遺構 検 出面 は、
I区
で は地 山 と見 られ る黄褐粘土上、 Ⅱ区以北 で は同 じく地 山 と見 られ る黄灰褐粘土 また は暗灰 粘質土上 で あ るが、I区
南 端 部 を除 い て は奈 良 時代 の地 表 面 か らはか な りの削 平 を受 けて い る。特 に Ⅱ区以北 で は検 出面 か ら検 出 した柱 穴 の底 まで わず か20C m程
度 で あ った。 ま た、 調 査 区 が 幅1.1〜1.3m、延長約140mと ぃ ぅ形 状 で あ り、検 出 した柱穴 を建 物 あ るい は塀 と して ま とめ る ことは難 しい。
S X01
柱穴 。 南 北 方 向1.lm
の(おそ らく方形の)掘形を もち、底 に直径約
30cmの
柱 痕 跡 を と どめ る。その形状か ら比較 的大 規模 な建物 または塀 の柱穴 であると考 え られ る。
S X02
石 組 遺 構 。 径 約30cm
の玉石 を径30〜40cmの
同 様 の 玉石 5ケ で取 り囲むよ うな形状 で、明 らかに人為的な遺構 で あ るが、用途 は不明。S K03
後述す る唐居敷 が投棄 されて いた土墳。726
図27 調査区位置図
S D04
東西溝。土層 か ら、 S K03よ りは新 しい と見 られ る。S A05
Ⅱ区か らⅢ区南部 にかけて約30の柱穴 を検 出 したが、│
東面大垣推定心
0.
調査区の形状 か ら
│
310.0
329D
280Xl . 0
十 一条 々間 南 小 路 推 定 心
︲・ 双
︲︱︱1
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D I I I I KI S S
2,C10
1 0. 言
〒 士
│
第223‑16次 調査遺構図
│
(1/200)
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塀 あ るい は建物 と して ま とめ る こ と は 困難 で あ る。 こ う した な か で 、 Ⅱ区 南 端 付 近 か ら北 に、 お お むね
2.4m(8尺
)前 後 の 間 隔 で検 出 した11個 の 柱 穴 は、
10間 分 (総長 約
23.5m)の
南 北 塀 と見 る こ とがで きる。 た だ し、 この11個 の 柱 穴 につ いて も、 柱 間 間 隔 に若 干 の長0
L̲̲̲̲上 ̲̲̲̲̲―
\翌Dcm 短があることや柱痕跡の位置が厳密に
図29 鶏形埴輪
(1/4)
は一 直 線 上 に乗 らな い な ど の点 か ら、別 々の建物 または塀 の一部である可能性 もあ る。
S B06
Ⅲ区北部 で検 出 した3個
の柱穴 は、2.7m(9尺 )等
間 で南北 に並 ぶ。 東 面大垣 との位置関係 か ら、梁間2間
の東西棟建物東妻柱筋 の可能性が大 きい。2遺
物土器
Ⅲ区北端付近 の遺物包含層で、鶏形埴輪 の頭部 (図
29)が
出土 した。 ク チバ シと トサカの一部 を欠 くが、遺存状態 は良好 であ る。 日は粘土を張 り付 けた 後 に竹管 で刺突 を して表現 し、 日の後方 に は直径3.5mmの
耳 状 の粘土 を張 り付 け る。 この粘上 の張 り付 けは、上面 が平坦 で、中央 に直径3mmの
刺突 があ る。左 側面 の刺突 は内面 まで貫通す るが、右側面 の ものは貫通 しない。なお、頭部 の ほ か に同一個体 と考 え られ る胴部 の破片 も出土 しているが、全体 の復原 は不可能 で軒
丸
瓦 軒
平
瓦 丸 瓦
型式
種 点 数 型式
種 点 数 量
数 重
点 19.5 2kg
6131 A 185
6308 Aa 6311?
不 明 桟瓦丸瓦部
1
1 1 2 1
6664?
6721?
6721 Ga 6721 C?
不 明
2 1 1
1 1
平 瓦
量 数 重
点 9 2. 5 2kg
780
表
5
第223‑16次調査出土瓦集計表ある。 この埴 輪 は
4世
紀 末 か ら5世
紀初頭 の もの とみ られ、佐 紀 盾 列古 墳群 に属 す る古 墳 に用 い られ た もの で あろう。瓦
出土 した瓦 は、表
5の
通 りで ある。東面大垣 あるいは「東面中門」(東院東辺 南 北 長 の中心 付 近 に開 く 門の意 で用 い る。 以 下 同様。
)推
定 位置 に近 いI区
で 出上 した ものが大 半 を 占め る。図30 唐居敷実測図 (1/20)
出
唐居敷
土墳
SK03か
ら出土 した もので、原位 置 は留 めて いな い。飛 鳥・ 奈良 時代 の唐居敷 は、花 南岩製 を基本 と し、早期 には門の礎石 と一連 の ものが見 られ る。今回出上 したのは柱 の当 りとなる半 円形 の繰形 を施 した切石 に、扉 の回転 軸 受 けの穴 と方立用 の穴 を開 けた もので、宮 内出上 の類例 もあ るが、幅88.6cm、 厚 さ29。2cmと これまでに出土 した単独 の唐居敷 として は最大 であ る (図30)。 柱 に 当た る側 に破損 が あ るが、外形 を ほぼ とどめてい る。技法上 の特色 と して は、以 下 の点 があげ られ る。1)凝
灰岩 (初出)製
で、幅3尺
厚 さ1尺
と規格的な寸法を用 いている。2)柱
側 の面 の下角 に繰 りを施 す。3)柱
の繰 りは深 く、方立 のほぞは一つ (通有 は二 つ)。4)円
形 の軸摺穴 で はな く、四角形 の ほぞ穴 (初出)を
穿つ。こうした ことか ら、 この唐居敷所用 の扉 まわ りは以下 のよ うに推定で きる。
1)凝
灰岩 の化粧 による基壇上 の門 に用 い られて いた。2)柱
は礎石建で、礎石 は梁行 に地覆 を伴 う。すなわち端 の間の扉 口に用 い ら れたか、あるいは脇門所用の可能性がある。3)柱
の径 は1尺 4寸
、方立 の幅 は1尺
ほどであ る。4)下
面 に角 ほぞを付 けた、円筒形 の金物 を軸受 けに用 いて いた。
ドキュメント内
平城 宮の調査
(ページ 48-52)