b
瓦 器 出 現 以 後 の 土 器瓦器を供伴す る土器群には
,SE 041出
土土器,SE 046出
土土器,SK 043出
土 土 器,SK 044
出土土器
,SK 051出
土土器,SE 040出
土土器がある。 これ らについては廃 絶年代 に関す る文 献記録 もな く,紀
年銘を有す る木簡や墨書土器 も伴 なわ ないため,絶
対年代 はすべ て不明である。 したが って ここでは従来 出 され てい る瓦器 の編年に従 って考察を加えたい。
i SK043出
土 土 器SK 043出
土土器は土師器・須恵器 ・瓦器か ら構成 され る。この うち,土
師器菱 ・鉢,須
恵器 鉢Aは
形態 と手法か ら奈 良時代前半 期 の平城宮 Ⅱない し平城官 Ⅲに属す るものであ り,こ
れ ら を除外す ると,SK 043出
土土器 の構成要 素は土師器皿 と瓦器椀 であ る。土師器皿 は 日径15cm
前 後 の大皿 と 口径
10Cm前
後 の小皿 にわ かれ,い
ずれ も高台はつか ない。調整はすべ てナデ,あ るいは ヨコナデに よって行 なわれ
,底
部外面には一切調整を施す ことな く,不
調 整の まま残 され る。瓦器椀 ではすべ て 口縁端部内面に明確 な沈線を有 し
,
日縁部内面には水平方法に緻密なヘ ラ 磨 きが施 され る。底部内面には格子 目状,連
続平行線状,螺
施状 の暗文が施 され る。薬師寺出 土瓦器椀 の暗文 で,格
子 目状,連
続平行線状 の暗文を呈す るものは,本
遺 構 出 土 品 だ け で あ り,他
はすべ て螺旋状 の暗文 であ る。また
,SK 043出
土瓦器椀 の螺旋は他 の瓦器椀に比べ て 螺旋 の数が多 く,も
っとも緻 密 であ る。 口縁部外面に もヘ ラ磨 きが旋 され るが,そ
の範囲は 日 縁 部上端か ら口縁部下端に までわた ってお り,薬
師寺 出土瓦器椀 の中では最 も丁寧 なヘ ラ磨 き であ る。 また,全
体的に器壁 の厚 い こともSK 043出
土瓦器椀 の特徴 であろ う。SE046出
土 土 器SE 046出
土土器は土師器皿,瓦
器椀 ・皿か ら構成 され る。土師器皿 は大皿 と小皿 に わ け ら れ る。調整手法はSK 043出
土土 器 と共通す るが,器
高は低 くな ってい る。瓦器椀 には 日径 15Cm前
後 の通常 の法量 を もった大椀 と,
日径7cm前
後 の小型 の小椀 とがあ る。 大椀 では 日縁 部 内面 のヘ ラ磨 きは緻密 であ るが,外
面 のヘ ラ磨 きは 口縁部上端に限 られ,間
隔 は粗 く,粗
雑 で あ る。底部内面 の暗文はすべ て螺旋状 を呈 し,緻
密 であ る。高台は三 角形状 を呈 し,下
端 は尖 ってい る。小椀 は 日縁部破片であ るが,内
面 のヘ ラ磨 きは緻密であ るが,外
面 のヘ ラ磨 きは粗 い。皿にはヘ ラ磨 きが まった くないが,底
部 内面には平行連続線状 の暗文があ る。i SE 040出
■ ■ 器SE 040出
土土器は,土
師器皿,須
恵 器 杯,瓦
器椀 ・皿か ら構成 され る。上師器皿 に は 大 皿 と小皿があるが,大
皿 の器高は高い。4ヽ皿 では 口縁部が内上方へ内傾す る特殊 な形態 を もつ も の1例
が あることが注 目され る。 瓦器椀 では 口縁部内面 のヘ ラ磨 きは緻密 であ るが,底
部 内面 の暗文はSE 046出
土 品 よ りも粗 い螺旋状 を塁 してい る。外面のヘ ラ磨 きは粗雑 であ る。 高台 は断面三角形状 で下端が尖 り,き
わ め て低い。月ヽ椀 には 日縁端部内面 の沈線がな く,内
外面 の ヘ ラ磨 きもまった く見 られない。瓦器皿はいずれ も口縁蔀か ら底部にかけての破片であ り,暗
文 の有無は不 明であるが
,
口径は他 の遺構 出土 品に比べ て小 さい。須恵器杯は奈良時代中頃の 平城宮Ⅲに属す るものであ り,混
入 品であ る。土
師
器
器
SK051出
土 土 器SK 051出
土土器は土師器皿,
瓦器椀 ・皿 ・釜,
自磁椀 か ら構成 され る。土師器の大皿 と小 皿 はSE 040出
土器 と共 通す るものが多い。瓦器椀の形態 では,断
面三 角形状 で下端 の尖 った きわ め て低 い高 台を もち,底
部 内面 の螺旋状暗文 も粗雑な ものが多いが,断
面梯 形の高台を も ち,緻
密 な螺旋状暗文 を もつ ものが1例
あ り,
これについ ては混入 品の可能性が高い。瓦器の 皿は4点
あ るがそ の うち3点
までに連続平行線状 の緻密な暗文 があ る。 この点 ではSE 040出
土土器 よ りも古式 の様相を呈 してい る。釜 も体部側面が直線的 でそ の まま口縁端につなが る形 態 であ り,い
わ ゆ る中世羽釜 に特有な形態を示 している。v SK044出
土 土 器SK 044出
土土器 も土師器皿 と瓦器椀 ・皿 か ら構成 され る。 土師器 ではSE 040出
土皿 と同 様 の 口縁 部が 内上 方へ 内傾す る小皿が1点
出上 してお り,SE 040出
土 品 よ り内傾の度 合 が 強 い。瓦器椀 には大椀 と小椀 があ り,大
椀 ではすべ て粗雑 な螺旋状 の暗文 があ る。 口縁部内面の ヘ ラ磨 きや外面のヘ ラ磨 きはい ままでにあげた土器群 よ りも粗雑であ る。 また,底
部が 丸味 をもち
,高
台 よ りも下へ突 出 した もののあ る こともSK 044出
土瓦 器 大椀 の特徴 といえ る。vi SE 041
出 土I上 器SE 041出
土土器は土 師器椀 ・皿 ・釜 と瓦器椀 か ら構成 され る。土 師器大皿 では 口縁端部の 外反す るものが な く
,す
べ て内暫す るものに限 られ る。 また椀形態 は瓦器 と共伴す る土器群で は唯一の例であ る。釜 の内外面の調整にはハケ メ等は一切用い られず,す
べ てナデ,あ
るいは ヨヨナデに よって調整 され てい る。瓦器椀には大椀 と小椀 があ るが,す
べ て内外面にヘ ラ磨 き を有 さず,
口縁端部内面 の沈線 もないか,あ
って もきわ め て不 明瞭 な もの とな ってい る。I 西僧 房床 面 出土土器 の特質 と編年 的 な位 置
西僧房 出土土器 の製作技法的な特徴については
,前
節 です でに述 べ られ てい るので,
ここで は各土器の器種構成 のあ り方・産地 。型式について検討 し,10世
紀 後葉 頃 の土器様式 の基調 を 捉 えたい。現在 の ところ
,
これ らの上器について,大
和においては西僧房 の ものに先行す る時 期 (10世 紀中頃〜後半)の
まとまった資料は見い出され ていないので,比
較 資料 と しては,平
安京 の諸例 を援用 して,そ
の特質 を明 らかに してみたい。平安京 では
,10世
紀 の第3四
半期か ら第4四
半期にかけ ての基 準 資料 と して,右
京二 条二 坊 のSX 01,烏
丸線立会NO.17井
戸1の一括資料があ り,前
者か らは天暦7年
(953)の 墨書紀年銘 のあ る緑釉 陶器が 出土 してお り
,そ
の実年代の一点 も明 らかに な ってお り,比
較資料 と し ては きわめ て適切 な もの といえ よ う。a
各 土 器 類 の 器 種 の 特 徴1
土師器土 師 器 の 器 種 に は
,杯 AIoAⅡ ,皿 AI・ AⅡ
・BI・ BⅡ ,椀 BI・ BⅡ
・BⅢ
の 供 膳80)京都市文化観光局・京都市埋蔵文化財研究所
『昭和56年度
平安 京 発掘 調 査 概 報』1983。
p.39‑42・44, 優ζ洵児38。
81)京都市高速鉄道烏線内遺跡調査会『1978年度 京都市高速鉄道烏線 内遺跡調査年報 Ⅱ』1981。
p.167‑170, 図版43。
具 と
,鉢
類,台
付鉢 等の調理 具,菱
・羽釜 の 煮 沸 具 等 が あ る。食器については,形
態・ 胎土 の上か ら大 き くa〜
cの 3 群に分かれ,そ
れ ぞれ別 の産地,あ
るいは別の工房で生産 さ れた ものであ る。 各群 とも形態 の異 な る供膳具 を生産 してい るが,法
量的には群の差を超 えて法量が一致 してい る。前述 した器種 の うち食膳具を年代的に接近 してい る平安京 の例 と対比 してみ ると
,平
安京 と共通す る器形 と平安京には 見 られない器形 の二種が存在す る ことが知 られ る。平安京 と 共通す る器形は, a群
の杯AI,皿 AI・ AⅡ
のみであ り,b・
c群
の杯A,皿
A・B,椀 Bは
平安京では まった くみ ら れ ない。 出土総個体数か ら見れば,圧
倒的に多いのがb類
であ り
,
しか もb群
の杯BⅡ
の形態は,11世
紀に入 り,瓦
器 とFig。 97
焼土層出土緑釉陶器共伴す る大皿 と共通す る技法 と形態を備え
,大
皿 の祖形 と見なす ことができ,
したが ってb群
につい ては大和の在地 で作 られた もの と考 えることができよ う。
また
, b群
の盗器系形態 の皿・椀 類は,薬
師寺西僧房が存続 していた時期 と同時期あ るいは 前 後す る時期 の大和 の一般集落 では発掘 事例がない。b群
の発器系形態 の皿,椀
類は南都に とり残 された とはいえ
,古
代権 力の一端 を担 っていた薬師寺に固有 の遺物 と見な され よ う。まず
,
こ うした土師器 の甕器系器形の存在意義について考えてみたい。後述す る伴 出の施釉 陶器 (緑釉・灰釉)か
ら知 られ るその生産情況は,生
産規模が縮少 し終末に向 う様相を呈 し,窯
の減少に伴 う供給不足が深刻にな ってきてい る。西僧房において も施釉陶器類は極めて少量 し か 出土 していなしW盾況を も加味すれ ば
,そ
れ らの発器系の土師器は施釉陶器類の代用品 と して の機能が考え られ よう。 また,上
師器 の盗器系器形は,平
安京や大和 の一般集落 には見い出 さ れ ていない点 を重視すれば,寺
側か らの特別注文 に よ り生産 された もの と見 るべ きであ ろ う。同様に
,同
時代 あ るいは次の時 代におい て も平安京や大和 の集落 で も見 られない, C類
の皿AI・ AⅡ
につい て も寺側か らの特注品 と考えて よか ろ う。想像た くま しくすれば, C類
の皿に対応す る‐
4‑器 系器形が存在 しない点か ら
,別
の材質,恐
ら く金属器 の仏前具の代用品であ っ た可能性が高い。す なわち,次
に述べ る黒色土器B類
の小椀及び小皿 の形態 も金属器の六花器 の器形 と一致 し,そ
れ の代用品 と考え られ るか らであ る。次に
,平
安 京 と形態 。技法を 同 じ くす るa群
であるが,量
的に少ない点か ら大和以外 の地域 の可能性があ るが, a群
の皿AⅡ
は次の11世 紀代において黒色土器類 の椀 と共伴す る小皿 の形 態に近 い ものであ り,そ
れ の祖型の可能性 もある。産地については断定 できない。最後に
,前
後の時期,
す なわ ち平安時代前期 (9〜lo世 紀)と
後期 (■〜12世 紀)と
の器種構 成 を比較検討 し,10世
紀的 な土師器器種構成上 の特質を 明 らかに しよ う。 10世 紀 初頭頃 を下限 とす る平城京左京一条三坊の東三坊大路東側濤 の うち上層の溝SD 650 Bゃ
平城宮玉手門束方 の上媛SK 1623の
器種構成 と比較 してみ る と,西
僧房 では,杯
B。 同蓋,高
杯,壼 ,カ
マ ド 等 の器種がす でに姿を消 してい る。 また,供
膳形態 の皿Aは ,平
安前期 では 三 種 に 法 量 分 化 82)奈文研『平城宮発掘調査報告83)奈文研『 平城官発掘調査報告
ヽ1』 1975, p.66‑72。 PL.66‑73。
』1985。 p.■4〜■8,PL.64・ 65参照①
2遺
物餐器系器形
器 種 構 成
ドキュメント内
A 条坊 と伽藍 の関係
(ページ 54-61)