は じ め に
一 章 で は乾 燥 ・半 乾 燥地 に み られ る農 業 の伝統 技 術 の体 系 を個別 地 域 の事 例 か ら記述 した。 この検 討 に際 して キ ー ワー ドに な った の は農法 で あ った が,こ れ は農民 に と って は農 業生 産 を継 続 して営 む ことが最 大 の関心 事 で あ り地 力 の 維 持 や雑草 の防 除 さ らに保 水 が農業 の再 生 産 の た め の技 術 の基本 を なす と考 え た か らで あ る。 この視 点 に た っ と 自然 は農 業 に と って 主 要 な条 件 とな り,乾 燥 ・半 乾 燥地 の気 候 や地 形 また水 の存 在 形態 の検討 も欠 かせ な い作業 とな る。
この たあ,自 然 の記 述 に も多 くの枚 数 を割 くこ とに な った。
農 業 の技 術 は農民 の営為 に よ って体 系 化 さ れた が,一 方,農 業 社 会 に視 点 を 移 す と,村 や農 民 が農 業 を行 う上 で 枠組 み とな る制度 に も技 術 は条件 の一 っ と な る。 ⊥ 地 所 有関 係 や農 民 相互 の共 同 関係 が歴 史的性 格 を もっ こ とは 言 うまで もな い。 しか し,自 然 へ の適 応 を要 す る農 業 が 自然 に規定 され た技術 条 件 か ら 自律 的 で あ る訳 で もな く,農 業社 会 の諸 制 度 にみ られ る地 域 性 はそ の内容 を変 え なが らも継 続 性 を もつ 。本 章 で は この点 に こだ わ りなが らr対 象 を農 業生 産 の場 で あ る村 落 に移 し,村 落社 会 の枠組 み を なす農 業 の諸制 度 を取 り上 げ る。
こ こで は と くにイ ラ ンの オア シス農 業 地 帯 に対 象 を絞 り,ザ ー グ ロス山地 の南 部 に位 置 す るマル ヴ ダ シ ト地 方 にお け る実態 調 査 を も とに記述 す る。
調 査 は1972年 か ら78年 にか けて実 施 され た。 と くに ポ レノウ村 とヘ イ ラー バ ー ド村 の2っ の村 で はそれ ぞ れ5か 月 間,村 に住 み込 ん で調 査 を行 な い,ま
た オ ア シ スの広 域 調 査 も聞 き取 りや観 察 の方 法 で 実施 した。 この地方 の地 理 的 概 況 につ い て は第 一 章 で記 述 した よ うに,乾 燥 地 の オ ア シ ス と して の特 徴 を も って い る。 イ ラ ンの 自然 環 境 は地 域 性 が 大 き く,こ の調 査 の結 果 を もって イ
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ラ ン全 体 に一 般 化 す る こ とはで きな い。 カ ス ピ海 沿 岸 の水 田村 落 や 半乾 燥地 の 乾 地 農 業村 落 との間 に は技 術 は も とよ り農 業制 度 に もか な りの違 いが あ る。 し か し,広 く分 布 す る オア シス農 業地 帯 に限 って い えば,多 くの共通 点 が み られ る。 地 域 差 を 日本 の例 で比 較 す る と筑 後平 野 と蒲 原平 野 の違 い程 度 で あ ろ う。 した が って,こ こで 示 す事 例 は マル ヴダ シ ト地 方 の個 別 事例 で は あ るが イ ラ ン の オア シス農 業 地 帯 に大 枠 で一 般 化 す る こ とは 可能 で あ ろ う。
次 に,対 象 とす る時 代 を限 定 す る必 要 が あ る。イ ラ ンで は1960年 代 に農地 改 革が 実施 され た。 農 地 改革 の もっ 社会 的 意義 にっ いて は第 二部 で検 討 す る こ と に な るが・ 改革 以 前 の オ ア シ ス農 業 地帯 は地 主 的 土地 所 有 に覆 われ て いた。 地 主 は村 落 を単位 に土地 を所 有 して い たが,村 は地 主経 営 の また地 主 か ら借地 し た借 地 経 営 の 「農 場 」 と して の特 徴 を もって いた。調査 を実施 した1970年 代 前 半 に はす で に地 主 や借 地経 営 者 は村 か ら退 去 し,村 落 の農 地 の所 有 主 体 は農 民 で あ り,経 営 も この農 民 が 主体 とな って いた。 っ ま り,こ こで記 され るの は農 地 改 革後10年 を経 過 して いな い村 の姿 で あ る。 ま た,1979年 に は いわ ゆ るイ ラ ン革 命 が起 こ りその後,村 の諸 制 度 もか な りの変 化 をみ るの で あ り,調 査 に よ って検証 した村 は過 渡 期 と して の性 格 を もっ とい って よい。
一 村落社会 と耕地制度
1.村 落
マ ル ヴ ダ シ ト地 方 の オ ア シ ス農 業 地 帯 は,山 に は さ ま れ た 谷 平 原 に沿 って80 kmに 渡 って 続 きaそ の 幅 は10な い し20km,こ こ に150余 りの 灌 概 農 業 村 落
が 分 布 して い る。 オ ア シ ス の ほ ぼ 中 央 に は この 地 方 の経 済 と流 通 の セ ン タ ー の 役 割 を果 た す 人 口3万 人(1972年 現在)の マ ル ヴ ダ シ ト町 が 位 置 し,ミ ニ バ スや 軽 トラ ッ ク な ど が 村 々 を 放 射 状 に結 ん で い 窪.こ の交 通 の経 路 で た ど る と ヘ イ ラ ー バ ー ド村 は こ の 町 か ら東 へ2Dkm,ポ レ ノ ウ村 は北 西 へ20kmの と こ ろ に 位 置 して い る(図 レ16を 参照)。
農 地 改 革 時,マ ル ヴ ダ シ ト町 の 人 口 は調 査 時 の6分 の1以 下 で 非 常 に 小 さ か っ た。 この 理 由 は,地 主 制 の 時 代,農 業 余 剰 が 都 市 に居 住 す る地 主 や 「農 場 」
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の 経 営 者 に よ って 収 奪 さ れ,農 村 地 帯 の 市場 は著 し く狭 隆 で 貧 弱 で あ っ た こ と に よ る。 しか し,農 地 改 革 に よ って 地 † が 村 か ら退 去 す る と農 民 に残 さ れ た 余 剰 の商 品 化 を 通 して地 域 の 経 済 活 動 が 活 性 化 し,ま た 石 油 収 入 を財 源 に地 域 開 発 の投 資 が 行 わ れ た こ と も加 わ り,こ の 町 は地 域 の セ ン タ ー と して急 激 に 成 長 した 。 町 と村 は定 期 便 で 結 ば れ,ほ と ん ど の 村 が こ の 町 と毎 日一 往 復 の 交 通 の 便 を もっ よ う に な っ た。 調 査 を 実 施 し た時 は,村 の 経 済 は 自給 的 性 格 を 脱 して 商 品 経 済 化 が 進 み,オ ア シ ス全 体 が 一 っ の 地 域 経 済 圏 と して 発 展 して い た 時 代 で あ る。
こ こで 対 象 と す る村 落 は デ へ と呼 ば れ て い る。1970年 代 の 行 政 区 分 で い う と,オ ア シ ス全 体 が一 っ の郡(パ フシェ)に 当 た り,郡 役 所 が マ ル ヴ ダ シ ト町 に 置 か れ て い る。郡 は ま た 日本 の 行 政 村 に ほ ぼ 相 当 す る6っ の 地 区(デ ヘ スタ ン)
に 分 か れ,こ の 地 区 に 多 くの デ へ が 帰 属 して い る。 しか し,地 区 に は 自治 は な く,州(オ ス タン)お よ び そ の下 位 の組 織 で あ る郡(パ フ シェ)に よ って 管 轄 さ れ 一 人 の 行 政 官 が 派 遣 され て い た 。 デ へ は 地 縁 的 な 農 業 社 会 と して こ の地 区 に 属 して い た が 地 区 の 行 政 的 権 限 は弱 く,行 政 や警 察 の 面 で デ へ を 実 質 的 に管 轄 し て い た の は郡(パ フシ ェ)で あ っ た。
150余 りあ る デ へ は そ れ ぞ れ が 居 住 地 区 と他 の デ へ と の 間 を 境 界 で 区 切 られ た 農 地 に よ って 構 成 さ れ て い る。 マ ル ヴ ダ シ ト地 方 の オ ア シ ス 農 業 地 帯 に は農 地 改 革 後 に 登 場 した 企 業 的 経 営 者 の 農 場 が デ へ と は別 に あ り,デ へ と農 場 が 空 間 的 に は モ ザ イ ク状 に 分 布 して い る(図2‑2)。 こ の 農 場 経 営 者 は都 市 に居 住 す る者 と デ へ に居 住 す る者 とが い る。 前 者 は,農 地 改 革 で 旧 地 主 に留 保 さ れ た 土 地 が 基 盤 と し,ま た後 者 は デ へ の 村 長 を そ の 出 自 とす る者 が 多 くか っ て 地 † の 村 経 営 の 差 配 と して 蓄 積 し上 地 を 手 に 入 れ た 。 しか し,こ の 農 場 は い ず れ もデ へ の 土 地 と は区 別 さ れ て い る。 共 同 体 的 な 秩 序 に 従 って 農 耕 が 営 ま れ て い る農 地 の み が 村 に 帰 属 し,こ こ か ら経 営 的 に 自 立 し た 農 場 は そ の 所 有 者 が 村 の 住 民 で あ って も村 に は帰 属 しな い。
1974年 の 農 業 統 計 の 凡 例 で は デ へ を 次 の よ うに 規 定 して い る。 「通 常,村 長 (キ ャ ドホダー)の い る場 所 を 言 い,農 地 ・果 樹 園 ・居 住 地 の 総 体 で あ る。デ へ の
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表2‑1
ポ レ ノ ウ 村 ヘ イ ラ ー バ ー ド村
人 口
農民数 36人 72人
農地面積 298ha 584ha
集落数 2 2
耕作区数 1 3
0195)
境 界 は法 的 に決 め られ た境 か あ る い は村 の情報 に詳 しい人 が い う とこ ろ の境 界」 で あ る。農 地 と居住 地 区が(2}
村 に帰 属 す る土地 で あ る。 周 辺 の未 利 用地 は法 律 上 は国 有地 に区 分 され て い る。 しか し,デ へ農 民 の家畜 の 放 牧地 と して 欠 かせ な い ため農民 の利 用 が認 め られ て い る。 したが って,日 本 の行 政 区 分 に対 応 させ る と集 落 とか地 区 と呼 ばれ て い る地 縁 的 な社 会 が デ へ に ほぼ相 当 し,こ こで は便 宜上 この デ へに 「村」 の語 を当 て る こ とにす る。
住 み込 み調 査 を実 施 した2つ の村 の農 民 の数 は,ポ レノ ウ村 が36人 ,ヘ イ ラーバ ー ド村 が72人 で あ る。この 耕作 権 を もっ農民 は,地 主制 の時代 に地 主 が 経 営 す るま た借 地 人 が経 営 す る 「農 場 」 で雇 農 と して働 き,農 地 改革 の時 に被 譲 渡 権 者 と して政府 によ って 確認 され た者 ま たそ の相続 人 で あ る。 この農 民 は 核 家 族 の世 帯 主 で あ る場合 が多 く権 利 は皆平 等 で あ る。 この権 利 は相続 によ っ
て分割 され る こと はな く調 査 時点 まで は売 買 譲 渡 によ る移 動 もなか った。 村 に は農地 改革 で被 譲 渡 権者 と して認 め られ なか った住 民 が い る。 これ に は 雇 農 で なか った者,雇 農 で あ って も役人 が村 に来 て権利 を確 定 す る際 に村 か ら 離 れ て い た不 運 な者 が 含 まれ る。 この非 農 民 は一 般 に ホ シネ シ ー一ン と総 称 さ れ,村 で小 さ な商 店 を もつ 商人,周 辺 の農 場 や町 で働 く労 働者 ,雑 業 層,村 の 共 同風 呂 の管理 人 や ポ ンプ井戸 の番 人 な ど村 抱 え 的 な雇 用 者 か らな って い る。
中 に は農地 改革 後 の変 動 期 に成 長 し村 の上 層 にの し上 が った者 もい る。 トラ ク ターや コ ンバ イ ンを共 同 で購 入 して周 辺 の村 や さ らに他 の地 方 に 出向 いて賃 耕 を行 う もの,ま た車 を 買 って村 と町 を結 ぶ交 通 を担 う ものが これ に当 た る。 こ こで は農 業 の諸 制度 が 主題 を なす た め,こ の ホ シネ シー ンにつ い て は と くに言 及 す る こと はな い。
地縁 的 な コ ミュニ テ ィー と して,村 の行 政 に は村 長 と数 人 の村 役 が 当 た り秩 序 の維 持 が はか られ て きた。 村 長 はキ ャ ドホ ダs補 佐 役 は リー シ ェセ フ ィー ド(白 髭を意味する)と 呼 ば れ たが,こ の村 役 の名称 は前近 代 の村 落 共 同体 の ぞ
0194) 西 ア ジア の農業 と社 会69
れ を 継 承 して い る。 しか し,地 主 制 の 時 代 に は,村 長 は地 主 の 差 配 で あ り農 民 の 収 穫 の10分 の1な い し5分 の1に 権 利 を も って い た 。農 地 改 革 後 は,対 外 的 に は村 の 代 表,内 部 的 に は村 の共 同 組 織 の 長 に そ の 機 能 を 変 化 さ せ た 。っ ま り, 地 主 の 下 手 人 か ら村 の 代 表 へ と そ の 性 格 を変 化 させ た 。 しか し,収 穫 の10分 の 1を 得 る権 利 は 変 わ らず,こ の 権 利 に よ って 村 長 職 は 利 権 と して の 性 格 を も っ た と い って よ い。 農 村 の 近 代 化 政 策 の一 環 と して 村 会(ア ンジ ョマ ネデへ)が 制 度 化 され た 。 こ れ は耕 作 権 を もつ 農 民 の 中 か ら選 ば れ た 代 表 者 で 構 成 さ れ,村
の運 営 に 関 わ る諸 事 が この 村 会 で 決 め られ る こ と に な った 。 しか し,地 方 行 政 と の 関 係 で は 村 長 が 村 を代 表 し国 家 の 村 管 理 の要 と して の義 務 を 負 う もの と し て 位 置 づ け られ て い る。
図2‑1ヘ イル アーバ ー ド村 お よび周辺
複数の農場
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̲̲̲̲耕 作 区(マ ズ ラ エ)の 境 界 一一一 … 農 地 と 表 利 用 地 の 境 界