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1遺   構

ドキュメント内 平城 宮の調査 (ページ 48-52)

遺構 検 出面 は、

I区

で は地 山 と見 られ る黄褐粘土上、 Ⅱ区以北 で は同 じく地 山 と見 られ る黄灰褐粘土 また は暗灰 粘質土上 で あ るが、

I区

南 端 部 を除 い て は奈 良 時代 の地 表 面 か らはか な りの削 平 を受 けて い る。特 に Ⅱ区以北 で は検 出面 か ら検 出 した柱 穴 の底 まで わず か

20C m程

度 で あ った。 ま た、 調 査 区 が 幅1.1〜1.3m、

延長約140mと ぃ ぅ形 状 で あ り、検 出 した柱穴 を建 物 あ るい は塀 と して ま とめ る ことは難 しい。

S X01 

柱穴 。 南 北 方 向

1.lm

の(おそ らく方形の)掘形を もち、

底 に直径約

30cmの

柱 痕 跡 を と どめ る。その形状か ら比較 的大 規模 な建物 または塀 の柱穴 であ

ると考 え られ る。

S X02 

石 組 遺 構 。 径 約

30cm

の玉石 を径30〜

40cmの

同 様 の 玉石 5ケ で取 り囲むよ うな形状 で、明 らかに人為的な遺構 で あ るが、用途 は不明。

S K03 

後述す る唐居敷 が投棄 されて いた土墳。

726

図27 調査区位置図

S D04 

東西溝。土層 か ら、 S K03よ りは新 しい と見 られ る。

S A05 

Ⅱ区か らⅢ区南部 にかけて約30の柱穴 を検 出 したが、

東面大垣推定心

0.

調査区の形状 か ら

310.0

329D

280Xl . 0

十 一条 々間 南 小 路 推 定 心

・ 双

0 3

KI

2,C10

第223‑16次 調査遺構図

(1/200)

塀 あ るい は建物 と して ま とめ る こ と は 困難 で あ る。 こ う した な か で 、 Ⅱ区 南 端 付 近 か ら北 に、 お お むね

2.4m(8尺

)

前 後 の 間 隔 で検 出 した11個 の 柱 穴 は、

10間 分 (総長 約

23.5m)の

南 北 塀 と見 る こ とがで きる。 た だ し、 この11個 の 柱 穴 につ いて も、 柱 間 間 隔 に若 干 の長

0      

L̲̲̲̲上 ̲̲̲̲̲―

翌Dcm   短があることや柱痕跡の位置が厳密に

図29 鶏形埴輪

(1/4)

は一 直 線 上 に乗 らな い な ど の点 か ら、

別 々の建物 または塀 の一部である可能性 もあ る。

S B06 

Ⅲ区北部 で検 出 した

3個

の柱穴 は、

2.7m(9尺 )等

間 で南北 に並 ぶ。 東 面大垣 との位置関係 か ら、梁間

2間

の東西棟建物東妻柱筋 の可能性が大 きい。

2遺

土器

 

Ⅲ区北端付近 の遺物包含層で、鶏形埴輪 の頭部 (図

29)が

出土 した。 ク チバ シと トサカの一部 を欠 くが、遺存状態 は良好 であ る。 日は粘土を張 り付 けた 後 に竹管 で刺突 を して表現 し、 日の後方 に は直径

3.5mmの

耳 状 の粘土 を張 り付 け る。 この粘上 の張 り付 けは、上面 が平坦 で、中央 に直径

3mmの

刺突 があ る。左 側面 の刺突 は内面 まで貫通す るが、右側面 の ものは貫通 しない。なお、頭部 の ほ か に同一個体 と考 え られ る胴部 の破片 も出土 しているが、全体 の復原 は不可能 で

 

 

 

 

型式

  

  型式

  

 

数 重

点 19.5 2kg

6131  A 185

6308  Aa 6311?

不 明 桟瓦丸瓦部

1

1 1 2 1

6664?

6721?

6721  Ga 6721  C?

不 明

2 1 1

1 1

量 数 重

点 9 2. 5 2kg

780

第223‑16次調査出土瓦集計表

ある。 この埴 輪 は

4世

紀 末 か ら

5世

紀初頭 の もの とみ られ、佐 紀 盾 列古 墳群 に属 す る古 墳 に用 い られ た もの で あろう。

 

出土 した瓦 は、表

5の

通 りで ある。東面大垣 あるいは「東面中門」

(東院東辺 南 北 長 の中心 付 近 に開 く 門の意 で用 い る。 以 下 同様。

)推

定 位置 に近 い

I区

で 出上 した ものが大 半 を 占め る。

図30 唐居敷実測図 (1/20)

唐居敷

 

土墳

SK03か

ら出土 した もので、原位 置 は留 めて いな い。飛 鳥・ 奈良 時代 の唐居敷 は、花 南岩製 を基本 と し、早期 には門の礎石 と一連 の ものが見 られ る。今回出上 したのは柱 の当 りとなる半 円形 の繰形 を施 した切石 に、扉 の回転 軸 受 けの穴 と方立用 の穴 を開 けた もので、宮 内出上 の類例 もあ るが、幅88.6cm、 厚 さ29。2cmと これまでに出土 した単独 の唐居敷 として は最大 であ る (図30)。 柱 に 当た る側 に破損 が あ るが、外形 を ほぼ とどめてい る。技法上 の特色 と して は、以 下 の点 があげ られ る。

1)凝

灰岩 (初出

)製

で、幅

3尺

厚 さ

1尺

と規格的な寸法を用 いている。

2)柱

側 の面 の下角 に繰 りを施 す。

3)柱

の繰 りは深 く、方立 のほぞは一つ (通有 は二 つ)。

4)円

形 の軸摺穴 で はな く、四角形 の ほぞ穴 (初出

)を

穿つ。

こうした ことか ら、 この唐居敷所用 の扉 まわ りは以下 のよ うに推定で きる。

1)凝

灰岩 の化粧 による基壇上 の門 に用 い られて いた。

2)柱

は礎石建で、礎石 は梁行 に地覆 を伴 う。すなわち端 の間の扉 口に用 い ら れたか、あるいは脇門所用の可能性がある。

3)柱

の径 は

1尺 4寸

、方立 の幅 は

1尺

ほどであ る。

4)下

面 に角 ほぞを付 けた、円筒形 の金物 を軸受 けに用 いて いた。

ドキュメント内 平城 宮の調査 (ページ 48-52)

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