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AB 型振動と正孔軌道

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第 3 章 低磁場下での磁気抵抗効果 25

3.2 AB 型振動と正孔軌道

AB型振動の発現

図3.12は試料Sq Narにおける整合ピーク付近の対角抵抗を示したものである。この磁

場領域においてスイープ速度、スイープ方向に依存しない再現性のある抵抗の揺らぎが観 測された。比較的等間隔性の良い振動であることから、これはAB型振動であると考えら れる[14, 15]。図3.13に振動強度ΔRxx/Rxxを示す。振動強度は次のようにして求めた。

対角抵抗Rxxを多項式近似しこれを対角抵抗のバックグラウンドと考える。そして対角抵 抗Rxxからバックグラウンドを差し引くことで振動成分ΔRxxを抽出して対角抵抗Rxxで 規格化する。こうすることで対角抵抗の大きさによらず、振動の強さを定量的に議論する ことができる。図3.14は振動成分ΔRxxのパワースペクトルを示している。

このAB型振動の周期がアンチドット正方格子の単位胞面積(図3.15)によって決まると したときの振動周期ΔBは、試料Sq Narの格子周期a= 500 nmから

ΔB= h e · 1

a2 = 16.5 mT (3.3)

と求まる。図3.14のパワースペクトルのピークは51.1 T−1に現れていて、磁場周期では

19.6 mTに対応しほぼ一致する。基本周期の他に、図3.14のパワースペクトルには100,

200 T−1付近にも弱いピークがあることが確認できる。アンチドット1つの周回軌道を1、

2、3周することで離散化するエネルギーを反映したものであるとすれば、FFTのピーク は基本振動成分の周波数の整数倍にあらわれるはずでありこの実験事実とは矛盾する。こ のピークの起源として我々が考える2つの要因は

1.重い正孔、軽い正孔それぞれの異なる軌道を反映している 2.カオス的な軌道を反映している

というものである。この2つの要因を反映して図3.14のような振動成分が生じていると思 われる。これから、それぞれの要因について説明する。

正孔軌道について

まず、重い正孔と軽い正孔の軌道がもたらす影響について考える。カオス的な軌道の寄 与は考えない。第1章で触れたように、軽い正孔は電子の軌道と同じように球形のフェル ミ面を持ち、実空間における運動も円形である。一方、重い正孔のフェルミ面は湾曲して おり、実際の軌道は円形というよりも四角形に近い(図1.5)。さらに第4章での考察から試 料Sq Narのアンチドットの直径は空乏化される領域を考慮するとd∼425 nm程度まで広 がっており、実際に正孔が通る領域はa−d∼75nmにまで狭くなっている。これらの状 況で考えられる軌道を図3.16 に示した。51.1 T−1に現れるピークには重い正孔、軽い正 孔がアンチドット1つを1周する軌道に対応する(図3.16の(a),(b)に対応)。さらに100 T−1のピークはアンチドット1つを2周する軌道を反映している。3周回る軌道による振 動はほとんど起こっていない。これとは別に、軌道が湾曲した重い正孔のみアンチドット 4つを囲む安定軌道(図3.16の(d))を取ることができると思われる。軽い正孔はキャリア パスが狭く円軌道を描くべきであるので4つのアンチドットを回るような円形軌道を取る ことができない。この重い正孔がアンチドット4つを囲む軌道に対応するのが200 T−1で ある。アンチドット1つを3周回るような軌道の距離はアンチドット4つを1周するよう な軌道の距離よりも長く行程距離に対して矛盾はない。

さらに、カオス的な軌道の効果も無視できない。これまでも述べたように試料Sq Nar ようなアスペクト比(d/a)の大きな試料ではカオス的な軌道の効果が大きいことが知られ

る。試料Sq Narのアスペクト比は空乏層化される領域を考慮すると0.85程度にまで達し

3.2. AB型振動と正孔軌道 35

12.0

11.5

11.0

10.5

Rxx (kΩ)

-0.4 -0.3 -0.2 -0.1

Magnetic Field (T) 300mK 250mK 210mK 180mK 150mK 120mK 90mK 60mK

図 3.12: 試料Sq Narの低磁場における対 角抵抗の温度変化。整合性磁気抵抗の上に AB型振動と思われる抵抗の揺らぎが存在 し、300mK程度で消滅する。

0.10

0.05

0.00

-0.05

-0.10

ΔRxx / Rxx (%)

-0.5 -0.4 -0.3 -0.2 -0.1

Magnetic Field (T) 300 mK 250 mK 210 mK 180 mK 150 mK 120 mK 90 mK 60 mK

図3.13: 試料Sq Narの整合性磁気抵抗の上に あるAB型振動の振動強度ΔRxx/Rxx

6 5

4

3

2

1 0

Power Spectrum (arb. unit)

400 350 300 250 200 150 100 50

0 Inverse Magnetic Field (1/T)

300mK 250mK 210mK 180mK 150mK 120mK 90mK 60mK

図 3.14: 試料Sq Nar-0.5T+0.5Tにおける振動成分ΔRxxのパワースペクトル。51 T−1付近に強いピークを持つ。

36 第 3 章 低磁場下での磁気抵抗効果

ており、カオス的な軌道の効果も考える必要がある。先ほど述べたような軌道のほかに、

図に3.16の(c)に示した複雑な軌道をとる正孔も多数含まれる。

図3.14のパワースペクトルの内,200T−1付近のピークについては,上述により説明で きる。また,100 T−1付近のピークは幅の広い不明瞭なものとなっているが,これは,定 性的にはアンチドット1つを重い正孔、軽い正孔が2周回る軌道(図3.16の(a)と(b))や カオス的な軌道(図3.16の(c))など様々な軌道の効果が混在しているためと考えられる。

図3.15: アンチドット正方格子にお

ける単位胞。

(a)

(b) (d)

(c)

図3.16: 試料Sq NarAB型振動か ら予想される正孔軌道の様子。アン チドッドの周期と直径の比は空乏層 を考慮した試料Sq Narのものと等 しい。(a)重い正孔(b)軽い正孔(c) カオス的な軌道(d)軽い正孔

1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0

Normalized FFT Power

600 400

200

Temperature (mK)

fit by Exponential function fit by Dingle function data

図3.17: 図3.14のAB型振動に対応するピーク の面積強度の温度依存性。最低温の値で規格化 してある。実線はDingle関数でのフィッティン グ。点線は指数関数によるフィッティング。

E

ΔE

N(E) E

EFF

図 3.18: フェルミ面付近のエネルギー状

態密度に微細構造ができている様子の模 式図。

3.2. AB型振動と正孔軌道 37

AB型振動の温度依存性

このように二次元正孔系に多数のアンチドットがある系でもAB型振動が観測され、二 次元電子系における実験[14, 15]を裏付ける結果となった。これまでの実験でも示されて きたように、AB型振動は位相干渉効果ではなく状態密度の微細構造によるものであると 考えられる。このことについて調べる為に、図3.14から得られるAB型振動のパワースペ クトルの面積強度の温度依存性を図3.17に示した。

この温度依存性を以下のDingle関数 F(T) =A aT

sinh(aT) ; a= 2π2kB

ΔE (3.4)

及び,指数関数

F(T) =Bexp(−bT) (3.5)

でフィットした(図3.17)。式(3.4)のDingle関数でフィットした結果、ΔE = 0.0717±

0.0034meVという値を得た。エネルギー間隔を温度換算すると約800 mKであり、振動

が観測された温度領域に比べて十分に大きい。式(3.4)はSdH振動振幅の温度依存性を表 しており、この式でフィットできることから、この磁場に周期的なAB型振動は図3.18に 示すような、系の状態密度の微細構造を反映していると考えられる。熱活性型の減衰を仮

定した式(3.5)の指数関数によるフィットでも高温部で少しずれが見られるがよくフィット

できている。これは測定温度領域が高温側のみであるためで、より低温部では式(3.4)の

Dingle関数でフィットでき、式(3.5)の指数関数ではフィットできないと考えられる。AB

型振動は量子化された離散的なエネルギー準位を、Fermi面が横切ることにより起こると 考えられている。つまり、ΔE ∼kBT 程度の温度になるとAB型振動は消失する。

AB型振動に寄与する正孔の有効質量

アンチドット1つの周りを囲むことによって生じるエネルギー間隔ΔEはアンチドット の単位胞の周長Lを用いて

ΔE=En+1−En

= h2 2mL2

n+ 1 Φ Φ0

2

n− Φ Φ0

2

= h2 2mL2

2

n− Φ

Φ0

+ 1

= 2 h2

2mL2En+ h2 2mL2

2 h2

2mL2EF + h2 2mL2

(3.6)

と表すことができる。問題になるエネルギー領域はフェルミエネルギー付近なのでEn∼EF

とした。アンチドット系もこれに準じるとすれば、この式(3.6)を用いて正孔の有効質量 を見積もることができる。その結果、二次元電子系における実験[28]と比較して有効質 量は3.0倍という結論を得た。GaAs中で二次元電子の有効質量は0.067meであり(meは 電子の質量)、正孔はSdH振動から軽い正孔がml = (0.33±0.08)me、重い正孔がmh = (0.7±0.15)meという有効質量を持つことを確かめた。すなわち試料Sq Midの有効質量 は、二次元正孔系で有効質量近似が成り立ち、かつ有効質量が加重平均で決まるとすると、

(mhnh+mlnl)/(nh+nl)(0.57±0.13)me程度であると見積もれる。これは電子系の有 効質量の約8倍であり、AB型振動のエネルギー間隔から求めた値と大きく異なる。実際

38 第 3 章 低磁場下での磁気抵抗効果

の有効質量がこれほど単純ではないにせよ、同じアンチドット系で比較した結果と大きく 異なるのには何らかの原因があるはずである。この原因は低磁場におけるAB型振動にお いても低磁場のSdH振動と同じように軽い正孔の効果が大きいためであると推測すること ができる。

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