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6 0   に紡言葉︑悌様が常に世に生きてゐるご思ふさ︑設等は偽の無量深遠の慈悲になれて情恋の心を生十

ドキュメント内 棲神 (第14号) (ページ 64-71)

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て馴れきってしまってはならない︑甘へ過ぎではならない︒

みものくや筑紫のはてじかへるさも

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めてよ久遠の月影

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これは高回数頭先生が私共の卒業の折︑詠んで下された歌です︒

自分は一人今叡山じ在ってそして鷲のみ山に合掌しつl︑四明山上高︿止観の月を仰いでゐます︒

みもの︿や筑紫のはてに蹄られた絞友も︑みんな鷲のみ山に合掌しつ

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恩寵の生活を透ってゐる事で

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Cー一九二八︑九︑九|

私が延山を去る瞬間に得た体験を認めました︑意を査す事が出来ないのが残念です︒

本妙律師を慕ひて

木 滞 建

曾て私は醒悟園叢書を讃ん

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︒それは本妙律師の遺縞Zして︑書簡類を集めたものでめった︒初め

何の気なしに讃んで行ったが︑行ん/\曾い本妙律師の霊格に鯛れ︑果ては涙さ共に武者振り議ん

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こんな仁君レ上人がこんなに近︿に在つ亡のかご︑熱し易い私の若血は漏か令にはゐなかったι

枠師の行跡が僅か五六里の雨畑にある事を知って︑私は近レ中にきつごこの村へ行かうさ決心した︒

流れも早い早川の足場危レ川岸に沿ふて上れば︑憧れの雨畑の村は眼前じ迫ってきたcそれは至って 寂しレ山村

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った︒電気の光も見ね泊︑文化の恵みには趨かに縁遠い1

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四十軒のこの村より奥にはもう一軒の人家もない︒本妙律師の行跡ま戸︑はまに一里以上もあるごレ

ふ︒村の人は私の事を案じて︑精々ご危険な恐ろしい話を聞かせて︑私のvむを品質へさせようさ勉める

らしかつに︒けれぜもなの前に現はれる静寂な岩窟ゃ︑清いw瀧の一昔はそんな顧慮をば物の数ごもせな

かった︒あまり人が入らないので︑道らしい道さではなかった︒私は静かに題目を口吟みながら案内

者の後に従った︒或る時は危く懸かる丸木橋を渡り︑叉或る時は朽倒れた大木に行手を遮へぎられな

がら︑次第仁山深︿分け入った︒

山叉山の其の聞に浜水が落合ふ退︑掌位な卒地がめる︒人跡絶ねた此の地の雑草は優に私等の身丈

を設するに十分

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った︒偶々訪れホゆるものさでは︑木枝を停ふ猿のみ

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聞く

︒ 五六丈もめる岩鼻から雨垂の様な瀧が落もてゐるo律師の行龍は︐﹄んな細い筈はないのにがご訪し

く思ってゐた時︑この瀧は降り積︿五月雨時も︑高物掲して雨を祈るの節も︑水量に増減なしさの不

思議な侍設を有ってゐるのにさ︑案内者の話を聞いて︑ゃっさ心の謎が解けた︒

此の瀧から僅か離れて︑大きな石でも破れて抜けたかの様な穴がめるo私の戚情は不思議に動いて

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﹁本

妙倖

師荒

行の

地﹂

斯う書い七一尺僚の木札が此の穴の奥の角に巌かに肥られてめった︒誰がお

配りしたのでらう?

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は苦手へ生ひて山留が・

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あー︑隠れたる墓者本妙枠師ょ︑律師が震は百十除年後の今日向力強く輝いて︑常に私等の迷ひの

心を照し給ム︒然しか

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る人格者本妙律師は唯知る人のみ知る墓者であったcそれは此の雨畑山中の

草深い岩窟の様仁︑容易に人の眼を留めない伴僧ざしての御生涯であった錦ピらう口しかし赫々たる

功業は一克より伴師の望み給ふ所ではなかった︒律師は常に﹁表具の裏打もを以て任十るのみ﹂

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ご口

にせられてゐたのであるD何ごいふ偉い言葉

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らう︒この言葉がめってこそ︑其の門下に優陀那日脚 大和尚や新居日藤上人が出て︑今日の宗門の大成をなしたのでめる︑宜なるかなでめるo

願くば律師愚鈍なる私の上に虞大なる加被を垂れ給ひて宗門有震の人材ごなし給へご︑心に高く潟

仰の叫びを放ちつ

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︑涙ご共に自我備を諦じて法昧にかへた︒

谷に下れば踊り狂ふ水は︑大石に叩かれて飛沫雪を吹き︑岸を噛λでは奔整官を欺き︑留まりては

魔の淵ごなるoひんやりざした空気がグク/ーさ身体を襲って来るD水はめくまでも清い︑私は此蕗 にかうして居る事をピんなにか嬉し︿思った事

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らう︒此の谷の流れに管て醒悟園叢書の窓頭に見た

本妙律師荒行の瀧があった︒私は思は令襟を正さ

Yるを得なかった︒

今や名利名聞に腐心して段々たる宗教家の少から

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るを思ふさき︑自ら宗門の裏に隠れて高歳の基 を固めやうごされた本妙律師を偲ぶの念更に切なるものがめる

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面 山

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ジヤヅ一枚に靴ごいふ軽装に身内﹂しらへして︑七面山へ初の登山古志す︒御廟所を過ぎて書猶暗き

杉林の中を脚下に身延川の清流の一菅を聞きつ

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妙石坊を過ぐれば︑いよ/\爪先上りになる︑樹木盆 々茂って巳に深山の気立つ︒曲折多き道を辿る事時除にして追分に着いた︒脚下は何百丈ごも知れな い谷︑森々たる樹海の轟くる所宮士川の奔流あり︑宛然身は天界に廃するかご思はしむ

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少憩汗を拭 き︑房主志しの甘酒を謝し足を道に向ければ精度くして下り道︑佐渡の畑野から事組着岸の露地︑松 ケ崎へ行く小倉道中宛らであった

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汗一つ流さや却って涼しきを戚じ乍ら赤津へ着レた︒時計は一時 すぎても二時には聞がめるので夏密柑二つ三つ買ひ求めて︑皮をむき人通り少ない

γのを幸ひに頬張り

乍ら足を急がせた︒崖の腹に僅かな道をつけてあつにのには臆病な自分は︑何んさ無しに薄気味悪か

った

0・探々たる春木川仁架けた澗衣橋を渡る折は︑もしやさ思ひ乍らピク

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して渡った︒レよ

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山道にか

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る言︑登つては休み休んでは登り漸くのこさで︑四十二丁目へ着いて休んで居つ七折︑御

山も近︿なったご見へて︑微かに太鼓の昔が開ねるo其の外時々聞ゆるは烏の聾のみ−

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−︑

道で

行迷

った人も七人人にけ

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口法鼓の一音仁勇み立てられ綿門を潜り︑大鐘を三度ついて法味を捧げ早速随身

門へさ急いに︒前の山は霧が深︿て剣然ごはしないが︑山形だけは臆け乍らみねる︒然し地理に暗い

自分にはぎれが何れやら解らなレのが残念だったD

随身門を下れば七両山の本殿は巌ざして構へ︑不断の法鼓は楚々さして響き渡り︑おのづご援威に

ふれて一穂異様な戚がした︒敬慎院に妻寵を願ひ御賓前に法味を捧げて後︑夕食を戴いた折は︑山保

の珍味も是れ以上のものはめるまいご思った︒御山の霊威ごでもいふべきか︒

天 理 や 訪 れ て

今回大阪の岡島伊入氏の篤志によって皐行きれ七関西見皐放行囲廿三名のその一員ご

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して氏に深謝し︑以てこtにその旅行中尤も戚じた事を記してみたい︒

我々の目を驚かすめの庚大な天理の信徒宿泊所こそ︑天理教の隆盛を語るものでめるが︑然し我々

は唯建物の大小によって.その宗教の生きてゐるか死んでゐるかを比較して見亡くない︑少な

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ごも

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kに集ふ信徒の態度によって﹄れを観察したい︒

私が天理へ行うて最も戚動を受けたこまは宗教が生きてをり︑そしてこ

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に集ふ数千人の信徒の態

度が敬庭であるご云ふこさである︒激組去りてま

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日の浅いせいかも知れぬが︑私は嘗て天理を訪れ たやうな気分を味はったこさがない︒粗末な浅黄の印枠天を着た彼等は︑一日何の苦も訴へや働ら︿

脊彼等は衷心からの戚謝の情を以て︑泊を以て︑奉仕の生活を績けてゐるのピ︒彼等の生活には無理

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一皐手一投足これ教組への報思を意味する︑彼等は仕事をするのではない︑仕事をさせてい

たYいてゐるの

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︒誰でも一度天理を訪れたならば︑こーに信仰の溢れた敬度な人︑戚謝の生活を綬 けてゐる人を見るであらうoゐl︑我々はこ

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に何を事ぷ?︑こーに訪れる者は︑第一に数義を云々 しではならない︒数千の男女は信仰は生きてゐるのだ︑戚謝の生活をしてゐるの

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︒彼等には数義の 優劣を批判する徐裕を持たない︒彼等は信仰に生きてゐるo故に信徒宿泊所の農大なる建物も︑常に

自足袋で歩いても汚れ令︑又質によ︿高事が整理されてあり︑その事務のよく整頓されてゐる−﹄ご︑

叉三千人も集る甘露殿に傘や下駄を置いても︑一回も紛失したこごなく勿論間違へのめらう道理はな

い口

時に

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に訪れる西田天香氏も托鉢に来て︑その仕事を見つけるこごなく︑空し︿かへるさ云ふ

こご

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︑この事買を以てその内容の一般を推察するこさが出来るであらうご思ふ︒

彼等の戚謝の生活︑奉仕の勢働の結品は︑めの庚大なる建物ごして生きた手本を我々に示してくれ

るoその建物も全国より集る信徒の奉仕により一一切が出来上るのだ︑他より何者も雇はない︑犬工も

た官も土方の仕事も︑皆彼等の手によってなされる︑そして一度その工事に着手すれば.傍程の建物

でも旬日にして出来上る︑之信仰のカによるものであるo我々の目を開いて日本金闘の︑宗教間体の

事業を見よ︑か︿も生々さし仁信徒の直接の峨労働により︑めの庚大な建物を成し得るでゐらうか︑勿

論他の宗教固体の人々は︑多

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の資金を出して︑その事業の遂行に努力してくれる︒結局その結果は

同一であらうが︑そこに異の奉仕的な態度ご︑敬度ささ云ふものが少ないやういい︒そして一般にそう

ごは云はれぬか︑自己の功績を云々したがったり︑叉その錯にのみ努力してゐるやうに.

一寸

見口

のは

誠に

遺憾

でめ

る︒

叉僻を低くして﹁見送らしてレたYきます﹂ご云ふ言を聞け︑我々は不軽菩薩に接してゐるやうな

気がして︑反封にこもちから戚謝の情を以て合掌したいやうな気になる︑宗教は皐ではない︒我々の

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