1990年から活動をはじめ、2014年は23ヵ国からAFS生を 受け入れました。
教育制度
小中学校(6〜15歳:1〜9年生)は義務教育で、その後は 大学進学を前提とした高等学校に進むコースと専門学校に進 むコースがあります。高等学校は2年(16〜18歳:10〜11 年生)、大学は5年(18〜23歳)です。
高校生活
学 年: 9月〜5月。
授 業:月〜金の週5日制(一部の学校は土曜日も授 業が あります)通常8時または9時〜15時。
教 科:ロシア語、文学、数学、歴史、外国語、現代社会、
心理学、生物、物理、科学、天文学、体育などが 必修科目です。
課外活動:音楽、ダンス、スポーツが中心です。
そ の 他:近年、理科、外国語、芸術に特化した専門高校も 設立されました。
支部で語学研修の機会があります。
配属の傾向
大半が西部、中部の都市郊外、あるいは小さな町に配属され ます。シベリアに配属される可能性もあります。モスクワやサン クトペテルブルクなど大都市への配属はほとんどありません。
g配属制限h g予防接種h
喫煙者のいる受入家庭が大半であるため、禁煙家庭への 配属は困難です。菜食主義者の配属も困難です。
BCGなど指定の予防接種が必要です。
私はロシア南西部のヴォルゴグラー ドという大きな街に8月の 終わりに派 遣され、秋と冬をそこで過ごしました。
10月には雪が降り始めるのではと考え ていた私の期待ははずれ、11月の初め にはAFSのキャンプでソチへ行って黒 海で泳ぐことができるほど暖かかった のです。ソチへは寝台列車で約2日か けていき、ロシアの壮大さを実感した ことを覚えています。12月に入ると一 気に寒くなりマイナス20度、30度は当 たり前になりました。いくら南 部とは いってもやはりロシアの厳しい寒さはつ きまといましたが、実際に生活して私 はロシアの冬は暖かいなと感じてしま いました。外は寒くても学校や家の室
内は真夏並みの暖かさでみんな半袖で 過ごしていましたし、毎日、放 課 後に は近くの川でアイスホッケーに熱くなっ ていたのでそのせいかもしれません。
2月になるとホストチェンジをして近 くの小さな村に引越しました。ここは 前半の都会での生活とは違い、学校帰 りに羊やヤギの群れに遭遇したり、隣 のおじさんのところへ行って牛乳や生 みたての卵をもらったりと大自然に囲 まれた生活でした。3月に冬にお別れ を告げ、春を迎え入れるお祭りがあり、
それが終わると一気に暖かくなりまし た。5月になると、気温はプラス40度 以 上になり、夏休みに入ります。朝は おばあちゃんを手伝って馬に乗って羊
飼いをし、その後は畑仕事、時間があ れば近くの川でシスターや友達と泳い で遊びました。時には、お父さんたち について森に入り鳥を狩ったり、薪で 火を起こしてサウナに入ることもありま した。
このようにロシアは決して寒い 冬だ けではありませんし、広大な国土をもっ ているからこそ、住む 場所によって生 活様式も全く違います。それが何でも ありのロシアの良いところであり、どん な環 境でも細かいことは気にしない、
寛容なロシア人が暖かく支えてくれるで しょう。今でも目を閉じるとハンモック に寝転がって眺めたロシアの星空がよ みがえってきます。
何でもありの国、ロシアの四季
帰国生 の 声
派遣
強化国 夏組 8
月出発 主要言語 ロシア語
ヨーロッパ
《Europe
》36 スイス連邦 Swiss Confederation
生活様式
緻密な仕事を得意とし、礼儀正しく、個人のプライバシーを重 んじるスイス人は時々よそよそしいと誤解されるようですが、
ドイツ語圏・フランス語圏・イタリア語圏・ロマンシュ語圏と四 つの文化を併せ持つ親しみやすい国です。
AFSスイス
1953年から活動を始め、2014年は45ヵ国からAFS生を受 け入れました。
教育制度
長年にわたり教育に大変力を入れています。義務教育は6歳 から15歳までの9年間または10年間で、学校は初等、中等、
高等学校からなり、制度については各カントン(州)の責任に 委ねられています。
高校生活
学 年: 8月下旬〜7月上旬。
授 業:月〜金曜日の週5日制。通常7時半〜16時。
教 科:数学、理科、歴史、地理、英語、フランス語、ド イツ語、体育、音楽、美術など。
課外活動:学校にはないので、自主的に地域のクラブなどを探 してください。
そ の 他:スイスの学校のレベルは高いので、派遣生は積極 的に授業に参加し、学業に取り組むことが望まれ ます。
支部で語学研修の機会があります(ドイツ語圏)。
配属の傾向
ひとり親の家族が多く、家事を積極的に手伝うことが期待さ れます。
配属先は主にドイツ語圏です。フランス語を一定期間学んだ ことがあり、語学能力を証明することができる生徒は、まれ にフランス語圏に配属されることがあります(フランス語圏へ の配属は、最低でも2年以上のフランス語学習歴が必要です)。
特定の配属言語圏を希望することはできません。配属される 言語圏が決まったら、すぐに言語の勉強を開始してください。
地方への配属がほとんどです。AFS生は通常ギムナジウムま たはカントンシューレの10年か11年(日本の高校1、2年相当)
に編入されます。
g配属制限h
g成績h
g語学h
乳製品と野菜のみしか食べない生徒の配属は困難です。
受入家庭の9割以上で室内ペットを飼っているため、動 物アレルギーのある生徒の配属は困難です。特定の教会
(モルモン教、エホバの証人)に通うことを希望する生徒、
体重過多の生徒の配属も困難です。
ホストスクールの受入条件として、過去3年間において全 ての科目の成 績がトップクラスであることが求められま す。選考試 験の受験にあたっても、学業成績が上位1/ 4 以内であることが条件となります(P 56)。
出発までにオンライン語学講座の提供があります。
ハイジやアルプス山脈などで有名な スイスは、想像する通り本当に美しい 自然がたくさんありますが、私はここに 来てすぐに壁にぶつかりました。それ は言語です。出発前に少しは言語の勉 強をしていったものの、いざ話す、聞く、
理 解するとなると全く出来ませんでし た。ドイツ語は人生の中で初めての挑 戦で、始めは人が言っていることに耳 を傾けることに集中して理 解するだけ で精一杯でした。しかし、私のホスト ファミリーは私に英語をあまり使うこと
なく、私が理解するまでドイツ語を使っ てくれました。そのおかげもあって3ヶ 月程 経ってようやく理 解も出来る様に なってきました。
スイス人は本当に温かい人ばかりで す。私のホストファミリーは両親に加え、
年下の妹と弟がいます。家族は私を本 当の 子 のように見てくれると同 時 に、
18歳の私を大人の一員としても扱いま す。日本にいれば私はまだ学生でいつ も親に頼ってばかりですがここではそ うはいきません。自分のことは自分で。
それは私にとって新鮮なことです。そし て彼らは休みがあると出かけたりして、
私にスイスを見せてくれます。日曜は全 ての店が閉まっているので必ず家族の 時間が出来ます。日本でそんなことは ないので最初は多少の不便利さを感じ ましたが、今ではちゃんと皆が休息を 取れて、かつ家族と共有する時間もで きる日曜日が素敵に思います。私は日々 家 族 へ の 感 謝 の 気 持ちで いっぱ いで す。
本当の家族、そして大人の一員として
帰国生 の 声
冬組 2
月出発 夏組 8
月出発 主要言語 ドイツ語・フランス語
ヨーロッパ
《Europe
》37 ドイツ連邦共和国 Federal Republic of Germany
生活様式
自分の意見を率直に述べる国民です。活動的でスポーツを楽 しみます。家族の形態は様々で、父親が外で働き、母親が家 事を任されている家庭もあれば、両親共に仕事をもち、家事 を公平に分担する家庭もあります。子供は両親に自分の行動 についてきちんと事前に報告しなければなりません。
AFSドイツ
1947年に設立されました。2014年は50ヵ国からAFS生を 受け入れました。
教育制度
教育は各州の教育省に任されています。義務教育は6歳から 15歳までの9年間(一部の州は6歳から15歳までの10年間)。
小学校4年を終えた後、能力・志望に応じ大学進学コースのギ ムナジウム(9年)、職 業コースのレアルシューレかハウプト シューレに進みます。上記コースを合わせたゲザムトシューレ も少数あります。
高校生活
学 年: 8月下旬〜6月下旬。
授 業:週5日または6日制。通常8時から13〜16時。
教 科:ドイツ語、英語、数学、物理、生物、科学、歴史、
社会、美術、音楽、地理、哲学、体育など。
課外活動:学校ではほとんどありませんので、音楽やスポーツ の活動をしたい人は自主的に行ってください。
そ の 他:多くの生徒はかなりの時間を勉強に使います。授業 は一 般に少人 数 制で、自分 の意 見や 考えをもち、
発表することを重視しています。多くの学校で修学 旅行があります。
支部で語学研修の機会があります。
配属の傾向
ほとんどのAFS生が地方の中流家庭へ配属されます。都市へ の配属はごく少数です。また、旧東ドイツに配属される可能性 もあります。通常、公立高校ギムナジウムかレアルシューレの 10年(日本の高校1年相当)に編入されますが、現地到着後、
生徒の語学力等をみながらホストスクールが決定されます。近 年社会情勢の変化等により、AFS生の配属先の確保が大変 厳しく、配属の決定に時間を要しています。状況をご理解の上、
ご応募ください。
g配属制限h
g出発日h g語学h
カトリック・プロテスタント以外の特定の教会に通うことが 必要な生徒や、野菜しか食べられない、肉しか食べられ ないなど厳格な食事制限のある生徒の配属は困難です。
配属状況により出発日が複数回に分かれます。
出発までにオンライン語学講座の提供があります。
「留学なんて行ってみたら何とかなる よ」私はそんな言葉を何度も聞いてきた。
しかし私は今そういう人の話をそんなこ とはないと思いながら聞き流している。
仕方のないことだ。私も留学のことにつ いて他人にアドバイスをするならきっとそ う言うだろうから。
ドイツでの暮らしは、非常に悠然とし ていてそれでいて規則的であった。中世 の暮らし、とでも形容できると私は思う。
物を大切に扱い、家族との絆を深め、勿 論友達や知人も温かく受け入れる。そん な何か自分に欠けている大切なものに触 れる時であった。それと同時にあちらの 世界でのスタンダード、言葉の意味につ いての概念や、ある事象に対する考え方、
自己意識の違いなどを学ぶことができ、
非常に興味深い日々であった。それによっ て鏡で自分を見るように日本のこと、自 分を見つめ直す機会を得ることもできた。
辛いことも勿論数え切れないほど記憶 している。言語について、英語はまるで 通じない環境であったし、ドイツ語も無 知であり、ジェスチャーから辞書、絵を 描いたりと、ありとあらゆる手段を活用し て必死に自分の思っていることを伝えた。
わからない単語を聞いたら手に書いて覚 えていたりもした。
学校については非常に苦労した。殆ど の生徒、先生ともにアジア人、日本人に ついての理解がなく、多少人種差別的な 発言もあった。そのためクラスでは殆ど
友 達はできなかった。それでも親 身に なって助けてくださった先生もいたり、別 の国から同じAFSで留学してきた外国人 と仲良くなってドイツ語でコミュニケー ションを取ったりしていたため有意義で はあった。しかし、クラスでの雰囲気と 自分に対する嫌悪感、軋轢は拭い去るこ とは最後まで出来なかった。
そうして憂鬱な日々もあり、落ち込む ことも多かったが、そんな自分が通して 頑 張 ることが で きたの は ホストファミ リー、友 達、AFSのサポーターさん方、
そして日本での家族のお蔭だと思う。「あ りがとう」と感謝の言葉を述べるだけで はなく、いつの日か「行動」によってこの 恩を返していきたいと思う。