汁
廃
督 ビ ト
2号柱列柱1 1号柱列柱l
2号柱列柱2
F
引
1号 柱列柱 2 F'
│‑546m
G 引
G'
トー 546m
1 1
2挺
婚是γ観 を多格 ま卜 糾 弱 しまり弱 φ3近m縦叫 を握
3ろ
Ⅶ 曽歌落懸 習愁卜 縦 弱 しま明 始 を熱ゞ引こ含む ゅ
ビ ッ ト14 1号柱列柱2
1 75YR2/3暗褐色 砂質 シル ト 粘性 中 しま り中 ひ5mm程度の鉄分 と炭化物 をまば らに含む 2 25YR5/6明褐色 シル ト質砂 粘性 中 しま り弱
む
3 75YR3れ暗褐色 シル ト質砂 粘性中 しま り弱 に含む
2号柱列柱2
H 引
ピ ッ ト14埋 土
1 75YR4/4褐色 シ ル ト質砂 粘 性 弱 し ま りや や 強 か に含 む 炭 化 物 をわず か に含 む
2 75YR3/4暗褐 色 シ ル ト質砂 粘 性 弱 し ま り中 炭 化 物 を ご くわず か に含 む
明褐色土を全体に含む ψ3cm程 度の礫を少量含 ゆ5cm程 度の礫をまばら
H'
トーー548m
ゆ1〜2cmの礫 をわず φ2〜拳大の礫 を含 む
︲ 引
I'卜 547m
ピッ ト19
」
J'
― 蛹
m
2 ピッ ト19埋土
1 75YRク4褐色 粘土質 シル ト む
2 10YR3/4暗褐色 粘土質シル ト 3 10YR2/2黒褐色 粘土質シル ト
4 おYR4/4褐色 粘土質 シル ト
0 1m
粘性 中 しま り中 数〜20cm程度の礫 を含 粘性 中 しま り中 5〜 10cmの礫 を含む 粘惟 中 しまり弱 炭化物 を含む 粘性弱 しま り中 炭化物 を含む
図 晋 毛 ェ デ 式 で 写驚巡既 黒息 普竜 与
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1号柱 列 柱1
1 10YR4/4褐色 砂 質 シ ル ト 粘 性 中 含 む 暗 褐 色 土 をプ ロ ック状 に含 む 2 75YR5/6明褐 色 砂 質 ンル ト 粘 性 弱 2号柱 列柱1
1 75YR4/4褐色 砂 質 シ ル ト 粘 性 弱 2 10YR3/4暗褐 色 シ ル ト質砂 粘 性 弱
む 鉄 分 を まば らに含 む
しまり中 φ3〜4cm程度の礫 を少量 しまり中 鉄分 をまばらに含む しまり中 鉄分 を含む
しま り中 ゆ3〜5cmの礫 を少量含
ピッ ト17
2 1
ピツ ト17埋土
1 10YR4/6褐色 シル ト質砂 粘性弱 しまり中 黄褐色土小 プロックを含b
φ lcmの 礫 を多量 に含む φ5cm程度の礫 をわずかに含む
2 10YR4/4褐色 砂質 シル ト 粘性中 しま りやや弱 酸化物 をまばらに含む
3腰 Y糊 ヒ 統 髪 催 が 性 や や 弱し ま り や 報 ゅ
3‑5cm破の
ピツ ト
20 K'
卜 548m
ピッ ト20埋土
1 10YR4/4掲色 粘土質 シル ト 粘性弱 しまり中 炭化物 を含む 2 10YR3/4暗褐色 粘土質 シル ト 粘性弱 しま り中 5〜 10cm程度の礫 を含
む
3 75YR4/4褐色 粘土質 シル ト 粘性弱 しま り中 数〜locm程度の礫 を含 む 炭化物 を含む
能性 もある。その場合 はI期に遡 ることとなるが、出土遺物か ら明 らかに遡 るもの との確証が得 られないため、
Ⅱ期 に含めた。北側は大規模 な攪乱のため破壊 されている。直線的に延びていた場合は、攪乱の北側で も検出さ れるはずであるが、検 出されていない。検 出 した長 さは5.3m、 上幅70cm前後、下幅
50cm前
後、深 さ18〜30cm
を測 る。断面形状 は逆台形だが、壁の傾斜 は強 く垂直に近い。遺物 は、磁器の細片が2点
だけで、詳細 な時期 は 不明である。(3)III期の遺構 (図14、 図版1)
段丘崖 に由来する段差が存在する他、平坦面の南 よ りの部分で、 ピッ トが
2基
確認 されている。組み合 うピッ トは、確認 されてお らず、性格 は不明である。ピッ ト6で
は、礫が据 えられてお り、礎石の可能性 も考 え られる。ただ し、 ビッ ト6と ピッ ト22も、段差に極めて近い場所 にあ り、 この場所 に建物等が存在 し得たか疑間が残 る。
〔段差】
5列 より北側の、段丘崖に由来する段差は、斜面に2〜 5層 が堆積 したことによって、傾斜がI・
I期
段階よ りゆるくなっている。4列 より南側の、Ⅱ期に石垣が存在 した部分は、石垣前面の堆積層によって埋 まっている。北側 と比べると傾斜が強 く、そのためこの部分は西側に入 り込んだ形となっている。
5.出
土 遺 物出土遺物量 は、 さほ ど多 くない。良好 な一括資料 と言えるような出土状況 を示す遺構・層序 もない。ほとんど の種類の遺物 は、1層・攪乱か らの出土が最 も多い。そのような中で、比較的集中 して遺物が出土 しているのは、
1号遺構、石垣前面堆積層、Ⅳ層があげ られる程度である。
(1)縄
文土器 。土師器 (図19、 図版10、 表4・ 6)ご く少量ではあるが、近世以前の遺物が出土 している。縄文土器1点と古代の上師器1点である。いずれ も、
近世以降の層序か らの出土で、本来の位置 を保 った ものではない。
縄文土器は、
2片
に分かれているが、同一個体の破片で、外面 には細かなRL縄
文が施 されている。小片であ るため、細かな時期 は不明 とせ ざるを得 ないが、縄文が細かいことか ら、縄文時代後期あるいは晩期、あるいは 弥生時代 の ものであろう。川内地区では、4ケ 所で縄文時代や弥生時代の遺物が出土 している。川内南キャンパスの二の九第
4地
点では、石器が出土 している (年報5)。 川内北キャンパスの武家屋敷地区第
4地
点では、江戸時代以前 に遡 る自然の沢 状の落ち込みが検出された。その埋土最上部か ら、縄文時代中期前葉、弥生時代前期後半か ら中期中頃にかけて の、縄文土器 。弥生土器 と石器が出土 している (年報13)。 武家屋敷地区第7地
点では、縄文時代 と思われる陥 し穴が検 出 され、石器 も出土 している (年報19)。 武家屋敷地区第8地
点で も、石器が出土 している (年報20)。まとまった遺構 は未発見であるが、二の丸や武家屋敷の造営で破壊 されて しまった可能性 も考えられる。いずれ にして も、 これ らの時期 において、川内地区が生活の舞台 となっていたと考えられる。
土師器 は小片のため、写真のみを示 した。外面 ロクロ調整、内面はミガキを施 して黒色処理 した、内黒土師器 の郭である。小片のため、細かな時期 は不明であるが、平安時代の ものと考えられる。
川内地区のこれ までの調査では、古代の遺物 は、
2ヶ
所で出土 している。川内南キャンパスの二の丸第6地
点 では、 ロクロ土師器の甕が1点出土 している (年報3)。 川内北 キャンパスの二の九北方武家屋敷地区第4地
点 では、軒平瓦1点 。平瓦2点・須恵器1点が出土 している (年報13)。(2)磁
器・ 陶器 (図18。 19、 図版9、 表2,3・
7・ 8)磁器 。陶器 ともに、
1層
攪乱か ら出土 した ものが最 も多い。それ以外で、ある程度の量が まとまって出土 して いるのは、2層
、 Ⅳ層、石垣前面堆積層、1号
遺構 な どである。 しか し、 これ らの層序・遺構か ら出土 した磁 器・陶器の内容 は、異 なる時代の ものが混在 してお り、時期的に限定で きる一括資料 と言えるものではない。合 のため、1層
攪舌L以外の層序や遺構か ら出土 した ものについては、ある程度特徴が半」明する資料 を図示 した。 ■ 層攪乱出土の ものは、特殊 な資料のみを図示 した。〔 磁器】
磁器では、 1層 攪乱以外から出上 した資料は、細片がほとんどで、特徴が判明する資料は少ない。図示 した養
料は6点のみである。C」 1〜
3が
1〜3号
遺構埋土出土の資料であるが、遺構 か ら出土 した磁器で、図示で きるのはこの3点
だけ であった。年代 を詳細 に限定す ることはで きなかった。 c」4は
石垣前面堆積層出土の もので、紅猪 口 とした。紅猪 日 と分類す るには、器形が深いため、小郭 とすべ きか判断に迷ったが、型打で作 られている点か ら紅猪 口と 分類 した。石垣前面堆積層か らは、18〜 19世紀代の各時期の遺物が混在 していたため、 この資料が石垣前面堆積 層の形成時期 を示す ものではない。
CJ5は
Ⅱb層出土の小型筒形碗 で、19世紀代 に下るものであろう。 C」 6 は 1層 攪乱出上の広東碗 である。仙台城跡の二の丸地区や二の丸北方武家屋敷地区では、広東碗の出土例が少後 いため図示 しておいた。【陶器】
陶器で も、
1層
攪乱以外か ら出土 した資料は、細片がほ とん どで、特徴が判明する資料は少ない。図示 した賓 料は13点のみである。CTlは 2号
遺構、CT2は
ピッ ト19出土で、I期
の遺構 か ら出土 した陶器の中で、図示 し得たのはこの2点
のみである。いずれ も瀬戸・美濃産で、18世紀代の もの と考 え られる。CT3〜
5は 1号遺構 出上の もので、幕 末ころの もの と考 え られる。CT6は
石垣裏込め部分か ら出土 した悟鉢で、東北産の可能性がある。裏込め層の 上面か ら出土 してお り、確実に石垣構築時に遡るか否かは問題が残 る資料である。CT7は V層
出上の志野の向 付である。V層
が形成 されたのは18世紀以降に下るため、本来の位置 を保った ものではないが、江戸時代初頭に 調査 区の付近が使用 されていたことを示す ものであろう。CT8は
Ⅳ層出土の肥前産刷毛 目文の中型丸碗 で18世 紀代の ものである。Ⅳ層 は、18〜19世紀代の各時期の遺物が混在 していたため、 この資料がⅣ層の形成時期 を示 す ものではない。CT9〜
11は石垣前面堆積層出土の もので、19世紀代 を中心 とす る。C T12は織部の皿で、1 層攪乱出土。C T13は 1層攪乱出土の火入れで、東北産の可能性 もある資料のため図示 した。(3)土
師質土器・ 瓦質土器 。軟質施釉土器・土製品 (図19、 図版10、 表4・ 9)【土師質土器】
土師質土器 は、皿が111点とやや多 く出土 しているが、皿以外 は全てあわせて も13点にす ぎない。Ⅳ層でやや まとまって出土 している以外 は、散混な出上である。小破片が多 く、全体の特徴が判明する資料は少ない。皿2 点 と焼塩壷1点を図示 した。
図19の
CHlは
Ⅶ層 出土の皿である。底部の回転糸切 り痕跡 は、通常に見 られる回転糸切 りで、糸切 り痕跡の 中心が一方向に片寄 り、そ こか ら外側 に抜 けてい く、a技
法 と呼んでいるものである (年報9)。 口縁部 内外面 に炭化物が付着 してお り、灯明皿 として使用 されたことが明 らかである。CH2は
、2層
出土の皿である。 日径10.4cmに対 して、器高が1.7cmと、浅いのが特徴である。土師質土器の 皿は、18世紀末以降、器高が浅 くなってい く傾向が確認 されてお り (年報9)、 本資料 も18世紀末以降の可能性 が考え られる。CH3は
、 ピッ ト16出土の焼塩重である。底部付近の破片で、外面に格子 タタキが観察 される。 コップ状の形 態で体部外面過半部 に格子 タタキが施 される、以前の検討の際にD類
とした焼塩重の破片 と考 えられる。仙台藩 領内に特徴的に分布する焼塩壼である。 これまでの仙台城二の丸地区や二の丸北方武家屋敷地区の調査では、17 世紀末か ら18世紀前葉 に出土例がある (年報9)。【瓦質土器】
瓦質土器は23点と、少ない⑤ほとんどは、幕末以降の層序からの出土である。括鉢などの鉢類が多 くを占める。
いずれも小破片で、特徴が判明するものは極めて少ない。特徴的なもの
2点
を図示 した。図19の
CGlは
、1号
遺構出土の火鉢 と思われるもので、外面に鱗状の細かな文様が施される。CG2は
底部 の中央に径1.8cm程度の子しを有 し、植木鉢 と考えられる。 1層 攪乱からの出土で、近代に下る可能性 も残る。【軟質施釉土器】
軟質施釉土器では器種の判明するものは、全て焙烙である。仙台市の堤で作 られた製品で、幕末以降に普遍的 に認め られるものである。図示 したのは
1号
遺構か ら出土 した1点
のみである (図19‑CNl)。
焙烙の取っ手部分で、透明釉が施されている。
〔土製品】
鈴が2点、土人形
3点
が出土 しているだけである。いずれ も小破片で、詳細が半J明す るものはな く、図示 した ものはない。(4)瓦
(図20、 図版10、 表5。 10)瓦は、破片では近世の もの と近代の ものが区別できないことがほとんどのため、一定の基準を設けて、現地に おいて選別 して、採集 している。今回の調査では、
1層
・攪乱出土の ものについては現地で選別 した。選別する 基準 はこれまで と同 じで、軒瓦、長 さと幅が判明するもの、刻印や線刻などがある特殊なものを選別 して採集 し ている。瓦の出土量 は全体で も6 kg程度で、
1層
。攪乱出土の ものを割 り引 くと、 5 kgに も満 たない量であ り、出土 量は少ない と言 える。近世の瓦には、様々な種類があ り、破片では組かな種類 を決定で きないため、類型化 して 集計 している。分類基準 は、年報18で示 しているが、判明す る内容 に応 じて類型化 している。平瓦1類とした も のは、反 りがあるもので、平瓦・軒平瓦・桟瓦・軒桟瓦の一部であるものを含む類型である。板塀瓦のような平 坦なものとは区別 した類型である。今回出土 した瓦は、いずれの類型 も少量で、特に多い種類はない。軒瓦は出 上 してお らず、瓦の特徴から細かな時期を推定できるものはない。両面に線刻のあるものと、刻印のあるものを 図示 した。いずれも1層 ・攪乱出土のため、明治時代に下る可能性 もある。(5)金
属製品 (図20、 図版10、 表4。 11)金属製品としては、銅製品では古銭が
2点
出土 している他は、鉄製品である。鉄製品では、和釘、火箸、小刀 などが出土 している。和釘以外の鉄製品では、確実に江戸時代に遡る層序から出土 したものはない。古銭2点
の みを図示 した。いずれも寛永通宝で、新寛永である。(6)その他の遺物 (表4)
それ以外の遺物 は きわめて少ない。木製品は、4層か ら杭 と楔が各1点出土 しているだけである。漆塗製品は、
漆椀が