• 検索結果がありません。

⑴ 研究開発領域の簡潔な説明

 健康で便利に暮らせ安心・安全なスマート社会の実現に向けて、この中で重要な Internet of Things(IoT)の主要な構成要素となるMEMSセンサを代表とするセンシン グデバイスの技術開発を目的とする。MEMSセンサや化学センサなどセンシングデバイ スの高感度化、高信頼化、低消費電力化、小型軽量化、低コスト化、MEMSプロセス技 術の高度化、プリンテッドエレクトロニクス技術などの研究開発課題がある。

⑵ 研究開発領域の詳細な説明と国内外の研究開発動向

 高速な無線通信機能に加え高度な演算機能・タッチパネルなどを備えたスマートフォン が普及したことで、容易にモバイルセンサシステムを組むことができるようになってきた 結果、加速度、温度、気圧などの様々な物理センサがカメラやGPSと共にスマートフォ ンに組み込まれ、人々の役に立つデータを容易に活用できる環境が整ってきた。また、様々 なセンサを社会インフラや部品・装置・工場などに設置し、それらの情報から効率的な保 守管理やバリューチェーンの構築に利用する動きが活発化している。このように近年では 様々なセンサからの情報を活用するIoTが急速に注目を集めており、今後のスマート社

会(Society 5.0)においてはIoTが果たす役割は極めて大きい。これは製造業革新を目

的としたGEのIndustrial InternetやドイツのIndustry 4.0、米国のセンサ業界(MSIG

:MEMS & Sensors Industry Group)によるTrillion Sensorsの活動とも共通する。IoT の社会的意義は、超高齢化社会における予防医療促進と医療費削減、老築化が進む社会イ ンフラの効率的維持、エネルギー消費の効率化とCO2排出削減、交通の効率化による渋滞・

交通事故・大気汚染などの諸問題解決、農業や漁業のハイテク化による食糧問題の解決、

地震・台風・噴火等の災害への対策とそれによる減災など極めて広範に渡る。

 IoTを構成する主要な技術要素は、センサ、ネットワーク(Fog、Cloud)、およびビッ グデータ解析システム・人工知能(AI)であり、かつてはセンサネットワークとも呼ば れていたように、センサが重要な役割を果たす。現在、年間100億個以上のセンサが出 荷されており、それらの多くがスマートフォン等を介してインターネットに接続されてい る。Trillion Sensorsはこのセンサの数を2025年頃までに100倍(1兆個)にしようと するものである。これを推進しているMSIGは関連する企業の経営者や技術トップ、お よび業界のキーパーソンのネットワークを形成し、ビジネス機会を提供しており、我が国 のMEMS業界ボランティアが主催するMEMS Engineer Forum(MEF)とも連携して いる。

 現在、センサのほとんどがMEMS技術によるものである。最新のスマートフォンを例 にとると、マイクロフォン、加速度センサ、ジャイロスコープ、圧力センサ(気圧セン サ)など合わせて10個以上のMEMSセンサが用いられている。これに加えて、2~3 個のイメージセンサ、磁気センサ(電子コンパス)、タッチパネル、温度センサ、GPSな どのセンサも搭載されている。今後、セキュリティの問題がより重要になると考えられ、

MEMS指紋センサの導入や、高性能マイクロフォンによる声紋認識、画像解析による認 証なども利用される。

 近年、これらのセンサの技術革新が進み、低コスト化が進んでいる。たとえば、加速度 センサの大きさは、最近5年でダイの面積は1/10になっており、ウェハレベルパッケー

ジングやTSV(Through Silicon Via)といった技術の高度化によるところが大きい。低 コスト化による爆発的な応用の広がりはパラダイムシフトをもたらし、その代表例がス マートフォンであり、次がIoTと考えられる。今後も技術革新による低コスト化が最も 重要な研究課題の1つである。

 センサを必須とする応用分野はIoTの他にも、自動運転、ロボット、健康・医療、音 声認識による自動翻訳などがある。自動運転には高性能ジャイロスコープ、高精度GPS、 LIDAR(Laser Imaging Detection and Ranging)、赤外線イメージャー、運転者の状態 を把握するセンサ(視線センサ、アルコールセンサ、心拍センサなど)が必要である。ま た、ロボットにおいても工場で人間と協調して作業を行ったり、介護、生活支援など生活 の場で利用されたりすることから、人間とのスムーズな連携や安全性の確保のために、よ り多くの触覚センサ、超音波センサ、加速度センサなどが必要になる。自動運転やロボッ ト用センサでは、現時点では高性能化や高機能化が大きな研究課題であるが、同時に低コ スト化も大きな課題である。高性能ジャイロスコープなど従来の高価なセンサがMEMS 技術によるものに置き換えられ、破壊的な低コスト化がもたらされることが期待される。

米国DARPAが注力しているMEMSの研究開発対象は、継続して高性能ジャイロスコー

プと高精度時計(原子時計など)である(Microscale Rate Integrating Gyroscope [MRIG]

program)。

 健康・医療分野では、上述の物理的なセンサだけでなく、化学的に検出する化学センサ が必要である。医療分野で使われる化学センサの多くは一般的な物理センサと比べ複雑で あり、また使用や保管に当たり専門的な知識を必要とする場合が多いため、高価な分析機 器には使えても個人ユースに使えるような化学センサは極めて限られている。物理センサ と同程度に使い易くなる可能性を持つ化学センサには、イオン感応性電界効果トランジス タ(Ion-Sensitive Field Effect Transistor: ISFET)がある。これはMOSFETにおけるゲー ト電極部分で溶液中のイオンの電荷を検出するものでであり、Twente大学のBergveld により1970年に発明され、1971年に東北大学の松尾,江刺らにより参照電極設置など の改良が行われ、定量的なイオンセンサとして実用化された。ISFETはMOSFETと類 似の構造を持つため、多数の物質を同時に測定するマルチセンサに適していると考えられ たが、複数のイオンに対して高い選択性を保つ界面の開発が困難であり、LSI技術による マルチイオンセンサの実用化は見送られている。ISFETはゲート絶縁膜上に酵素、抗体、

核酸などの分子認識素子を固定化することで特定の生体物質を検出するバイオセンサにな る。抗体は高いターゲット分子選択性を持つが、所望の抗体が必ず得られるとは限らず低 温での保管が必要等の欠点を持つ。一方、人工核酸アプタマはSELEX法と呼ばれる進化 工学的手法により高い確率でターゲットと特異的に結合するものを合成でき、室温保管が 可能である。さらに、負の電荷を持つためターゲット分子が電荷を持たなくても捕捉した 時のアプタマの変形が電気信号になるため、アプタマとISFETの組み合わせは将来のマ ルチバイオセンサに適していると期待される。

 IoT社会では、大量のセンサがインターネットに繋がり、大量のデータがインターネッ ト上でやり取りされる。このとき、通信容量、特に無線通信容量の不足が大きな課題である。

無線通信に適した周波数は数百MHzから6 GHzの領域であり、新たに無線通信に割り 当てられる帯域はあまり残されていない。次世代通信規格5Gでは、3.5 GHz帯と5 GHz 帯の一部、さらに高い28 GHz帯が新たに使えるようになる予定であるが、周波数が従来

俯瞰区分と研究開発領域ICT・エレクトロニクス応用

の900 MHz~2 GHz帯より高いため、周波数選択フィルターの高い技術が要求される。

現在、周波数選択フィルター(デュプレクサーも含む)には、SAW(Surface Acoustic Wave)フィルターとBAW(Bulk Acoustic Wave)フィルターが使われているが、高い 周波数には後者のMEMS技術によるFBAR(Film Bulk Acoustic Resonator)フィルター が有利である。ただし、薄板上に伝播する弾性波を用いたSAWフィルターとBAWフィ ルターの中間の構造のフィルターも開発(たとえば、村田製作所、東北大学)され、極め て高い性能を示している。また、その先には、割り当て済みの周波数(デジタルテレビ帯 域など)を空いているときに限ってWiFiや携帯電話に2次利用するコグニティブ無線の 実現も期待されており、周波数選択デバイスはチューナブル化されるなど、より複雑・高 度になる。現在、年間80億個程度の弾性波フィルターが出荷されているが、需給がひっ 迫しASP(Average Selling Price)は高止まりである。今後は、より高度なフィルター が大量に求められるため、研究開発競争は国際的に(米国・日本・欧州で)益々激しくなっ ている。ビジネスの観点からは、弾性波フィルターはいくつかの周波数分をまとめ、さら にアンプなどと組み合わせたモジュールとして販売する必要があるため、開発には一昔前 より桁違いに多くのリソースが必要とされている。このため、2015年にFBARフィルタ 最大手のAvago Technologies(米国)がBroadcom(米国)を約370億ドルで買収したり、

TriQuint Semiconductor(米国)とRF Micro Device(米国)が合併してQorvoが誕生 したりしており、業界再編も激しい。

⑶ 注目動向

(IoTのプラットフォーム)

 ディープラーニングなどAI研究が活発になり、関連するハードウェアとソフトウェア が急速に進歩しているが、それに基づくイノベーションとして注目を集めているのが音声 認識である。たとえば、すでに情報端末として製品化されているAmazon Echoには、セ ンサとしてMEMSマイクロフォンが7つ搭載され、フェーズドアレイ技術によって発声 の方向を特定し、離れたところからでも高い聞き取り精度を実現している。さらに、この ようなプラットフォームにレーザーや超音波によるレンジファインダー機能が搭載されれ ば、多彩で自然なインターフェースが可能になるだけではなく、会話と合わせて人の動き や生活の様子もデータとして集めるシステムとなる。このようなレンジファインダーも MEMS技術を用いて実現でき、米国ではベンチャー企業による事業化も進んでいる。

 現在、IoTのプラットフォームであるスマートフォンからのデータを牛耳れる最も優位 な立場にあるのは、OSを提供しているAppleとGoogleである。スマートフォンに並び うるデータ収集のプラットフォームのハードウェア(MEMSセンサの塊)を持ちうるか どうかは大変重要であり、Googleが32億ドルでハイテクサーモスタットのベンチャー企 業Nestを買収した意図はそこにある。

(プリンテッドエレクトロニクス)

 現在、品質の揃ったセンサを大量かつ低コストに製造できる技術はMEMS技術だけで ある。ウェハー技術で作られるMEMSは、他の半導体デバイスと同等にダイが小さいほ ど安くなるが、裏を返せば、大きなMEMSデバイスはほとんどの場合は経済的に成立し ないことを意味する。したがって、アンテナ、身体の一定領域を覆うパッチ型デバイス、タッ

関連したドキュメント