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ドキュメント内 第七章経済学部の生 (ページ 31-34)

事 業

経営者の目標と投資計画・

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第三篇法律

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経営者支配の法的手段に関する吟味・

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・ 中 企業譲渡と労働関係の移転

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機能承継理論への考察|!

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慣習法上の財産権と近代法

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l売薬懸場帳の売買と担保をめぐって

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第四篇

013:  一寸

人 間 と 社

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詩的直観とイメージの特色について︵その一︶:−

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第二の越嶺会の会員名簿︑すなわち卒業生名簿は︑前回昭和三十八年に発行した億になっていたcそれは高商第十九回

の松原敏夫氏︵富山新聞編集局長﹀の描いた越嶺風景︵立山三山︶が表紙と裏面を彩っていた︒そこで昭和四十一年五月

には改めて四十周年記念号を発行することになってしたが︑それは︑茶表紙を用いおり︑友杉・吉原両教官が中心となり

最新の会員消息を蒐集して編集したものである︒

第三の第三十三回国立十大学経済学部長・事務長会議は︑昭和四十三年六月六J七両日に本学部が当番校となって開催

せられ︑異常な紛争事態の発生していたにも拘らず︑却って寧ろその故に︑当時全国に発生した大学紛争をテ

1 7に︑種

々の情報交換が行われたのであった︒なお同会議における議決事項としては︑つぎの三項目にまとめることができる︒第

一は︑教官研究費の増額に関するテlマであり︑旧制と新制の大学聞に較差が開きすぎる︒とくに実験講座と非実験講

座︑大学院を有する大学とこれを有しない大学聞の懸隔は甚だしい︒そこで文部省に対し︑その較差是正を要求すること

になった︒この国立十大学経済学部長会議の名において︑決議文を六月二十日頃までに文部省へ提出することとし︑文案

は富山大学で作成し︑横浜国立大学と協議することが一任せられた︒第二のテlマは︑実験学科目化の促進であり︑本会

議として経済原論︵計量経済学を含む︶と管理会計を第一順位に︑経済史︵日本経済史・西洋経済史︶と簿記学を第二順

位に実験科目化を図り︑その指定を受けうるよう︑これも富山大学と横浜国立大学が協議の上申請することになった︒さ

らに実験科目化が可能な学科目につき︑秋の会議までに案を練って本省と折衝することも確認せられた︒第三は︑経済学

関係の学部学生のための実験実習設備基準である︒これは研究用を除き︑教育用のものであり︑現在までの実績の五倍位

を基準値として本省へ提出することになった︒文案作成には︑富山︑横浜︑和歌山の三大学が当ることもきめられた︒

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講 座 組 織 の 変 化 と 教 官 の 異 動

文部省は昭和三十九年二月二十五日公布の文部省令第三号︵表題は﹁国立大学の学科目及び課程並びに講座及び学科目

に関する省令﹂と呼ぶ︒本文は一カ条で二項から成り︑それに移しい各大学別の講座や学科目が別表として添えてある︶

を以て︑講座組織に若干の修正を施した︒即ち︑従来はすべての国立大学で﹁講座﹂の称を用い︑その下に学科目を配し

ていた︒それを今次の省令により︑大学院を設置する大学学部にのみ︑講座の称を与えることとし︑大学院を有しない大

学学部は従来の講座を﹁学科目﹂と改称することになった︒それと同時に︑これまで講座単位に学科目が組まれていたの

を︑学科目の下における授業科目という工合に名称を変更したのである︒この省令は昭和三十九年四月一日より施行せら

れた

右の省令第三号によって︑各大学の講座名と学科目名は︑文部省の公示するところとなり︑学部や大学限りで簡単に修 ︒

正変更が許されないことになった︒それと同時に︑講座の場合は︑講座自治の慣行もあり︑人事面で講座間の定員流用は

困難であるが︑学科目制の学部については︑ややこの点に小幅ながら融通性が認められるようである︒

右の省令施行に際し︑経済学部では︑従来の講座名に捉われ︑ず︑内容を明示する表現を以て学科目の称呼とすることに

なり︑例えば経済学第二講座は︑経済史と呼ばれるというように︑夫々の学科目所属教官の聞で熟議が行われた︒その結

果︑左表のように︑学科目と授業科目が再編成された︒だが︑すでにふれたように演習および卒業論文に関するものを除

けば昭和三十二年度の学科目表と変らない︒演習および卒業論文は︑従来両方をまとめて一

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かし︑昭和三十八年十月に専門課程に移行した学生から演習を三年次より開始することに改められたので︵従来は二年次

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