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,ギャンゲ容疑者は713人に一一警察は警官200人を動員,ウドン県で多数のギャ ング容疑者を逮捕した。これで3月16日の大検挙以来以来ギャングの容疑で逮捕さ れたものの数は計713人となった。逮捕者の県別内訳は次の通りである。 ウドン県 S70人,コンケーン県150人,サコンナコン県114人,ロエイ県79人。〔B.
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3. 29.〕...〆』V南部に陸軍大隊常駐一一フ。ラパート内相は次のように語った。政府は今年度中 に南部に陸軍大隊を派遣,共産主義ゲリラの鎮圧と犯罪防止のため常駐させる予定 叫である。南部の警察に対しては共産主義ゲリラに対しては 思い切った行動 をと
るよう指示した。 〔B.
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3. 30.〕V米国援助一一プラパ}ト内相は次のように述べた。
1. 行政局長(パンコック市長兼任)はこのほど米国政府との援助にかんする 交渉を成功裡に終えて帰国した。米国政府の援助を受ける計画は2つあり,ひと つは農業開発計画,ひとつは国内の平和秩序維持のための計画である。
2. 内務省は各村に村に村警察を設立し,これを震弾銃で武装させる計画を持 っている。詳細はいまだ検討中であるが,まず辺地の村から設立してゆく予定で ある。 〔B!.羽T.3. 3.〕 ず要請あればベトナム派兵,タナット外相一一タナット外相は韓国訪問の帰途日
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;本に立ち寄り次のように述べた。「タイはSEATO(東南アジア条約機構〉の一員としてもし要請があり,また 必要な情勢になれば,南ベトナムへの派兵にかんする措置を考慮することになろ う。ー東南アジア外相会議の開催準備は順調に進んでいるが,参加国の事情で実際 の開催はことしの秋になるかも知れない。 〔東京(朝) 3. 31.〕
〈注〉 31日,タナット外相はパンコッグに帰り次のように述べた。タイ政府がベ トナム派兵の準備をしていると私が言明したとの報道が行われているが,その ような事実はない。フィリピンのベトナム派兵準備についてどう思うかとの質 問に その必要があればタイ政府もこの問題についてとるべき態度を考癒する ことになると信ずる と答えただけである。 (B.
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4. l.〕 曹ラオス避難民一一ナコーンパノム県関係当局の報告によると,タケク市からタ一( 66 )‑ ‑64‑
イ領内へ29日には661人, 30日には159人が避難してきた。避難民の中には14人の叛 乱軍兵士も含れている。 〔B.P. 3. 30.〕 ー
V軍及びその他保安部隊に対する警戒令一一共産主義者の宣伝活動が特に活発化a
したこと,及びサイゴンの米大使館爆破と類似の事件が発生する危険のあること,
この 2つの理由にもとずきタイ政府はすべての軍隊及び保安部隊に対し警戒体制を とるよう命令した。なお,この政府の命令は定例閣議(毎逓火曜日〉の決定により 発せられた。 〔B.P. 3. 31.)
V自警団志願募集一一内務省は自警団の参加志願者を募集している。内務省は各 村に村長の指揮する少くも 5名以上の団員からなる自警団を設けたい意向であるが 計画の詳細については今なお検討中である。 〔B.P. 3. 30.〕 V共産主義者の釈放一一定例閣議は164人の共産主義容疑者を釈放することに決〕
定した。
(注) これら164人はナコーンラチシマ,ナコ}ンスリタマラジ両県で思想矯1£, 教育を受けていたもので,そのほとんどがサリヅト政権成立初期に逮捕された 容疑者である。今回釈放される容疑者のなかには元駐中国大使SanguanTula‑ raks, Siang Thai紙(親共的傾向のため閉鎖、〉編集者Suri Thongvanitなど 1ヲ 有名人も含れている。釈放の日はまだ決っていない。 〔B.P. 3. 31.〕 3月 31日
v北ベトナム避難民問題一一一フ。ラパート内相は次のように語った。
1.政府は東北部国境地帯の情勢が徴妙になってきたので東北部に現在居留す る約 3万人の北ベトナム系避難民を 安全地帯 へ移したいと考えている。しか し予算の制約があるので,避難民の一部だけを移す計画をたてている。 2.最近 急増した国道ギャングが共産主義者の活動の一部であるかどうか判然としない。
しかし我々のかかえている難問題の40%は共産主義者の仕業である。
〔B.P. 3. 31.〕 v大使館警備一一内務省筋によると,タノム首相は各国大使館を厳重に警備する よう命令した。 〔B.W. 4. 1.) V地下新聞を公開一一一クリトプナカン公報局長は共産主義者により発行されてい る地下新聞Ekaraj(独立〉の写真を記者団に公開した。 〔B.P. 3. 31.) Vタイヤ値下げ一一ファイヤストーン・タイランド社専務R.P. Miznerは次の ように述べた。ファイヤストーン・タイランド社は1964年9月1日からタイヤ及び チューブの価格を引き下げたが,今年度4月1日から第2回めの価格引き下げを実 施する。
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〔B.P. 4. 1.〕 一( 67)ー
タ イ
1962年5月, ラオスの危機 に際して,米国はタイに地上部隊を進駐させ,これ をメコン河国境に展開させたことは記憶に新しいが, 最近タイは,さらに直接的にイ ンドシナの戦争にまきこまれているようである。昨年11月ごろからラオスに対する,
また,本年3月ごろから, 北ベトナムに対する米空軍の出撃がときとしてタイの基地l
を利用していることは公然の秘密となっている。 タイの米軍駐留兵力は,昨年 8月の トンキン湾事件以来次第に増強され, 4月に入ってからも北爆援護用とみられるF‑4G 型新鋭戦闘機隊が到着している。 このように,タイが次第に深くインドシナの戦闘に
まきこまれるに従い,共産国側の宣伝活動,タイ国の左翼勢力の活動も活発化していe
る。 4月20日の新華社電は, 愛国戦線中央委員・圏外代表の北京到着を報じたが,こ れは愛国戦線の常駐代表部が北京に設けられたことを意味するのであろう。 これより さき, 3月末に「独立運動」の代表もまた北京に到着したと伝えられる。
一方,戒厳令下にある圏内の動きは,少くとも中央部にかんする限り表面に出ない。
そのアッピーノレならびに綱領からみる限り, 愛国戦線の目標は明らかにタイ中央部の 住民にある。 しかし, 3, 4月の表立った動きとしては,公立小学校の管轄が内務省 に移される問題につき,教員の間でデモの企てがあった程度にすぎ、ない。プラパート 内相は現タノム政権の実力者であり,表面の理由はともかく,この教員の動きの背後 には統制強化に対する反感と, 憲法発布に誠意をみせない現政権に対する不満があっ たとみるべきであろう。 しかし,これら教員は学生その他知識層の支持を得ることが できず, この問題は大きく発展することなく終ったようである。
中央部での動きが表面に出ないのとは対称的に, 東北タイの反政府運動については 政府首脳もたびたび、言及している。 21日,プラパート内相は,共産主義者の活動は今 や新段階に達し, 国外では 解放軍 を編成,国内東北でも武装蜂起の準備を進めて いると述べたが,きわめて注目に値する発言と言えよう。ただ、し,これまでのところ,
政府首脳の発言にはいく分かの誇張が含れることが多く, 裏付けととなるはっきりし た事実も余り知られていない。
15日のプラサート談話は, 左翼勢力が東北住民に対し宣伝・組織化を行なうさいの やり方の一端を示している。 この談話からすると,彼らはまず,東北タイの住民は本 来ラオス人であるという点に宣伝の重点を置き, 次に東北タイの貧困はタイ人の侵略 のためで、あり, 中央政府は治安を維持する能力がないと説いているようである。東北
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タイ住民はラオス住民と同じ民族であり,経済圏としてもラオスに近い。ラオスは東 北タイの農産物の市場となっており,年間2〜6万トンの米のほか,牛や水牛なども ラオス領へとはこびこまれ, ラオス側からは各種消費物資が安い価格で入ってくると いう(注)。今年度に入ってからも2万トンのもち米が東北タイからラオスに密輸出され ているくアジアの動向2月号1日参照)。これらの点から考えると,反政府側のこの宣 伝は少からぬ効果を持つものであるといえよう。
経済面では 糖業危機 が大きな問題となった。今年に入ってからタイ国糖業界は
、探刻な不況に見舞われ,すでに4月 9日までに10製糖工場が閉鎖されたほかj さらに 40工場が閉鎖寸前の状態にあるという。
1954年,産業奨励法が制定されるとともに製糖業も奨励業種となり, その結果新工 場が続々設立され, 1959年,はやくも内需量を越え,生産過剰となった。生産過剰と
なってもタイの砂糖は原価が高いため輸出ができず,余剰ストックが増加する一方と なり, 61年業界は危急に陥った。 この対策として,政府は工場新設を禁止するととも に糟業基金を設立, 1962年よりメーカー倉出しと同時に一定の税を徴収, これを資金 どして積立て,その一部を輸出補助金として交付,余剰の砂糖を輸出せしめることに なり,業界はようやく愁眉をひらいた。 63, 64年の2年は世界的な砂糖の供給不足と いう好条件にめぐまれ,輸出量は年間 5万トン台にのび,大体需給のバランスがとれ しる状態となった。価格もよく,一時は補助金なしで採算のとれる輸出が可能となった 程である。 ところが,このような好況が続いたため, 65年度には甘薦作付面積は前年
の
50%増,天候に恵れて収穫量よく,精糖量は前年に比し80%増の28万トンの見込と いう大増産となった。内需量は約四万トンで, これまでの輸出実積からみて10万トン近くが余剰となる勘 砂糖の生産,消費及び輸出入
( 選 豪 雨 産 量 [ 輸 入 量
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輸出量ω |輸出額要出野成義(消費量|年末在庫・,59 I 120 I 9.0 I 0.5 I 0.8 I I 100.0 ! 20.0 60 I 140 I o i O I I ! 120.0 I 40.0 , 61 I 150 I O I O I I I 140.0 ! 50.0 62
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1{(予想)2剖I I I I I I I I I I I I
(注〕 量の単位は1,000トン,価額の単位は100万パーツ。(1)生産年度,(2)粗糖換 算,(3)61年12月1日〜62年9月27日,(4)会計年度。
出所: StatisticalBulletin, March 1965, I. S. C., Monthly Report, March, 1965, .Bank of Thailand. Khaw Panit 62. 10. 6.
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