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産業連関分析にみる消費税の転嫁

ドキュメント内 消費税の転嫁に関する研究 (ページ 120-167)

5.1 はじめに

本章では、産業連関分析における価格決定モデルを用いて、消費増税に伴う価格変化を検 討する。第2章から第4 章までの分析では、CPIやPOS価格のデータを用いて消費税の帰着 について考えてきたが、これらのデータは財・サービスの流通段階のなかでは対消費者への 販売段階という下流部分の価格である。そのため複数の取引段階を経て価格が累増するなか で、取引段階の各所において課税されるという消費税の性質と価格転嫁の関係については検 討していない。

消費税は仕入れ税額控除の仕組みを用いた多段階課税を特徴とする。消費税の納税義務者 は企業(事業者)であるが、企業は自らの販売額に消費税額(預り消費税)を上乗せし、そ こから仕入れ額に上乗せされた消費税額(支払い消費税)を控除することにより、自社の納 税額を確定する。商品(財・サービス)は、消費税の最終的な負担者とされる家計(消費者)

の手に渡るまで、原材料→中間製品→完成品→販売店といったぐあいに複数回の取引を経る が、仕入れ税額控除の仕組みが機能することにより、企業は自社の付加価値分に対応した消 費税額だけを納税するので、前段階の税が価格に上乗せされて税が累増することはない。そ のため増税の前後において、販売価格はちょうど増税分だけ引き上げられることになる。一 方、家計にとっての消費税額は、最終財における税抜きの販売価格に消費税率を乗じたもの であり、これは、それまでの製造過程に参加したすべての企業の付加価値の合計に対応した 消費税額となっている 62。このようにして、家計が消費税のすべてを負担する一方で、企業 は自らの付加価値分だけを納税するという消費税の仕組みが形成される。

しかし、このような価格形成のメカニズムがうまく機能せず、消費増税の前後において税 抜き価格が変化し、それが他財に影響して価格変化が累増していく可能性がいくつか挙げら れる。これらの可能性に伴う価格体系の変化を検討するのが本章の目的である。

第 1 に、非課税品の存在である。わが国の消費税は世界的にみてもニュージーランドに次 いで課税ベースが広い制度であるが、それでも非課税品が一部に存在する。例えば、金融サ ービスは非課税である 63。銀行は、利用者に提供する金融サービス(預金の受け入れ、資金 の貸出し)に消費税を付することはできないが、一方で、銀行が購入した財には消費税が課 せられ、これは結局、銀行の負担となる。しかし、負担する消費税分だけ銀行が税抜き価格 を引き上げたらどうなるか。過剰転嫁により上昇した税抜き価格が出現し、その価格引き上

62 多段階課税の仕組みは末端段階のみで課税する売上税に比べた付加価値税の特徴であり、徴税力と簡素性に優 れている。Jha(2010)を参照。

63 金融サービスは、他国でもほとんど非課税である。金融サービスの付加価値は貸出金利と預金金利の差額(利 ざや)により成立するが、この付加価値が借入者と預金者のどちらにも提供され、その境界を定めるのが難しい という特殊事情を抱えているためである。

117 げの効果が他の商品に及ぶことになる64

第2に、「転嫁できない場合」である。転嫁ができないことを理由として、税制上8%とさ れる消費税を 7%に値引きするようなことは企業にはできない。顧客に対して交渉力に劣る 企業は、自社における税抜きの販売価格を値下げすることにより過小転嫁として、仕上がり の税込み価格を抑制する。この逆に「転嫁できる場合」も考えられる。過剰転嫁により税込 み価格が増税以上に値上りするケースである。このようにして価格が変化すると、その影響 は当該商品を中間品として利用するほかの商品に及ぶことになる。2014年4月の消費増税に 際しての消費者物価指数(Consumer Price Index, CPI)と企業物価指数(Corporate Goods Price Index, CGPI)の動きをみると、CPIでは増税前の2014年1月-0.2%(前月比、以下同 じ)から、2月0.0%、3月0.3%、4月2.1%、5月0.4%、6月-0.1%、7月0.0%と推移し ており、CGPIでは1月0.2%、2月-0.2%、3月0.0%、4月2.8%、5月0.3%、6月0.2%、

7月0.4%、8月-0.2%と推移している 65。価格指数の動きには増税以外の要因が含まれるこ

とに注意が必要であるが、増税後には企業取引の段階では価格がやや上昇する一方で、末端 の消費者向けの販売段階では価格が低迷した模様である 66。取引段階ごとの価格の動きが異 なるようであり、完全転嫁以外の課税の帰着が発生したことが示唆される。

第 3 に、輸入品の存在である。輸入品はそれが国境を通過した時点で、当該商品に対して 消費税が課せられる。一方、輸入品と同じ国内品については、税抜き価格が累増することか ら価格が形成されている。国内品の価格が非課税品の値上げや課税品の過小転嫁の影響を受 けるなかで、国内における製造段階を飛び越える輸入品はそのような影響を受けない。輸入 比率の多寡によって価格転嫁の影響が異なる可能性がある。

第 4 に、設備投資に係る仕入れ税額控除の存在である。消費税の仕組みにおいて企業は、

原材料などの中間製品の価格に上乗せされている消費税を納税時に控除することができるが、

設備投資のために購入した建物、機械についても仕入れ税額控除ができる。これは設備投資 に要した費用に対して償却年限に応じて期間配分をさせる法人税とは異なる制度であるが、

ある年次において多額の設備投資を実施した企業は、その分だけ消費税の負担が少なくなる ので、これは値引きの原資となりうる。逆に、設備投資が少額にとどまった年次においては 価格が高止まりする可能性がある。毎年、均等に設備投資をすることの方が少ないだろうか ら、設備投資の多寡に伴い価格には変化圧力がかかることになる。この影響はどれくらいな のであろうか。

第 5 に、わが国でもいよいよ導入がスタートする軽減税率である。予定される制度設計の 通りに食料品に軽減税率が適用され、仕入れ税額控除の仕組みが上首尾に機能すれば、食料 品以外の課税品では、税込み価格が1.85%(=110/108-1)だけ上昇し、食料品と非課税品の

64 これ以外の非課税品としては、貸家の家賃がある。貸家家賃は1989年の消費税の創設時には課税サービスで あったが、1991年に制度が変更されて非課税サービスに変更された。持家の所有者は、自らが享受する住宅サー ビス(帰属家賃)に対して消費税を負担することが無く、貸家と持家との間の不公平が問題視されたからである。

そのため貸家の大家は修繕費などに上乗せされる消費税を自己負担している。

65 CPICGPIともに消費税込みの価格指数である。消費税が完全に転嫁された場合には、20144月の前月比

2.9(=108-105-1)となる。なお、物価に上昇トレンドがある場合には、それだけ上昇率が高くなる点に注意が

必要である。

66 企業間取引における値崩れの防止には、消費税転嫁特別措置法(2012年)が奏功したものと思われる。

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税込み価格には変化がないことになる。しかし、競争力が増す非課税品において仕入れに伴 う消費税を販売価格に転嫁したり、あるいは競争力が低下する課税品において税抜き価格が 抑制されたならば、食料品とそれ以外の課税品の税込み価格は完全転嫁シナリオとは異なっ たものになる。同じ食品であっても、持ち帰り品には軽減税率が適用されて、外食レストラ ンでは標準税率ならば、外食には値下げ圧力が働くだろう。従来の非課税品は課税品との競 合が少なかったが、新たな軽減税率では類似した商品の間で税込み価格が異なってくるので、

価格転嫁を控える商品が出現する可能性がある。

価格の累増分析に用いられるのが、産業連関分析における価格決定モデルである。産業連 関表を縦方向に読めば、それはある商品について中間投入と付加価値が形成される構造なの で、当該財の価格形成を示すことになる。産業間の取引関係を逆算していく逆行列 67を使用 すれば、中間取引の構造をさかのぼった最終的な価格変化を分析できるので、消費増税に伴 う価格変化の全般的な影響を検討することができる。但し、後述する通り、産業連関分析に おける投入係数、付加価値係数などはすべて固定係数なので、消費増税に伴い価格がどう変 化するかを内生的に分析することには限界がある。産業連関分析が検討できるのは、課税業 者や非課税業者の価格設定行動について外生的にシナリオを設定した場合に、それがほかの 財・サービスの価格にいかなる波及効果を及ぼすかである。たとえシナリオ分析であっても 転嫁構造に有用な情報を与えることが期待できる。後述する先行研究のサーベイにおいて明 らかにされる通り、過剰転嫁や過小転嫁に関する産業連関分析は、これまでほとんど存在せ ず忘れられた研究となっている。

本章では、以下のように議論を進める。第 2 節では、先行研究のサーベイを行う。産業連 関分析における価格決定モデルを消費税の研究に適用していくための方法が理解される。第 3節では、先行研究を踏まえて、今次分析のための価格決定モデルを考察する。第4節では、

本稿において使用する産業連関表(2011年総務省表)の説明を行い必要となる追加的なデー タ補正について述べる。第 5 節では、新たに作成した産業連関表データを用いた推計作業を 行い、この推計結果を整理することにより、価格転嫁のメカニズムを考察する。第 6 節は、

まとめである。

5.2 先行研究

5.2.1 価格決定モデルの基本式

わが国における産業連関表の整備と、それを用いた実証研究は世界的にみても進んでおり、

価格決定モデルを消費税分析に応用することから、新たな実証分析と有意な政策情報を得る ことに成功している。しかし、2000年以降になると研究が途絶えてしまっている。本節では 先行研究を振り返りつつ、産業連関分析を活用することの可能性について考えてみる。

67 産業連関分析では、生産波及効果の推計に利用されるレオンティエフ逆行列 (I-A)-1がよく知られており、価 格決定モデルでもこれを使用する。価格決定モデルでは、投入係数行列Aを転置したゴッシュ逆行列 (I-A’)-1 使用することがある。ゴッシュ逆行列については、Dietzenbacher(1997)を参照。

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