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本論文では、2014年にカンヌ・ライオンズのフィルム部門のインターネット・フィルム部門でバイラ ル・フィルムとしてゴールドプライズに選ばれた《FIRST KISS》に注目する。その理由は、この広告 表現がプロシューマー型文化の好例と考えられるためである。(図7-1参照)
図7-1 《FIRST KISS》の一場面
マス・コミュニケーション型文化においては、広告表現は広告会社などが関与し、職業的映像作家な どの文化的エリートたちの手によって制作されたコンテンツが、テレビCMなどのかたちでマスメディ アを通じて一方向的に情報発信が行われる。メディア・コミュニケーションの主体がマス・コミュニケ ーションであった時代においては、マスメディアを通じて広告表現を情報発信することが広告コミュニ ケーションとしては、最も効率的で効果的であった。しかし、デジタル技術の普及とインターネット・
コミュニケーションの進展により、プロシューマー型文化が拡大している現代において、マスメディア に乗せたマス・コミュニケーションの広告表現が必ずしも効率的で効果的な広告コミュニケーションと は限らない。
《FIRST KISS》には広告会社などが全く関与していない。また、テレビなどのマスメディアを介し た情報発信ではなく、インターネット上の動画投稿・共有サービスであるYouTubeで個人投稿の動画コ ンテンツとして情報発信された。《FIRST KISS》の制作や情報発信、情報拡散に関わった人びとは、文 化エリートではなく、情報発信者であると同時に情報受信者であるプロシューマーの人びとであり、プ ロシューマー型文化の中から生まれた広告表現である。
この広告表現とこれに関係して発生している様々なプロシューマー型文化の作品やコミュニケーショ ンを分析することにより、デジタル技術が普及し、インターネット・コミュニケーションが進展した現 代において、広告表現がどのような情報発信であることが効果的な広告コミュニケーションとなるかを 明らかにすることが出来るであろう。
《FIRST KISS》は、ロサンゼルスを拠点に2008年に創業されたアパレルブランドWRENが2014 年 2~3 月に開催されたニューヨーク・ファッション・ウィークのために制作したプロモーション・フ ィルムである。この広告表現は、約3 分半のショートフィルムであり、2014年カンヌ・ライオンズの
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フィルム部門のうちのインターネット・フィルム部門のバイラル・フィルムとしてゴールドプライズに 選ばれた。「バイラル」とは、「ウィルスのように」という意の形容詞であるが、ウィルスが人から人へ 急速かつ広範囲に伝播していくように、インターネット・コミュニケーションを通じて、情報が人から 人へと急速かつ広範囲に伝わっていく様子についても用いられ、「バイラル・マーケティング」などの言 葉がある220。《FIRST KISS》はインターネット・コミュニケーションを通じて、「ウィルスのように」
人から人へと伝播し、共有された広告表現である。
本章では、《FIRST KISS》の広告表現としての特徴を中心に論じる。それにより、デジタル技術の普 及とインターネット・コミュニケーションの進展によりプロシューマー型文化が拡大しつつある状況に おいて、プロシューマー型文化として情報発信される広告表現の利点などが明らかとなるであろう。
第 1 節 《FIRST KISS》の特徴
《FIRST KISS》は、広告表現としては異例と言える特徴を備えている。この節では、《FIRST KISS》
の以下のような特徴について論証と考察を試みる。
① インターネット上の動画投稿共有サイトにおける再生回数の多さ
② 広告表現であることの認知しにくさ
③ 実質的に自主制作の映像作品
④ 急速なコミュニケーションの量的増加の発生とその持続
第 1 項 再生回数の分析
ここでは、①「インターネット上の動画投稿共有サイトにおける再生回数の多さ」について、論証、
考察を行いたい。
まず、カンヌ・ライオンズのインターネット・フィルム部門の他の受賞作品の詳細と再生回数を確認 する。グランプリとなったのは、ボルボ・トラック《THE EPIC SPRIT》で、俳優のバンダムJ.C.が2 台の併走するボルボ・トラックに片足ずつかけて開脚を披露し、走行の安定性を強調する1分16秒のデ モンストレーション・フィルムであった。YouTubeのボルボ・トラック公式チャンネルで投稿されてお
り、8,376万回以上再生されている(2016年6月27日現在)。ゴールドプライズに選ばれたものは《FIRST
KISS》の他に4作品あり、アメリカの環境保護団体350ACTIONの《CLIMATE NAME CHANGE》、
アメリカの非営利団体 WATERISLIFE の《BUCKET LIST》、ホンダの《SOUND OF HONDA/
AYRTON SENNA 1989》、CONSEJO PUBLICITARIO ARGENTIONO(アルゼンチンの公共広告機
構)の《THE 100 MILES OF LUCA》であった。《CLIMATE NAME CHANGE》は気候変動への意 識向上を求めた4分ほどのキャンペーン・フィルムであり、《BUCKET LIST》はきれいな水をアフリ カの子供たちに送るための寄付を募るための2分11秒のキャンペーン・フィルムであり、《SOUND OF
220 阪本啓一(2001)
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HONDA/AYRTON SENNA 1989》は故セナA.が最速ラップを出した時の走行データから当時の走り
を音と光で再現したイベントを記録した1分30秒のフィルムであり、《THE 100 MILES OF LUCA》
はダウン症の少年が100マイル自動車レースに父親とともに出場した様子をドキュメンタリー形式でま とめた9分ほどのフィルムであった(表7-1参照)。《FIRST KISS》以外の作品は、どれも広告会社な どが関与し、職業的映像作家などの文化的エリートたちの手による質の高い映像作品である。
表 7-1 カンヌ・ライオンズのフィルム部門のうち、インターネット・フィルム部門に選ばれた作品とその YouTube 上での再生回数221(2016 年 6 月 27 日現在)
コンテンツ名(長さ) 再生回数
WREN《FIRST KISS》(3分29秒) 114,677,969
Volvo Trucks《THE EPIC SPRIT》(1分16秒) 83,768,386
350ACTION《CLIMATE NAME CHANGE》(4分2秒) (9,035)
WATERISLIFE《4 Year Olds Bucket List》(2分11秒) (1,079,839)
CONSEJO PUBLICITARIO ARGENTIONO《THE 1000 MILES OF LUCA》(9分2秒)
(8,162)
HONDA《SOUND OF HONDA/AYRTON SENNA 1989》(1分30 秒)
(183,352)
再生回数を見ると、《FIRST KISS》は群を抜いており、1億1,467万回以上ある(表7-1参照)。こ の再生回数の差が生じている原因は何か。グランプリの《THE EPIC SPRIT》はマス・コミュニケーシ ョン型文化の職業的映像作家らの文化的エリートたちによる工夫が凝らされ、ユーモアの要素も盛り込 まれた動画コンテンツである。それにも関わらず、《FIRST KISS》の再生回数が《THE EPIC SPRIT》
の再生回数を上回っていることは、マス・コミュニケーション型文化の手法で制作された質の高いコン テンツよりも、プロシューマー型文化のコンテンツの方が、YouTube上では広告コミュニケーションと して機能する可能性を示している。
YouTubeは、雑多な動画が世界中(一部の地域を除く)の人びとから随時投稿される動画投稿・共有
サービスである。《FIRST KISS》をYouTubeに投稿したのは、タチア・ピリエヴァ(Tatia Pilieva)
という全く無名であった映像作家であった。世界中から毎日大量の動画が投稿されていることからすれ
ば、《FIRST KISS》は注目されないまま無数の動画の中に埋もれていても不思議はない。しかし、《FIRST
KISS》は多くの人びとに視聴され、2014年のYouTubeの年間再生回数の第3位となるほどのコミュ
ニケーションの量的増加を発生させた(表7-2参照)。
2014年のYouTubeの再生回数トップ10の作品を確認すると、第1位は《Mutant Giant Spider Dog (SA Wardega)》、第2位は《Nike Football: Winner Stays.ft. Ronaldo, Neymar Jr, Rooney, & more》
221 再生回数の( )内の数字は参考値。公式アカウントからのYouTubeへの投稿がないため、個人アカウン ト名で投稿されているものの再生回数を合計した。公式ホームページに掲載される動画コンテンツは再生回 数を確認することはできず、また、公開期間が限定されている場合が多く、既に削除されているものもあっ た。
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である。前者は、ユーチューバーによる4分ほどのイタズラ動画である222。飼い犬に蜘蛛のぬいぐるみ をかぶせて巨大蜘蛛をつくりあげ、市街で一般の人たちを驚かせて、ホラー映画風の映像にまとめたも のである。後者は、スポーツ用品メーカーのナイキがサッカーのスーパースターたちを出演させた4分 ほどのインターネット用広告コンテンツである。その他のトップ 10 の作品は、テレビの素人参加の歌 番組の部分を切り取った映像を個人が投稿したものが2つ(第4位《The Voice IT| Serie 2| Blind 2
|Suor Christina Scuccia - #TEAMJ-AX》、第6位《Bars & Melody – Simon Cowell’s Golden Buzzer act| Britain’s Got Talent 2014》)、ビールメーカーのバドワイザーがテレビCMと同じものをYouTube のバドワイザー公式チャンネルに投稿したもの(第7位《Budweiser Super Bowl XLVIII Commercial –“Puppy Love”》)、第1位の作品と同様のユーチューバーによるイタズラ動画が一つ(第8位《Devil Baby
Attack》)、ユーチューバーが制作したパロディ・アニメーションが1つ(第9位《Goku vs Superman,
Epic Rap Battles of History Season3》)、ユーチューバーによる実験・検証映像が2つ(第5位《iPhone 6 Plus Bend Test》、第10位《10 Hours of Walking in NYC as a Woman》)である(表7-2参照)。
表 7-2 2014 年 YouTube 再生回数トップ10223 YouTube Top10 Videos of 2014
1 Mutant Giant Spider Dog (SA Wardega) (1億1400万回再生)
2 Nike Football: Winner Stays.ft. Ronaldo, Neymar Jr, Rooney, & more
(9,900万回再生)
3 FIRST KISS (94,500万回再生)
4 The Voice IT| Serie 2| Blind 2 |Suor Christina Scuccia - #TEAMJ-AX
(6,600万回再生)
5 iPhone 6 Plus Bend Test (5,900万回再生)
6 Bars & Melody – Simon Cowell’s Golden Buzzer act| Britain’s Got Talent 2014
(5,700万回再生)
7 Budweiser Super Bowl XLVIII Commercial –“Puppy Love” (53,700万回再生)
8 Devil Baby Attack (4,900万回再生)
9 Goku vs Superman, Epic Rap Battles of History Season3 (4,100万回再生)
10 10 Hours of Walking in NYC as a Woman (3,700万回再生)
(再生回数は2014年12月10日現在)
YouTubeでは、ユーチューバーによるジャーナリスティックな内容の投稿や、社会実験や心理学的実
験の投稿も多く行なわれており、《iPhone 6 Plus Bend Test》や《10 Hours of Walking in NYC as a
Woman》がそれに当たるが、《FIRST KISS》も投稿された当初はそのような実験映像の1つと捉えら
222 高橋ユキ(2014)によれば、ユーチューバーは「独自に制作した動画を定期的にYouTube上に発信し ている人」であるが、「YouTuber」「YouTubeクリエイター」は日本語圏で用いられる呼び名であり、英 語圏では「YouTubeパーソナリティ」「YouTubeスター」「YouTubeセレブリティ」といった呼び名が用 いられている。
223 Borison,R.(December 10, 2014)