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.本章の内容
本章では,現代日本語の非情物主格・行為者ニ標示の受動文について論じる。有情者 主格受動文の場合は,常に行為者ニ標示が可能であるため,議論しないことにする。一 般的には,非情物主格の場合は行為者をニヨッテで標示するが,実際には行為者をニで 標示する実例が確認できる。本章では,この種の受動文を主節における場合と従属節に おける場合に分け,動詞類型を確認したうえで,その成立は視点の要求と提案する。
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.はじめに
現代日本語の受動文は,一般的に有情者が主格である場合は旧主語をニで標示し,非 情物主格の場合は旧主語をニヨッテで標示する(金水敏199147 など)。一方,少数ではあ るが,非情物主格・行為者ニ標示のかたちをしている受動文48もある。
非情物主格・行為者ニ標示の受動文を第三章の受動文に対する分類と照らし合わせれ ば,受影受動文(顕在受影者タイプと潜在受影者タイプ),属性叙述受動文,叙景文,再 帰的な受動文に属すことが分かる。すでに述べたように,再帰的な受動文は特殊な原因 でニ格が求められているため,以下ではそれらを除いて,主節における非情物主格・行 為者ニ標示の受動文と従属節における非情物主格・行為者ニ標示の受動文に分けて考察 する。
本章で主節における非情物主格・行為者ニ標示の受動文について論じるときは,動詞 の類型との関連性を考慮しつつ,視点との関わり方を探る。従属節における非情物主 格・行為者ニ標示の受動文について論じるときは,従属節の従属度を手掛かりに考察す
47 具体的には,金水敏(1991)は受動文の意味的役割の分布を以下のようにまとめている。
主格 旧主語表示 a 〈非人格的〉 (なし)
b 〈非人格的〉 〈非人格的〉ニ
c 〈非人格的〉 〈人格的〉/ 〈非人格的〉ニヨッテ d* 〈非人格的〉 〈人格的〉ニ
e 〈人格的〉 〈人格的〉ニ
f* 〈人格的〉 〈人格的〉/ 〈非人格的〉ニヨッテ
「aは,極めて所動詞表現に近いもので,叙景文に用いられたものの多くはこの類型であった。fが不 通であるという判断は,ニヨッテ受身が常に中立的な解釈を要求するという観察による。」と述べられてい る。
48 非情物主格・行為者ニ標示受動文の分類は,川村大(2012)によって提案されているものが現在でも最も 有力であろう。川村大(2012:69)は非情物主格・行為者ニ標示の受動文を擬人化タイプ,「潜在的受影者」
タイプ,「発生状況描写」タイプ,「属性叙述受動文」タイプ,行為者不特定タイプの五種類に分類してい る。
る。
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.主節における非情物主格・行為者ニ標示受動文
現代日本語書き言葉均衡コーパスにおいて,筆者が集めた限りの例で,実際の割合で 言えば,主節における非情物主格・行為者ニ標示受動文のうち,受影受動文(潜在受影 者タイプ)がもっとも多く,8割以上を占めている。属性叙述受動文と叙景文は非常に少 なかった。
そして,本研究は行為者を広く取る立場であり,有情者はもちろん典型的な行為者で あるが,非情物も非典型的な行為者として取り扱っている。特に非情物主格・行為者ニ 標示の受動文を検討する際に,行為者が有情者か非情物かの違いで共感度階層の有生性 原則に違反するか否かが関わってくる。本節では,再帰的ではないものを「非情物主格・
有情行為者ニ標示」の受動文と,「非情物主格・非情行為者ニ標示」の受動文に大別し て検討する。集めた実例の内訳について言えば,行為者が有情者である例は172例ある のに対し,行為者が非情物である例は167例ある。
2.1
非情物主格・有情行為者ニ標示の受動文
まず,よく論じられてきた非情物主格・有情行為者ニ標示の受動文について見ていき たい。現代日本語書き言葉均衡コーパス(中納言)の実例49を受動態動詞の種類(第四章6 節を参照)に基づいて分類すると,以下のようになる。括弧内は出現数をあらわす。な お,本研究の最後に付録をつけており,動詞一つにつき,用例を一つ挙げる。Ⅰ類動詞の 用例について「付録2.主節におけるⅠ類動詞の非情物主格・有情行為者ニ標示の受動 文の例」を参照されたい。Ⅱ類動詞は非常に少ないことと,Ⅲ類動詞は基本的に行為者 ニ標示しか取れないことから,付録を作らないことにする。
Ⅰ類,「主体動作・客体変化動詞」及び「主体動作・客体動き動詞」:
奪う(3),共有する(3),規制する(2),食べる(2),左右する(2),採用する(2),食う(2),
買い取る(2),伐る(1),劫掠し尽くす(1),一蹴する(1),略奪する(1),差し押さえる (1),ゆがめる(1),やりとりする(1),巻き上げる(1),導く(1),分解する(1),塞ぎ直 す(1),取る(1),捕える(1),制止する(1),素っぱ抜く(1),食い荒らす(1),囓る(1),
49具体的な用例収集方法について,まず下記の検索条件で検索を行った。
長単位検索:
・キー: 語彙素が「れる」 AND 品詞の小分類が助動詞
・キー: 語彙素が「られる」 AND 品詞の小分類が助動詞
・前方共起 1: キーから 2 語 キーと結合して表示 語彙素が「に」 AND 品詞の小分類が助詞-格助詞
無関係なデータを手作業で取り除いて,非情物主語・行為者ニ標示の受動文を集めた。
なお,検索を行う際に文体種類や刊行年に制限を設けていない。
買い求める(1),抑える(1),受け切る(1),荒らす(1).
Ⅱ類,「主体動作・客体接触動詞」
利用する(7),用いる(2),活用する(2),急襲する(1),使う(1),引く(2).
Ⅲ類,「人の認識活動・言語活動・表現活動動詞」,「思考動詞」及び「感情動詞」
親しむ(14),支持する(14),知る(13),喜ぶ(7),愛する(8),読む(4),認める(4),認 知する(3),認識する(3),愛用する(3),理解する(2),見る(2),狙う(2),注目する(2),
信じる(2),好む(2),歓迎する(2),覚える(2),飽きる(2),愛読する(2),喜び迎える (1),呼ぶ(1),無視する(1),見つめる(1),楽しむ(1),崇拝する(1),推奨する(1),承 認する(1),称する(1),重視する(1),察知する(1),拒む(1),購読する(1),決める(1),
愛唱する(1),愛好する(1),珍重する(1),歌う(1),唄う(1),聴く(1),渇望する(1),
解読する(1),重んじる(1).
Ⅰ類動詞は対象に状態変化を必ず引き起こす動作を表す動詞であり,行為者ニヨッテ 標示がデフォルト的な設定ではあるが,行為者ニ標示となることもしばしばある。上記 のデータに表されているように,非情物主格・有情行為者ニ標示の受動文のうち,半分 ぐらいの動詞は主体動作・客体変化動詞である。この場合,行為者ニ標示が許容される のは主に潜在受影者が存在していることによると考えられる。
(1) すでに,入口は料理人に塞ぎ直されている。 (『薔薇のマリア』)
(2) これには,不況の影響ももちろんあるが,大卒者が急増していることが大きく,
しかも「高卒の給料でよいからうちの学生を採用してくれ」と,大学や短大の 就職担当者が企業の人事部に声をかけまくっているため,本来の高卒採用枠が 大学卒に奪われてしまっているのだ。(『仕事ができる人になる黄金情報』)
(3) 百里四方の者が,みんな私達のところへ石碑を作ってもらいにやってくる。旅 行業の関係者もやってきては硯やテーブル,文房具や工芸品の製作を依頼し,
それらは国内外の観光客に買い求められてゆく。(『山の郵便配達』)
(4) 「以前から肥料として米糠を使ってきたのですが,あるとき,野菜の葉先や米 糠の近くで害虫が死んでいることに気づいたんです」さっそく,土の上に米糠 を直接置いてみることに。ところが,害虫は防除できるものの,米糠がすぐに 土中の微生物に分解されてしまいます。そこで,紙の上に置くという工夫をし てみました。(『家の光』)
(5) バーミヤンの石仏がタリバンに破壊された。(武田素子:2014)
(6) また,電子マネー実験の中では,やはり郵政省が運営主体の大宮実験では,カ ード会社も参画しているため近い将来クレジットカード機能が追加されれば,
付加機能の多さでは世界でもめずらしい広域多機能カードの誕生になる。この ようにスキームの内容も運営主体に左右される。(『2000年日本はこうなる』)
例(1)-(3)においては広義の持主が潜在受影者であり,それぞれ「入口を使おうとし ている人」,「高卒採用枠で採用される予定の高卒者」と「文房具や工芸品を作る私たち」
である。その影響の多くはマイナスである(例1,2)が,プラスの場合もある(例3)。
例(4)-(6)においては,話者自身が潜在受影者であると考える。問題となる事態の中 に直接身を置いていないが,話者は主観的把握によって自らがその事態に臨場するかの ように心理的影響を受けることが可能である。例(4)の行為者「土中の微生物」は有情 者と言えないかもしれないが,害虫を防除できる米糠が分解されると,その効果を果た せなくなるから,話者はその事態を好ましく思わないことは間違いないのだろう。例(5) では,受動者は「バーミヤンの石仏」であり,話者自身はそれが破壊されたことを良く ないことと思うため,行為者ニ標示が用いられた。同じ事態を中立に述べる場合は,行 為者ニヨッテ標示のほうが適切である。さらに,例(6)については,「世界でもめずらし い広域多機能カードの誕生」につなげるから,話者は「スキームの内容が運営主体に左 右される」という事態を良いことと受け止めて,視点が関与する行為者ニ標示を使って いる。
Ⅰ類動詞が用いられる非情物主格・有情行為者の受動文は,行為者ニヨッテ標示がデ フォルトである。何かの動機づけがあって,強力な視点を主格に置く必要がある場合は,
行為者ニ標示が使用される。具体的な動機づけとして,以下のものが挙げられる。
(7) Ⅰ類動詞の非情物主格・有情行為者の受動文に行為者ニ標示を用いる動機づけ:
顕在受影者 受影者あり
潜在受影者 広義の持主 話者自身
受影者は存在しない場合については,属性叙述であるという可能性が残るが,Ⅰ類動 詞の属性叙述受動文は集めた実例を見た限り存在しない。Ⅰ類動詞は対象に状態変化を 必ず引き起こすので,変化を属性的には捉えにくい。そのため,Ⅰ類動詞の属性叙述受 動文は非常に作りにくい。さらに,叙景文はその意味特徴から,行為者も受動者も非情 物であるはずで,有情行為者が認められず,非情物主格・有情行為者の場合は存在しな い。
Ⅱ類動詞は対象に物理的な力は加えるが,対象の状態変化を必ずしも引き起こさない という動作を表す動詞である。第Ⅱ類に属する動詞が非情物主格・有情行為者ニ標示の 受動文を構成することは非常に少ない。動作にははっきりした変化を伴わないため,行 為者ニ標示が用いられた。ただ,行為者に焦点を置こうとすれば,ニヨッテ標示を取る ことも可能である。