第 5 章 細胞膜上 AQP5 の発現量に対する NO の作用
4) NO の細胞膜水透過性に対する作用
NO ドナーの細胞膜上 AQP5 発現量抑制作用が細胞膜水透過性に影響を与えるかど うか検討するため,stopped-flow 法により細胞膜水透過性を測定した.コンフルエ ントカルチャーを形成した MLE-12細胞を EDTA を用いて剥離し,DMEM に懸濁 した.それに各 NO ドナーを加え,GSNO および NOC18 は 2 時間,SNAP は 30 分 間 CO2インキュベーター内で処理した.その後,細胞を PBS に再懸濁し,300mM マンニトールを含む PBS と stopped-flow 法により混合し,細胞膜水透過性を測定 した.Fig.22 に示すように,各 NO ドナー処理によって MLE-12 細胞の細胞膜水透 過性はコントロールに比べ,約 20˜30%程度抑制された.
0 20 40 60 80 100 120
Relative water permeability (% of control)
Con GSNO SNAP NOC18
A B
C D
Scattered light intensity
1s GSNO Control
Scattered light intensity
1s Control
NOC18
Scattered light intensity
1s Control
SNAP
Figure 22. Effects of NO donors on membrane water permeaebility in MLE-12 cells.
5.3.考察
本章ではNOの細胞膜上AQP5発現量に対する作用について検討した.MLE-12細胞 は内因性にAQP5を発現している細胞であり,非刺激時においてはAQP5の大部分が細 胞膜上に局在していた(Fig.21).以前の報告より,肺胞上皮I型細胞およびMLE-12 細胞においてAQP5はapicalmembraneに主に発現していることが報告されているが73, 本研究においても同様の発現分布が示された.一方で,ratparotidglandinterlobular ductcellsにおいてAQP5は細胞質全体に発現していることが報告されており74,AQP5 はその発現組織において局在が異なる可能性が考えられた.細胞膜表面のビオチン化 法によってGSNO,SNAPおよびNOC18の細胞膜上AQP5発現量に対する作用を検討し たところ,各種NOドナーはAQP5発現量を濃度依存的および時間依存的に減少させた (Fig.19).また,免疫染色の結果からもNOC18処理によって細胞膜上に局在していた AQP5が細胞質全体へと分布することが確認された(Fig.21)ことから,NOがAQP5 のエンドサイトーシスを促進すると考えられた.NOによってエンドサイトーシスされ たAQP5はNOの除去によって短時間内で細胞膜上の発現量が回復したこと(Fig.19F) や,cycloheximideによるタンパク質合成を阻害した状態ではAQP5タンパク質の安 定性はNO存在下においても影響を受けなかったことから(データは示さず),エンド サイトーシスされたAQP5はlysosomeなどタンパク質分解経路には移行せず,細胞内 小胞もしくはearlyendosomeなどの細胞内コンパートメントに局在することが考えら れた.NOのAQP5エンドサイトーシス促進作用はGC/cGMPpathway非依存的であ り(Fig.20),caveolae/lipidraftを介したエンドサイトーシスであることが示唆され た(Fig20,21).さらに,NOによってMLE-12細胞の細胞膜水透過性が抑制されたが,
この抑制作用に細胞膜上AQP5発現量の減少が寄与している可能性が考えられた.
前章よりNOによってAQP5がニトロソ化をうけることが示されたが,AQP5のニト ロソ化はエンドサイトーシスには寄与していないと考えられる.第1に,GSNOによ るAQP5のニトロソ化には少なくとも1時間以上の処理時間が必要であったが,エンド サイトーシスはそれよりももっと早い時間から起こっていたことが挙げられる.第2
ることが示されたが,両システイン残基の変異体をCHO-K1に一過性に過剰発現させ てNOによるエンドサイトーシスが起こるか否か検討したところ,野生型AQP5と同様 にシステイン残基変異体もエンドサイトーシスされた(データは示さず).これらのこ とから,AQP5のニトロソ化はエンドサイトーシスには寄与していないと考えられた.
AQP5の局在変化に関する知見としてratparotidglandにおける研究がいくつか報 告されている.Ishikawaらの研究によると,ratparotidglandinterlobularductcells においてAQP5は非刺激時には主に細胞質全体に拡散しており,それがlipidraftに局 在することが示されている.さらに,M3muscarinicacetylcholinereceptoragonist であるcevimeline刺激によってAQP5は細胞質から細胞膜へと移行し,lipidraftから 解離することも明らかになっている.また,肺胞上皮I型細胞においてAQP5は恒常的 に細胞膜上に発現しており,lipidraftに局在しないことも報告されている75.これら の知見を併せて考えると,AQP5が細胞膜上に局在する時はlipidraftから解離してお り,細胞内に局在する場合にはlipidraftに移行している可能性がある.このことは本 実験においてもNOによるAQP5のエンドサイトーシスがコレステロール感受性のメカ ニズム,すなわちcaveolae/lipidraftを介したものであったこととよく相関する.
NOによるAQP5のエンドサイトーシスはGC/cGMP非依存的であった.NOによる エンドサイトーシス促進作用のメカニズムの1つとしてダイナミンのニトロソ化が知 られている.ダイナミンは一連のエンドサイトーシス過程において,細胞膜からの小 胞の出芽およびエンドソームの形成に必須であることが知られている69,70.NOはダイ ナ ミ ン を ニ ト ロ ソ 化 す る こ と で 活 性 化 し , isoproterenol 刺 激 よ る β2-adrenergic
カニズムまでは不明であるが,caveolae/lipidraftおよびダイナミンの関与を中心に 検討することが今後の課題であると考えられる.
NOは気道および肺における炎症時に活性化された肺胞マクロファージや上皮細胞に 発現するinduciblenitricoxidesynthase(iNOS)によって産生され,炎症の病態形 成に寄与していることが知られている79-81.NOは肺胞上皮細胞においてepithelial sodiumchannel(ENaC)を阻害してNa+吸収を抑制することや82-84,上皮細胞におい てcysticfibrosistransmembraneconductanceregulator(CFTR)の発現を抑制す ることでCl-の分泌を抑制することが報告されている85,86.加えて,本章および前章の 結果から,NOは肺胞上皮細胞においてAQP5の水透過性を抑制し,さらにエンドサイ トーシスを促進することで細胞膜上AQP5発現量を減少させることが明らかになった.
すなわち,NOは水分代謝の駆動力であるイオンチャネルの機能を低下させるとともに,
水の通り道となるAQP5の機能も低下させることで気道および肺胞の水分代謝異常を 引き起こしていると考えられる.このことから,NOおよび活性窒素種を除去する物質 や,抗酸化活性を持つ物質が肺炎症時に引き起こされる肺水腫の治療薬として有効で あると考えられる.実際に去痰薬には抗酸化活性を持つものがあり,それらが気道に おける水分の分泌を正常化することで気道クリアランスを改善している可能性も考え られ,興味深い.
第 6 章 総括
水チャネル AQP は全身の組織に広く発現しており,各アイソフォームは組織特異 的な発現パターンを示している.AQP 遺伝子変異による疾患および AQP 欠損マウス の表現系解析の研究によって AQP が浮腫に代表されるような水分代謝異常を伴う疾 患に深く関与していることが明らかになってきた.このような背景から AQP が新た な抗浮腫薬の創薬ターゲットとして注目を集めており,AQP 機能調節薬の開発が望 まれている.しかしながら,AQP 機能調節薬の開発には幾つかの問題点が残されて いる.第 1 に,現在までに医薬品として応用可能な AQP 機能調節物質が見出されて いないこと,第 2 に,AQP の水透過性調節機構が未だ十分に解明されていないこと が挙げられる.そこで本研究ではこの2つの問題に焦点を絞り,AQP 機能調節薬の 開発を究極的な目標として研究を行った.
まず第 2 章では新たな AQP 機能調節物質を見出すことを目的として五苓散を出発 物質として探索を行った.その結果,五苓散および五苓散を構成する生薬の1つであ る蒼朮が細胞膜の水透過性を抑制することが明らかとなった.蒼朮は細胞のイオン輸 送には影響を与えず,AQP5 を含むリポソームの水透過性を抑制したことから,蒼朮 が AQP5 を直接阻害することが示唆された.さらに,蒼朮を分画し,各分画の細胞 膜水透過性抑制作用を比較したところ,80%エタノール沈殿分画が最も強い作用を示 した.また,本分画の細胞膜水透過性抑制作用は金属キレーターである EDTA 存在 下では見られなくなったことから,蒼朮に含まれる二価の金属イオンが細胞膜水透過 性抑制作用を持つ可能性が示唆された.
AQP5 を選択的に阻害した.特に Mn2+,Zn2+および Ni2+は今まで阻害物質が見出さ れていなかった AQP4 に対する初めての阻害物質であり,これらの阻害作用には AQP4 の細胞外領域に含まれる Glu63,Asp69,His151および Glu228が関与しているこ とも明らかにした.
第 4 および 5 章では内因性 AQP5 機能調節機構の解明を目的として,NO による AQP5 機能調節作用について検討した.その結果,種々の NO ドナーはアフリカツメ ガエル卵母細胞発現系において AQP5 の水透過性を抑制した.さらに NO によって AQP5 の Cys6および Cys145がニトロソ化されることも見出した.また,MLE-12 細 胞において NO ドナーが細胞膜上の AQP5 発現量を減少させることおよび細胞膜水 透過性を抑制することが明らかになった.この NO による細胞膜上 AQP5 の発現抑 制作用は ODQ 存在下では影響を受けず,methyl-beta-cyclodextrin 存在下におい てはその作用が消失することから,cGMP 非依存的であり,caveolae/lipidraft を介 したエンドサイトーシスであることが示唆された.また,免疫染色の結果からも NO によって AQP5 が細胞膜から細胞質へと局在変化することが示された.
以上,本研究では五苓散による AQP 阻害作用をきっかけとし,AQP 類の金属イオ ンおよび NO による抑制作用およびそれらの機序を解明した.従来 AQP を介した細 胞膜の水透過性の調節は AQP 遺伝子およびタンパク質の発現に主眼が置かれ,膜上 の AQP の機能を増減する機序についてはほとんど知られていなかった.本研究の成 績は炎症時の AQP 類の機能の変化を理解する上で,また,AQP 機能調節薬の開発を 考える上で重要な基礎データとなる.
第 7 章 実験の部
1.細胞培養法(各章共通)
培養に用いた器具類はすべてオートクレーブによる滅菌処理を施し,溶液の調製に は注射用蒸留水(大塚)あるいは超純水再生装置(Milli-QLabo,Millipore)によっ て調整した超純水を用いた.また,すべての操作はクリーンベンチ内で無菌的に行っ た.CHO-K1 細胞または MLE-12 細胞の培養には 10%または 5%牛胎仔血清(FBS) および抗生物質(penicillin100unit/ml,streptomycin100µg/ml)を添加した DMEM を用いて 5%CO2,37℃下に静置培養した.
2.ラット末梢赤血球の単離・調製(第 3 章)
実験動物としてまず Wistar 系雄性ラット(SPF,体重 180-200g:第 6-7 週齢,
九動(株))を用いた.まず,Pentbarbitalsodium(25mg/kg,i.p)麻酔下に後大 動脈よりヘパリン加採血した.採血後,シリンジを軽く転倒混和し,試験管に移し,
遠心(650 g,15min)した.上清と赤血球層の上部約 1/5 をピッペトで吸引除去 し,残り下部 4/5 の赤血球層に ACD 液(40mMcitricacid,80mMsodiumcitrate,
122mMglucose)を 3 倍量加え,静かにピペッティングした.再び遠心(650 g,
15min)し,上清と赤血球層の上部約 1/5 を除去した.下部 4/5 の赤血球層を PBS(-) で洗浄後,再度遠心し上清を除去し,赤血球浮遊液を得た.実験には約 1%ヘマトク リットになるように希釈,調整し,用いた.
3.ストップトフロー法を応用した細胞膜水透過性の測定(各章共通)