったという。阿部らは「消費 税率改定という大きなイベント時には、個人間で購入価格の変動が同一であるという仮定は 極めて制約が強い」とし、CPIに基づく生活水準の判定には問題があることを指摘した。Abe, Enda, Inakura and Tnogi(2015)は、消費者の購入履歴から増税前後の生計費指数を算出し、

これを通常のCPIと比較しているが、買いだめにより消費者が直面する価格は2014年3月 に下落する一方、続く4月には新製品の投入により価格が上昇したという。

以上をまとめると、日本では諸外国に比して定価よりも特売価格による販売数量が多く、

特売価格の改定頻度は1990年代から上昇傾向にある。つまりミクロレベルでは価格の粘着性 が低下しており、何らかの外的ショックに応じて価格は変化しやすく、そこには商品別の相 違が存在することが示唆される。この相違には市場集中度や流通チャネルといった要因が影 響している。2014年4月の消費増税に際して、とりわけ3月の駆け込み需要において消費者 は、低価格志向を強め購入商品を一時的に変えた模様である。消費増税により価格の動きに 変化が生じたようであるが、個別商品における価格転嫁を追跡した先行研究は見当たらない。

本研究において解明すべき課題である。

3.2.2 諸外国における先行研究

・サーベイ論文

諸外国では価格研究の蓄積が厚く、すでに複数のサーベイ論文が報告されている。Klenow

and Malin(2011)は、マイクロデータを用いた価格設定分析に関するサーベイ論文である。研

究項目として、価格の改定頻度、価格変化の大きさ、動的側面(同期性、売上高、参照価格、

ハザード比、政策ショックへの反応)があるという。解明済みの事項として、価格改定の頻 度は財ごとに大きく異なること、特売の実施が改定頻度に影響を与えることなどを挙げてい る。Dhyne et al.(2006)は、EU諸国及びアメリカにおけるミクロデータ分析に関するサーベ

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