表5−1に、post-conflict期の保健問題をまとめた。
冷戦構造が終わった1990年代、途上国で継続していた紛争の理由は、それまでの大国の思想対 立の代理戦争から、民族や宗教の違いなど身近なものに変わった。しかし、戦いそのものは継続 した上、ソビエト連邦崩壊に続いて独立した東欧や中欧アジア諸国や大国のかせを失った途上国 に新たな紛争が続発した。これらはいずれもCHE化したが、数が多いだけでなく、治安問題から も、それまでの緊急人道援助では対応しきれず、また、長期開発協力も実践不能であった。
表5−1 Post-conflict期の保健問題
問 題 現 象
・ 栄養障害、下痢性疾患/感染症の蔓延
・ 不備な保健インフラとシステム、専門教育/訓練
・ 保健予算の不足 途上国の共通問題
貧困や低開発に伴う現象
・ 戦死や障害者発生、特に男性の死傷問題
・ 保健分野の頭脳流出、熟練層喪失
・ 保健医療サービスの劣化、消失
・ 保健医療システムの崩壊
・ 暴力的環境への慣れ
・ 個人的、地域的メンタル・ヘルス問題 紛争に伴う国内問題
・ 避難民流出に伴う問題
・ 国が関与できない 緊急援助にかかわる問題
・ 近隣国または国際社会の過剰関与 紛争に伴う国外問題
・ 感染症の拡散
・ 保健医療サービスの多様化
・ 麻薬の拡散
・ 武器、資源、麻薬関連ブラックマーケットの発生 紛争に伴う国内外の問題
・ Donor orientedの一過性援助問題
・ 不備で未熟な保健計画による問題
・ 外国支援権力者の発生 紛争後に発生する問題
・ 保健分野を含む、崩壊した国家管理体制
・ あらゆるインフラの機能喪失または低下
・ 地域社会とその伝統文化の喪失
・ 家族や住民間の連帯感の崩壊
・ 将来展望や希望の喪失 紛争地の共通問題
・ 粗雑な保健計画の実践
・ 一時的援助ダンピングによる問題
・ 国内格差の出現
・ 価値観の変化に伴う問題 紛争地の共通問題
・ 暴力的志向(→紛争再燃)
・ 将来への希望がない
・ 信頼関係の崩壊
・ 情緒的不安定
・ Identityの喪失 メンタル・ヘルス問題(再掲)
出所:筆者作成。
このような中、1998年、世界銀行がPost-Conflict Rehabilitation Unitを開設し、「紛争後」の支 援をいかに行うかの検討を開始した。その後、UNDPやUNICEFでもpost-conflictという言葉が 使われるようになったが、調べた限り、どのような時期または状態を示すかについては明らかに 定義されたものはない。
筆者は、1997-99年のWHO緊急人道援助部(Department of Emergency and Humanitarian Action: EHA)に勤務中、担当部門において、以下のような取り決めを行った。なお、WHOは、
通常、メンバー国保健省との連携において活動し、主に技術的関与を行っているが、紛争国など、
政府が機能していない、あるいは崩壊しているような場合、または自然災害を含む広域の緊急事 態においてはEHAが担当する。
① Post-conflictとは、対立勢力の間に、国際的に認知された和平条約が合意され、積極的な戦 闘は停止していることを確認した状態とする。
② Conflict期の支援は、緊急的人道的かつ技術的に限定し、インフラ整備には関与しない。た だし、
③ Conflict期にあっても、必要かつ可能な場合、現地もしくは適切な場所で、人材育成への支 援は行う。
④ Post-conflict期の支援は基本的なPHCにとどめるが、プロジェクトは国の状況によって優先 順位を検討する。
⑤ 戦闘が再燃した場合、②にもどる。
⑥ 暫定的でも、国際的に認知された国家管理体制が確立した場合の長期計画関与は、WHOの 本来の関係部門に引き継ぐ。
1997年から1999年に、積極的な戦争もしくは国内紛争国を含め、上記取り決めの下に日常的に 関与した国は44ヵ国、その他情報収集などを含め、不測の事態に対応する準備が必要であった国 も数十に上る。
紛争国の多くは、いったん、国際的に認知された和平合意がなされてもしばしば紛争状態に戻 ること、また、post-conflict期が確立しても、支援計画が容易に実践されず、また、継続性にも 問題を生じた。
実際、post-conflict期の認定すらままならないのがCHEの特徴であるが、復興支援では、治安 維持とともに、壊滅しているか、またはほとんど機能していない政府や地域行政のシステムづく りとともに、保健医療や教育といった基幹的社会インフラの物理的修復とその機能をいかに短期 間に立ち上げ、維持させるかが重要である。
しかし、通常、武力行使が終わったとしても、周辺には武器が蔓延しており、何よりも人々に 復興や再生の意欲が失われている。信頼できる政府や自治体が存在しない、あるいは脆弱で、な お、武力集団が複数割拠しており、地域社会には信頼できる専門家や熟練者が不在あるいは存在 していても機能できる環境にない。しかも汚職が蔓延していたりすると、計画を託する人材を見 つけることすら極めて困難である。
何よりも深刻なことは、CHEやその後の時期には、刹那的な生き方を余儀なくされてきた人々 の間に信頼関係がなく、また、将来に希望を持てないことである。このような状態はpost-conflict期だけではなく、多くの途上国に潜在する現象ともいえるが、紛争がそれらを強化して いることは事実である。貧しさに加えて、武力への恐怖や避難という苦痛が加わることは、より 弱い者により大きな負の影響を及ぼしている。さらにこれらの複雑化したメンタルな問題が、後 に述べる子育て環境にも大きな影響をもたらしている。
しかしながら、これらの問題は一見メンタル・ヘルスの範疇にあるとはみなせるが、何がどう 関与し、どのような事態が生じているのか、ほとんど検討されていない。したがって、これらの 問題にどのような関与が必要かもまったく検討されていない状態である。
しかし、次に述べるカンボジアのpost-conflict期の実態などから、この時期の復興の中心をメ ンタル・ヘルスにおくことの意義は理解されよう。