第 2 章 先行研究
3.2 香川富士見丘幼稚園
3.2.1 経緯
著者が所属する合同会社デジタルポケットは,Viscuitを使った指導者育成講習
「Viscuitファシリテータ講習」を2015年より定期的に実施している[20].この講
習ではViscuitを使って,プログラミングの何を,どう,どのように教えるのかを
伝えている.2015年4月に,香川富士見丘幼稚園の園長先生がこの講習に参加し た.その後,合同会社デジタルポケットが幼稚園でのプログラミングレッスンの 実施の依頼を受けた.
合同会社デジタルポケットと幼稚園で打ち合わせを重ね,2015年度中に実験的 に,有志の参加者を募ったワークショップを数回実施した.2016年度より,年長
の全クラスと,卒園した小学生のうちの希望者に,レッスンを行うようになった.
2016年度は全てのレッスンを合同会社デジタルポケットが行った.2017年度より,
幼稚園の教諭が年長のクラスのレッスンを担当するようになった.
放課後の希望者のレッスンについては,2017年度は2年生クラス,2018年度は 3年生クラスも,2019年度は4年生のクラスも開講した.現在では1年生から5年 生のクラスが開講され,全てのレッスンを幼稚園の教諭が担当している[103].
実践の開始当初は,機材は合同会社デジタルポケットが持ち込んでいた.しか し,2016年に園がiPad miniを30台以上購入し,Wi-Fi環境も整えた.現在は,
レッスンは全て園の設備を使って実施されている.
3.2.2 研究対象と方法
本研究では2017年度の年長(5,6歳)58名(29名2クラス)を分析の対象と している.各レッスンで作成され,保存されたプログラムを分析した.そして,授 業者の教授方法とクラスの様子をビデオで撮影し,分析の参考にした.幼稚園を 通して,全ての園児の保護者の方々には研究の承諾をいただいている.
プログラミングの理解について,著者は園児から文字や発話を通して回答を得 ることは難しいと考えた.そこで,園児が作ったプログラム自体の分析を行った.
プログラムの保存のされ方については,第3.4節で詳しく述べる.最終レッスンで は,園児の描いた絵も詳細に確認し,絵とプログラムを関連させて,それぞれの 表現が効果的か,また,妥当かどうかを分析した.
幼稚園の作成した本レッスンに関する保育日誌についても,幼稚園の先生の視 点からのプログラミングレッスンの見え方として,適宜参照した.
3.2.3 教室レイアウトとレッスンの進め方
図3.2がレッスンを行った会場のレイアウトである.教室を「教えるゾーン」(Z1)
と「自由課題ゾーン」(Z2)に分けている.
授業者はレッスンの内容を教授するとき,園児をZ1に集める(図3.3).その際,
タブレットはZ2に固定して置き,Z1に持ってこさせないようにする.つまりZ1 では,園児が指導者の話を聞くことしかできない状態にする.これによって,タ ブレットが目の前にあると集中ができない園児も,授業者の話を集中して聞くこ とができるようになる.
授業者は園児を,一つの操作法を教えるたびに,Z1とZ2を行ったり来たりさ せる.この行ったり来たりの教授法は,その日の課題の「練習課題」の時間にの み行う.「自由課題」のときはZ2から移動させることはしない.「自由課題」のとき は,隣の園児と話をし,お互いの作品を見合いながら,園児が発想を広げられる ようにした.
図 3.1: 会場のレイアウト図
図 3.2: 園児を前に集めている様子
場所の移動の回数は,教えることの難易度によって変えた.例えば,初回のレッ スン(L1)では,最初に園児をZ1に集め「絵を3つステージに置く」「メガネを 出す」「メガネの両方に絵をいれる」のそれぞれの作業で園児をZ2と先生がいる Z1を行き来させた.こうすることによって,先生が伝えたいことの1つ1つを園 児が聞き,実行できるようにした.この教授法は,合同会社デジタルポケットの ファシリテータ講習の中で受講者に教えているものである.練習課題においてす でに学習した内容であれば,Z1で先生が1つの絵の動きを見せたあとは「それぞ れの絵にあった動きをつけてきてください」という指示しかしない場合もあった.
1レッスンは40分である(表3.1).前半に練習課題を2つ,または,3つ実施 し,その内容に基づく自由課題が続く.最後にグループで作成した作品の発表会 を行う(図3.1).練習課題では,筆者らが用意した絵を用いてプログラムを制作 させた.後半の自由課題では,園児自身に絵を描かせてプログラムを作成させた.
レッスンの実施方法は一斉授業よりもワークショップに近い形式をとった[24][33]. 一方的に先生が教え,園児が決まった1つの答えに辿りつくのではなく,テーマ・
課題から,園児自身の中にある発想や,創造性が引き出されることを目指して設 計した.園児同士が相互に教えあい創発を促す仕掛けや,教えるのではなく園児 が発見できるような仕掛けを取り入れた.
レッスンは著者,プログラミングを教える幼稚園の教諭,そして,各クラスの担
表 3.1: レッスンの時間配分
1レッスン 時間 内容 場所
5-10分 練習1 Z1 / Z2
5-10分 練習2,3 Z1 / Z2
20分 自由課題 Z2
5分 発表会 Z1
任の教諭の三人で基本的に行った.プログラミングを教える幼稚園の教諭は,園 児を前に集め,集めた園児にタブレット端末でレッスン中にすべきことを見せ,何 をそのレッスンですべきかを指示した.この教諭の指示でレッスンは進行した.著 者は園児のプログラミングをしている様子の撮影と録画,また,レッスン中に起 きる機材のトラブル,Viscuitのアプリケーションのトラブルに対処した(例えば,
充電がなくなっている端末が出てきたり,園児が誤った操作をしたことにより画 面が変わってしまったり,など).担任の教諭は園児全体に目を配ったり,前の取 り組みでトラブルがあった場合は,該当する園児をケアしたりする役割をした.
以上が主な役割分担だが,レッスン中は様々な園児から自分のプログラムにつ いて「見て,見て」と声がかかり,声をかけられたら適宜それぞれが園児に対応 した.また,授業者の教諭も,担任の教諭も,ともにViscuitのファシリテータ講 習を受講している.講習では「子どもの発見を奪わない」ことの重要性を教えて おり,園児がプログラミングに取り組んでいる最中に,授業者が答えを言わない ことを指導している.園のレッスンでもそれを大事にしている.
また,各レッスンではその回によっては,映像を録画するためのアシスタント や,保育系大学からの幼稚園への実習生や,見学者が入ることがあった.