1989年から活動を始め、2014年は27ヵ国からAFS生を受 け入れました。
教育制度
6歳から16歳が義務教育です。中等教育は、ギムナジア(普 通校で、上級の学校への進学を目的とする学校)、サッコゼー プイシュコラ(経済、工業、商業などある分野を専門に勉強し、
就職もしくは大学進学を目的とする学校)、サクムンカーシュ ケープゼー(職業訓練校)の3つのタイプがあります。
高校生活
学 年: 9月初旬〜6月上旬。
授 業:月〜金の週5日制。通常8時〜15時。1時限45分、
1日6〜7時限。
課外活動:学校や地域で、演劇、スポーツ、フォークダンス、
音楽などの活動をすることができます。
そ の 他:生徒は学業を真剣にとらえています。ほとんどの学 校で修学旅行があります。通常、制服はありません。
支部あるいは学校で語学研修の機会があります。
配属の傾向
約6割は都市とその近郊、4割は地方の保守的な家庭に配属 されます。AFS生の大半はギムナジアの10年から12年(日本 の高校1〜3年相当)に編入されますが、サッコゼープイシュ コラにも少数が配属になります。
ホストスクールの決定は現地到着後になります。
g予防接種h 配属のため、BCG、ポリオ、ジフテリア、百日咳、破傷風、
はしか、風疹、B型肝炎の接種が義務づけられます(62 期参考情報)。
留学では、言語だけでなく色んな物 事に対する興味や理解、日本にいては 見つけること、学ぶ事ができなかった たくさんの機 会を得ることができまし た。
例えば、私の学校は宗教の学校なの ですが、今まで一度も宗教に接したこ とがなかった私にとって、宗教の授 業 はとても興味深いです。聖書を読んで、
書かれていることを実際に自分たちで 表現してみて、それに対してどう感じた、
なぜこの聖書にはこう書かれているの か、などを生徒達で討論したりします。
留学する前は全く宗教に対して興味も
理解も無かった私ですが、今は宗教の 事をもっと学んでみたいと思うほどで す!
私には同い年のホストシスターがい て、彼女とはひとつの部屋をシェアして います。毎日同じ部屋に一 緒にいるか らこそ、日本の兄弟と喧嘩するように 何度か喧嘩することもあったのですが、
お互い本音を言い合えば何が悪かった のか理解できるし、彼女は一人のハン ガリー人であり阿吽(あ・うん)の呼吸 でわかりあえるわけでもないので、思っ たことははっきり明 確に伝えることが 正解だと改めて感じました。
また、ハンガリー人はとても陽気で 楽 天的なのですが、日本人もこのくら い楽天的だと良いのにと感じるときも あれば、たまに個人主義意識が強くて 改めて日本人で良かったと感じるとき もあります。こういう国民性などを日本 と比 較してみて、改めて自国の良さを 知れるのも留学ならではだなぁと思い ます!
留学する前はただ他の国に興味を抱 いていただけでしたが、この約1年間 を通し自分の視野が広がり、もっと色々 な国に行ってその国ならではの文化を また学びたいと思うようになりました。
日本にいてはわからなかったこと
帰国生 の 声
夏組 8
月出発 主要言語 ハンガリー語
(マジャール語)アジア
《Asia
》2013年7月19日から2014年の5月 19日までフィリピンのパンガシナン州 という、ルソン島北部の田舎に留学を していました。ひとつひとつの経 験が 私にとっては大きなものでしたし、日 本に帰ってからの進路にも大きく影響 しました。
言 語 の 壁 には長 い 間 ぶつ かってい た、というか私は10ヵ月間ずっとぶつ かっていたので はないかと思います。
それは、フィリピンでは英語を話すも のだと思っていたのですが、タガログ 語という現地語のほうが使われていて、
特に子どもはそれしか 話 せない ので、
習得するのにすごく時間がかかりまし た。最後まで習得したと自信をもって
いえるものではありませんでした。しか し、全力で二か国語に挑戦していたあ の10ヵ月間はきっとこれからあまりな い経験なのだと思います。
次に、大きな経 験としてはやはりホ ストファミリーとの交流でした。ホスト ファミリーも一つの家族。私が入ったこ とにより、大きな異物が入ったような 感覚。その新しい空間を作り上げるの にはすごくすごく時間がかかりました。
そこへの挑戦、新しい家族を作り上げ ようとするホストファミリー、私のホー ムシックや新たな挑戦。自分を受け入 れてくれていることに対する感謝や、そ れから異文化に対する困惑。たくさん 感じながらも、成長している自分を強
く感じました。
また、学校の友 達ともたくさんの衝 突をしました。宗教的な違い、フィリ ピンはカトリック教 徒がとても多いの で、食前にはお祈り、クリスマスなど の行事はとても大きかったです。最初 は友 達もできませんでしたが、周りの 支えもあり、今は親友と思える友達も できました。
まだまだたくさん語りきれないこと はありますが、あの10ヵ月間全力で駆 け抜けた期間は周りの支えなしでは過 ごせなかったです。AFSや家族、日本 の友 人たち、そしてホストファミリー。
本当にありがとうございました。
27 フィリピン共和国 Republic of the Philippines
生活様式
フィリピンはマレー文化をベースにしながら、スペインとアメリ カ統治時代の歴史を通じて様々な文化を吸収し、多様で豊か な文化をはぐくんできました。公用語は国語であるフィリピン 語と英語ですが、世界の中でも英語を話す国民の割合が多い 国のひとつです。国民は親しみやすく親切で、家族や親戚や友 人の絆を大切にします。ひとつの家に多くの家族が同居する 場合もあります。目上の人を大事にする文化です。
AFSフィリピン
1956年に設立されましたが、1980年から20年間活動を中 断していました。2000年よりAFS帰国生の働きかけでアジ ア各国と協力関係を結び、2003年から再びAFSパートナー に復帰しました。2014年は19ヵ国からAFS生を受け入れま した。
教育制度
義務教育は初等教育(6年)、中等教育(4年)、高等教育(2年)
の12年間です。
高校生活
学 年: 6月上旬〜3月下旬または4月上旬。
授 業:月〜金の週5日制。通常7時半〜17時半。1時限 40分〜1時間。
教 科:英語、数学、科学、フィリピン語、フィリピンやア ジアの歴史、経済、体育など。
課外活動:スポーツ、ディベート、ダンス、映 像 芸 術、音楽、
家庭科、ドラマ、環境活動など。学校によっていず れかのクラブ活動に参加することが求められます。
そ の 他:支部あるいは学校で語学研修の機会があります。
配属の傾向
AFS生は中等教育の10年生(日本の高校1年相当)に編入さ れます。マニラなどの都市部もしくは郊外に配属されることが 多いですが、地方への配属もあります。
g配属制限h g語学h
菜食主義者や食事制限のある生徒の配属は困難です。
内定後に所定の英語レベルチェックの提出が義務づけら れます。
全力で駆け抜けた 10 ヵ月間
帰国生 の 声
派遣
強化国 夏組 7
月出発 主要言語 フィリピン語・英語
ヨーロッパ
《Europe
》28 フィンランド共和国 Republic of Finland
生活様式
多くの芸術祭が開かれ、世界に誇れるテクノロジーを持ち、環 境保護にも力を入れている国です。国民はシャイで打ち解けに くいと言われていますが、知り合うにつれ温かく愛情深い人々 であることがわかります。共働きの家庭が多く、子供の家事 参加は一般的です。子供は10代のうちから自立した存在とし て扱われ、大人からの信頼に応える責任ある行動が求められ ます。
AFSフィンランド
1948年から活動を始め、2014年は31ヵ国からAFS生を受 け入れました。
教育制度
7歳から16歳(小学校6年間と中学校3年間)までの9年間 が義務教育です。
高校生活
学 年: 8月中旬〜6月初旬。
授 業:月〜金の週5日制。通常8時〜14時。1時限45分、
1日5〜7時限。
教 科:フィンランド語、スウェ̶デン語、英語、その他の 外国語、数学、化学、生物、心理学、歴史、体育 など。
課外活動:写真、コンピューター、演劇、スポーツなどのクラ ブがある学校もあります。
そ の 他:宿題が多く出されます。
配属の傾向
約7割が都市とその近郊の小都市、3割が地方の小さな町に 配属されます。ラップランドにも配属されます。フィンランド 語を話す人が9割以上ですが、スウェーデン語を話す家庭に 配属された場合、スウェーデン語を使用する学校に通います。
通常公立高校の1年か2年に編入されます。
ホストスクールの決定が現地到着後になる場合があります。
g査証h g配属制限h
取得のため、大使館から本人へ出頭要請があります。
ルター派以 外のキリスト教会へ通うことが必 要な生徒、
菜食主義者など食事制限のある生徒の配属は困難です。
私の最初のフィンランドのイメージは
「とにかく寒い」というものでしたが、
現 地に到着した8月はとても暑く、皆 半 袖 を身 にまとっていました。また、
まわりにはいつも森が、湖が、サウナ があり、人はもちろん犬もサウナに入っ た後湖に飛び込み夏を楽しみます。私 もサウナと湖に入り、フィンランドの夏 を短い間でしたが満喫しました。
夏が過ぎるとすぐに肌 寒くなり、手 袋 やマフラーが 必 要 になってきます。
フィンランドの秋はほんの少しで、瞬く 間に冬がやって来ます。冬の間は日照 時間が非常に短く、1日に数時間ほど しか太 陽が 昇らない時 期もあります。
その間は、太陽の日を浴びることによっ
てつくられるビタミンDが不足してしま うため、サプリメントで補います。外を 歩くときには呼吸をするたび口や鼻の 穴の中が凍り、凍った暗い道路で何度 も転びなかなか立ち上がれないことも ありました。しかし外気温が−30℃近 くあったとしても、家はもちろんのこと 学校や建物の中にはオイル管が張られ ているため、いつでも暖かく過ごすこ とができます。また暗く、寒くなること で朝の登校中でも月や星が美しく見え、
日中で もときどき夕焼 けが 現 れます。
体育の授 業ではカリキュラムにアイス ホッケーやスキーが入っており、スケー トの授業は近辺の凍った湖の上で行わ れることもあります。そしてフィンラン
ドでは真冬の氷点下の中でもサウナに 入ります。凍った湖に穴をあけてつかり、
冬を楽しむのです。帰国直前の6月に は太陽が1日中沈まない白夜も体験す ることができました。
このような特殊な環境の中で、ホス トファミリーや留学仲間、友 達といっ た大切な人々に出会いました。迷惑を かけ、うまくいかなかったこともありま す。それでも、日本に帰りたくなくなる くらいフィンランドに馴染み、楽しい時 間を過ごしました。これからも周りの 支えがあることや感謝を忘れずに、こ の経験を活かせるようにしたいです。