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2遺 ろ う。

ドキュメント内 A  条坊 と伽藍 の関係 (ページ 54-61)

瓦 器 出 現 以 後 の 土 器

瓦器を供伴す る土器群には

,SE 041出

土土器

,SE 046出

土土器

,SK 043出

土 土 器

,SK 044

出土土器

,SK 051出

土土器

,SE 040出

土土器がある。 これ らについては廃 絶年代 に関す る文 献記録 もな く

,紀

年銘を有す る木簡や墨書土器 も伴 なわ ないため

,絶

対年代 はすべ て不明であ

る。 したが って ここでは従来 出 され てい る瓦器 の編年に従 って考察を加えたい。

i SK043出

土 土 器

SK 043出

土土器は土師器・須恵器 ・瓦器か ら構成 され る。この うち

,土

師器菱 ・鉢

,須

恵器 鉢

Aは

形態 と手法か ら奈 良時代前半 期 の平城宮 Ⅱない し平城官 Ⅲに属す るものであ り

,こ

れ ら を除外す ると

,SK 043出

土土器 の構成要 素は土師器皿 と瓦器椀 であ る。土師器皿 は 日径

15cm

前 後 の大皿 と 口径

10Cm前

後 の小皿 にわ かれ

,い

ずれ も高台はつか ない。調整はすべ てナデ,

あ るいは ヨコナデに よって行 なわれ

,底

部外面には一切調整を施す ことな く

,不

調 整の まま残 され る。

瓦器椀 ではすべ て 口縁端部内面に明確 な沈線を有 し

日縁部内面には水平方法に緻密なヘ ラ 磨 きが施 され る。底部内面には格子 目状

,連

続平行線状

,螺

施状 の暗文が施 され る。薬師寺出 土瓦器椀 の暗文 で

,格

子 目状

,連

続平行線状 の暗文を呈す るものは

,本

遺 構 出 土 品 だ け で あ り

,他

はすべ て螺旋状 の暗文 であ る。

 

また

,SK 043出

土瓦器椀 の螺旋は他 の瓦器椀に比べ て 螺旋 の数が多 く

,も

っとも緻 密 であ る。 口縁部外面に もヘ ラ磨 きが旋 され るが

,そ

の範囲は 日 縁 部上端か ら口縁部下端に までわた ってお り

,薬

師寺 出土瓦器椀 の中では最 も丁寧 なヘ ラ磨 き であ る。 また

,全

体的に器壁 の厚 い ことも

SK 043出

土瓦器椀 の特徴 であろ う。

 SE046出

土 土 器

SE 046出

土土器は土師器皿

,瓦

器椀 ・皿か ら構成 され る。土師器皿 は大皿 と小皿 に わ け ら れ る。調整手法は

SK 043出

土土 器 と共通す るが

,器

高は低 くな ってい る。瓦器椀 には 日径 15

Cm前

後 の通常 の法量 を もった大椀 と

日径

7cm前

後 の小型 の小椀 とがあ る。 大椀 では 日縁 部 内面 のヘ ラ磨 きは緻密 であ るが

,外

面 のヘ ラ磨 きは 口縁部上端に限 られ

,間

隔 は粗 く

,粗

雑 で あ る。底部内面 の暗文はすべ て螺旋状 を呈 し

,緻

密 であ る。高台は三 角形状 を呈 し

,下

端 は尖 ってい る。小椀 は 日縁部破片であ るが

,内

面 のヘ ラ磨 きは緻密であ るが

,外

面 のヘ ラ磨 きは粗 い。皿にはヘ ラ磨 きが まった くないが

,底

部 内面には平行連続線状 の暗文があ る。

i SE 040出

■ ■ 器

SE 040出

土土器は

,土

師器皿

,須

恵 器 杯

,瓦

器椀 ・皿か ら構成 され る。上師器皿 に は 大 皿 と小皿があるが

,大

皿 の器高は高い。4ヽ皿 では 口縁部が内上方へ内傾す る特殊 な形態 を もつ も の

1例

が あることが注 目され る。 瓦器椀 では 口縁部内面 のヘ ラ磨 きは緻密 であ るが

,底

部 内面 の暗文は

SE 046出

土 品 よ りも粗 い螺旋状 を塁 してい る。外面のヘ ラ磨 きは粗雑 であ る。 高台 は断面三角形状 で下端が尖 り

,き

わ め て低い。月ヽ椀 には 日縁端部内面 の沈線がな く

,内

外面 の ヘ ラ磨 きもまった く見 られない。瓦器皿はいずれ も口縁蔀か ら底部にかけての破片であ り

,暗

文 の有無は不 明であるが

口径は他 の遺構 出土 品に比べ て小 さい。須恵器杯は奈良時代中頃の 平城宮Ⅲに属す るものであ り

,混

入 品であ る。

 

 

 SK051出

土 土 器

SK 051出

土土器は土師器皿

瓦器椀 ・皿 ・釜

自磁椀 か ら構成 され る。土師器の大皿 と小 皿 は

SE 040出

土器 と共 通す るものが多い。瓦器椀の形態 では

,断

面三 角形状 で下端 の尖 った きわ め て低 い高 台を もち

,底

部 内面 の螺旋状暗文 も粗雑な ものが多いが

,断

面梯 形の高台を も ち

,緻

密 な螺旋状暗文 を もつ ものが

1例

あ り

これについ ては混入 品の可能性が高い。瓦器の 皿は

4点

あ るがそ の うち

3点

までに連続平行線状 の緻密な暗文 があ る。 この点 では

SE 040出

土土器 よ りも古式 の様相を呈 してい る。釜 も体部側面が直線的 でそ の まま口縁端につなが る形 態 であ り

,い

わ ゆ る中世羽釜 に特有な形態を示 している。

v SK044出

土 土 器

SK 044出

土土器 も土師器皿 と瓦器椀 ・皿 か ら構成 され る。 土師器 では

SE 040出

土皿 と同 様 の 口縁 部が 内上 方へ 内傾す る小皿が

1点

出上 してお り

,SE 040出

土 品 よ り内傾の度 合 が 強 い。瓦器椀 には大椀 と小椀 があ り

,大

椀 ではすべ て粗雑 な螺旋状 の暗文 があ る。 口縁部内面の ヘ ラ磨 きや外面のヘ ラ磨 きはい ままでにあげた土器群 よ りも粗雑であ る。 また

,底

部が 丸味 を

もち

,高

台 よ りも下へ突 出 した もののあ る ことも

SK 044出

土瓦 器 大椀 の特徴 といえ る。

vi SE 041 

出 土I上 器

SE 041出

土土器は土 師器椀 ・皿 ・釜 と瓦器椀 か ら構成 され る。

 

土 師器大皿 では 口縁端部の 外反す るものが な く

,す

べ て内暫す るものに限 られ る。 また椀形態 は瓦器 と共伴す る土器群で は唯一の例であ る。釜 の内外面の調整にはハケ メ等は一切用い られず

,す

べ てナデ

,あ

るいは ヨヨナデに よって調整 され てい る。瓦器椀には大椀 と小椀 があ るが

,す

べ て内外面にヘ ラ磨 き を有 さず

口縁端部内面 の沈線 もないか

,あ

って もきわ め て不 明瞭 な もの とな ってい る。

I  西僧 房床 面 出土土器 の特質 と編年 的 な位 置

西僧房 出土土器 の製作技法的な特徴については

,前

節 です でに述 べ られ てい るので

ここで は各土器の器種構成 のあ り方・産地 。型式について検討 し

,10世

紀 後葉 頃 の土器様式 の基調 を 捉 えたい。

現在 の ところ

これ らの上器について

,大

和においては西僧房 の ものに先行す る時 期 (10世 紀中頃〜後半

)の

まとまった資料は見い出され ていないので

,比

較 資料 と しては

,平

安京 の諸例 を援用 して

,そ

の特質 を明 らかに してみたい。

平安京 では

,10世

紀 の第

3四

半期か ら第

4四

半期にかけ ての基 準 資料 と して

,右

京二 条二 坊 の

SX 01,烏

丸線立会

NO.17井

戸1の一括資料があ り

,前

者か らは天暦

7年

(953)の 墨書紀

年銘 のあ る緑釉 陶器が 出土 してお り

,そ

の実年代の一点 も明 らかに な ってお り

,比

較資料 と し ては きわめ て適切 な もの といえ よ う。

各 土 器 類 の 器 種 の 特 徴

土師器

土 師 器 の 器 種 に は

,杯 AIoAⅡ ,皿 AI・ AⅡ

BI・ BⅡ ,椀 BI・ BⅡ

BⅢ

の 供 膳

80)京都市文化観光局・京都市埋蔵文化財研究所

『昭和56年

 

平安 京 発掘 調 査 概 報』1983。

p.39‑42・44, 優ζ洵児38。

81)京都市高速鉄道烏線内遺跡調査会『1978年度 京都市高速鉄道烏線 内遺跡調査年報 Ⅱ』1981。

p.167‑170,  図版43。

具 と

,鉢

,台

付鉢 等の調理 具

,菱

・羽釜 の 煮 沸 具 等 が あ る。食器については

,形

態・ 胎土 の上か ら大 き く

a〜

cの 3 群に分かれ

,そ

れ ぞれ別 の産地

,あ

るいは別の工房で生産 さ れた ものであ る。 各群 とも形態 の異 な る供膳具 を生産 してい るが

,法

量的には群の差を超 えて法量が一致 してい る。

前述 した器種 の うち食膳具を年代的に接近 してい る平安京 の例 と対比 してみ ると

,平

安京 と共通す る器形 と平安京には 見 られない器形 の二種が存在す る ことが知 られ る。平安京 と 共通す る器形は

, a群

の杯

AI,皿 AI・ AⅡ

のみであ り,

b・

c群

の杯

A,皿

A・

B,椀 Bは

平安京では まった くみ ら れ ない。 出土総個体数か ら見れば

,圧

倒的に多いのが

b類

あ り

しか も

b群

の杯

BⅡ

の形態は

,11世

紀に入 り

,瓦

器 と

  Fig。 97 

焼土層出土緑釉陶器

共伴す る大皿 と共通す る技法 と形態を備え

,大

皿 の祖形 と見なす ことができ

したが って

b群

につい ては大和の在地 で作 られた もの と考 えることができよ う。

また

, b群

の盗器系形態 の皿・椀 類は

,薬

師寺西僧房が存続 していた時期 と同時期あ るいは 前 後す る時期 の大和 の一般集落 では発掘 事例がない。

b群

の発器系形態 の皿

,椀

類は南都に と

り残 された とはいえ

,古

代権 力の一端 を担 っていた薬師寺に固有 の遺物 と見な され よ う。

まず

こ うした土師器 の甕器系器形の存在意義について考えてみたい。後述す る伴 出の施釉 陶器 (緑釉・灰釉

)か

ら知 られ るその生産情況は

,生

産規模が縮少 し終末に向 う様相を呈 し

,窯

の減少に伴 う供給不足が深刻にな ってきてい る。西僧房において も施釉陶器類は極めて少量 し か 出土 していなしW盾況を も加味すれ ば

,そ

れ らの発器系の土師器は施釉陶器類の代用品 と して の機能が考え られ よう。 また

,上

師器 の盗器系器形は

,平

安京や大和 の一般集落 には見い出 さ れ ていない点 を重視すれば

,寺

側か らの特別注文 に よ り生産 された もの と見 るべ きであ ろ う。

同様に

,同

時代 あ るいは次の時 代におい て も平安京や大和 の集落 で も見 られない

, C類

の皿

AI・ AⅡ

につい て も寺側か らの特注品 と考えて よか ろ う。想像た くま しくすれば

, C類

の皿

に対応す る‐

4‑器 系器形が存在 しない点か ら

,別

の材質

,恐

ら く金属器 の仏前具の代用品であ っ た可能性が高い。す なわち

,次

に述べ る黒色土器

B類

の小椀及び小皿 の形態 も金属器の六花器 の器形 と一致 し

,そ

れ の代用品 と考え られ るか らであ る。

次に

,平

安 京 と形態 。技法を 同 じ くす る

a群

であるが

,量

的に少ない点か ら大和以外 の地域 の可能性があ るが

, a群

の皿

AⅡ

は次の11世 紀代において黒色土器類 の椀 と共伴す る小皿 の形 態に近 い ものであ り

,そ

れ の祖型の可能性 もある。産地については断定 できない。

最後に

,前

後の時期

す なわ ち平安時代前期 (9〜lo世 紀

)と

後期 (■〜12世 紀

)と

の器種構 成 を比較検討 し

,10世

紀的 な土師器器種構成上 の特質を 明 らかに しよ う。 10世 紀 初頭頃 を下限 とす る平城京左京一条三坊の東三坊大路東側濤 の うち上層の溝

SD 650 Bゃ

平城宮玉手門束方 の上媛

SK 1623の

器種構成 と比較 してみ る と

,西

僧房 では

,杯

B。 同蓋

,高

,壼 ,カ

マ ド 等 の器種がす でに姿を消 してい る。 また

,供

膳形態 の皿

Aは ,平

安前期 では 三 種 に 法 量 分 化 82)奈文研『平城宮発掘調査報告

83)奈文研『 平城官発掘調査報告

1』 1975, p.66‑72。 PL.66‑73。

1985。 p.■4〜■8,PL.64・ 65参照①

2遺

餐器系器形

器 種 構 成

ドキュメント内 A  条坊 と伽藍 の関係 (ページ 54-61)

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