• 検索結果がありません。

1交L 一

ドキュメント内 西 ア ジ ア の農 業 と社 会 (ページ 80-109)

(1$2)

図2‑6

コ レ ハ.ニ ー 蒋百乍 区

西 ア ジアの 農 業 と社 会

ヘ イ ル ア ー バ ー ド村 の3耕 作 区 に お け る 耕 地 割

18

lBl 14 L2

4

τll

1i

J[r

,

'

J\ イ ル ア ー ノi‑一 ド 非月=f乍 レく:

(注)休 閑 圃 は 耕 地 割 が さ れ て い な い が,こ こ は 前 年 の 耕 地 割 を 示 して あ る。 コ レ ハ ニ ー 耕 作 区 で は グ ル ー プ 耕 地 を イ ロ ハ で 示 し,② ⑤ の 耕 区 は 共 伺 耕 作 組 の 地 条 も示 し て あ る。 ビ ル ナ ・ソキ 耕 作 区 は す で に 割 替 え は行 わ れ て い な い 。 ア ル フ ァベ ッ トは 耕 作 絹, 数 字 は そ の メ ン バ ー 数 を 示 して あ る。 ヘ イ ラ ー バ ー ド耕 作 区 は 水 不 足 と 塩 害 に よ り 耕 区 は 不 定 形 を な して い る 。

82商 経 論 叢 第34巻 第3号 0181)

た の で あ る。 した が って,耕 区 は4人 組 の9っ の地 条 に 区 分 さ れ た。 ま た ヘ イ ラ ー バ ー ド村 の 場 合,コ レハ ニ ー 耕 作 区 で は持 分 を もっ18人 の 農 民 が2人 ず っ で 組 を 作 っ た た め に9っ の 共 同 耕 作 組 が 編 成 さ れ,ヘ イ ラ ー バ ー ド耕 作 区 で

は28人 の農 民 が4人 で 組 を 作 り7つ の 共 同 耕 作 組 が 編 成 さ れ た 。

こ の よ う に 複 数 の 農 民 に よ る共 同 耕 作 組 が 編 成 され ,耕 区 は この 組 の利 用 す る地 条 に 分 割 さ れ た。 村 の 農 地 は 多 くの 耕 区 に分 か れ て い た こ と か ら,組 の地 条 も ま た この 複 数 の耕 区 に 分 散 して い た。 た だ,耕 区 が 組 耕 地 に 分 割 さ れ る の は作 物 の 栽 培 期 間 だ け で あ り,休 閑 状 態 に あ る耕 区 で は 排 他 的 な 利 用 は認 め ら れ な か っ た。 収 穫 が 終 わ る と次 の 播 種 ま で こ の 土地 は 共 同 利 用 地 と さ れ ,麦 を 刈 り取 った 跡 地 の 耕 区 は 自 巾 な 放 牧 地 と して 開 放 さ れ た。

耕 区 は短 冊 状 の 地 条 で 構 成 さ れ て い る た め一 般 に 方 形 を な し,個 々 の 耕 区 の 人 き さ は お お よ そ 均 等 に な る よ う に 区 画 され た 。 も っ と も村 の 農 地 は 不 定 形 だ か らす べ て の耕 区 の 形 状 と規 模 が 同 じで あ る訳 で は な い。 ヘ イ ラー バ ー ド耕 作 区 で は塩 害 地 が 多 い た め に耕 地 の 形 は 著 し く不 定 型 で あ り,耕 区 もそ の 面 積 が 小 さ く一 定 で な い。 しか し,耕 区 に は 概 して 標 準 的 な 規 模 が 認 め られ る。 これ は そ の 規 模 が 個 々 の 地 条 の 大 き さ で 決 ま り(耕 区面積 二地条 の面積 ×組数) ,地 条 に は村 に よ り適 正 と さ れ る規 模 が あ る か らで あ る。

で は,短 冊 状 を な す 地 条 の 規 模 は何 に よ って 決 ま る の か 。 マ ル ヴ ダ シ ト地 方 の 村 の 標 準 的 な 地 条 の 規 模 は,農 民2人 の 共 同 耕 作 組 の 場 合1 .6〜2.Ohaで あ る。 ポ レノ ウ村 で は間 口 が40〜50m,奥 行 が500m前 後,ま た コ レハ ニ ー耕 作 区 で は,奥 行 が こ れ よ り も若 干 短 くL6haで あ った 。4人 の 共 同 耕 作 組 の 場 合 は この2倍 に な る。 か つ て,雄 牛2頭 が 牽 引 す る摯 が 使 わ れ て い た 時 代 ,農 民 は そ れ ぞ れ1頭 の 雄 牛 を 分 担 し こ れ を繋 い で 黎 耕 に 当 っ た が,こ の 黎 耕 の 便 宜 に よ る適 正 規 模 が2人 組 の地 条 に 相 応 した と考 え られ る。 しか し,調 査 時 点 で は ト ラ ク タ ー に よ っ て 代 替 さ れ 雄 牛 は 村 か ら 消 え て い た か ら,黎 耕 の 便 宜 性 は 地 条 の 規 模 を 規 定 す る要 因 を な さ ず,こ の 規 模 に分 割 さ れ た の は伝 統 が 踏 襲 さ れ た た め と 考 え る の が 妥 当 で あ ろ う。

耕 区 お よ び地 条 の規 模 は灌 概 の 時 間 と も関 係 が あ る。 灌 概 を一 定 時 間 で 終 了

(180)

す る規 模 が地 条 の 大 き に相 応 す る。 ポ レ ノ ゥ 村 の 場 合,標 準 的 な 農 民2人 の 地 条 で,麦 作 地 で は6時 間(1/4

日),綿 作 地 で は4時 間 で 灌 概 が 終 わ った 。 農 民 数 が36人 で あ る

か ら,一一 っ の耕 区 の灌 概 が 完 了 す る の に,麦

作 地 で は6時 間 ×18‑

4日 と12時 間 で,綿 作 地 で は4時 間 ×18‑3

日を 要 した。

西 ア ジ ア の 農 業 と祁 会83

図2‑7地 条 と 灌 概 区 画(ポ レ ノ ウ 村 の 例)

塾 瀬概溝

概画灌区

goo

〜500m

ま た,灌 概 時 間 は灌 概 用 水 の 流 水 量 と面 積 とで 決 ま るか ら,灌 概 手 段 が 異 な れ ば1地 条 の 灌 概 に要 す る時 間 も違 って く る。 ポ ン プ揚 水 井 戸 を 利 用 す る コ レ ハ ニ ー 耕 作 区 の 場 合}河 川 灌 概 で あ る ポ レ ノ ウ 村 と比 べ て 流 水 量 が 少 な い た め,2人 組 の 一 っ 地 条 の 灌 概 に麦 作 地 で24時 間 が 当 て られ た 。 こ の場 合1耕 区 の 潅 概 が す べ て 終 了 す る の に9日 を 要 す る計 算 と な る(24時 間 ×9地 条)。 ま た, 同 じ く ポ ンプ 揚 水 井 戸 に よ る ヘ イ ラ ー バ ー ド耕 作 区 の ビ ー ト栽 培 地 で は,2っ の 耕 区 が こ れ に 当 て られ て い た が,4人 の組 は2耕 区 の2っ の 地 条 に そ れ ぞ れ 昼 と夜 に 分 け て24時 間 が 割 り当 て られ て い た 。

一 方,地 条 の 形 状 も ま た 灌 概 と密 接 な 関 係 に あ る。第 一 章 で 検 討 した よ う に, マ ル ヴ ダ シ ト地 方 で は灌 概 方 式 と して 水 盤 法 が と られ て き た が,こ の 灌 概 法 は 傾 斜 に 沿 っ て 灌 概 区 画 を 一 つ ず つ 灌 概 す る 方 法 を と っ た 。 短 冊 状 の 地 条 の 間 口,つ ま り短 い 方 の 一 辺 は この 灌 概 区 画 の 長 さ に 相 応 して い た 。 ポ レ ノ ウ 村 で は,2人 の 共 同 耕 作 組 の 地 条 の 場 合,間 口 が40〜50mで あ った が これ は灌 概 区 画 が 横 に2っ 並 ぶ 長 さ に 相 応 し,傾 斜 に 沿 っ て2列 に400〜500mに 列 を な し

84商 経 論 叢 第34巻 第3号

(179)

て い た 。

ま た 黎 耕 の 便 宜 性 も無 視 す る こ と は で き な い。 雄 牛2頭 で 牽 引 す る黎 が 使 わ れ て い た時 代 に は・ 反 転 す る回 数 を な るべ く少 な くす る 方 が 効 率 が よ く細 長 い 短 冊 状 を な す こ と に意 味 が あ っ た。 南 イ ラ ンの ジ ャ フ ロ ム に近 い 乾 地 農 業 の 村 の 場 合,地 条 は そ の 幅 が10m前 後 で あ る の に 長 さ は500〜1100mに 及 び

,文 字 通 り の 地 条 を な して い た。 こ こで は灌 概 は行 わ れ な か っ た か ら 主 と して 黎 耕 の 効 率 惟 が 地 条 の 形 状 を 規 定 した と い え る。 マ ル ヴ ダ シ ト地 方 で は,灌 概 作 業 の 効 率 性 が 優 先 さ れ た が,黎 耕 の 便 宜 性 も ま た地 条 の 形 状 を 規 定 す る要 因 の 一 っ で あ っ た と い って よ い。

こ の マ ル ヴ ダ シ ト地 方 の 事例 を み る と,近 代 以 前 の 西 欧 に広 くみ られ た 開 放 耕 地 制 と よ く似 て い る の に 気 が つ く。 西 欧 に お け る開 放 耕 地 制 も地 方 に よ っ て 多様 な形 態 が み られ たが,次 の点 を共 通 す る特 徴 と して い鬼。

q)農 業方式 は休閑 に地 力維 持 と雑 草 防 除 の機 能 を もた せ た休 閑農 業 で あ り, 休 閑地(休 閑の耕圃)は 共 同 放牧場 と して開 放 され た。

{2)強 い耕 作規 制 が あ り,個 々 の農 民 の裁 量 に よ る 自由 な 土地 利 用 は園地 に認 め られ る に過 ぎな い。 三圃制 の圃場 で は耕地 は冬穀 ・春 穀 ・休 閑 の3つ の耕 圃(fields)か らな り,作 物循 環 が 耕 圃循 環 を な した。

(3)散 在耕 地 制 を特 徴 と した。 耕 圃 は い くつか の耕 区 に分 か れ,農 民 は各 耕 区 に 「iらが 利 用 す る細 長 い地 条 を分散 して保 有 した。

この3っ の特徴 はマ ル ヴダ シ ト地 方 と基 本 的 に変 る と ころが な い。 休 閑 農 業 とい う ことで は・ すで に検 討 した よ うに乾地 農 業 だ けで な くオ ア シス灌 概農 業 の農耕 方式 を も特 徴 づ けて いた。 ま た,耕 圃 一 耕 区一 地 条 の耕 地 の区分 とそ の 耕地 制 度 ヒの意 味 にっ い て は灌 概農 業 の た め地 条 の形 状 や機 能 に違 いが み られ' る もの の構 造 は基本 的 に は同 じで あ り,ま た休 閑 地 は共 同利 用 地 と して開 放 さ れ て い た。

この マ ル ヴ ダシ ト地 方 の農 業 制 度 が イ ラ ン全域 に妥 当す る訳 で は な い。 しか しs山 間 部 の農村 や カ ス ピ海 沿 岸部 の湿 潤 地帯 を除 くオ ア シ ス地 方 で は共 通 す る点 が 多 い。 イラ ン各地 の農 村 を観 察 す る限 りで は,開 放 耕 地制 また そ の遺 制

0178) 西 ア ジア の農 業 と社 会85

が 各 地 で 確 認 で き る。 例 え ば,テ ヘ ラ ンの 南 部 地 方 で は農 民 の耕 地 が 耕 区 に 分 散 した 分 散 耕 地 制 が み られ る し,ガ ズ ウ ィ ン地 方 や ハ メ ダ ン地 方 の 乾 地 農 業 地 帯 で も耕 区 制 が み られ る。 た だ,い ず れ も観 察 と ヒヤ リ ン グ に よ って 確 認 さ れ た に過 ぎず,農 業 制 度 の 子 細 は わ か らな い。 ま た,こ れ に 関 わ る研 究 の 蓄 積 も な い の が 実 情 で あ る。

開 放 耕 地 制 は ま た東 ア ラ ブ や トル コで もみ られ る。 休 閑 農 業 を特 徴 とす る 西 ア ジ ア の 諸 地 方 に お い て も同 様 で あ る。 ア ン ト ンに よ っ て1960年 代 に 調 査 さ れ た ヨ ル ダ ンのKufr‑al‑Ma村 や セ ー デ ン に よ っ て1974年 に 調 査 さ れ た シ リ ア の ユ ー フ ラ テ ス流 域 のShams‑ed‑Din村 も開 放 耕 地 制 が と られ て い た 。 いず れ も耕 区 は耕 作 権 を もつ 農 民 の 地 条 か ら な り,Shams‑ed‑Din村 の 場 合,5っ

くわ

の耕 圃 に お いて作 付 けが循環 され農民 は均等 な耕地 を保 有 して い た。 また トル

(8)

コの ア ナ トリア中部 の乾 地 農 業地帯 に も開 放耕 地 制 を と る村 が散 在 して い る。

耕 区 の地 条 はそ の四隅 に石 や土塊 を 置 くこ とで境 界 と し農 地 利 用 に強 い規制 が あ る。 ただ,こ こで は耕 作 区 に分散 した地 条 は農民 個 人 の私 的所 有地 で あ り, 所 有規 模 に差 が み られ る。 そ して,今 目で は開 放耕 地 制 がす で に崩 れ て い る と

こ ろが 多 い。

さて,マ ル ヴ ダシ ト地 方 の耕地 制 度 と前近代 の西 欧 の 開放 耕 地制 との間 に共 通点 が確認 され たが 明確 な違 い もあ った。 そ れ は次 の点 で あ る。

(1)西 欧 の場 合,放 牧 地 を 除 く村 の農 地 は農 民 に よ って私 的 に所 有 され た が,マ ル ヴ ダ シ ト地 方 で は集 落 の居 住 地 区 を除 い た村 の土地 すべ て が共 有 され て い た。 また これ と関連 して 毎年 作 付 けに際 して利 用 地 を移 動 す る割 替 の慣 行 が あ った。

② 西 欧 の場 合,耕 作 地 の利 用 は家 族 が 単位 を な し,農 作業 は農 民 間 の 協力 関係 が み られ る もの の基 本 的 に家 族 労働 によ って い たが,マ ル ヴ ダシ ト地 方 で は耕 作権 を もつ複 数 の農民 が 共 同で耕作 す る共 同耕作 の制度 があ った。

次 に,こ の2点 につ いて 具体 的事 例 を もとに検 討 して み よ う・

2)割 替 制 度

ドキュメント内 西 ア ジ ア の農 業 と社 会 (ページ 80-109)

関連したドキュメント