第1報告と大学の自治
前項で紹介したように、管理運営の問題専門委員会(以下、本章に限り管理運営委員会 と略)は「管理運営の問題専門委員会審議経過第1回中間報告」(1971年1月14日刊、以 下第1報告と略)、「同第2回中間報告」(1971年8月9日刊、以下第2報告と略)、「同報 告書(3)」(1971年11月29日刊、以下第3報告と略)、「同報告書(4)」(1972年8月7 日刊、以下第4報告と略)および「評議会、部局長懇談会および広報活動の改革および実 施要項」(1972年8月7日刊、以下「実施要項」と略)を公表した。ここでは、全学的な 管理運営問題の中心的なテーマを検討した第1報告を取り上げることにしたい。
管理運営委員会は1970(昭和45)年5月、管理運営の問題に関する全学的な審議を行 う学長の諮問機関として発足した。その際、評議会で了承された任務として第1報告は次 のような課題を自らに設定した。すなわち「大学の運営に関する意志決定機関と執行機関 の在り方とその関係などを中心とし、学長、評議会、部局長懇談会、あるいは学部教授会 などの性格、権限、ならびに評議会と教授会との関係など、管理運営のたてよこの関係、
さらに大学自治とは何かと云う問題などを検討し、その問題点ならびに在り方などを掘り 下げてゆくこと」である。いわゆる大学の自治の根幹にかかわる論点について、検討する ことを問題提起しているわけである。そして合計12回の会議を通じて報告書をまとめ、そ の冒頭、次のようなことを述懐している。
もとより、戦後数年して医大といくつかの専門学校が寄り集り、さらに新たなる部門を創 設する過程を経て、一応総合的な一つの新制大学としての本学が生まれた歴史的いきさつを 考える時、これまでの組織、管理運営上のたてとよこの関係が完全でなかったとしても、そ れは総合大学としての歴史のなお浅い本学において、一つの歴史的必然であったと理解され
た。特に、総合大学としての意味あるいは良さをお互いにこれまでどれだけ認識して来たか、
と云うことを省みる時、その努力は決して充分なものでなかったと云わざるを得ない。こう 考える時、本学発足後二十余年の歩みを経た現時点において、改めて総合大学としての長所 と短所を再発見し、長所をのばし短所を改め、良き特色を持った本学の在り方を模索するこ とが大事であることが認識された。しかし、本学の将来のヴィジョンについては、構造委員 会の討議の中でも触れられており、本委員会としては当面現実的かつ具体的な問題に討議の 焦点をしぼることに努めた。
新制の総合大学として、戦後の約20年間の歩みのなかで遭遇した問題を真正面から受け 止め、何とかそれを乗り越えようとする委員会の姿勢がこの文章には感じられる。
さて、第1報告は「各学部の審議決定機関の現状と改革方向―特に教授会の在り方につ いて」「評議会と評議員の権限、性格と規程」「部局長および学部長懇談会―性格と機能に ついて」「大学自治―特に評議会と教授会のたてよこの関係をめぐって」「広報活動」の5 点を各章とした構成となっている。ことの当否は別にして、この5点が当時の大学自治に 関する「現実的かつ具体的な問題」と認識されたのであろう。ここでは、大学の管理運営 を考えるうえで特に重要だと思われる前4点について、その論点を紹介する。
この時点で、各学部はいずれも教授会を持っていたが、法文・教育・理学部および教養 部は別に学部会を設け、人事・予算は教授のみで構成される教授会、その他の学部の諸事 項を講師以上のスタッフによる学部会(教養部は全教官会議)で取り扱うという二重構造 を呈していた。一方医・薬・工学部は、教授による教授会のみの運営で行われていた。こ うした状況下で法文・理学部および教養部では、学部内においていわゆる教授会「一本化」
の検討ないしは確認が進められている段階であった。この「一本化」の動きは法文学部と 教養部でもっとも進行していたが、この第1報告では「前進的な姿勢で管理運営のより良 き方向を全学的に模索」するべきで、「全学的な管理規程に抵触する可能性のある改革につ いては」、「全学的な審議が先行すること」として少数の学部の突出に釘を刺している。特 に人事権については医学部などの理系学部の教授会には警戒感が強く、それを意識した委 員会の全学調整的議論に対して、文系学部の若手教官層を中心に「なまぬるい」という不 満の評価が存したのもやむを得なかった。
しかし次の評議会に関しては、大きな特徴のある議論を展開させた。まず現行の管理規 程では「評議会は第一義的には学長の諮問機関で、議決に関しても、その諮問事項の範囲 内で多数意見を決める機能しか持っていない」し、「会議招集権および発議権」もないと問 題視する。そして「この諮問機関としての性格が、評議会あるいは評議員の問題に対する 積極的な姿勢と責任意識をともすると弱める制度的な問題を内包していた」と分析する。
さらに重要なことに「評議会が全学的問題を全学的視野に立って論ずべき使命を負ってい ると考えられるにかかわらず、時として」評議員は「その学部の利益代表としての性格が 強く、超学部的な視野と姿勢にかけるうらみがあった」と反省するのである。
その2点を集中的に検討した結果、「評議会のこれからの在り方としては、これまでのよ うな単なる諮問機関に終わらせるべきでなく、全学にかかわり合いを持つ事項についての 上位の意志決定機関としての性格を明確に」すること、「評議員もまた法的に保障された会 議召集権および発言権を持って、積極的に会議運営に参画すべき」ことを提案している。
評議会の運営が従来ともすると懇談会的な会議に流れることを戒め、大学自治とのかか わりで名実ともに「上位の意志決定機関」化するべきことを求めているわけである。この ことは次の評議会と教授会の関係に関する箇所において、より踏み込んだ形で論じられて いる。検討の中心となったテーマとしては人事に関する点とその他の「全学的な問題」や
「全学的立場から調整」を必要とする課題についてである。
評議会を「上位の意志決定機関」と位置付けた場合、その「上位」という意味内容を教 授会との関係でどう具体的に理解するかの問題について、より立ち入った議論を展開して いるわけである。この点について委員会の一般的な解釈は簡明で、人事案件も含めて評議 会の権限事項に関しては、学部教授会に対して評議会は「手続き的には上位である」と結 論づける。しからば評議会は「最上位機関」で「全ての場合に上位機関としての権限を与 え」られているのか。評議会と特定学部教授会・部局の見解が異なった場合はどうなるの か、といった各論部分に関しても第1報告は一定の見解を次のように表明している。
評議会、部局ともに慎重な再検討、再配慮が加えられるべきであろう。すなわち、評議会 と教授会いずれで決ったことも、そこに異論が出ればもう一度虚心担懐に問題点に戻り、評 議し直す弾力性は大学として持つべきではないか。また部局としても、一応評議会決定に従 い、その中で将来自らの意志を反映させてゆく道も考慮すべきではないであろうか。学部自 治、評議会自治、いずれもその絶対性には限界がある。
この第1報告では、大学としての全体(共同体)と個(部局・教授会・研究室・一教官)
の関係を絶えず意識して論じているが、このことは金沢大学が多数の異なった学部によっ て構成された総合大学として強く認識され始めたからであろう。その意味では前述の見解 は、総合大学としての大学全体の意志決定の在り方について、あるいは大学自治の理解に ついてこの時点なりの結論を十分に自己主張していたと評価できる。
助手問題(第2報告)
助手階層は質的量的に多岐に亘る問題を内包している。委員会はこのような助手問題につ いての将来の在り方を検討する場合、本委員会の作業を含め全学的に統一された見解あるい は将来方式を早急に打ち出していくことは必ずしも容易でなく、現時点においては、もとよ り全学的な視野を持ちながら、まず各部局ごとに、それぞれの歴史的背景と環境の中に助手 階層をめぐる問題点を正しく見つめ、発掘し、その将来の在り方を煮つめていくことが第一 になすべきことであろうと考えている。