図 6.1 ネンドラムの潮力回転ミル施設
(Crothers and McErlean 2007)
の場合は、それを水平回転に変える仕組みが必要であるが、この水平回転の水車の場合は動力 がそのまま臼に伝えられるので、より効率的であるという。他の地域では、川の水などを利用 した水平回転のミルが用いられるようになるが、ここは平地であるので川などの水流を期待で きず、それにかわって潮の干満が利用されたわけであるが、そうした技術や知識には驚くべき ものがあるといえるのではないだろうか。
遺構は3つの時期のものが確認されているが、最も古いミルは年輪年代によって紀元619〜
621年と推定されており、新しいものは紀元789年である。7世紀はじめの潮力回転ミルはヨー ロッパでも最古級であり、修道院を介した技術革新がいかに有効であったかをよく物語ってい る。
潮力を利用したミルより一般的なのは、川などの水を利用した回転ミルである(図 6. 2 )。
水車小屋は二層の構造となっており、下層に水を受ける水車がある。川などから引かれた水は 木樋を通って流され、先端が狭まり水の勢いが増すように工夫されている。水を受ける水車の 羽根は、始めは平たい板を組み合わせて作られていたが、ネンドラムの例によると、やがてス プーン状に窪んでより水力を受けやすい形に変化するのだという(McErlean and Crothers 2001)。水車の回転は軸で上層の回転臼に伝えられ、臼の上の石が回転する仕組みになってい る。臼の中央には穀物を受ける穴があり、そこに注がれた穀物は下の石との隙間を通る間に粉 となって、外に排出されるのである。穀物を注ぎ込むことまで完全に自動というわけにはいか ないであろうが、製粉の効率は飛躍的に高まったものと思われる。
用いられたのはオート麦だといわれている。オート麦はミネラルやタンパク質が豊富らしい が、パンには不向きで食感もあまり良くないことから、家畜の飼料とされることが多かった。
しかし、遺跡から頻繁に出土することから、この時期の社会の発展を支えたのはオートミール であろうと考えられている。
アイルランドに導入されたミルには、水車が縦に回転するものと水平に回転するものとがあ 図 6.2 水力回転ミルの構造
(左 Edwards 1990:63、右 リトルアイランドの資料による復元、Rynne 2007)
第6章 黄金時代の到来
り、両者が同じ頃にもたらされたものと思われるが、定着したのは水平回転の水車を用いたミ ルであった(図 6. 4 、McErlean and Crothers 2007)。紀元800年頃から1000年頃にわたって、
アイルランドのほぼ全域で水力回転ミルが採用されたのである(図 6. 3 、Rynne 2013)。この 時期には、経済的な基盤がウシなどの家畜から穀物に移行していったようであり、それを推進 したのは修道院であって、修道院の技術革新が社会を大きく変えていったものと推定される。
2.オラーンロハーン島の調査
オラーンロハーン島は、アイルランドの南西部、ケリー周遊路で知られるアイヴァラ半島の 先端近くにある。ポートマギーの港は、世界遺産のスケリッグ・マイケルへの船が出る港とし て知られており、その港と対岸のバレンシア島との間の狭い海峡に浮かぶ非常に小さな島であ る。オラーンロハーンはアイルランド語でOileán Lochán、小さな池の島という意味で、Oileán は英語のislandに近い。この島で、1992年から1995年の4シーズンにわたって、6世紀から9 世紀ごろの宗教的施設や住居の発掘調査がおこなわれた(White et al. 2005)。キリスト教の礼 拝堂であるオラトリーの発達過程をうかがうことのできる重要な遺跡であるので、ここで少し 詳しく紹介しておきたい(図 6. 5 )。
遺跡の範囲は、島の平坦な部分のほぼすべてにわたっているが、それでも東西40m、南北20 mあまりで非常に狭い。時期は、大きく3期に分かれるが、3期には、あまり活発な活動が行 われていない。
1期の建物には、礼拝堂のほかに、3棟の住居、井戸、および墓と、石を積み上げた防壁な 図 6.3 水力回転ミルの分布
(Rynne 2013) 図 6.4 水力回転ミルの年代
(McErlean and Crothers 2007)
どがある(図 6. 5 上)。建 物はまだ簡素なつくりで、
礼拝堂は土壁であり、頑丈 な石づくりの壁をもたない 段階である。建物Aは円形 で、厚い壁を伴っており、
内径3.7mという小規模な ものである。壁の外側には 比較的大きい板石が立てめ ぐらされており、内側にも やや小ぶりの板石が並んで いる。壁の本体は土または ピートを積み上げたもの で、板石でそれを挟むよう に支えていたのであろう。
建物の中央には板石で囲ま れた炉がつくられている。
建物Bは、内径は建物Aと あまり変わらないが、壁は かなり厚い。壁の内側に沿 って柱穴が残存しているの で、内側は板石ではなく柱 と編枝で土壁を支える構造 図 6.5 オラーンロハーン島の宗教施設(White et al. 2005)
1期
2期
であったらしい。中央には やはり板石で囲われた炉があり、炉の中から出土した炭の放射性炭素年代が測定されている。
この住居は東に開口しており、前には石敷きの通路が設けられている。建物Aと建物Bは同時 に存在していたようであり、建物Aは背後を防壁に接していた。これらの建物には、工房的な 活動や宗教的な特徴を示すものが検出されておらず、付近の堆積物や炉のまわりの食料残滓か ら、通常の居住に用いられたものと推定されている。
礼拝堂は、遺跡の南東端にある。長方形で、内部の幅は約2.5m、奥行きは6mほどあり、き わめて小規模である。壁の外側と内側には溝が掘られており、一定の間隔で柱穴も認められる。
また、溝には板石が残存しているので、住居と同じように土壁の両側を板石で押さえる形にな っていたのだろう。南側の壁は溝が三重になっており、復元案(図 6. 6 )では壁の中ほどにも 板石を並べていたとされているが、角の部分の溝のあり方からすると、改築の痕跡であるかも しれない。
2期になると、石づくりの壁をもつ礼拝堂と、やはり石壁の住居、および切妻の聖堂などが 建てられており、建物が頑丈な石壁をもつものに発達していることがわかる。遺跡の南西部に
第6章 黄金時代の到来
は建物Dがある。内部の平面は円形で、
内径が4.3〜4.4mある。壁は厚さ1m以上 ですべて石が積まれており、場所によっ ては高さ2.3mまで残存していた。入り口 は東側にあり、幅0.75mほどで端整につ くられている。入り口の両脇の壁は高く なるにつれて内傾しているので、もとも とは持ち送りで天井をつくっていたのだ ろう。床は、周囲よりもかなり岩盤を掘 り下げてつくられており、風圧などを避 けるために、地表面からの天井の高さを 抑える意図が働いたようである。なお、
この建物Dは先行する土壁の住居の上に つくられているということである。
礼拝堂は、1期の土壁の礼拝堂にほぼ 重なる形で建てられている。やはり厚い 石の壁を伴っており、内部は幅2.1m、奥 行き3.2mほどで、西側に開口している。
2期には聖堂が出現している。遺跡の北 東にある切妻の建物で、方形のマウンド をつくり、その中央に建てられている。
放射性炭素年代の詳細なデータは明ら
かではないが、全体として1期の年代を660年から730年ないし740年と推定されている。また、
2期についてはおおむね8世紀ということであり、この年代観に従うならば、住居や礼拝堂が 土壁から石壁に変わるのは、8世紀ということになる。オラーンロハーン島はアイルランドの 南西端に位置しており、この変化をアイルランド全体の建築技術の変化とみなすことはできな いかもしれないが、礼拝堂はこの地域に集中しているので、ひとつの年代の根拠とすることが できるであろう。
3.ガララス礼拝堂
アイルランド南西部のディングル半島は、いまでもアイルランド語が日常的に話されること もあるという伝統的な文化が色濃く残る土地である。半島の先端に近いディングルの町から北 西におよそ6㎞行ったところに、スメルウィック湾を北に見渡す形で、ガララス礼拝堂が残さ れている(図 6. 7 〜 6. 9 )。アイルランドで最も残存状態のよいこの種の礼拝堂であり、近年 はビジターセンターもつくられ、夏場は観光客でにぎわっている。初めてこの礼拝堂を目にし たときの印象は、これほど小規模な建物で伝道や礼拝が行われたのかという驚きと、建物の形 態の特異さであった。
図 6.6 オラーンロハーン島1期の建物の復元
(White et al. 2005:Fig. 9c and Fig. 19b)
ガララス礼拝堂は、船をさかさに した形といわれることが多い。たし かに正面から見ると、中ほどがふく らみ上端がやや尖った形で、まさに 船の断面に似た形となっている。平 面は長方形で、左右の壁が持ち送り によって上端で合わさっているが、
前後の壁もある程度の持ち送りとな っている。ドライ・ストーン・ウォ ーリングといわれることも多いが、
実際には石の隙間にはモルタルが残 る部分があるということで、完全に 板石のみで構築されているというわ けではないようである。自然石を積 んでいるように見えるが、角や入り 口、窓などには、切り石の加工が施 されている。
建物の基底部には、壁よりもやや 広い範囲で板石の基礎が設けられて いる。壁の下端では、幅5.65m、奥 行き6.8mで、内部は床面で幅3.2m、
奥行き4.45mほどである。壁の厚み は、奥壁の窓がある高さで測ると、
前壁が1.1m、奥壁が1.0m、両側壁が 1.0〜1.1mである(図 6. 8 )。入り口 図 6.7 ガララス礼拝堂
図 6.8 ガララス礼拝堂の平面図
(White et al. 2005)
図 6.9 ガララス礼拝堂の細部