Ⅰ はじめに
本 調 査 は、 奈 良 市 大 安 寺 四 丁 目 1058-1、1129、
1130-2 における一戸建て住宅の建築工事のための現状 変更許可申請に関わる調査である。当該地は、大安寺の 伽藍復原では食堂并太衆院にあたるが、これまで食堂関 連の遺構は検出されていない。
Ⅱ 基本層序
発掘区内の基本層序は、盛土(厚さ 0.3 〜 0.5 m)の 下に、暗灰色砂(黄褐色粘土ブロック含む、厚さ 0.1 〜 0.15 m)が堆積し、表土から約 0.4 〜 0.65 mで黄褐 色粘土の地山に至る。地山の標高は、発掘区東端で約 61.5 m、西端で約 61.2 mとなり、西へ下り勾配となっ ている。遺構は地山上面で検出した。
Ⅲ 検出遺構
発掘区北半部では、現代の池跡と考えられる撹乱坑と 井戸 1 基が掘られ、調査面積の約1/4の遺構面が壊さ れていたが、素掘り溝2条(SD 01・02)、土坑5基(S K 01 〜 05)、柱列(SА 01)、小穴を検出することが できた。
SD 01 は、発掘区中央で検出した南北方向の素掘り 溝で、幅約 0.6 〜 1.1 m、南北 4.4 m以上、検出面から の深さは北端で約 0.3 m、中央付近は約 0.6 mと深い。
発掘区を南に拡張してSD 01 がさらに南に続くことを 確認したが、掘下げることはできなかった。埋土は大き く3層に分かれ、上層は暗褐色砂(黄褐色粘土ブロック 混じる)、中層は灰色粘土、下層は黄褐色粘土と灰色粘 土の互層である。上層と中層から、8世紀代の丸瓦・平 瓦・軒丸瓦、9世紀後半の土師器・灰釉陶器片、11 世 紀末〜 12 世紀初頭の瓦器椀片・土師器皿片が遺物整理 箱で4箱分出土。
SD 02 は、SD 01 の東側で検出したL字状の溝で ある。幅 0.9 〜 1.2 m、南北 2.3 m以上、東西 1.4 m以 上、検出面からの深さ約 0.2 m。SD 01 との溝心々間 距離は約 2.6 mである。溝内の埋土は3層に大別でき、
上層は暗褐色砂、中層は暗褐色砂と明褐色砂の互層、下 層は褐色粘土と茶褐色砂の互層である。埋土から8世紀 代の土師器杯・皿、須恵器、奈良三彩、丸瓦、平瓦、軒 丸瓦、9世紀後半の土師器杯・皿、須恵器壷、灰釉陶器 椀、緑釉陶器椀、11 世紀末〜 12 世紀初頭頃の瓦器椀・
皿などが遺物整理箱で9箱分出土した。
SK 01 は発掘区西半で検出した東西 2.5 m、南北 1.4 m、深さ 0.6 mの平面長方形の土坑。SK 02 は東西 1.0
m以上、南北 2.0 m、深さ約 0.3 mで、重複関係からS K 01 よりも新しいことがわかる。SK 03 は東西 1.4 m以上、南北 0.2 m以上、深さ約 0.3 m。SK 04 は東 西 1.6 m、南北 0.9 m以上、深さ約 0.5 m。SK 05 は 東西 3.0 m、南北 1.1 m、深さ 0.4 mで、重複関係から SX 01・SK 04 よりも古い。これらの土坑埋土はい ずれも暗褐色砂で、13 世紀代の瓦器椀、8 世紀以降の 丸瓦・平瓦が少量出土した。
この他、建物としてまとまるものはないが、柱列にな ると考えられるものが 1 条ある。
SА 01 は、柱間が約 2.2 mの1間以上の東西柱列で、
主軸が国土方眼方位東で北に振れる。柱穴掘方から8世 紀以降の瓦、9世紀代の灰釉陶器が数点出土した。重複 関係からSD 02 よりも新しいことがわかる。
Ⅳ 出土遺物
遺物整理箱で 33 箱分の土器、瓦が出土したが、いず れも細片が多い。このうちの約4割がSD 01・02 から の出土品である。
土器には、8世紀代の土師器・須恵器・奈良三彩、9 世紀後半の土師器・灰釉陶器、11 世紀末〜 12 世紀初 頭の土師器・瓦器、13 世紀代の瓦器、15 世紀前半の土 師器、「赤ハタ」の刻印がある明治時代の陶器皿(写真)
などがある。奈良三彩は、形状からみて陶枕になると考 えられ、SD 02 から出土した。施釉陶器は全部で 29 点出土している。出土地点の内訳は、灰釉陶器がSD 01・02、SА 01 柱穴掘方、包含層から合計 21 点、緑 釉陶器がSD 02、SK 01 から4点、奈良三彩がSD 01・02 から4点である。灰釉陶器・緑釉陶器はいずれ も9世紀代の製品と考えられる。
瓦は、大半が8世紀以降の丸瓦・平瓦である。軒瓦は 8点あり、SD 01 から軒丸瓦 6138 C (1 点 )・6304 D (1 点)、SK 02 から軒丸瓦 6231 А(1 点)、軒平瓦 6661 B(1 点)、池跡と考えられる撹乱坑から軒丸瓦 6304 D(1 点)・6138 J(1 点)、重弧文軒平瓦(1 点)、軒
井戸跡
池跡
SD01
現代の遺構 SK02 SK01
SK03 SK04
SK05 SK05
SА01
2m
-147,525
-147,528
-17,115
-17,121
0
SD02
L.H;62.5m
N S
― ― ―
―X=-147,525 X=-147,528
0 2m
1
10
4
2 3
5 7
6 8 9 11
13 12
1 暗褐色土 + 灰色砂 + 黄褐色粘土(表土)
2 明茶褐色粘土(造成土)
3 茶褐色粘土(撹乱)
4 褐色砂 5 灰色粘土 6 黄褐色粘土 7 灰色砂質粘土
8 茶褐色砂 ※5~8:SА01 柱穴埋土 9
13 暗褐色砂
14 黄褐色粘土(地山)
8 14
9 暗灰色砂(黄褐色粘土ブロック含む)
10 灰色砂 + 黄褐色粘土
11 灰色砂 + 黄褐色粘土 12 明褐色砂
平瓦 6712 А(1 点)が出土した。この他に、SK 01・
03 から鉄釘、砥石、壁土、鉄滓片が少量出土している。
Ⅴ 調査所見
今回の調査でも奈良時代の遺構や食堂に関わる遺構を 検出することはできなかったが、13 世紀代の遺物を含 む土坑 5 基と 13 世紀以降の溝 2 条を検出した。土坑か らの出土遺物は少なく、ゴミ捨て穴とは考えにくい。土 坑は、密集して分布している状況からみて、粘土を採っ た穴の可能性が考えられる。SD 01 とSD 02 は、そ れぞれの溝の北端がほぼ揃うことから同時期の遺構と考 えられ、SK 05 との重複関係から 13 世紀以降に掘ら れたものであることがわかる。どのような性格の遺構か 明らかではないが、東西方向の掘立柱列SА 01 も含め て、鎌倉時代以降の大安寺旧境内地の利用状況を知るた
めの手掛かりになるだろう。 (三好美穂) 南拡張区SD 01 検出状態(北から)
発掘区東壁土層図(1/50)
発掘区遺構平面図(1/80)
食堂并大衆院推定地の調査 第 129 次
発掘区東半部(北西から)
発掘区全景(西から)
奈良市教育委員会では、平成 23 年度に元興寺旧境内 において 3 件の調査を実施した。いずれも住宅建設に 係る調査で、東塔院地区に相当する。第 68 次調査は東
塔院の北限築地、第 69・70 次調査は東塔周辺施設の確 認を目的として行ったが、奈良時代の元興寺の遺構は確 認できず中近世の遺構を確認したのみである。