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3 1 やきを調

ドキュメント内 棲神 (第14号) (ページ 59-64)

べたまひしものである口きれば宗姐の御魂も亦永遠に疏れて︑絶bぬ身延の自然の中仁︑未来際迄も

住み給ひて忍等の参詣を待丸給ふのであるo

A1

に即して昔が見ねる!斯う考へで来た時︑なは身延の自然に劃して︑云ひしれぬなつかしさを

戚じるのであるo

今に即して昔が見hるならば︑な等の心を通じて宗組の御心に踊れる事が出来るのは嘗然であるo

そしてそれは夢でもなければ︑決して宰想でもない︒私等の様な凡夫が:・:・:芝︑云ふのは人間ごして

尤もな謙遜でめるoが然しぞこが信仰の偉い所で︑異に宗組の信仰に具体回心するならば︑ざんな凡 夫でもやがて宗組の御心に如同し︑本師四仲偉f﹂相通やるこさが出来るのであるo宗姐も﹁此法門は二

千除年の嘗初日蓮憶に稗骨より口決相侍せしなり﹂Z仰せになってゐるではないか︒

概に凡夫の私等が其憾で︑宗姐の御心に鯛れる事が出来るさの確信を得たならば︑めの忍難弘通の

鎌倉の巷を去って︑この草深い身延の山に入らせ給ふに御心が剣るだらうご思ふoぞれは世間で所謂

老の身を養ふ隠居生活ごは金々意味ケ異にしてゐるのであるつ寧ろ身延九ヶ年の御生活こそ﹁法華経

を我得し事は薪ζり菜つみ水︿み任へてぞ得し﹂の御生活であつにのでめるo

きれば人が訪れて来れば法談に時を濯し給ひ︑暇さへあれば筆に親しみ給ひて︑後の世の私等にも

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平等に法華経の党を侍へてやらうさの︑有難い御慈悲からの御入山である︒故仁一度この偉い宗組の

御魂を擁して永久に流れる身延の自然さ︑永遠に絶bぬ法の山風に接した時︑私等の心の荒ぴは︑忽

もに消滅するのであるo

3

︑驚くぺき霊格の身延の自然よ!

身延の自然こそは︑永久に懐しき私等の信仰の中心でめる︒

聖 組 御 入 山 た 懐 ふ

線 線 井

仰げば骨し鷲の山常に住むてふ峰の月

本地の風光ごこしbに質相異如の法の華

天地に吹きて香ば

L

︿げに寂党の習土なれ︒

宗祖日蓮大菩薩建長五年の春の日の

妙法蓮華の首めより死身弘法のみ数へを

救ひの綱J

こな

し給

深き

御慈

悲ぞ

隼け

れ︒

闇路を照す党明も雨ご風さにさへぎられ

三度

の諌

めも

容れ

られ

遂に文永十一年

夏の初めの竿ばの日身延の山路分け入

b

て ロ 蕗もさむし西谷に春風秋雨九星霜

一一

深み

法の

異髄

色心二法もろさもに

b

迷へる後の世の教への基ご示きれちO

今に柴ゆる有様は

仰 娃 宗 せ を 租

ら 元

3

れ ひ 師

し に の

も 参 み

S

る 心

t

ぺ を

や し

末の世までも留めおき

是れぞ霊山の契りぞご

四季折々に吹く花も賓相本有の姿にて

水の

流れ

も烏

の一

菅も

吹く松風の昔までも

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Z

永劫なるそのま

l

に皆妙法のひ了きあり口

3

︑紳境か霊境か来れ人々法華経に

登れ人々身延山

長に集ふてさこし

bの

救ひのみ親に脆き

報恩戚謝の新

h

せん

思 ひ 出 の ま ー に

水郷の旦にて

費 夢 間 昔から偽の山に鬼が住むご云ひます

c

誰が云ひ始めたのでせうか︑悌の山に住

U

人は悉く悌様のや

うに

偉い

γお方ばかり打ご深︿信じている人々が︑あまりに矛盾多レ生活を如貫に見せつげられて遂に 彼等を呪誼したのがこの言葉ではないでせうか︑それだけ悌様の思患に多く潜し得る人々が︑な壱鬼 のやうなまるで正反封の生活をしなければならないでせうか︑私は私の得た経験から忠ひ出のま

L

筆を進めてみるこごにしまし七︒

私が組山に笈を負ふたのは大正七年の春でした︑法喜堂の後の削仰の木が新緑に色彩られていました

ぞれからめの梅の葉が落ち芽を出して叉落もて・

it

−−同じ礎化を入度くりかへしました︑そして私共は

思ひ出多い延識に最後の挟別をおしまねばならな︿されてしまひましたD

法燈ゆら﹁組師の前に最後の怯味をさ

l

げた時︑朝夕脆

ν

花組師の御霊屋︑住みなれ七我が皐合︑

ぞして見なれ聞きなれた山川草木の総てさ︑永遠に別れて行かねばならないのかしら︑ご思ふご胸底 よりこみあげて来る云ひ知れぬ涙をrこうする事も出来ませんでした︒斯うした思ひは︑おそらく私一 人ではなかったでせう︑絞友の誰もがやはり同じ涙にむせん

r

であらう︑否︑卒業して行った人も︑

卒業して行︿人の誰もがやはり同じ涙にぬるーであらう︒不平も幡もない︑た

r

不知不識に落もる涙︑

淋しいごか︑悲しいさか︑藤しいさか云ふ総てを超越した涙︑有難ハーごか︑恭ないごかご云ふ形容は

ごてもてぬるい未口/\深刻の涙に−

zi

−−︒何事のおはしますかは知らねざもたY

有難きに涙

ζ

ぼる

I

さ歌はれた故人の境地も窺ひ知られるやうに思はれました︒

過去に於てそれほMこまで戚涙にむせん

r

事のない私が︑な守こんなに泣かなければならない

r

らう

か︑泣かされなければならないにらうか︑それはあまりに偽様のお慈悲の大きさ仁甘へすぎたからだ︑

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馴れきってしまったから

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︑甘へすぎるもの.馴れきってしまふものは︑往々にして中毒に侵されて 信仰意識が捜航してしまふもの

r

︑そして遂には悪道の中に堕もてしまふの

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︒悌様が・お示し下され

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ドキュメント内 棲神 (第14号) (ページ 59-64)

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