2. 先行研究
2.2.4.1. DeBlasi の回顧録
次は朝鮮戦争に参戦した米軍の回顧録からの資料である。本資料は朝鮮戦争に参戦し た退役軍人の回顧録を集めて公開している「Korean War Educator9」というサイトからの ものである。アメリカでは朝鮮戦争の別の言い方として「Forgotten War」とも呼ばれて おり、これは「忘れられた戦争」という意味である。朝鮮戦争が忘れてしまった理由と しては全世界を巻き込み、アメリカも参戦した第二次世界大戦と、19 年6 カ月にわた って行われたベトナム戦争の間で起こったものであることが挙げられる。朝鮮戦争は2 018年の時点でも終わってはいないが、休戦協定を結ぶまでの戦闘期間だけをみると 3年1カ月と比較的短期間だったこと、ベトナム戦争時よりメディアが発達していなか ったことなど理由は様々である。
そこで、アメリカでは朝鮮戦争の歴史を教育し、後世に伝えるため情報を公開してい るサイトなどがある。そして「Korean War Educator」は名前からも分かるように、朝鮮 戦争の事実を伝えるためのホームページであり、朝鮮戦争に関連する貴重な資料を公開 している。特に注目すべきところは、膨大な数の退役軍人の回顧録が整理されている所 である。朝鮮戦争当参戦時の経験談と共に写真と当時の所属先など、細かい情報まで公 開されており、米軍の目線で朝鮮戦争が見られる資料が載っている。
9 ホームページ:http://www.koreanwar-educator.org/home.htm (最終アクセス 2019. 1. 4)
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そこで、筆者はある回顧録の中でバンブーイングリッシュでの会話場面が含まれてい るとても貴重な資料を見つけた。「DeBlasi, Anthony, J.」という退役軍人の回顧録(2008 年4月作成)である。彼は1953年2月25日から1955年2月12日にかけて韓国のブピ ョン(現在のインチョン広域市ブピョン区)の第304通信大隊で勤務していた。
本回顧録には2か所でバンブーイングリッシュの使用の例が登場している。1番目の 資料は本回顧録の著者が自分の経験をもとにバンブーイングリッシュの使用した会話 文を記したところである。それは「Korean/GI mumbo-jumbo(韓国人/米軍のちんぷんか んぷんな言葉)」というタイトルが付けられており、「ブピョンでの言葉遣いは英語、日 本語、韓国語がごちゃまぜになったものだった」という記述がある。ちなみにブピョン はインチョン広域市にある町であり、米軍部隊が駐屯していた地域である(図2-1、図 2-2を参照)。
では、以下にバンブーイングリッシュが使われた会話文を紹介する。本資料はバンブ ーイングリッシュが使われた文の下には括弧を入れて回顧録の著者が標準英語訳まで 付けている(もちろん標準英語と変わらないところにはつけていない)。
そこで、筆者はバンブーイングリッシュ、標準英語訳をそのまま引用し、標準英語訳の 下に日本語の訳を加えた。
尚、本論文では本会話文を「米軍回顧録①」と呼ぶ。
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図2-1.インチョン広域市の位置(〇で表示)
図2-2.ブピョンの位置(〇で表示)
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<米軍回顧録①>
GI: Eedy-wah, boy-sahn! Can you ketchee-me a footlocker?
(Come here, boy! Can you get me a footlocker?)
(こっちにおいでボーイサン! フットロッカーを持ってくれない?)
Boy: Yes, I ketchee-you Number One footlocker. What size? You want footlocker like dis? [Arm gestures.]
(Yes, I can get you the best footlocker. What size do you want? You want a footlocker like this?)
(いいよ、一番いいフットロッカーを持ってくるよ。どの大きさのものがほ しい? これくらいのもの?【腕のジェスチャー】)
GI: No, too skōsh. [“ō” as in “oh”] I want a tok-sahn footlocker, like this. [Broader arm gestures.] Do you have one?
(No, that’s too small. I want a big one, like this. Do you have one this big?)
(いや、それは小さすぎる。僕は大きいものがほしい、これくらい【もっと 広い腕のジェスチャー】これくらいのやつは持っているか?)
Boy: I hava-yes. I ketchee-you more skōsh.
(Yes, I have. I’ll get it for you soon.) (うん、持っている。すぐ持ってくるよ)
GI: Say, where’d you get that sweater? It’s ichi-bahn.
(Say, where did you get that sweater? It’s beautiful.) (おい、 そのセーターどこで手に入れたの? きれいだね。)
Boy: What, dis? Dis Number Ten. I ketchee in market.
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(What, this? This is no good at all. I got it at the market.) (なに、これ? これ全然よくない。これ市場で買ったんだ。)
GI: Do you have any more smoking pipes?
(これ以外のキセルは持っているか?)
Boy: Ah—pipes hava-no. How ’bout dis? You like?
(Ah—pipes I don’t have. How about this? You like this?) (え~パイプは持ってないね。これはどう?これは好き?)
GI: What is it? Oh, I see, an ash tray. Intricate, isn't it?
(これは何?あ、分かった。灰皿ね。複雑な作りじゃない?)
Boy: Moo-lah’. [Accent on second syllable.]
(I don’t know [don’t understand].) (分かんないよ。[理解できない].)
GI: How much?
(いくら?)
Boy: Presen’to! [Accent on second syllable.]
(It’s free of charge.) (タダだよ!)
GI: Really? Thanks.
(本当に?ありがとう。)
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Boy: Can do?—ketchee-me cigarettes in PX?
(Can you get me cigarettes in the PX?) (PX10でタバコを持ってくれないか?)
GI: Number Ten, boy-sahn. No can do!
(No good, boy. Can't do it!) (ダメな子だな。できないよ!)
Boy: Sayonara presen’to.
(No more gifts, then.)
(じゃ、これ以上のプレゼントはないからな。)
GI: That’s OK by me.
(僕はそれでいいよ。)
Boy: OK, GI? Can ketchee-me cigarettes in PX?
(It's OK, GI? You mean you can get me cigarettes in the PX?)
(いい? GI? PXでタバコを持ってくれるっていうのか?)
GI: No! I said no! Cutta! boy-sahn, cutta!
(No, I said no! Scat! boy, go away!)
(ノー!, ノーって言ったでしょ!あっちへ行け! ボーイ、 あっち行け!)
Boy: Sayonara, GI.
(So long, GI.) (じゃな、 GI。)
DeBlasi(2008) (下線及び日本語訳は筆者による)
10 PX : (post exchangeの略) 軍の売店。
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続いて 2 番目の資料を紹介する。この資料は回顧録の中に「Land of the Morning calm」というタイトルで紹介されている。米軍と一緒に部隊内で勤務をしていた韓国 人ハウスボーイと他の米軍との会話場面が登場する。以下に一部をその一部を引用する。
本論文では本資料を「米軍回顧録②」と示す。
<米軍回顧録②>
It was hard to tell how old a native was by sight. Shoeshine boy Han was not over eight, yet he had the face of a middle-aged man. Such rapid aging was evidently due to the hard environment and general poverty. One houseboy seemed old enough to be called “papa-san.” Before he could be of much service, he was drafted into the Korean army. Hut 4 houseboy Chun was a bright lad with a good command of English. In his spare time and that of the GIs he delivered the latest gossip from outside the compound, sang songs, and demonstrated his phenomenal memory. He could recite the laundry number of every man in the hut. Chun—and this was true of most natives—was very proud of his country and its president, Syngman Rhee. “Ah, Syngman Rhee is no good,” Nagy would say to rile him. “He’s a Number 10 good-for-nothing bum!” “No—no!” cried Chun, “Rhee’s Number One! How you speak about president like dat? Why I not hear you speak about President Eisenhower like dat?” “Oh—Eisenhower—he’s no good either!” was the shattering reply. Chun took such spoofing with a smile, but doubtless wondered how men in uniform serving their country could joke about their Commander-in-Chief.
<日本語訳>
外見だけで韓国人の年齢を推測するのは難しい。靴磨き少年ハンは8歳を超 えていなかったが、中年男性の顔をしていた。このような急激な老化は明らか に 厳 し い 環 境 と 蔓 延 し て い る 貧 困 の せ い で あ る 。 あ る ハ ウ ス ボ ー イ は
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「papa-san」と呼んでもおかしくないくらい老けていた。彼はもっと長く働け ただろうに、韓国軍に徴兵されてしまった。第4兵舎のハウスボーイ、チュン は英語が上手く話せる聡明な少年だった。チュンと米軍の空き時間になると、
チュンは兵舎の外からの最近のゴシップを伝えたり、歌を歌ったり、驚異的な 記憶力を披露したりした。彼は兵舎にあるすべての人の洗濯物のサイズが暗唱 できた。チュン—そしてほとんどの韓国人もそうだったが—は自国と李イ承晩スンマン大統 領を大変誇らしく思っている。「李承晩はよくないね。」ナジは彼を怒らせるた めこう言っただろう。「彼はろくでなしだよ!」「ノーノ―!」チュンが叫んだ。
「李は最高の大統領だよ!どうして大統領にそんな言い方するのか?僕はあ なたからアイゼンハワー大統領の悪口は聞いた覚えがないけどな。」「あ、アイ ゼンハワーか。彼もろくでなしだよ!」(彼も)叫ぶように返事する。チュン はこのような冷やかしを笑顔で対応していたが、軍服を着て自分たちの国の為 に服務する人たちが、どうして自分たちの最高司令官を笑いのネタにするのか 不思議に思っていたのは確かである
DeBlasi(2008) (下線及び日本語訳は筆者による)
これらの資料から米軍と韓国人少年及びハウスボーイが日常的にバンブーイングリ ッシュを使用してコミュニケーションをとっていた可能性が示唆される。
上記の会話文をみると米軍と韓国人少年がコミュニケーションをとる際にバンブーイ ングリッシュを使っていることがわかる。まず、下線を引いたところがバンブーイング リッシュの表現である。以下に「米軍回顧録①」と「米軍回顧録②」に登場したバンブ ーイングリッシュの語彙をまとめて示す。資料に登場した順にしており、違う意味で使 われた例を除いて重複しているものは一つにまとめてある。
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表2-2.DeBlasi(2008)回顧録のバンブーイングリッシュ
バンブーイングリッシュ 標準英語訳 バンブーイングリッシュの意味
1. Eedy-wah Come here iliwa 이리 와
(韓国語)こっちに来て。
2. boy-sahn boy 少年
3. ketchee get 持ってくる
4. too skōsh too small 小さすぎる
5. tok-sahn big 大きい
6. hava-yes Yes, I have 持っている
7. more skōsh soon すぐ
8. ichi-bahn beautiful きれい
9. Number Ten no good よくない
10. hava-no I don’t have 持っていない
11. Moo-lah’ I don’t know mol-la 몰라
(韓国語)分からない
12. Presen’to free of charge タダ
13. No can do can’t do it できない
14. Sayonara presen’to No more gifts これ以上無料提供しない 15. cutta! boy-sahn, cutta! Scat! boy, go away! gat-ta 갔다
(韓国語)行った あっち行け!ボーイ、
あっち行け!➡意味変化 16. papa-san elderly Korean male11 中年の男性
17. Number 10 the worst 最悪
18. Number One the best 最高
11 Algeo(1960)
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重複している項目を除いても18個のバンブーイングリッシュが使われていることが 分かる。本資料を含めたバンブーイングリッシュの質的分析及び量的分析は第3章と第 4章で詳細に扱う。
「米軍回顧録①」「米軍回顧録②」の資料で注目すべきものは韓国人少年と米軍の間 のバンブーイングリッシュがほぼ実際の使用場面に近い形で記されている点である。本 資料のようにバンブーイングリッシュの実際の会話例が残っている資料は管見のとこ ろ見当たらなかった。バンブーイングリッシュがどのような場面、どのような目的で使 われていたのかが見て取れる貴重な資料と言えよう。現代英語訳がついていたおかげで スタイルの違いも確認できた。また、本会話例には「skoshi」「taksan」などの起点言 語が日本語のもの、「Moo-lah’」のように起点言語が韓国語のものも登場している。「米 軍回顧録②」の英語が堪能だったとされたハウスボーイとの会話でもバンブーイングリ ッシュが使われていることを見ると、英語能力にかからわず、当時韓国でバンブーイン グリッシュが広く使われていたのではないかと思われる。ただ、米軍は「米軍回顧録①」
のタイトルを「Korean/GI mumbo-jumbo(韓国人/米軍のちんぷんかんぷんな言葉)」と付 けたことから分かるように、違和感を感じながらも使用していたことかもしれない。