6名の平均値において,薬物血中濃度の有意な上 昇と(図2A),それ以上に鎮静効果の有意な増 強効果(図2B)が確認された。これは,①アル コールによるベンゾジアゼピン系薬剤の代謝遅延 により生じる薬物血中濃度上昇(薬物動態学的相 互作用)と,②アルコールとベンゾジアゼピン系 薬剤の両者が持つ中枢神経抑制作用の増強効果
(薬力学的相互作用)の両者が関与している18)。 これらの理由として,①は飲酒による肝ミクロソ ームの薬物代謝酵素阻害に起因し18),②はアルコ ールがベンゾジアゼピン系薬剤の受容体への結合 性を増強させていることに関係していると考えら
れている19,20)。
なお,ベンゾジアゼピン系薬剤の種類によって,
アルコールによる代謝阻害作用の受ける影響は異 なるようで,例えば上述したトリアゾラムよりも ジアゼパムのほうがより代謝阻害を受けやすく,
かつ,アルコールによって吸収が促進され血中濃
3
2
1
0−1 0 1 2 3
投与時間(時間)
血漿中トリアゾラム濃度(ng/ml) 4 5 6 7 8
トリアゾラム+エタノール併用時 トリアゾラム単独投与時
(A)トリアゾラムの血漿中濃度
(B)トリアゾラムの鎮静効果
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3−2 −1 0 1 2 3 4 5 6
投与時間(時間)
鎮静効果(Sway Index)
トリアゾラム単独投与時 エタノール単独投与時
トリアゾラム+エタノール併用時
図2 トリアゾラムに対するアルコールの影響
(Dorian Pら,1985)
注)Sway Index:精神運動機能を数値化し評価する方法
― 32 ― 都薬雑誌 Vol. 23 No. 5(2001)
度上昇がきたしやすいと言われている20)。 一方,上述したアルコールによるトリアゾラム の血中濃度上昇は,臨床的にはそれほど問題ない という考え方もあるが20),いずれにせよ,ベンゾ ジアゼピン系薬剤の薬物血中濃度の上昇に相関し て中枢神経抑制作用も増強されると考えられてい る21)。
2)糖尿病治療薬,その他薬剤への影響
アルコールを大量に摂取(飲酒)すると,糖新 生が抑制されて血糖値の低下が生じる。スルホニ ル尿素系糖尿病薬またはインスリンを投与中の糖 尿病患者が,飲酒により低血糖症が生じることが あるので,過度の飲酒は避けなければならない22)。 やむを得ず飲酒の機会を持つ場合には,カロリー 数から換算した単位数(1単位80kcal)として,
2単位(ビール中ビン1本または日本酒1合また はウイスキーダブル1杯程度)以下とする22)。
この他にも,3位にN-methyltetrazolythil-methyl基(NMTT基)を有すセフェム系抗生物質,
抗原虫薬のメトロニダゾール,抗精神病薬のクロ ルプロマジン,スルホニル尿素系糖尿病薬のトル ブタミド等はアルコールと服用すると,ジスルフ ィラム様作用により血中アセトアルデヒド濃度が 上昇し,悪酔症状が生じ注意が必要とされている22)。 また,中枢性降圧薬の塩酸クロニジンはα2受容 体を刺激し,末梢血管を拡張することにより降圧 効果を示すが,これにアルコールの中枢抑制作用 が加わり,めまい等を伴う起立性低血圧が誘発さ れることがあり23),これは薬力学的相互作用の一 例と言えよう。
参考文献
1)宮澤伸介: 薬と食物の相互作用; 薬物動態的 にみた相互作用機序, 都薬雑誌, 22 (11) : 40
〜44, 2000
2)太幡利一, 富田勲, 伊藤誉志男, 飯尾利弘, 功 刀彰: 衛生化学第4版, 講談社サイエンティ フィク, 東京, p.80〜81, 1985
3)古泉秀夫: ビタミンK含有食品 (3), 調剤と情 報, 6 : 518〜519, 2000
4)Booth SL, Centurelli MA : Vitamin K ; a practical guide to the dietary management of patients on warfarin. Nutr Rev, 57 : 288〜
296,1999
5)糸川嘉則 : 日本人の栄養所要量 新規13栄養 素 策定の意義とポイント, 食生活, 93 (11) : 20〜28, 1999
6)長谷川昭: 抗血栓薬, 臨床と薬物治療, 19 : 882〜885, 2000
7)香川芳子 監修: 日本食品成分表4訂, 女子栄 養大学出版部, 東京, p510〜537, 2000 8)橋本信也 編集 他: 最新医学略語辞典 第3
版, 中央法規出版株式会社, 東京, p.586, 1997 9)青崎正彦, 岩出和恵: Warfarinの適正使用情 報 第2版, エーザイ株式会社, 東京, p50〜
51, 1996
10)青崎正彦, 岩出和恵: Warfarinの適正使用情 報 第2版, エーザイ株式会社, 東京, p184〜
185, 1996
11)Kudo T : Warfarin antagonism of Natto and increase in serum vitamin K by intake of Natto. Artery, 17 : 189〜201, 1990
12)古泉秀夫, 荒義昭: 飲食物・嗜好品と医薬品
の相互作用 改訂3版 (「飲食物・嗜好品と 医薬品の相互作用」研究班 編), 薬業事報社, 東京, p.258〜264, 1999
13)大川慎吾 他: ワルファリン療法と健康食品
クロレラ, 臨床神経, 35 : 806〜807, 1995 14)古泉秀夫: ビタミンK含有食品 (4), 調剤と情
報, 6 : 658〜659, 2000
15)腰原康子: ビタミンK, 日本臨牀, 57 : 85〜91, 1999
16)Yaguchi M, Miyazawa K et al : Vitamin K2 and its deribatives induce apoptosis in leukemia cells and enhance the effect of all-trans retinoic acid. Leukemia, 11 : 779〜787, 1997
17)Dorian P, et al : Triazolam and ethanol interaction ; kinetic and dynamic consequences. Clin Pharmacol Ther, 37 : 558
〜562, 1985
18)笠原英城: 飲酒後に睡眠薬を服用してはいけ
ない理由, 日経DIクイズ 服薬指導・実践編
2 (日経ドラックインフォメーション 編),
日経BP社, 東京, p.89〜90, 2000
19)Davis WC, Ticku MK : Ethanol enhances
― 33 ― 都薬雑誌 Vol. 23 No. 5(2001)
[3H]diazepam binding at the benzodiazepin-g-aminobutyric acid receptor-lonophore complex, Molr Pharmacol, 20 : 287〜294, 1981
20)藤村昭夫, 須藤俊明, 坂本公一, 荒川昌史, 服
部由: 疾患別 これでわかる薬物相互作用, 日
本医事新報社, 東京, p.228〜232, 2000
21)大久保正 : 抗てんかん薬, 臨床と薬物治療,
19 : 868〜873, 2000
22)滝川一 : シメチジン/セフェム系抗生物質と
エタノール (飲酒), この薬の多剤併用副作
用 (松田重三 編), 医歯薬出版株式会社, 東
京, p.100〜103, 1995
23)鷲見正宏, 斎藤正志 : お酒をよく飲む人への
指導, 臨床と薬物治療, 19 : 846〜849, 2000
― 34 ― 都薬雑誌 Vol. 23 No. 5(2001)
大 阪 市 立 大 学 で 活 躍 さ れ て い た 三 木 茂 博 士
(1901〜1974年)は,永く日本の植物遺体(枝・
球果・種子・化石化したものなど)の研究を続け ていました。その結果,当時は化石でしか見られ ない「幻の植物」について研究発表されていま す。
1941(昭和16)年に,ノルウェーのスバールバ ル 諸 島 産 の 化 石 種 セ コ イ ア ・ デ ィ ス テ ィ カ Sequoia distichaO.Heerに近縁のものが日本にも あることを認め,セコイア属は葉が互生であるの に対し,日本のものは対生である点が違います。
幻の植物
そこで,別にメタセコイア属Metasequoiaを設 け,メタセコイア・ディスティカMetasequoia distiha Mikiと名付けました。メタmetaとは「後 の」の意で,後世に見つけられたセコイア属であ ることを表わしているのでしょう。1945(昭和20)年,中国四川省の揚子江の支流 である麿刀渓
モータオシー
で,林務官の王戦によって発見され た針葉樹が,メタセコイア属であることが判り,
一躍世界的に「生きている化石植物」として有名 になりました。
それまで化石でしか知られなかった植物が,実 在していたのですから,植物に関心のある人々に とって注目されたのは当然といえましょう。昔は 実在していたが,現今では見られない幻の植物が 現世によみがえったのですから驚きです。
1949(昭和24)年,アメリカで育てられたメタ セコイア・グリプトストロボイデスM. glyptos-troboidesH.H.Hu et Chengの苗が日本にも伝えら れ,現在では各地に栽培されています。これは,
三木博士のディスティカ種と同じものです。
種名ディスティカは,「二列に並んだ」の意で 葉の形を表わしています。また,種名グリプトス トロボイデスは,「水松
スイショウ
Glyptostrobusによく似た」
の意です。セコイアには,セカイヤメスギ(世界 爺雌杉),メタセコイアには,アケボノスギ(曙 ジオウ(乾地黄)
ジオウ
(ゴマノハグサ科)
きぐすり横丁9丁目5番地
生薬コンサルタント
田
た中
なか孝
こう治
じジオウ(ゴマノハグサ科)
生 薬 随 筆
― 35 ― 都薬雑誌 Vol. 23 No. 5(2001)
杉)の和名が生まれています。
化石になるほど古い話ではありませんが,これ も「幻の植物」といえるかもしれないものが,次 の文献に記されています。それは『資源植物事典』
の増補改定版(1949年),ジオウの項に次のよう に解説があります。
「古くは花の淡黄色のシロヤジオウvar. lutea Makinoや,茎丈高く葉を着け花も大きく淡黄紫 色で筒部内面黄色で細紫 を密布するハナヤジオ ウ(センリゴマ)var. Makinoi Matsudaも我国で 稀に栽培されていたが今は見られない」と。
朝日百科『世界の植物』(1978年)に,「ジオウ よりも大型で,花も大きく,ハナジオウともよば れるセンリゴマR. japonicaMakinoは,日本にし か栽培のない園芸植物である。初夏,紅紫色の美 しい花が咲く。」
「江戸時代から明治の末まで栽培の記録がある が,その後栽培がとだえたかにみえた。しかし,
1937年,岐阜県の山奥の家で,1960年には静岡県 で栽培されているのが見つかっている。中国から 渡来の植物だと考えられるが,現在まで中国にこ の植物は知られていない」と記されています。
小学館の『園芸植物大事典』のコンパクト版
(1994年)に,センリゴマ,別名ハナジオウで登場 し,「中国原産とされているが,野生は知られて いない。日本でごくまれに栽培されている」と。
「高さ20〜50cmになり,全体に軟毛や腺毛が 目立つ。基部の葉は長さ25cm,幅4cmあまりに なる。花冠は長さ5〜6cm,紅紫色で,花筒内 面は黄色で紫斑がある」と記されていますが,筆 者もこれまでに見たことはありません。
幻の植物もメタセコイアと同じように,ときに は発見されることもあるようです。しかし,シロ ヤジオウは,産地といわれた奈良県で手広く生薬 の集荷をしておられる福田真三氏の先代,新次氏 に昭和23(1948)年頃にお尋ねしました。
その時の話しで,葉裏に土の着くのをきらうの で,根ぎわに敷藁しきわらをするなど以外に気むずかしい もので,栽培にはジオウより手間が掛る作物との ことです。いつ頃まであったか,戦時中の食料増 産のために栽培されなくなったとか。
終戦後は植物を見ていないそうで,おそらく株 も残っていないでしょうということでした。ジオ
ウよりも上品とされていたシロヤジオウ(白爺地 黄)も,『牧野新日本植物図鑑』(1961年)に図と 解説を残すのみで,幻の植物となりました。
中国の『神農本草経』(1〜3世紀)に,乾カン地ジ 黄
オウ
の名で登場し,それより以前,中国最古の辞書 といわれる『爾雅』(紀元前2世紀頃)に「 は 地黄なり」とあるといわれ,古くから地黄の名は 知られていたと考えられます。
日本への渡来は明らかではありませんが,『延 喜式』(927年)によると,山城国葛かど野
の
郡十三条水 谷下里2町の地(京都市の南東部)で御所用の地 黄を栽培させた記録があり,典薬寮てんやくりょうが担当したも のと考えられます。
典薬寮とは,701(大宝たいほう1)年に制定された
「大宝律令
りつりょう
」に初めて登場しています。7世紀以 来の諸制度を法的に整備した日本古代の国家の基 本法がこの律令で,教育機関として中央に大学,
地方に国学が設けられています。
中央の教育機関として大学のほか,別に「典薬 寮」,「陰陽おんよう寮」,「雅が楽がく寮」など,1種の専門教育 機関ともいうべきものが設けられています。参考 までに「陰陽寮」は中務省
なかつかさしょう
に属し,天文,暦数,
日月星の変化,風雲気け色しきをつかさどります。
「雅楽寮」は治部じ ぶ省に属し,宮廷音楽をつかさ どる役所です。歌師, 師,笛師,唐楽師,高麗 楽師,百
く
済
だら
楽師,新
し
羅
らぎ
楽師のもとにそれぞれの音 楽を学ばせたほか,伎ぎ楽師,腰よう鼓こ師などもいて,
おのおの後進の育成にもつとめています。
「典薬寮」は くすりのつかさ とも読み,宮 内省に属し,諸種の薬物を集め,官の中の医師や 医博はか士せを監督し,疾病の治療や薬草の栽培を管理 しました。職員は医博士,針博士,按摩博士,呪じゅ 禁
ごん
博
はか
士せ,薬園師などです。
学生は医生
いしょう
40人,針生しんしょう20人,按摩生10人,呪禁 生6人であったといわれます。呪禁とは,まじな いをして,災わざわいを払うことで,呪禁博士は呪禁を教 授する役職で,呪禁師は病気平癒などのための呪
じゅ
文
もん
を唱える仕事をした人とのことです。
当時は薬園師が何人いたのか,筆者の手元資料 では明らかではありませんが,757(天平宝字1)