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6-1 背景と目的

実際の海上交通における自船と他船の相互関係は非常に複雑で、すべての状況を海上衝 突予防法では規定できない。海上衝突予防法は、現場の船員に判断を相当委ねており、Good

Seamanship と呼ばれる、よりよき慣行に従って判断することが求められている(海上保安

庁,2007)。現場の船員は、衝突リスクが発生したと判断した場合、直面した衝突を回避し 船舶を安全に導くために、右に針路を変更するのか、または左に針路を変更するのか、あ るいは速力を変更するのかといった判断をしなければならない。このような海上交通にお ける衝突回避判断を決定し実行することを本研究では操船方略としている。

竹本・岩崎・古莊・阪本(2009)は実際の操船における避航行動を観察している。そこ では観察した対象船舶の大きさと自船の大きさを考慮して、自船と他船との最小航過距離 値を設定し、設定値以下で航過した場合を不適切な避航と定義した。観察した55件中9件 が不適切な避航であったが、9件とも操船者は他船を認識し動静も識別していたと報告され ている。この不適切な避航では操船者の操船方略が問題であったと推察される。

西崎・吉村・田村・三友(2010)は操船シミュレータを用いて操船行動の解析を試みて いる。実際の海難事例を参考に作成されたシナリオを用いて、海難を回避できたケースと 海難を回避できなかったケースを比較分析した結果、「判断」というタスクが事故の発生に 大きく影響していると指摘している。ここでいう「判断」とは実験参加者の発話から他船 に対する行動予測を基に自船の行動を決定しているとの記述があることから、本論でいう 操船方略と同義であると考えられる。

このように、操船方略は衝突回避のために重要なものである。渕・古莊・藤本・臼井(2007)

は学生と実務経験者を比較し実務経験を重ねることによって操船方略の適切さは向上する ことを示している。また提示した応用的な場面に対する回答から、他船への配慮と判断時 機の差異を指摘している。実務経験を重ねることで操船方略の適切さが向上することが示 唆されているが、実務経験には年数的経験とともに普段の船舶操船経験が含まれていると 考えられる。そこで本章では、船型が操船方略に与える影響について検討する。

6-2 調査方法

5章で行った判断時機に関する質問紙調査と同時に、操船方略を判断する質問紙調査を実 施した。操船方略に関する質問紙調査では、3隻の船舶が関係する場合の避航方向、実際の 航海場面を参考に作成された航海場面2種に直面した場合の操船方略を尋ねた。

6章

6-2-1 調査参加者および調査実施方法

外航船、内航船および漁船に乗船勤務する、実務経験を有する船員が調査に参加した。

外航船船員は外国航路の船舶を操船する船員で32名が参加した。外航船船員を“外航群”

とする。内航船船員は国内航路の船舶を操船する船員で37名が参加した。内航船船員を“内 航群”とする。漁船船員は33名が参加した。漁船船員を“漁船群”とする。データに不備 があった参加者を除外した。分析対象人数は、外航群が22 名、内航群が28 名、漁船群が 29名であった。直近の船型経験は、外航群の船型経験は最小が25,500トン、平均値は109,407 トンであった。内航群の船型経験は28名中15名が500トン以下、最大が14,800トン、平

均値は4,543トンであった。漁船群の船型経験は総トン数20トン未満であった。

調査は 2009年4月から 2010年9月にかけて都度実施した。調査は、外航群については 教室で一斉に、または個別に実施した。内航群および漁船群については、すべて個別に実 施し、希望者については聞き取り調査とした。調査中は他者との情報交換は一切できず、

また参考書等を見ることもできなかった。調査内容の漏洩を防ぐために、すべて質問紙を 回収した。回答制限時間は設けず調査参加者各人のペースで回答ができた。

6-2-2 想定させた航海場面

想定させた航海場面は、3隻の大型コンテナ船が関係する場面(3隻場面)と、実際の船 舶交通を参考に作成された 2 場面であった。これらは渕ら(2007)で用いられた場面であ った。実際の船舶交通を参考に作成した場面のうち一つは自船の後方から漁船が追越す場 面(追越される場面という)であり、もう一方は海上交通安全法で定める航路における場 面であった(航路場面という)。

3隻場面で示した図をFig. 6-1に、追越される場面をFig. 6-2に、航路場面をFig. 6-3に示 す。3隻場面については船舶の位置関係のみを示した図となっている。その他の状況として は風潮流および波などの外乱は無く、天候視界ともに良好であると教示した。

追越される場面および航路場面については船舶の位置関係および地理関係等を図で示し、

その図の横には衝突予防援助装置(ARPA)で得られる情報を、下には自船および他船の航 海に関する情報が記述された。これらの情報から調査参加者は航海場面を想定することが できた。

6章

3隻場面

自船 他船A

他船B

Fig. 6-1 3 隻場面

Fig. 6-2 追越される場面

6章

Fig. 6-3 航路場面

6-2-3 想定させた自船と相手船 a)3 隻場面

3隻場面において想定させた自船は、大型コンテナ船であった。大型コンテナ船をFig. 6-4 に示す。3隻場面における大型コンテナ船の速力は22ノットであった。相手船2隻も同船 型同速力のコンテナ船であった。

b)追越される場面および航路場面

追越される場面および航路場面において想定させた自船は、神戸大学大学院海事科学研 究科附属練習船「深江丸」であった。「深江丸」をFig. 6-5に示す。

追越される場面および航路場面では、自船の速力はそれぞれの場面で自船情報として記 述された。相手船についての情報は位置関係を図で示し、その図の右側に衝突予防援助装 置(ARPA)の情報が示され、位置関係図の下に航海に関する他船情報が記述された。

6章

  コンテナ船

53,000 32

速力 22

コンテナ船(4,500TEU)

280

船種 全長L 船幅B 総トン数

ton K't ton ton

Fig. 6-4 大型コンテナ船(3 隻場面での自船)

  深江丸

49

450

総トン数

内航練習船 10

船幅B 全長L 船種

速力 11

ton ton ton K't

Fig. 6-5 神戸大学海事科学部練習船「深江丸」(追越される場面・航路場面での自船)

6-2-4 回答項目と分析 a)3 隻場面

3隻場面においては、5章で調査分析した判断時機の調査に付随して調査された。見合い 関係発生時機および通常避航時機を左側から接近する相手船との距離で回答させたのち、

その通常避航時機に右転するか、または左転するかを尋ねた。(付録A参照)

b)追越される場面と航路場面

2つの航海場面については、提示された航海場面その時点で、その状況において判断した 操船方略を、位置関係図に直接矢印または文章で記させた。(付録A参照)

2 つの航海場面に対して回答された操船方略を、「深江丸」の運航を担当している一級海 技士(航海)の資格を持つ神戸大学海事科学研究科教員 3 名で評価し、許容できる操船方

6章

略(許容操船方略)と許容できない操船方略(非許容操船方略)に分類した。許容操船方 略のうち最も良いと評価した操船方略を最良操船方略とした。

6-2-5 追越される場面と航路場面における操船方略の評価基準 a)追越される場面

追越される場面において回答された操船方略をTable 6-1に示す。また、追越される場面 をFig. 6-6に示す。

追越される場面における最良操船方略は直ちに左転すること、許容操船方略は針路速力 を保持することと、右に一回転して漁船の後方にまわることであった。非許容操船方略は 右転し漁船の針路と並行にすることと、減速または増速することであった。次に最良操船 方略、許容操船方略、非許容操船方略の判断理由について述べる。

・追越される場面がおかれた時機について

追越される場面は11分後に漁船と衝突のおそれがある状況であるが、約3分半後には変 針点(Fig. 6-8において自船の前方の丸印。ここで針路を0度から350度に変更する計画。)

に達し左転する場面であった。海上交通ルールの適用については見合い関係が発生してい るかが問題になるが、想定させた自船「深江丸」の運航に関わる評価者 3 名の協議では見 合い関係発生時機より早いと判断された。見合い関係が発生していないため海上交通ルー ルに拠る必要は無く、どのような操船方略も選択可能である。

Table 6-1 追越される場面で回答された操船方略とその分類

最良操船方略 直ちに左転すること

許容操船方略 針路速力を保持することと

右に一回転して漁船の後方にまわること

非許容操船方略 右転し漁船の針路と並行にすること

減速または増速すること

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