• 検索結果がありません。

⑴ 研究開発領域の簡潔な説明

 量子コンピュータとは、量子力学的な状態の重ね合わせを用いて並列性を実現し、演算 を実行するコンピュータである。従来のコンピュータの論理ゲートに代えて、量子ゲート を用いて量子コンピューティングを行う量子ゲート・タイプと、量子状態間に起きるトン ネル現象を積極的に利用して組合せ最適化問題を高速に解く量子アニーリング・タイプの 2種類に大別される。いずれも現在のスーパーコンピュータでは有意な時間では解く事が 困難な問題を、短時間かつ超低消費電力で計算でき、超スマート社会を牽引する人工知能 の開発に欠かせない機械学習やディープラーニングを超高速化するとともに、他分野でも 新薬や新物質の開発、複雑な組合せ問題の最適化、ロボティクスなどへの応用が期待され ている。

⑵ 研究開発領域の詳細な説明と国内外の研究開発動向

 乱数の素因数分解や最適化(例えば巡回セールスマン問題)といった問題では、計算時 間(ステップ数)が問題の規模に対して指数関数的に増大するものがあり、それらは計算 不可能な問題とされる。そこで、現在のコンピュータの不可能の一部を可能にする計算手 法として量子コンピューティングが期待されており、それを実現するデバイスの開発が望 まれている。また、現在のハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)で多大な時 間と消費電力を有する問題の一部も量子コンピューティングによって短時間で解ける可能 性があり、スーパーコンピュータセンターの省電力化への寄与が期待される。

 量子コンピューティングを実現する装置として、量子ゲート方式(個々の量子ビットに 対するゲート操作によって成り立つ方式)の量子コンピュータ、量子イジングマシン方式 の(量子現象を利用した)最適化装置がある。

① 量子ゲート方式の量子コンピュータ

 量子ビットを用意し、プログラムに沿って量子ビットにユニタリ演算や測定を施す事 により解を求める計算機である。素因数分解等が超高効率で実行できるコンピュータで、

量子力学的重ね合わせやエンタングルメントに基づく量子並列性によって既存の計算機 では不可能とされるタイプの計算を演算可能にするコンピュータである。

 集積化可能な量子ビットの候補として、超伝導のジョセフソン接合を用いる巨視的量 子状態を利用するもの(超伝導量子ビット)がある。

 超伝導量子ビットの特徴は、リソグラフィにより作製される、巨視的で人工的な電気 回路上に実現する量子系であるという点である。マイクロ波帯のエネルギー準位間隔を 持ち、雑音を避けるため、約10 mKの低温環境下で制御されるという制約があるものの、

基板上に集積化可能であり、既存の希釈冷凍機中でも100~1000量子ビットの集積回 路実装が可能であると考えられている。まだ本格的な量子コンピュータ実現に十分とは 言えないが、最も先進的なテストベッドシステムとして、誤り耐性量子計算の基本実証 に向けた取り組みが進められている。

 集積化を目指した研究と並行して、超伝導量子ビットの巨大な双極子モーメントを活 かした人工量子系に対する量子力学の研究が盛んに行われている。また、マイクロ波量 子光学の基礎学理や(ダイヤモンド量子ビットなどと組み合わせた)ハイブリッド量子

系に関する研究も盛んである。量子ビットや超伝導共振器の量子状態の非破壊測定が実 現されており、観測とデコヒーレンスやフィードバックに関わる基礎研究が行われてい る。またマイクロ波量子状態制御・観測ツールとして、パラメトリック増幅器や単一光 子源・単一光子検出器などが開発され、標準量子限界を超える高感度な計測技術への応 用も期待されている。

② 量子アニーリングマシン

 東京工業大学の西森秀稔教授と門脇正史氏(現筑波大学教授)の考案した量子アニー リング理論に基づき、量子効果を制御して最適化したい問題の目的関数の最小値を探す 装置である。ここでは、量子ビットを2次元に配置し、すべての量子ビットの間の相 互作用を切り、その上で個々の量子ビットを0と1の重ね合わせ状態に設定し、次に 最近接量子ビット間の相互作用を断熱的に徐々に強くする。このとき、相互作用をどの 量子ビット間でどこまで強くするか(強くしないか)がプログラミングに相当し、あと はその量子スピン系全体のエネルギーの最小状態を見つける問題に置き換えることで解 を求める。個々のスピンは量子ビットに対応し、超伝導回路で具現化される。スピン間 の相互作用は超伝導回路から成るプログラマブル磁気メモリで構成され、組合せ最適化 問題に応じて相互作用の大きさを設定し、問題を解く。

 最適化の標準的手法であるシミュレーテッドアニーリングでは、系全体を高温から ゆっくりと冷やしながら熱揺らぎを利用して基底状態への到達を目指すが、量子アニー リングでは系全体を可能な限り低温に保つことで熱揺らぎを抑え、そこに量子揺らぎを 与えることでトンネル効果を利用して最低エネルギー状態に到達するのを待つ。スピン グラスとして知られる多数スピン間の相互作用を利用する本手法は物理用語のイジング モデルで記述できる。巡回セールスマン問題といった離散的最適化問題がイジングモデ ルにマッピングできることから、その有用性が期待されている。通常の量子ビットにお いては位相の保持という量子特有の状況も相まって、論理量子ビットの情報を維持する ために量子誤り訂正による大規模な量子操作が必要となるが、量子アニーリングは最低 エネルギー状態に到達するのを待つという点において自然に逆らわない点が特徴であ る。しかし、位相を保つコヒーレンスが失われると量子アニーリングは効果を発揮しな いことにも留意する必要がある。

③ コヒーレントイジングマシン

 既存のデジタルコヒーレント通信技術を発展させ、組み合わせ最適化問題を超高効率 で解く手法である。光を用いるため高速で、室温で動作し、頂点数2万の完全グラフ 問題を解くために、現代の精度保証付きのコンピュータで20日間かかるような問題を、

1ミリ秒で近似解が得られるとされる最適化装置である。2万パルスのレーザーが2万 頂点数と1対1の対応となり、レーザーのコヒーレンスをフルに活用するという点に おいて量子コンピュータに分類されるが、実際にはエンタングルメントといった量子性 は使わない点において現在の古典的レーザー技術をフル活用できるのが長所である。

俯瞰区分と研究開発領域ICT・エレクトロニクス応用

⑶ 注目動向

[日本]

 内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)において「量子人工脳を量子ネッ トワークでつなぐ高度知識社会基盤の構築」(山本喜久PM、H26-30)においては、NTT 物性基礎科学研究所、国立情報学研究所(NII)、スタンフォード大学、大阪大学が中心 となって、時分割多重した数万~数十万ノードの縮退光パラメトリック発振光パルスの 大規模ネットワークの構築と応用開拓が推進されている。2016年、N=2,000ビットの 全結合のイジングマシンが完成した。一方で、日立製作所中央研究所においては、量子 的な重ね合わせではなく、大規模並列化が得意なCMOSチップなどを用いてシミュレー テッドアニーリングを実装するイジングチップの開発が進められている。これまでに、

N=20,000の2層2次元イジングモデルが発表され、低消費電力デバイスとして注目され

ている。この日立イジングチップ開発を中心とした、 NEDO「組み合せ最適化処理に向け た革新的アニーリングマシンの研究開発」が2016年に開始した。このプロジェクトでは CMOSアニーリングのみならず、NII、産総研、早稲田大学により、超伝導回路を用いた 量子アニーリング及びコヒーレントイジングマシンの実装開発と応用問題開拓が進められ ている。

 また、2016年にJST戦略的創造研究推進事業CREST「量子状態の高度な制御に基づ く革新的量子技術基盤の創出」研究領域(研究総括:荒川泰彦・東京大学教授)、さきがけ「量 子の状態制御と高度化」(研究総括:伊藤公平・慶應義塾大学教授)、ERATO「中村巨視 的量子機械プロジェクト」(研究総括:中村泰信・東京大学教授)が発足した。

[米国]

  米 国 で は、2011年 にLockheed-Martinが128 量 子 ビ ッ ト を 搭 載 し たD-wave one をD-Wave Systems社より購入した。その後D-Wave Systems社は512量子ビットの D-wave twoを発表し、GoogleとNASA-Ames研究所が共同で、D-wave twoを設置した 量子人工知能研究所(QuAIL:Quantum Artificial Intelligence Laboratory)を設立した。

Googleにおいては、2014年よりUCSBの研究チームを自社に取り込んで研究を開始す

るなど、これまでの大学の研究室を中心とした取り組みから、大企業を巻き込んだ大規 模な研究開発が始まっている。また、Office of the Director of National Intelligenceの 下で活動するIARPA(The Intelligence Advanced Research Projects Activity)で下記2 つのプロジェクトが進行中である。

・QEO(Quantum Enhanced Optimization)

 2015年開始の5年間のプロジェクトであり、従来型のコンピュータでは実質的に計 算困難な組合せ最適化問題を、量子アニーリング法で解くことを目標とする。3次元的 に接続された100個の超伝導量子ビット、アーキテクチャ、演算操作で構成されるテ ストベッドの開発により、従来コンピュータに対して10,000倍の高速演算優位性の実 証を目指している。

・LogiQ(Logic Qubits)

 量子ゲート回路方式による量子コンピュータの実現を目指している。

関連したドキュメント