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(5)考古学コース(国際文化交流史コースを含む)

ドキュメント内 文学部文学部 (ページ 57-60)

沿革

1974(昭和49)年5月に当時の法文学部に考古学講座が置かれると同時に考古学履修 コースが開設され、翌年4月には文学研究科史学専攻に考古学研究分野も創設された。そ の後、1980年4月の文学部の分離・独立に伴い文学部史学科所属となり、今日に至って いる。創設以来、小講座として運営されてきたが、1996年の文学部改組により、国際文 化交流史講座と合併し、考古学大講座となった。

講座開設の2ヵ月後、1974年7月に初代教官として着任し、1978年4月に東京大学文 学部へ転出するまでの間、考古学コースの基礎固めに尽力したのが上野佳也教授であった。

専攻は日本先史考古学及び心理考古学で、現在は大正大学教授を務める。主著に『日本先 史時代の精神文化』(学生社:1985年)がある。1977年3月には佐々木達夫(現教授)

が専任講師として着任し、教官2名体制となった。上野転出の2年後、1980年4月には 貞末堯司教授が着任し、1992年3月に城西国際大学人文学部へ転出するまでの12年間、

コース主任として在職した。現在は金沢大学名誉教授である。日本における数少ない中・

南米考古学者の一人として知られており、その分野に関する多くの論文を発表しているほ か、若手研究者の育成に寄与するところ大であった。倉林真砂斗助手は1987年7月に着 任し、1992年3月に貞末とともに城西国際大学人文学部へ転出した。専攻は東アジア考 古学、中でも日本の弥生・古墳時代と中国新石器時代の墓制研究である。訳書に『新・考 古学ワークブック』(文化書房新社:1994年)がある。その後、1993(平成5)年10月 に中村慎一(現助教授)が専任講師として、1997年4月には波頭桂助手が着任している。

国際文化交流史講座は1992年4月に文学部史学科に開設された。1993年10月に田辺勝 美教授が着任すると同時に、国際文化交流史が学部履修コース及び文学研究科研究分野と して置かれた。翌年10月には藤井純夫助教授も着任し、教育・研究体制が整った。しかし、

1996年4月の文学部改組に伴い考古学講座との合併が決定され、既存のコース・研究分 野としては唯一廃止されることとなった。ただし1998年度現在、専攻学生が在学してい るため、両者いずれも存続している。

外国人教官としては、1992年度にドイツのベルリン自由大学からウテ・フランケ・フ ォクト(Ute  Franke-Vogt)が考古学コース助教授として1年間在任し、インダス文明に ついて講じ、1995年度にはイタリアのナポリ大学より国際文化交流史コース助教授とし て招いたアンナ・マリア・クァリオッティ(Anna  Maria  Quagliotti)が1年間、イン ド・中央アジア仏教美術史の授業を担当した。

研究・教育

現在の教官スタッフは計5名である。佐々木は窯業技術史・海上貿易史・東西文化交流 史を研究課題としており、主著として『元明時代窯業史研究』(吉川弘文館:1985年)が ある。近年はアラビア湾岸諸国で発掘調査を展開している。田辺は東洋美術考古学が専門 で、シルクロード文化史・古銭学・仏教図像解釈学が研究テーマである。『ガンダーラから 正倉院へ』(同朋社:1990年)などの著作がある。ウズベキスタンでの発掘調査が継続中 である。藤井は西アジア先史考古学、特に農耕・牧畜の起源問題を専攻している。著書に

『シルクロード歴史年表』(新時代社:1985年)がある。現在ヨルダンでの遺跡調査を進 めている。中村は東アジア先史考古学及び比較考古学が専門で、訳書に『ビジュアル博物 館 中国』(同朋舎出版:1994年)がある。中国での日中共同調査を継続的に行っている。

波頭は陶磁器を中心とするイスラム考古学を専攻テーマとしており、「初期ラスター彩陶器

の文様」(『形の文化誌』4:1996年)などの論文を発表している。

現在の文学部考古学履修コースの授業科目は、「考古学概論」「日本考古学概説」「世界考 古学概説」「考古学特殊講義」「考古学演習」「考古学実習」からなる。それらに加え、博物 館学関係の授業として、「博物館概論」「博物館資料論」「博物館情報論・経営論」「博物館 実習」をも開講している。文学研究科では、「比較考古学」と「地域考古学」の名称を冠す る特論・演習と「考古学実習」が開講科目である。これらの授業科目の開講に当たっては これまでに数多くの非常勤講師の助力を得てきた。近年では、考古学特殊講義(大学院の 考古学特論と共通)で2名、博物館学関係で2名を毎年招いている。さらに大学院社会環 境科学研究科においても、佐々木・田辺が考古学関連の特論・演習を開講している。

歴代教官の多くが外国考古学を専門とすることから、本講座では日本考古学に偏ること なく、外国考古学に関する研究・教育にも力を注いできた。学生の研究テーマについて見 ても、やはり外国考古学を専攻する者の比率が他大学に比べてかなり高く、本講座の特色 の一つとなっている。ただし、このことは日本考古学の研究・教育を軽視してきたことを 意味するものではない。現在、地方自治体の関連機関を中心に数多くの卒業生が第一線で 活躍していることがその証左となる。

教室外の活動としては、国内外における調査や遺跡・博物館の見学などを不定期に実施 してきた。本講座が主体となって発掘調査を行った遺跡も少なくない。それらの報告書と して、佐々木達夫編『畑ノ原窯跡』(波佐見町教育委員会:1988年)、貞末堯司編『角間』

(金沢大学遺跡調査委員会:1989年)などがある。また、1992(平成4)年以来、毎年春 に金沢大学考古学大会を開催し、教官・卒業生・在学生の研究交流と親睦を図っている。

運営

教官・卒業生・在学生の研究成果発表の場として『金沢大学考古学紀要』を年1回発行 している。これは1978年(昭和53)に創刊され、1991年までに19号が刊行された『金 大考古』を変遷前誌とし、1993年から前記名称に改めたものである。1998年の第24号ま でが刊行されている。一方、研究室の状況を卒業生に伝える目的で、1977年以来、研究 室報『百万石』を発行していたが、1994年の第16号をもって『金大考古』と改称し、こ れまでに通号26号を発行している。

考古学研究室には佐々木が支部長を、田辺・中村が幹事を務める古代学協会北陸支部が 置かれている。古代学に関する幅広い内容で講演会を随時開催している。

卒業生の進路

学部履修コース・大学院研究分野を合わせ、1997年度までに130名ほどの卒業生を世に 送り出している。そのうち約50名が教員・博物館職員・地方自治体職員などとして、卒業 後も考古学関連の調査・研究・教育活動に従事している。そのほかは一般企業・官公庁へ の就職あるいは大学院進学などとなっている。国際文化交流史コースについては約20名の

卒業生を輩出したが、一般企業へ就職したものが大半を占める。

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