名問︑利養の為に用い︑利欲の生活に自著して臼らをaしぼしてしまったのである︒
( 88 )
5
︑結デーウァタッタの神通と釈尊や恒りを聞いた必子連の神通と異った点は︑神通に対する考え方である︒前者は神通
力は﹁仏に諸人が供養するは神通の為なり﹂と思い︑利養を符ょうとして神辺力を求めているに反して︑後者は﹁役
生済度の為人を度すること多きなり﹂と認めた時にのみ行い︑あくまで桝脱を得させようとの考えよりするのであり
神通も追を得ょうとして修定し︑その功徳として取得しているのである︒
釈尊はいたづらに神通の成を誇るものは誠め︑目述内守者等の外教の教化と法の宣布の為に行うものは称揚していら
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れるのである︒
神通に対する正しい芳え方は正智を得ること︑漏を尽すことを主にしてゆくことであって︑制尺︑通の取引川を第一と
せよといわれ︑先づ無常︑苦︑空︑無我を説き︑神通は功徳として日然と得られるのであるとテlヴァダゥタに教え
られたのはそれを証している︒
デiヴァタッタの神通は五通であると明記してある︵大切皮論︶が︑五利通は﹁凡夫民生も向す﹂といわれ︑叫川俗
的迫力であるとされているのは︑悟りを目的としている漏尽通警︵悟りの智︶を欠くところからいうのである︒
デlヴァダッタの神通を得た時機については︑岡山出世太子の供一次を得た前后とするものが多いが︑
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山口 出門 目白
﹀丘 町内
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には阿難︑阿那津︑政提︑金品川組︑婆件︑優波維と共に出家したが︑政担︑金見続︑川俳人符︑優波離は直
ちに阿維漢となり︑阿難は泊流果を得たのに︑デi
ヴァ ダッ タは 凡常 の神 通︵ ロ己 笹口
︺守 口付 白一 色門 店︷
︶を 得た だけ であ るとしているが︑デlヴァダッタ出家后間もなくのこととすれば︑デーヴァダッタが神通を柊得したのは大分早い時
( 89 ) 機のことLなるのである︒デlヴァダッタの神通はたしかに早い時機にあったのかも知れない︒初めは熱心に修道に
志したに違いないから︑得ていたとも思われる︒それが釈尊の晩年に至って反逆を企てたような大きな事件につなが
るマカダ国王アジヤセの供養を得ることになったので︑デlヴァタッタの神通力がその折獲得したかの如く伝えられ
たのかも知れないのである︒しかし時機の早い遅いの問題はあるとしても︑利養の為に用いられ︑自らを滅ぼすこと
になったのである︒
の大 智度 論二 十八 初口 山第 四十 三に は﹁ 仏は 初夜 分に 一通 一明
︑所 謂如 意通
︑宿 命明 を得 たま ひ中 夜分 に天 耳通
︑天 眼明 を得 たま ひ後 夜分 に知 他心 智通
︑漏 尽明 を得 たも う﹂ と山 山づ
︒
①南伝三十四︑二二六頁
①仏所行讃︑仏本行集続︑過去現花因果経︑普曜材料等u
③雑一阿合第六︑増一阿合第十九︑仏本行集経︑五分伴︑十諭律︑仏所行讃等に出づ︒
⑤根本説一切有部毘奈耶破僧事八︑仏説衆許摩一河市終十二に祇悶精舎建立を外道の多数が拒まんとした時令利川が神通力を現じ
て阿伏させ事なきを得たQ
①十詞律三十六︑政相事十三︑利削合四十七︑五分作一二︑四分律巻三︒
⑦雑阿合三十八︑五分律︑破僧事︑十一品待︒
⑦釈尊は日連の法の為にする利一地に対して増一附令に﹁我が弟子中神通・::大目述第一﹂と称えている︒
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華 北 農 村
の 家
族 制
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||同族的結合と家族構成の数量的考察||
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真巳目
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※各節に設けた註記は本文の内容を資料的に補足するともに︑筆者の主張が披涯されているので︑努めて註記を参照せられたい︒
( 91 )
一︑問題提起と研究領域︵本文略︶
本節は紙数の関係上︑そのアウトラインを筒条書に列記し︑筆者の意図するところを披摂するに止めたい︒
村中国家族の歴史的型態には︑家族共産型︵同日同財・同居同嬰・経済的家族とも呼ぶ︶と同族的家族︵宗族的家族
−祭妃家族・宗教的家族とも呼ぶ︶の二型が代表的であること︒山門家族型態の起源は周代の父権的氏族社会の||殊
に上属階級の血縁的シンボルとしての姓の組織体系たる||宗法に基く祖先祭妃によって形成されたこと︒同こうし
た歴史的家族型態を土台としながら︑解放前夜の華北農村社会の家族制度を
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殊に同族的・家族椛成の問題を数量的立場から
ll
l考察すること︒帥本論文は東京大学史学会委員会の教示に基き︑家族制度を通して良民の封建的意識
を浮きぼりし︑近代的意識と対比すること︒∞今日︑巾同農村の家族制度は分析解明を最も要求されている焦目り課
題であり︑そこには幾多の研究領域が績たわっている︒家族制度の佃々の只体的現象の科学的分析こそ︑何が封建的
で何が近代的なのかという問題の把梶への道となるのである︒
一 一 、
①
同 族 的 結 合 と
分 布 状 態
華北農村における家族制度を研究するに当リ︑まづ家族の外延を構成する同族の結合と分布の実態について調べて
おきたい︒即ち︑同族的結合の実態を把摂することは︑一日制度と忠恕としての家族制度︒@土地制度及び村落との関
係
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同族的結合に於ける問結及び族長の支配椛の様相︒⑮同族の社会的機能︒などの諸問題を論究すべき基礎的資( 92 )
料を提供するものである︒② 従来︑中国における同族的結合の強さは︑宅中・ことに不同に著しいとされてき介︒つまり︑同姓の比重の大きい
村孫は︑清代未期または近来の状態からいえば︑事中華南殊に車中間の農村に多いとされてきたのである︒
然しこれに対して︑結合分布の比率が弱いと忠はれる華北に於ては如何であろうか︒たしかに華北では︑華南に見
ちれるような稲田の代りに小麦と高梁の畑に点在すゐ同族共同の始机を祭る相堂︵宗初︶には︑美麗に修理されたも
のは悉ど見られない︒と云っても︑同姓︵同族︶村落が絶無ではないし︑同姓の比重が大きい場合がないではない︒⑧ ただ数量的に華北農村では同族的結合の比重がむしろ少いということである︒従って結合分布の度合を︑一律に平均
して担えることは失当である︒即ち︑華北農村の同族的結合の分布状態は︑可能なかぎりそのニュアンスを把えるよ
う努力すべきである︒
先に見たように︑華北には同族的村泌が絶叫ではないが︑④ も様々であゐ︒従って︑ また同族︵同性︶村でない村も多く︑村務民の姓も職業
同族約合の強弱の度合は︑各村泌が壮烈に平均的でないことは一五うまでもない︒十字景渋氏によ⑤ る河北省定県の村落調査の結果を参考にすると︑同出村の同姓の比前一は半中華市民村に比して小さい似内にあるが︑
る ︒ 華北出村としては︑それ程小さい方ではない︒にも拘らず定以六十二カ村山内︑同性村山治は一カ村を数えるのみであ
こうした傾向は華北炭村慣行調査︵訓査主任杉之原洋一氏︶によって明かとなった河北省保城県の場合も定県と同
比して肢も特徴的な状況を示しているようである︒ 様の状況を示している︒また河北省順一弘山の場合は同性︵同族︶の比主はこの一両県より小さく︑幸中華南の由民村と対
今この捺城県︵全五区
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山城山を除ぐ︶百四十三カ村の村山治仙成から︑川現ではあるがその一部を掲出して参考
( 93 )
としてみたい︒
第一表
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グ
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菌 ︑
ヘ 一
人
1五日悼の中貼城内を際く一山三カ村山内三十五村か一例示︒/
河北 省綾 城県 の村 落構 成︵
/ 総 戸 数 と そ の 百 分 比 は 筆 者 の 算 出 に よ る
︒
︑
︑
総 性 数 最 多 性 と 戸 数 同 上 百 分 率
五
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王 五 三 二 六
・ 一 二 三 県 一 八 八 七 七
・ 四 摂 北
村
総戸 数
二O三
一一
四三
家 名 荘 関 小 任 家 荘
張