(イ) 起発
紹興十一年の起発の品目については、既に変売で述べたが、『宋会要』市舶の紹興十一
(1141)年十一月に戸部の言に「市舶の香薬の種目を再び裁定した。起発の物貨は、
期間内に送れ」とあり、起発の物貨の品目については、何も記されてない。しかし起発の 品目はあったはずである。資料がないので正確な品目は把握できないが、つぎのような方 法で起発の品目を取り出したい。表2「 宋代海外貿易品の分析」の中で、紹興三年の起発 の品目がある。この起発の品目の中で、紹興十一年に変売に移行した品目がある。変売に 移行しなかった品目、つまり残った品目が、紹興十一年の起発と考えてほぼ間違いない。
この起発の品目は池谷望子さんからご教示いただきました。感謝申し上げます。いま紹興 3 年の起発 132 種目のうち、紹興十一年に変売に移行したもの、70 品目を除き、残った品 目62が、起発の品目となる。ただし、変売で見てきたように、これまでなかった新しい 品目も必ずあるはずであるが、この資料からは出てこない。起発は 62 品目プラスαとなる。
さて、紹興三年から取りだした起発の品目は以下の如くである。これをみると一つの特色 が見られる。紹興三年の起発の条項にも記されていた乳香と武器になる牛皮、筋角が入っ ていることである。変売には移行されなかったし、朝廷が必要とする、必要なものは六、
七年で変わるものではないっことがわかった。以下、布、香など同類の物でまとめた。
紹興十一年 の起発の品目
乳香、楝香、上色缾乳香、中色缾香、次下色缾香、下色缾香、上色袋香、中色袋香、下 色袋香、塌香、黑塌香、水濕黑塌香、斫削揀選低下水濕黑塌香
犀、 上等藥犀、中等藥犀、下等藥犀、上等螺犀、中等螺犀、下等螺犀 牛皮筋角、烏牛角、白牛角、
蕃顯布、海南碁盤布、海南吉貝布、海南青花碁盤被單、海南白布、海南白布被單、 毛 絕布、高麗小布、青碁盤布紬、
金、銀、真珠、象牙、烏文木、朱砂、瑠璃、血喝(石へん)
菩薩香、鹿速香、赤倉腦、占城速香、夾煎香、上黃熟香、生速香、上等生香、夾煎黃熟 香頭、脳子(龍脳)、榛子、南蕃蘇木、高州蘇木、川芎、川椒、白木、上等鹿皮、魚膠、
龜、魚鰾、菱牙簟、苛子、
前述したが、起発62品目の特色は、前述した紹興三年の起発とほぼ同じで、乳香と 武器になる牛皮筋角。乳香は上級から下級の13等まですべて起発の対照になっている。
牛皮筋角、その他、金、銀、布、香、魚などである。
紹興三年の起発132項目あり、紹興十一年は62項目で紹興 3 年の半分に減少してい る。これは都への運搬費の節約と次に述べる変売奨励の結果である。一方の変売は、34 5項目にものぼる。したがって、紹興十一年の舶貨は起発62品目、変売345項目、合 計四 0 七項目となる。これを紹興三年のものと比較してみると、つぎのとおりである。
116
紹興 3 年 起発 132 品目 変売 87 品目 合計 219 品目 紹興 11 年 起発 62 品目 変売 345 品目 合計 407 品目
品目だけから見ると紹興十一年は紹興三年の起発は半分で変売は逆に四倍になる。全体の 品目は紹興三年と比べて二倍に増加しているこれは。紹興十一年の変売が345品目と非 常に多く増加している結果である。紹興八年の起発の見直しが実行されているのであろう。
では、紹興十一年に新しく加わった品目はどのような品目であろうか。それを摘出する ために紹興十一年の品目の中で北宋年間と紹興三年に品目がないもの、これまでに見当た らなかった品目を取り出してみると、約 205 品目になる。これが、紹興十一年に新しく加 わったものと考えてよい。その特徴は、多岐に渉るが、まず、材木が圧倒的に多い。これ は日本からのものである。紹興十一年までは材木は品目に上らなかった。また香でも、本 来なら龍脳一種であるがその中を密度により名称を変えて品目を増やしている。また新し い香薬を増やしていることもある。その中にはけして高級なものでなく、上、中、下、根、
水盤香(自然に枯渇した香木)など、日常品を作る木、多種の布、生苧布、木綿、鞋面布
(鞋用の布か)、更に桔梗(利尿)、蒟醬(香辛料)などもあらたに加わり、鉛土(書写、
顔料)蕃糖(砂糖)など多くある。これらの品目は多くの人々の需要が高いから、供給さ れるのである。これらは変売品として、市場に流通されるのであるから、安価なものは庶 民の手に入り、漢方薬、工芸、香薬として、350品目ものが民間に流れて行ったことは、
注目に値する。変売として、大量の舶貨が商人たちの手に委ねられることは、商人によっ てそれだけ市場に流れることである。舶来品が民間に流れることは上流社会だけでなく、
庶民の手により民間の文化が高められていくことになる。宋代は庶民文化が発達した時代 といわれているが、舶貨の流用もそのひとつと考えられる。一方、起発が少なくなった原 因として、乳香など必要なものは宮廷に送るが、多く起発しても、都で売買できず、庫で 余剰現象になるより、財政難の折、変売してその売上げ高を都に送納してもらった方が政 府にとって有利であったに違いない。
表2「宋代南海交易品の分析―起発と変売―」
この表は、『宋会要』市舶に記載されている舶貨を抽出して、その項目を五十音 順に並べたものである。太平興国7年、紹興3年、紹興11年にこれらの舶貨が どの区画にはいているかをしめしたものである。
表3「宋代南海交易品の説明」は表2の項目に、和名、学名、科名 説明、本草綱 目などの出典を記したものである。
《参考論文》
藤田豊八 「宋代の市舶司及び市舶条例」(『東西交渉史の研究』南海編 1943年 林天蔚 『宋代香薬貿易史稿』 中国学社 1960年
117
山田憲太郎 『東亜香料史研究』 中央公論美術出版 1976年
山田憲太郎 『南海香薬譜―スパイス・ルートの研究―』 法制大学出版局 1982年 藤善真澄 訳注 『諸蕃志』 関西大学東西学術研究所訳注シリーズ5 1990年 土肥祐子 「占城の南宋期乾道三年の朝貢をめぐってー大食人烏師点の訴訟事件と中心
にー」 『史艸』四六号 2005
土肥祐子 「東洋文庫蔵手抄本『宋会要』食貨三八 市舶について」『東洋文庫書報』第 四二 2011年 土肥祐子 「宋代の南海交易品についてー『宋会要』職官44市舶よりー」『南島史学』
79・80号 2013年
『国訳本草綱目』 15冊 1979 年 春陽堂
『中薬大辞典』 5 冊 1998 年 上海科学技術出版社、小学館編
『本草綱目彩色薬図』 貴州科技出版社 1998 年 1 冊
清明上河図 第 23・24 図 (大通りに面した香舗)
表 1 宋代南海交易品の年代別、起発と変売
表 2 宋代南海交易品の分析 ―起発と変売― 『宋会要』職官 44 市舶
1) 品目は、『宋会要』職官 44 市舶に記載されているものから抽出したものである。
2) 品目の番号は、品目を五十音順に並び変えた順番である。
3) 横列は 1 品目が太平興国7、紹興3、11 年にどのような区分に分類されたかを示したものである。
横列に何回もでてくることは、その都度、区分が変わっていることである。
4) 備考は品目の性質を理解するために、要約、メモ書きしたものである。
5) この表は(土肥 2013 年)の巻末の表を修正、加筆し(紹興 11 年起発、備考)たものである。
年代 起 発 変 売 変 売 変 売 合 計 太平興国
7
禁 搉10
放 薬36 46
紹興3
年 起 発132
変 売87
合計219
(内,新物)117 (内,新物品) 80 (内,新物)197
紹興
11
年 起 発62
記載なし 変売
(
細)75
(内新物品) 27
変売(粗色)21
(内、新物品)72
変売(粗重)149
(内,新物品)107
合計407
(内,物品) 206
118
番
号 品目 よみ 太平興国 7 年 紹興 3 年 紹興 11 年
禁榷 放薬 起発 変売 起発 変売
細色 変売
粗色 変売
粗重 備考
1 鞋面布 あいめんふ 紹興11年(粗色) 鞋を作る布か
2 阿魏 あぎ 太平興国7年(放
藥) 紹興3年(変売) 紹興11年(細色) 鎮痛剤、解毒、イラン、アフガニスタン
3 蛙蛄 あこ 紹興11
(粗重) 蛙とオタマジャクシ
4 亞濕香 あしつこう 紹興3年(変売) 紹興11年(粗色) 乳香の一種か。
5 安息香 あんそくこう 太平興国7年(放
藥) 紹興3年(起発) 紹興11年(細色) 香料の名。安息樹 ペルシャ
6 硫黃(磺) いおう 太平興国7年(放
藥) 紹興3年(起発) 紹興11年(粗重) 鉱物、火薬、腹痛、
7 茴香 ういきょう 紹興3年(起発) 紹興11年(細色) 紹興11年(粗色) 多年生草本。黄色の花。薬用、香辛料
8 烏牛角 うぎゅうかく 紹興3年(起発) 紹興11年(起発)
9 烏香 うこう 紹興11年(粗色) 黒檀か
10 烏黑香 うこくこう 紹興3年(変売) 黒檀か
11 烏文木 うぶんぼく 紹興3年(起発) 紹興11年(起発) 黒檀
12 烏藥 うやく 紹興3年(変売) 樟科、、腹痛
13 烏藥香 うやくこう 紹興11年(粗重) 樟科、樟の香、薬用
14 烏里香 うりこう 紹興11年(粗色) 黒檀、黒色緻密、器物
15 烏樠木 うまんぼく 太平興国7年(放
藥) 黒檀
16 益智(子) えきち 太平興国7年(放
藥) 紹興3年(変売) 紹興11年(粗色) 華南に産する果実、龍眼。腎臓、腹痛。
17 遠志 えんし 紹興3年(変売) 紹興11年(粗重) 根葉を乾燥、薬用、精神安定剤、頭痛
18 鉛土 えんど 紹興11年(粗色) 鉛。書写に使用。鉛白、鉛粉、薬用
19 膃肭臍 おっとせい 紹興3年(起発) 紹興11年(細色) オットセイの陰茎、薬用
20 牙 が 太平興国7年禁榷
物 象牙
21 海松板木枋 かいしょうばんぼく
ほう 紹興11年(粗重) ちょうせんまつの板
22 海松枋 かいしょうほう 紹興11年(粗重)
23 海桐皮 かいとうひ 太平興国7年(放
藥) 紹興3年(変売) 紹興11年(粗色) 海桐は南方に産する刺桐、皮は薬用
24 海南吉貝布 かいなんきつべいふ 紹興3年(起発) 紹興11年(起発) 木綿
25 海南碁盤布 かいなんごばんふ 紹興3年(起発) 紹興11年(起発)
26 海 南 青花碁 盤被單
かいなんせいかごば
んひたん 紹興3年(起発) 紹興11年(起発)
27 海南青花布 かいなんせいかふ 紹興11年(粗重)
28 海南蘇木 かいなんそぼく 紹興3年(起発) 紹興11年(粗重) 赤の染料
29 海南白布 かいなんはくふ 紹興3年(起発)
30 海南白布單 かいなんはくふたん 紹興11年(粗重)
31 海 南 白布被 單
かいなんはくふひた
ん 紹興3年(起発) 紹興11年(起発) 白布の上敷
32 海南碁盤布 かいなんごばんふ 紹興11年(粗重)
33 海母 かいぼ 紹興11年(粗色)
34 海螺皮 かいらひ 紹興11年(粗重) 法螺貝、身、楽器
35 畫黃 かくこう 紹興3年(起発) 紹興11年(細色)
36 藿香 かくこう 紹興3年(変売) 紹興11年(粗色) 香草、
37 鑊鐵 かくてつ 紹興11年(粗重) 鉄の鍋釜
38 下黃熟香 かこうじゅくこう 紹興3年(変売) 沈香の一種
39 訶子 かし 太平興国7年(放
藥) 紹興3年(起発) 紹興11年(起発) 使君子科、実、止血剤、咳
40 苛子 かし 紹興3年(起発) 紹興11年(起発) 實はタンニンを含み、澁紙の製造、革の
なめしに使用
41 呵子 かし 紹興11年(細色) 訶子
42 下色袋香 かしょくたいこう 紹興3年(起発) 紹興11年(起発) 乳香の一種
43 下色缾香 かしょくへいこう 紹興3年(起発) 紹興11年(起発) 乳香の一種
44 下生香 かせいこう 紹興11年(粗色)
45 下箋香 かせんこう 紹興3年(起発) 紹興11年(細色) 沈香の一種
46 下速香 かそくこう 紹興3年(変売)
47 火丹子 かたんし 紹興3年(変売) 紹興11年(粗重) 火丹とは梅毒のこと。これに効く薬か
48 滑石 かつせき 紹興11年(粗重) 硅酸アルミニウムの石、利尿剤、解熱剤
49 滑皮 かつひ 紹興11年(粗重)
50 花藤 かとう 紹興11年(粗色)
51 下等五里香 かとうごりこう 紹興11年(粗色) 黒檀か
52 下等青桂 かとうせいけい 紹興3年(変売)
53 下等粗香頭 かとうそこうとう 紹興3年(変売)
54 下等丁香 かとうていこう 紹興3年(変売)
55 下等冒頭香 かとうぼうとうこう 紹興3年(変売) 紹興11年(粗色)
56 下等藥犀 かとうやくさい 紹興3年(起発) 紹興11年(起発) 犀
57 下等螺犀 かとうらさい 紹興3年(起発) 紹興11年(起発) 犀
58 花梨木 かりぼく 紹興11年(粗色) カリンか。.よいざまし。下痢止め。胸焼。
59 加路香 かろこう 紹興3年(変売) 紹興11年(粗重)
60 官桂 かんけい 紹興3年(変売) 紹興11年(粗色) 官桂は神桂とも言う最良品。クスノキ科
61 甘草 かんぞう 紹興11年(粗色) 薬草、根を使用
62 龜 き 紹興3年(起発) 紹興11年(起発)
63 桔梗 ききょう 紹興11年(細色) 根を用いる。胸脇痛、腹痛、蠱毒の治療
64 橘皮 きつひ 紹興3年(変売) 果実の皮、薬用
65 吉貝花布 きつべいかふ 紹興11年(粗重) 柔らかい木綿を機知布という。
66 吉貝紗 きつべいさ 紹興11年(粗重)
67 吉貝布 きつべいふ 紹興11年(粗色)
68 龜頭 きとう 紹興3年(変売)
69 龜頭犀香 きとうさいこう 紹興11年(粗重)
70 龜童 きどう 紹興3年(変売)
71 龜同 きどう 紹興11年(粗色)