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3.紛争の変遷

歴史上、戦争のない年はないといわれるほど、戦(いくさ)は人の存在と結びついている。戦 いの大義が何であれ、いったん戦いが起これば、必ず、生命とヒトの健康が損なわれてきた。20 世紀中庸、2つの戦いの後でやっと、健康とは身体的、精神的、社会的に健全である、というこ とが認識されるはるか以前から、戦争は、人間の健康にとって最大の阻害要因であった。既に述 べたように、第一次世界大戦時には20%以下、第二次世界大戦で50%となった一般住民の犠牲は、

1990年代の地域紛争では90%を超えた。紛争が身近になったことは、死や外傷など、身体的犠牲 以上に精神的また社会的犠牲を強いている。今までのさまざまな戦争、そして紛争を、国際保健 面、特にメンタル・ヘルスの点から検証し、人々の健康が、どのようにむしばまれてきたか、ま た、いかなる対応が行われてきたかを概観する。

3−1 戦争とは

戦争とは国と国が、戦いの専門家集団である軍隊17によって覇を競うことである。

国以外の集団同士が戦ったり、植民地の独立戦争のように、(宗主)国に対して一部勢力が反 旗を翻したり、また、反政府集団が国家権力を攻撃することもある。国際法上は、これらは内乱 または内戦と呼ばれるが、結果として、ある国の独立に関係する戦いは、独立戦争18と呼ばれる ことも多い。奴隷制の賛否を問うた米国南北戦争は内戦(the  American  Civil  War)とされる一 方、革命戦争(the American Revolutionary War)とも呼ばれるるように、理念や経済的独立を 求めた内戦を革命(revolution)19と呼ぶこともある。革命は、必ずしも、武力行使を必須とはし ないが、結果として、武力紛争の様相をとることが多い。

内戦は、ある国の領域内でおこる、国家を含む対立集団間の大規模かつ組織的な武力行使で、

前述のように、独立につながるものは独立戦争と呼ばれることもあるのに対し、同じような独立 への闘争でも、宗教や民族または社会的文化的背景が異なる集団間の政治経済的対立がある場合 には民族紛争(ethnic  war)と呼ばれることもある。この場合、ジェノサイドや民族浄化など、い わゆる人権問題に類する事態が多発し、双方にメンタル・ヘルス上の問題を生じることは多い20

17 軍隊とは、外国からの軍事力行使などに対し、ある国が自国(または他国)の治安や利益を守るための手段と して維持運営する組織である。イタリア、フランスなどでは警察や消防も軍組織としている。準軍事組織であ る国境警備隊、沿岸警備隊、軍警察は有事の際には正規軍とされる場合が多いが、国が認知しない武力集団

(民兵や義勇兵)はこの限りではない。しかし勢力によっては、時に国際法上、交戦者とされる。

18 米国独立戦争(the  American  War  of  Independence、1775)、また、英国の統治終了後のイスラエル独立で始 まったパレスチナ(第一次)中東戦争(1948)は、イスラエルでは独立戦争と呼ばれる。

19 市民による国家改革であるフランス革命(the  French  Revolution、1789)、政治・経済・思想・文化を含む社会改 革を目指した中国文化大革命(the Great Proletarian Cultural Revolution)、類似のポル・ポト革命(1975)な ど。革命は必ずしも武力行使を伴わないが、結果として、武力紛争の様相をとることが多い。

20 例えば、古いものでは1960年代のアルジェリア問題、1974年の南北分断以来のキプロス問題、1987年来のスリ ランカのタミール独立問題、1991年に始まるユーゴスラビア崩壊に伴う紛争、1994年のルワンダの危機、1999 年ごろから継続するロシアのチェチェン。

いずれにせよ、これらの紛争でも、死傷者や障害者は生じ、社会インフラやシステムは破壊さ れる。しかし、独立など、大きな目的が達成された場合には負の結果は代償吸収され、不満が相 殺されてしまう傾向にある21

メンタル・ヘルス面で大きな問題を残しやすい内戦の例としてカンボジアを後述する。

特殊な例では、もともとは1960年代に始まる国内紛争に米国が介入したことによって、国土が 南北に分断され、国家間戦争に至ったベトナム戦争(1960−75)がある。現地では、対米戦争と もみなされているが、国際法上の戦争には該当しないとして、ベトナム紛争と呼ばれることもあ る。この「戦争」は、後述するCHEに近いが、南北両ベトナム側にも、介入した米国にも大きな 負担を生じ、そもそもPTSDという新しい疾病概念が確立する機会となった。

これらの国内紛争は、一方に政府軍が存在したり、対立集団が一定レベルの軍事訓練を行った りすることはあるが、軍隊による国家間戦争とは異なり、一般住民が民兵化またはゲリラ化し、

居住地や農耕や牧畜の場が戦場化するなど、極めて身近で日常的な戦いといえる。したがって、

救援に際しても、守られるべき住民と戦闘要員が鑑別できず、人道的援助が困難に面することが 多いだけでなく、身近な隣人やそれまでの仲間を殺害したり迫害したりする事態も増えるため、

被害者だけでなく加害者にも重篤なメンタル・ヘルス問題を残す。

最近の国内紛争は、一方の権威に対して他が戦いを挑む形ではなく、複数の対立者が存在する 上、しばしば、不特定者を目標とするテロ行為を伴っている。特に自爆テロなど、非人道的手段 が多用されることは、紛争地の救援活動を困難にし、またメンタル面の実態把握を不可能にして いる。

表3−1に、1990年代からの紛争の消長をまとめた。1990年からのわずかの期間に、紛争の形 態が著しく変化していることが分かる。

戦争は、戦傷外科や輸血学を発展させたとされるが、それは副産物にすぎない。巨大なIT化さ れた兵器だけでなく、カラシニコフ・ライフルのような小型で、使いやすく、しかも殺傷力の大 きい銃器により、誰もが簡単に戦闘要員となり、誰もが攻撃の対象となり、大きなトラウマが生 まれている。

身体的被害は武器や兵力の大小に比例するが、メンタル・ヘルスは、破壊力や武力の大きさで はなく、むしろ、徐々に武力や暴力的環境が蔓延し、伝統や文化という地域住民がよって立つ社 会の基盤を根こそぎにしてしまうことによって侵される。その影響は、実際の戦闘が行われなく とも、将来の展望を失った地域の人々を徐々にむしばんでしまう。しかし、このような目に見え ない、長期的慢性的影響はあまり認識されておらず、また、広域で時間経過を追った詳細な調査 は行われたことがない。

21 20年前の独立のための戦いに従軍した兵士への恩給や土地分譲が滞ったことから生じている最近のジンバブエ 紛争のような例もある。

表3−1 1990年以降の紛争(戦争、民族紛争、人道的介入、テロ)

1990

地域紛争国(地域) 戦争対戦国 テロリズム その他

独統一、ポーランド・ルーマニア 民主化、リベリア大統領暗殺、ラ トビア・リトアニア・エストニア 独立、ミャンマー総選挙、日バブ ル崩壊

イラク クウェ ート侵攻、印パ 軍衝突

アフガニスタン、アンゴラ、中央 アフリカ、コロンビア、イラク

(クルド)、レバノン、リベリア、

モザンビーク、PNG

1991

ハイチクーデター軍政移管、ソ連 8月革命後消滅、ミャンマー ア ウン・サン・スーチーノーベル平 和賞受賞、カンボジア和平会議、

中台内戦終結、韓国・北朝鮮国連 加盟

ラジブ・ガンジ ー暗殺

湾岸戦争(多国 籍軍×イラク)

バングラデシュ、チャド、コロン ビア、イラク(クルド)、インドネシ ア、フィリピン、シエラレオネ、ソ マリア、ソビエト連邦、南アフリ カ共和国、スリランカ、スーダン、

ウガンダ、ユーゴスラビア連邦

1992

ユーゴスラビア崩壊、国連対リビ ア経済制裁と新ユーゴ追放、欧州 通貨危機

アルジェリア国 会議長暗殺 アフガニスタン、アンゴラ、アル

ジェリア、バルト3国、バングラ デシュ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、

ブルンジ、クロアチア、エジプト、

グアテマラ、インド、リベリア、ミ ャンマー、ルワンダ、スリランカ、

タジキスタン、トルコ、ザイール

1993 チェコ・スロバキア分離独立、化

学兵器禁止条約 アフガニスタン、グルジア、ロシ

1994

北朝鮮NPT脱退、エリトリア独 立、インドネシア(反華人暴動) イスラエル・パレスチナ和平協 定、ココム解散

米NYWTC爆破、

日松本サリン事 件、ヘブロン虐 殺事件

NATOセルビア 空爆、英米仏イ ラク攻撃、米ハ イチ進駐、露チ ェチェン侵攻 アフガン、アンゴラ、アゼルバイ

ジャン、カンボジア、チャド、ロ シア(チェチェン)、イラク、リ ベリア、メキシコ、ミャンマー、

ルワンダ、タジキスタン、トルコ、

イエメン

1995

ボスニア和平協定、カタール無血 クーデター、仏南太平洋核実験、

ザイールでエボラ出血熱流行、世 界女性会議

日オウムサリン 事件、米オクラ ホマ連邦ビル爆 破、仏パリ列車 爆破、イスラエ ルレビン首相暗 殺、日ペルー大 使公邸人質事件 印パ対立

アフガニスタン、アルジェリア、

アルメニア、インド、イラク、マ ケドニア、ミャンマー、パキスタ ン、ロシア(チェチェン)、ソマ リア、南アフリカ共和国、スリラ ンカ、スーダン

1996

仏地下鉄爆発事故、アフガンにタ リバン政権

ネパール(マオイスト)武装蜂起 英ロンドン爆弾

テロ、米アトラ ンタ爆発テロ 露チェチェン攻

撃 、 イ ス ラ エ ル×レバノン アフガニスタン、ブルンジ、コロン

ビア、リベリア、パキスタン、PNG、

ロシア、ルワンダ、タジキスタン、

ウガンダ、ザイール、ネパール

1997

化学兵器禁止条約、地雷全面禁止 条約、中国新疆省民族暴動、韓国 75万人スト、北朝鮮金正日総書記 就任/食糧危機悪化

エジプト観光地 テロ、スリラン カ爆弾テロ多発 多国籍軍アルバ

ニア侵攻、シエ ラレオネにナイ ジェリア軍介入 アフガニスタン、アルバニア、ア

ンゴラ、カンボジア、コロンビア、

コンゴ共和国、エジプト、インド、

インドネシア、イラク、ミャンマ ー、シエラレオネ、ソマリア、南 アフリカ共和国、スリランカ、ト ルコ、ザイール

1998

露ルーブル急落、イラク査察拒否 で米英空爆、印・パキスタン原爆 実験、インドネシア暴動

アイルランドテ ロ、米大使館同 時テロ(ケニア、

タンザニア)南 ア反米テロ エリトリア×エ

チ オ ピ ア 戦 争 、 米 アフガニス タン・スーダン 空爆

アンゴラ、ブルンジ、コンゴ共和 国、イラク、ケニア、マケドニア、

パキスタン、ペルー、ルワンダ、

セネガル、スーダン、ウガンダ