本章では、A施設経験者のヒアリング調査において導入したライフラインを使って分析 することにより、A施設経験者のライフラインをA施設経験者の思いから捉え、施設のイ ンケアとして、A施設経験者が自らの人生に有効であったと実感している支援を明らかと する。
(1)研究方法-ライフライン・インタビュー-
序章で説明した通り、ライフライン・インタビューの手法を導入した理由は、施設経験 者が思いを語ることは、子ども時代に経験した虐待や親との関係における苦しみ、施設生 活の大変さなど、痛みを伴うこともあり、語れない、語る言葉が見つからないということ もあり、彼らの経験や思い、価値の言語化を促すとともに、言語化できないそれらもまた 客観的に理解する必要があると考えたからである。
施設経験者は、施設入所前の経験から、容易に他者を信用することはなく、初対面の調 査者に自分の思いを率直に語ることは難しい。また、彼らが自らの経験はマイナスの思い を抱えている場合も多く、経験を振り返ること自体が難しい場合もある。そのため、彼ら の経験や思い、価値観は、彼ら自身においても他者からも見えづらく、捉えにくい傾向が あり、他者が理解することは難しいものである。そのため、彼らの言語化されない経験や 思い、価値は理解されることなく、言語化された言葉だけが理解されることになるが、言 語化された言葉はほんの一部に過ぎない。
自己表現が難しい子ども期についての語りや、語ることが難しい経験を、施設経験者の 思いや価値に近い形で聞き取り、適切に理解し、受け止めるための方法を検討した結果、
ライフライン・インタビューの手法にその可能性があると考え導入することとした。
桜井(2002)95が主張する通り、ヒアリングは調査者と調査対象者の共同作業であるため、
調査者の意図を追認する可能性がある。そのため、ライフライン記述は、初回のヒアリン グ調査で実施し、それをもとに第2回以降のヒアリングを実施している。ライフライン記 述を利用することは、調査対象者の主観を重要視し、彼らの「語り」を彼らの価値観や考 えに沿って理解することに主眼を置き、可能な限り調査者のバイアスがかからないように 意識し聞き取りを行うことに有効であった。
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ライフライン・インタビューの手法により、A施設経験者の感情を伴う思いが表現され、
言語化を促すとともに彼らの価値観に即して理解を深めることができたと考える。また、
A施設経験者の言語化していくことに長期にわたり寄り添うことを重視したことにより、
彼らが思いを吐き出すことから始まり、複数回のヒアリングを経て、彼らが自分の思いを 自らに問いかけ、受け止め、「語り」が変容していく場面に出会うことができた。さらに、
ライフラインを描くことにより、自分の人生の一部として施設でのくらしを捉え、施設入 所当時に抱いていた思いや考え、職員や施設のケアへの思いや考えを自ら見つめ直しこと で、施設のくらしを受け止め直し肯定化する変化がみられた。施設経験者が施設でのくら しを振り返り、それらへの解釈を変えていくことについてはこれまで明らかとされておら ず、施設でのくらしを振り返る意味があることが明らかとなった。これについてはライフ ライン・インタビューが本来意図するところである。
(2)分析方法
ヒアリングで得られたデータは、ライフライン・インタビューを手掛かりとして分析を した。ライフライン・インタビューは、ブラマー(1994)96が「ライフライン・インタビュ ーメソッド」と呼ぶものである。ライフコースを分析するために自尊感情や人生の浮き沈 みを線で表した図を用いたインタビュー方法であり、ブラマー(1994)は調査対象者が転 機について自覚をすることで、自分の成長を視覚的にわかる必要性を主張している。河村
(2000)97は、ライフラインを書くことの意味として、過去から現在まで自分の歴史に一貫 性を持てること、社会関係の中で自分の位置がある程度客観的に理解できることを挙げて いる。ライフラインをA施設経験者自身が記入し、ヒアリングを受けることで、A施設経 験者が自分の人生を俯瞰し施設経験を人生の一部として見出していくことになり、生涯発 達の視点から自分自身を捉えなおし、施設経験者自身への気づきを与えることができると 考える。言語化だけでは分析時に施設経験者の思いの解釈を歪めてしまう危険性があるこ とから、ライフラインを描くことは、言語化が難しいA施設経験者の経験や思いをより適 切に理解することを可能にすると考えた。
一方で、ライフラインは調査対象者の思いによるものであるため、客観的事実とは異な る場合がある。ヒアリングにおいては調査対象者の語りを否定せずに聞く姿勢をとったた め、語りと客観的事実に違いが生じている可能性は否定できない。また、自分の人生を思 い返し、そのイベントに関して現時点で評価することになるため、その当時の思いとは異
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なる可能性があるという限界や現在の生活状況が影響しているという限界がある。ライフ ラインは、ヒアリング98時点まで記入しているが、今回は施設のくらしにおける職員のか かわりを検討するために、施設入所から退所までのライフラインを示す。
(3)ライフラインのタイプによる分析
1)退所時のライフラインの位置がプラスだったケース99
(D・F・G・H・E・J・L)
担当職員が変更されたEケース(図3-1ライフライン①タイプ)、小学期に入所した A・J・Lケース(図3-2ライフライン②タイプ)、幼児期に入所し、入所から退所まで 担当職員が同じだったD・F・G・Hケース(図3-3ライフライン③タイプ)とする。
ライフライン①タイプ(図3-1)の 谷は、施設入所理由の説明100を受け た時と担当職員が変更となった時で ある。施設入所理由の説明理解は、
小学3年時である。きっかけは、小 学校の友人宅に遊びに行った時の家 の雰囲気の違いから生活している場 所が施設であることに気づき、施設 入所への疑問を覚え、職員に自ら質 問をしたことによる。職員から説明 を受けることで、施設入所理由の理 解をし、受け入れたとEは語ってい る。Eはその時の印象を次のように 語っている。
E「ふーんって感じだった。だからってこうしようっていう考えにもならない。その方が まだいいのかなって。」
しかし、Eの言葉とは異なり、ライフラインでは施設入所理由の説明を受けたことによ る谷が生じており、言葉では表せない思いがあることがうかがえる。Eへのヒアリング調
図3-1ライフライン①タイプ
〈+〉
E
〈-〉
10歳 20歳
入所 退所 入所 退所
担当職員
職員との愛着○ 職員からの支援○
職員との関係継続○
施設入所理由の理解 担当職員 職員との愛着○
退所時の相談
4歳
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査は複数回行っているが、施設入所理由の説明を受けた時の「語り」が具体化することは なかった。Eが複数回ヒアリングの中でライフラインの谷を変更することはなく、施設入 所理由の説明を受けた時は谷であることはE自身認識できたが、なぜ谷となったのかにつ いては言語化することはできず、筆者は言語化できないほどの思いがあり、施設入所理由 を理解し受け入れることはEが厳しい現実に立たされていたことを理解した101。
ライフラインの谷からの回復の理由をEは「職員との愛着関係」102としている。Eは職 員を「親」と語るほどの愛着関係を形成しており、その理由を「それ以上の愛情をもらっ てるから。」、「何をしても受け入れてくれる。全力」と述べている。
Eは担当職員の変更を職員に裏切られたと感じている。その時の思いを次のように語っ ている。
「辞めた職員とかに対しても、なんでとか思った」
「でもなんで辞めんのみたいな。で、よくずっと一緒に居るからねみたいな、言ってくれ たりなんかもするんだけど、別に言ってくれたじゃんみたいな。」
また、その時の思いを振り返り、次のようにも語っている。
「職員的にもその時は本気で思ってくれてるから、そう言ってたのに、そこでその言葉を 出すのは本当に申し訳ないなみたいな。」
Eは、ライフラインを通したヒアリングの中でその当時の気持ちと向き合い、職員の行 動に理解を示していた。Eのライフラインの回復は、職員変更の理由を何度も説明を受け、
次の職員との愛着関係の形成ができたこととしている。
ライフライン②タイプ(図3-2)は、小学期の入所のため、施設入所の理由を理解し たうえで入所をしている。A103・Jは、入所前の生活と比較して、A施設での生活は安全 で安心できるものであったため、ライフラインは急激な山となっている。A・Jはその時 の思いを次のように語っている。
A「まあ、良かった。もし普通の家庭だったら、まあないですけど、今話したような家庭 だったんで、まあ、こっちの方が良かったですよね。」