最後に, Donaldson-Tian-Yau予想に関わって,K-安定性についても問題1と同様の問題を考える事が出 来る:
問題 2. 偏極多様体(M, L)について,K-安定性から漸近的Chow-安定性が導かれるか?
この問題については, [10]によってケーラー・アインシュタイン計量を許容するが漸近的Chow-安定でな い7次元トーリックファノ多様体が存在することが示された. このことと[6], [7]の結果を併せると,この 例が問題2の反例になっていることが分かる. 特に,問題2は一般には成立しない. また,M が特異点を許 容した場合,自己同型群が離散的な場合であってもK-安定性から漸近的Chow-安定性が導かれないことが 尾高悠志氏によって報告されている.
参考文献
[1] S.K. Donaldson, Scalar curvature and stability of toric varieties, J. Differential Geom. 62 (2002), 289–349.
[2] A. Futaki, Asymptotic Chow-semistability and integral invariants, Internat. J. Math. 15 (2004), 967–979.
[3] A. Futaki and T. Mabuchi, Bilinear forms and extremal K¨ahler vector fields associated with K¨ahler classes, Math. Ann. 301 (1995), 199–210.
[4] T. Mabuchi, An obstruction to asymptotic semistability and approximate critical metrics, Osaka J.
Math. 41 (2004), 463–472.
[6] T. Mabuchi, K-stability of constant scalar curvature polarization, arXiv:math.DG/0812.4093.
[7] T. Mabuchi, A stronger concept of K-stability, arXiv:0910.4617v1.
[8] T. Mabuchi, Relative stability and extremal metrics, preprint.
[9] T. Mabuchi and Y. Nitta, K-stability and asymptotic Chow stability, preprint.
[10] H. Ono, Y. Sano and N. Yotsutani, An example of asymptotically Chow unstable manifolds with constant scalar curvature, arXiv:mathDG/0906.3836.
[11] S. T. Paul and G. Tian, Algebraic and analytic K-stability, arXiv:math.DG/0405530.
[12] G. Sz´ekelyhidi, Extremal metrics and K-stability, Bull. London Math. Soc. 39 (2007), 76–84.
[13] S.-T. Yau, Open problems in geometry, Proc. Symposia Pure Math. 54 (1993), 1–28.
[14] S.-T. Yau, Perspectives on geometric analysis, arXiv:math.DG/0602363v2.
Kolmogorov 複雑性と平均次元とゲージ理論
松尾 信一郎∗
東京大学大学院数理科学研究科 第57回幾何学シンポジウム(神戸大学)
概要
コンパクト無限次元力学系に対して,その軌道のアルゴリズム理論的複雑性を考察すること により新しい不変量を定義し,その不変量とGromovの平均次元との関係を研究した.
1 序
非コンパクト四次元多様体上で反自己双対接続のモジュライ空間を考えるとき,コンパクト無限 次元力学系に出会うことがある.例えば,次のような状況である.XをS3×Rとして,PをX上
の自明SU(2)束とする.このとき,各非負実数dに対して,P上の反自己双対接続のなすモジュラ
イ空間Mdを,
Md:=
[A]|F+A =0 andFA∞ ≤d
と定義する.このモジュライ空間Mdは,広義一様収束の位相を与えるときコンパクト距離化可能 空間であり,dが十分大きいとき無限次元である.また,Xへの無限巡回群Zの作用に由来して,
MdにもZは作用する.すなわち,モジュライ空間Mdはコンパクト無限次元力学系である.
さて,コンパクト無限次元力学系を如何にしてして研究するか.一つの観点は平均次元(mean
dimension)である.これは「無限次元空間の次元」であり,コンパクト力学系の位相不変量とし
て,1999年にM. Gromov[1]により導入された.モジュライ空間Mdの平均次元の観点からの研
究には,論文[6]がある.本講演ではさらなる一つの観点を提示したい.平均次元の定義は,位相 的エントロピーの定義に範を採っており,力学系の軌道の平均的な「複雑さ」を定量化したもので ある.各軌道それぞれの「複雑さ」を適切に取り出すことにより,平均次元を精密化した不変量で ある平均軌道複雑性(mean orbit complexity)を定義することができる.「複雑さ」を定量化するた めの数学的な枠組みの一つがKolmogorov複雑性[3]であり,アルゴリズム的情報理論で研究され てきた.平均次元は力学系そのものの不変量だが,平均軌道複雑性は力学系の各点に対して定義さ れる不変量である.また,各点の平均軌道複雑性は下から平均次元を抑え,平均軌道複雑性の最大 値と平均次元は多くの場合に一致する.
2 平均エントロピー次元
この節では平均エントロピー次元(mean entropy dimension)を定義する.平均エントロピー次
元は,Gromovによる平均次元の変種であって,無限巡回群が作用するコンパクト距離空間の実数
値不変量として,Lindenstrauss and Weiss[4]により定義された.
(X,d)をコンパクト距離空間として,無限巡回群Zが連続に作用しているとせよ.k∈Zのx∈X への作用をk·xとあらわす.
自然数nと正実数に対して,部分集合S ⊂ Xが(n, )-集約集合であるとは,任意の点 x∈Xに 対して,点y∈S が存在して,全てのk=0, . . . ,n−1においてd(k·x,k·y)< が成り立つことと する.(X,d)の(n, )-集約部分集合の個数の最小値をs(X,d, ,n)とする.さらに,
S(X,d, ) :=lim sup
n→∞
logs(x,d, ,n) n
とおく.そして,平均エントロピー次元dime(X,d:Z)は,
dime(X,d:Z) :=lim inf
→0
S(X,d, )
−log
により定義される.
3 Kolmogorov 複雑性と再帰関数
この節ではKolmogorov複雑性(Kolmogorov complexity)について解説する.標準的参考書と しては[3]があり,幾何学者に親しみやすい解説としては[7]がある.
Aを二点集合{0,1}として,ΣをAの元の有限列の全体からなる集合とする.すなわち,
Σ:=∞
j=0
Aj
であり,例えば,0や010101や000000111110010101010はΣの元である.また,元σ∈Σの長さ (σ)を,σ∈Anのときに(σ) :=nとして定める.例えば,(0)=1であり(010101)=6である.
さて,Σの元の「複雑さ」というものを考えたい.A.N. Kolmogroov[2, p.210]曰く,「複雑さ」
とは,
If some object has a “simple” structure, then for its description it suffices to have a small amount of information; but if it is “complex”, then its description must contain a lot of information.
とのことである.つまり,短く言い換えることができるものは単純であり,圧縮しようとしてもな かなかできないものは複雑である.例えば,次の数列の両者
000000000000000000000000 011101010101101000101001
はどちらが「複雑」だろうか.前者は0が24個並んだものであり,後者はたった今500円硬貨 を24回投げてその表裏を書いたものである.前者を伝えるためには「0を24個並べよ」と短く言 い換えることができるが,後者を伝えるためにはその数列そのものを繰り返すほかないであろう.
従って,Kolmogorovによる情報の圧縮可能性の観点からは,前者は単純であり,後者は複雑であ
る.このアイデアの数学的定式化が,Kolmogorov複雑性(Kolmogorov complexity)である.
定義1. 任意の函数S:Σ→Σに対して,S によるKolmogorov複雑性KS:Σ→N∪ {∞}を KS(σ) :=min{(p)| p∈ΣandS(p)=σ}
と定める.ただし,min∅=∞とする.
さて,この定義では函数S に依存して複雑性KS が定まっている.例えば,S を変えたときにKS
はどのように変化するのだろうか.Kolmogorovのさらなる洞察は,この問と再帰函数(recursive
function)との関連を喝破したことである.再帰函数とは,計算論や数学基礎論における概念であ
り,その計算規則がアルゴリズムにより「有限的に」与えられている函数のことである.厳密な定 義は,例えば,数学辞典を参照のこと.
定理2(A.N.Kolmogorov, G.J. Chaitin, R.J. Solomonoff). 再帰函数U:Σ→Σが存在して,任意の 再帰函数S:Σ→Σに対して,正定数C =C(U,S)が存在して,任意のσ∈Σに対して,
KU(σ)≤ KS(σ)+C
が成り立つ.再帰函数Uを普遍再帰函数(universal recursive function)とよぶ.
普遍再帰函数は一意ではない.しかし,U1とU2が普遍再帰函数であるとき,定数C =C(U1,U2) が存在して,任意のσ∈Σに対して,
KU1(σ)−KU2(σ)≤C
が成り立つことが,この定理からすぐにわかる.また,id:Σ→Σは再帰函数なので,普遍再帰函 数Uに対して,定数C =C(U)が存在して,任意のσ∈Σに対して,
KU(σ)≤(σ)+C
が成り立つ.従って,Kolmogorov複雑性は,長さ函数に関して漸近的には,普遍再帰函数に依 らずに定まる.
4 平均軌道複雑性
この節では平均軌道複雑性(mean orbit complexity)を定義する.(X,d)をコンパクト距離空間 として,無限巡回群Zが連続に作用しているとせよ.k∈Zのx∈Xへの作用をk·xとあらわす.
定義3. 写像C:Σ→Xであって,像C(Σ)がXで稠密なものを,Xの粗視化函数(coarse graining function)とよぶ.ただし,A:={0,1}であり,Σ:=∪∞j=0Ajだった.
この粗視化函数により,Kolmogorov複雑性と力学系は結びつく.また,X∗ :=∪∞j=0Xjとすると き,粗視化函数C:Σ→Xから自然にC∗:Σ∗→X∗が定まる.
ところで,Σは可算無限集合であり,辞書式順序
ε↔0, 0↔1, 1↔2, 00↔3, 01↔4, 10↔5, 11↔6, . . .
によって,自然数のなす集合Nとの標準的な全単射が定まる.また,Σ∗:=∪∞j=0Σjとするとき,Σ∗ も可算無限集合であり,Nとの全単射が辞書式順序によって標準的に定まる.従って,標準的な全 単射Q:Σ→Σ∗が存在する.
さて,S:Σ→Σを普遍再帰函数とするとき,これまでをまとめれば,粗視化函数C:Σ→Xを 選ぶごとに,写像列
Σ−→S Σ−→Q Σ∗−−→C∗ X∗
が定まることになる.この合成写像をUC =U :=C∗◦Q◦S:Σ→X∗ とする.Uによって,有限 二進列pは,Xの点列U(p) :=(U1(p), . . . ,Un−1(p))として解釈することができる.
定義4. 任意の点 x∈Xと自然数nと正実数に対して,
KC(x, ,n) :=min{(p)|d(j·x, Uj(p))< for any j=0, . . . ,n−1}
と定める.
像C(Σ)のXでの稠密性と普遍再帰函数S の全射性により,常にKC(x, ,n)は有限である.
さらに,
KC(x, ) :=lim sup
n→∞
KI(x, ,n) n
, KC(x, ) :=lim inf
n→∞
KI(x, ,n) n
として,
KC(x) :=lim inf
→0
⎡⎢⎢⎢⎢⎣KC(x, )
−log
⎤⎥⎥⎥⎥⎦, KC(x) :=lim inf
→0
KC(x, )
−log
と定める.
そして,平均軌道複雑性は次で定義される.
定義5. Xの平均軌道複雑性MK:X→RとMK:X →Rを,
MK(x) :=sup
C
KC(x), MK(x) :=sup
C
KC(x).
により,定義する.ただし,supCでは粗視化函数Cの全体を動くものとする.
このとき,次が成り立つ.
定理6(M). Xの任意の点xに対して,
MK(x)≤MK(x)≤dime(X,d:Z) が成り立つ.
この定理の証明や平均軌道複雑性のさらなる性質については,論文[5]を参照ください.
参考文献
[1] Misha Gromov. Topological invariants of dynamical systems and spaces of holomorphic maps. I.
Math. Phys. Anal. Geom., Vol. 2, No. 4, pp. 323–415, 1999.
[2] A. N. Kolmogorov.Izbrannye trudy. Tom 3. “Nauka”, Moscow, 2005. Teoriya informatsii i teoriya algoritmov. [Information theory and the theory of algorithms], Edited by A. N. Shiryaev.
[3] Ming Li and Paul Vit´anyi. An introduction to Kolmogorov complexity and its applications. Texts in Computer Science. Springer, New York, third edition, 2008.
[4] Elon Lindenstrauss and Benjamin Weiss. Mean topological dimension. Israel J. Math., Vol. 115, pp. 1–24, 2000.
[5] Shinichiroh Matsuo. Mean dimension and Kolmogorov complexity of orbits in dynamical systems.
in preparation.
[6] Shinichiroh Matsuo and Masaki Tsukamoto. Instanton approximation, periodic ASD connections, and mean dimension. arXiv:0909.1141.
[7] Shmuel Weinberger.Computers, rigidity, and moduli. M. B. Porter Lectures. Princeton University Press, Princeton, NJ, 2005. The large-scale fractal geometry of Riemannian moduli space.
インスタントンを持たない開4次元多様体
塚本真輝 ( 京都大学大学院理学研究科 )
∗概 要
非平坦なインスタントンを持たない,非コンパクト,向き付き,4次元,
完備リーマン多様体の存在を示す.
1 序
タウベス[4]は,任意のコンパクト,向き付き,4次元リーマン多様体上には,
非平坦なインスタントンが存在することを示した.すなわち,Xをコンパクト,
向き付き,4次元リーマン多様体とすると,X上の主SU(2)束であって,非平 坦なASD接続(反自己双対接続)を許容するものが存在する.ASD接続はASD 方程式という非線型偏微分方程式の解なのだから,これは,かなり驚くべき存在 定理である.(ただし,正確には,タウベス[4]は自己双対接続の方を扱っている.
近年では,反自己双対接続を調べるのが通常であると思われるため,この講演で は反自己双対の方を考える.むろん,多様体の向きを逆にすることで両者は入れ 替わるので,本質的には等価である.)
この講演の目的は,上記のタウベスの定理(の一つのアナロジー)が一般の非 コンパクト4次元多様体に対しては成立しないことを紹介することである.
CP2を複素射影平面とする.CP2の(整数で添え字付けした)無限個のコピー の連結和を
(CP2)Z :=· · ·CP2CP2CP2· · ·
とする.(この無限連結和の正確な定義は次の節を参照.)(CP2)Zは非コンパクト 4次元多様体である.
定理 1. (CP2)Z上の完備リーマン計量gであって,以下の主張を成立させるも のが存在する:Eを(CP2)Z上の任意の主SU(2)束としよう.もしAがE上の g-ASD接続であって,
(1)
(CP2)Z
|FA|2gdvolg <+∞
∗Supported by Grant-in-Aid for Young Scientists (B) (21740048).
ならば,Aは平坦である(FA= 0). ここで,FAはAの曲率であり,Aがg-ASD であるとは,∗gFA =−FAとなることとする.(∗gはgに関するホッジスター.)ま た,| · |gとdvolgはgについてのノルムと体積形式である.
つまり,((CP2)Z, g)は非平坦なインスタントンを持たないということである.
これは,私が知る限りにおいて,非平坦なインスタントンを許容しない向き付き 4次元リーマン多様体の初めての例である.
注意 2. 上の有限エネルギー条件(1)を外して,無限エネルギーのASD接続も含 めて考えるとどうなるのかは大変興味深い問題である.つまり,無限エネルギー のものも込めて,非平坦なASD接続を一切許容しない向き付き4次元リーマン 多様体は存在するか?これは,私が知る限り,未解決の問題である.無限エネル ギーASD接続と,その無限次元モジュライ空間については論文[3, 5, 6] におい て研究を行っている.
証明のナイーブなアイデアを紹介したい.gを(CP2)Z上のリーマン計量とし,
nを0以上の整数とする.(CP2)Z上のSU(2) g-ASD接続Aであって,
1 8π2
(CP2)Z
|FA|2gdvolg =n
を満たすもの全体のなすモジュライ空間をM(n, g)とする.M(n, g)の仮想次元が どうなるかを考えよう.b1((CP2)Z) = 0であり,さらに,形式的にはb+((CP2)Z) = +∞と考えることが出来る.(b+は交差形式の正の固有値の個数.)そこで,通常 の仮想次元公式(ドナルドソン-クロンハイマー[1, Section 4.2.5]を参照)を形式 的に適用してみると,
dimM(n, g) = 8n−3
1−b1((CP2)Z) +b+((CP2)Z)
=−∞
となる.これより,ナイーブには,もしM(n, g)に対する横断正則性が成立して
いれば,M(n, g)は空集合になるであろうと思われる.この観察とフリード・ウー
レンベック[2]のmetric perturbationの議論を合わせることで,次のことが予想 される:n ≥1の時,リーマン計量gをジェネリックに取れば,M(n, g)は空集合 になるであろう.(M(0, g)は平坦SU(2)接続の成すモジュライ空間であって,計 量に依存しない.)
2 無限連結和
この節では,無限連結和の構成法を厳密に述べ,定理1よりも精密かつ一般的 な主張を定式化する.Y を単連結,コンパクト,向き付き4次元多様体とする.
x1, x2 ∈Y を相異なる2点とし,Yˆ :=Y \ {x1, x2}とおく.Yˆ 上のリーマン計量h を,エンド(すなわち,x1, x2の「周り」)でシリンダー型になるよう取る.これは,