• 検索結果がありません。

第 2 章 ジャワ敬語

③ K 体

K 体は、最も丁寧さを表わす体である。あまり知らない人、あるいは自分より社会的に高 い地位を持つ人、貫禄のある年輩の人などに対して、非常に丁寧さを表したいときに使われ る。例えば、学生が教師に、部下が上司に、家事労働者が家主に、嫁が姑に対して、K 体を 使用する。相手が自分より若くても、あまり知らない人でさらに社会的地位がかなり高い人 だと思えば、K 体を使う場合もある。

N 体と M 体と同様に、K 体も、低い K 体、中間 K 体、高い K 体の 3 つに下位分類されてい る。そのうち、現在、日常生活では、低い K 体の Wreda Krama と中間 K 体の Kramantara は あまり使われなくなった。そのため、現在では、K 体を使用するといった場合、最も高い Muda Krama を用いることを意味することが多い(Poedjosoedarmo,1979:13)。高い K 体には、Ki/Ka の語彙が多く含まれている。相手に対して K 体を用いる場合、その相手の動作や状態、所有 物にも Ki 語を使われると解釈し、丁寧に伝えながら敬意を表わすようにする。

K 体の下位分類の 3 つは、次の通りである。

7) Wreda Krama

Nak Trisno, sampeyan mangke dipun-purih numbas-aken buku kangge Mas Kris.

K K K K K

人名 あなた 後で 命令される 買う 本 ~ために お兄さん 人名 訳:トゥリスノさん、あなたは後でクリス兄さんのために本を買いますようにとお願いされまし

たよ。

8) Kramantara

Pak, sampeyan mangke dipun-purih numbas-aken buku kangge Mas Kris.

K K K K K

お父さん あなた 後で 命令される 買う 本 ~ために お兄さん 人名 訳:お父さん、あなたは後でクリス兄さんのために本を買いますようにとお願いされましたよ。

9) Muda Krama

Bapak, panjenengan mangke dipun-atur-i mundhut-aken buku kangge Mas Kris.

Ki K Ka K K

お父さん あなた 後で 命令される 買う 本 ~ために お兄さん 人名 訳:お父さん、あなた様は後でクリス兄さんのために本をお買いになりますようにとお願い申し 上げられましたよ。

(Poedjosoedarmo,et.al,1979:11)

24

7)と 8)は最初の「人名」以外、全く同じ文である。また、8)と 9)は両方とも同じ内容だ が、父の動作「買う」という動詞に用いられる語彙が異なる。8)では K 語、9)では Ki 語で ある。そして、「お願いされる」という表現に、9)は謙譲語の Ka 語を使用している。これ は「お願いする」の動作主が「お父さん」より地位が低い者であると認識されているからで ある。

Poedjosoedarmo は、このように相手に対して表わす丁寧さと敬意によって、発話レベル を 9 つに分ける。この 9 つは一般的な分類方法で、ジャワ語の研究者がよく引用している ものである。

2-1-2 Errington (1985, 1988)

Errington(1985:4~10)は、スラカルタの典型的なエリート階層が利用した言語パター ンに焦点を当て、ジャワ語は社会変化や近代化に対してどのような影響を与えたのかを研 究した。この研究は、具体的には、エリート階層が言語によって、当時のスラカルタの都市 社会にどのように適応したり、順応したりすることができたかを明らかにすることを目的 としていた。これについて、既に Friedrich (1982)も、言語を見ることによって、ジャワ の近代化を見ることができると指摘している。

また Errington は、ジャワ文化の知識をあまりもっていない一般人ですら、ジャワ語にお ける言語的礼儀作法(エチケット)はジャワ文化の伝統的な美学として不可欠なものである ことを主張し、言語的礼儀作法のよい例として典型的なエリート階層を取り上げた。このよ うな精巧な対話文体(スピーチスタイル)は、話し手が聞き手や話題の人物に対して、社会 的関係の評価を印象付け、なおかつ、互いの社会的関係を調停し、言語行為 speech actを 正しく行うために作られる。更に Errington は、ジャワの社会的行動に関して、言語使用以 上に、より存在感があり構造的に複雑で意味深長なニュアンスに影響されやすいものはな いと語った。そのため、言語使用は、一般にジャワ社会、特にエリート階層の間では、言語 を通じた社会的相互作用によって、社会変化を起こすことができるとの期待がある。

ジャワ語の発話レベルでは、言語的礼儀作法に基づいて言語変化と言語の多様化が起こ る。発話レベルの一般的な意義は、話し手と聞き手、二人の相対的な地位や価値を判断する ために行われる測定と比較のプロセスである。ジャワ語で訳すとunggah-ungguh ing basa という。ジャワ社会では、適切な行動はまず、適切な言語表現の形態を操ることによる。次 に、相手の社会的関係を適切に評価することによって、適切な言語的礼儀作法のパターンを 選択する能力をもつことである。

Errington は、ジャワ語の敬語の現象について、主に記号論的観点から論じている。彼は 敬語を、ンゴコという非丁寧体と、ボソという丁寧体27に大別する。

ボソの語彙の要素は主に、会話の相手に対して話しかける行為act of addressと関係す

27 Errington は、ンゴコを非丁寧スタイル、ボソを丁寧なスタイルと記述しているが、本論文では、スタ イルを文体で統一する。

25

るものか、話題の人物 /題材を指す行為または叙述する行為 act of reference and

predicationに関するものかによって分けることができる。前者に関係のあるものは、M 体

と K 体で、後者に関係のあるものは Ki 語と Ka 語である。Errington は Ki 語と Ka 語をさら

に敬語honorificという用語を使い、N 体、M 体、K 体と区別する。つまり、語彙の要素と

してボソの中に M 語、K 語、Ki 語、Ka 語があるが、そのうち、M と K だけが文体として成り 立つ。Ki 語と Ka 語は、人物のことを指し、その人物に対する敬意を表わす語彙である。ど の体でも Ki 語と Ka 語は使用できる(1988:99)。例えば、

Mundhut「取る」(Ki 語)の代わりにmendhet(K 語)またはnjupuk(N 語)を使うことはで きるが、使用対象の人物に敬意を表わしたい場合は、Ki 語を使用する。また、同じ語彙で 異なる意味を持つmundhut「頼む」は、Ki 語に対して、nyuwunという Ka 語がある。この語 彙を用いると、自分が相手より地位の低い者であることを示す(Errington,1988:99)。

Errington は文体のレベルや分類については詳しく記述しておらず、また Poedjosoedarmo による理論と解釈に対しても反論や疑問などを示していない。ただし、Poedjosoedarmo の 9 つの階層の分類では、聞き手以外の人物に対して Ki 語と Ka 語がどのように運用されるの かについて触れていないと指摘する。

Errington(1985:5)は発話レベルを習うのはそれほど難しいことではないと述べている。

基本的にある意味を表す語彙に、違うレベルの語彙がある場合に、それらの語彙を文中でど のように選択するのかが発話レベルの基準となる。しかし、与えられた状況において、それ らを適切に実践する方法を身に付けるのは、最も難しい。それは、お互いの社会的関係があ いまいな状況で、どのような発話レベルを使用するのが適切か、判断できないからである。

2-1-3 染谷(1993)

染谷は、ジャワ語の敬語は語彙レベルと発話レベル 28に分けて考察するのが一般的であ ると述べる。ジャワ語の語彙は、もともと敬意を含まない中立的な語であるが、敬語体系の 中にあるために粗野とみなされる常形語(ンゴコ Ngoko)を基本とし、順次、より高い敬意 を内包する準敬形語(マディオMadya)、敬形語(クロモKrama)、最敬形語(クロモインギ ルKrama Inggil)、最敬形語と反対の謙譲形語(クロモアンダップKrama Andhap)、数は少 ないが宮廷(クラトンKraton)内で用いられる宮廷語(ボソクダトンBasa Kedhatonまた はボソバゴンガンBasa Bagongan)及び粗野形語(ボソカサールBasa Kasar)、そしてそれ

28 染谷は発話レベルを文体レベルと記述している。

Ka 語 Ki 語 K 語 M 語 N 語 意味

- mundhut mendhet - njupuk 取る nyuwun mundhut - - njaluk 頼む

26

らの言語階層、つまり敬度(敬意の度合)から自由な共通語からなる29。語彙数では、常形 語 ngoko が最も多く、ついで敬形語 krama、そして最敬語 krama inggil、準敬形語 madya30、 そして謙譲形語が最も少ない。染谷は基本的にクンチャララニングラートの『A Preliminary Description of the Javanese Kinship System』(1957:14)の分類通りで述べ、次のよう にまとめている。1)常形語 N 語は、自分より地位が低い、年少の相手に対して、または社会 的には同じような地位にあるが親しい関係を持つ相手に対して用いられる。他方、2)敬形語 K 語は、自分より地位が高いか年長の相手に対して、または親しくない相手、ヨソ者に対し て用いられる。3)準敬形語 M 語は、N 語と K 語の中間的機能を果たす。また、4)最敬形語 Ki 語と謙譲形語 Ka 語は、敬形を超える高さと低さを表現する機能をもつ。日常会話はこれら 四つの階層の語と共通語が適宜組み合わされて構成される。(1993:3-4)。

染谷は次の表 1 のように、ジャワ語の仕組みはいくつかの型式にまとめられる 表 2-3 ジャワ語の文体における言語階層(*)

文体の形式 (**)

1 人称 2 人代名詞 接辞 使用語彙の語形

(***)

10.最敬形 kawula panjenengan dalem kr kr ki,ka 9.若敬体 kula panjenengan kr kr ki,ka 8.純粋敬体 kula sampeyan, panjenengan kr kr

7.老敬体 kula sampeyan ng kr

6.中間準敬体 kula samang, sampeyan ng md kr ki,ka 5.敬・準敬体 kula samang, sampeyan ng md kr

4.常・準敬体 kula ndika ng ng md

3.最低語 2 類 aku panjenengan, sliramu ng ng kr ki 2.最低語 1 類 aku panjenengan, sliramu ng ng ki 1.純粋常体 aku kowe ng ng

(染谷, 1993:4-5 より引用)

(*)文体形式については、Kats, Koentjaraningrat,Horne, Bakker, Dirdjosiswojo, 山崎, Geertz, Soepomo Poedjosoedarmo などの記述を参考にした。

(**)10~1 までの文体形式は、以下のジャワ語名に基づいている。10.krama inggil, 9.mudha krama, 8.krama lugu, 7.wredha(werdha) krama, 6.madyantara, 5.madya krama, 4.madya ngoko, 3.basa antya, 2.antya basa, 1.ngoko lugu.

(***)「接辞」および「語形」欄の略語は以下の通りである。ng=ngoko(常形),md=madya(準敬形),kr=krama(敬 形),ki=krama inggil(最敬形),ka=krama andhap(謙形)。

29 染谷は諸学説では取り入れられていないが、いわゆる幼児語(basa bubuk)も加えたいと述べている。

Mimiek(飲む)、maam(食べる)、nunggang(乗る)などがあり、数は少ないが、今日では幼児だけでは なく学生など若者の間で日常生活に使われているからである。これらがあまりにも多用されて彼らの間で はこれらが常形語と錯覚し、何が常形語であるかすら混乱しているほどであると述べる。

30 60 語から 70 語ほどしかない。

関連したドキュメント