フェッシュバッハ共鳴近傍ではしばしば非弾性散乱が観測される。この非弾性 散乱によって原子が受け取るエネルギーはトラップ深さよりも十分に大きいため、
非弾性散乱のイベントは原子のロスとして観測できる。この原子のロスは冷却原 子系の実験をする上で様々な妨げになるが、原子の数を数えるだけで非弾性衝突 のイベントを観測出来るので冷却原子系は非弾性散乱に関する研究に有用である とも考えることが出来る。非弾性散乱にはその散乱過程には大きく分けて二体ロ スと三体ロスの二種類の過程が存在する。以下ではこれらの散乱過程について説 明する。これらの散乱過程はどちらも束縛状態を中間状態として生じるため、束 縛状態の存在を介して相互作用を変調するフェッシュバッハ共鳴近傍では必然的 に起きやすくなる。しかし、フェッシュバッハ共鳴がなくても散乱過程自体は起 きる可能性はある。事実ボーズ粒子の研究ではフェッシュバッハ共鳴近傍でなく とも三体ロスが観測されている。ただその確率をフェッシュバッハ共鳴によって 増大させることが出来る。実際のp波のロスの測定ではフェッシュバッハ共鳴か ら大きく離調された領域ではこれらの非弾性散乱が起きるレートは無視できるほ どに小さい。
3.1 二体ロス
二体ロスと呼ばれている非弾性散乱過程は一般に磁気双極子相互作用によって スピンがフリップして起きる双極子ロスのことを指す。この散乱過程はスピンフ リップした後の終状態のエネルギーが散乱の始状態よりも低いことが要求されて おり6Liにおける磁気副準位の基底状態同士で束縛状態を形成する|1⟩ − |1⟩フェッ シュバッハ共鳴ではその行き先の終状態がないため、双極子ロス過程は禁制であ る。逆に言えば、それ以外の準位の組み合わせのフェッシュバッハ共鳴ではその 頻度の大小に違いこそあれど、双極子ロスは発生する。以下では|1⟩ − |2⟩フェッ シュバッハ共鳴近傍での例に双極子ロスを説明する。この散乱過程は
(|1⟩ |2⟩)m
l=1 −→ (|1⟩+|1⟩)ml=0 (|1⟩ |2⟩)m
l=0 −→ (|1⟩+|1⟩)ml=−1 (3.1) と表わすことが出来る。つまり、この散乱過程は二原子の相対角運動量mlと原 子の磁気副準位mF とが角運動量を交換する散乱過程である。この始状態と終状
態のエネルギー差を二つの原子が運動量・エネルギー保存則を満たしながら運動 エネルギーとして受け取る。そのエネルギーは我々が構築し得るトラップ深さよ りも十分に大きいため、この非弾性散乱過程に関わった二原子はトラップからロ スする。3.1式の左辺は原子の二体ロス散乱過程の中間状態であり、始状態は二 原子の自由状態である。|1⟩ − |2⟩フェッシュバッハ共鳴近傍ではその原子の始状 態に3.1式の左辺の状態が結合してくるので散乱の始状態と3.1式左辺の散乱の 中間状態の波動関数が近くなり、3.1式のような非弾性散乱が起きやすくなるの である。別の表現をすると、フェッシュバッハ共鳴によって束縛状態が結合する ことで、実効的な原子間距離が近くなり、磁気双極子相互作用が到達出来るよう になり、散乱角運動量と磁気スピン間のスピン交換が生じやすくなった結果とも 言える。p波フェッシュバッハ束縛状態は遠心力ポテンシャルの存在により分子的 性質が強いためにフェッシュバッハ共鳴近傍では実効的な原子間距離がs波のと きよりも小さくなる。よってs波よりも双極子ロスが起きやすい系だと言えるだ ろう。原子対(分子)の双極子ロスでは左辺が始状態となる。これは原子対がひ とりでスピンフリップを起こし二原子に分かれる現象である。他の粒子との散乱 を必要としないのでこの場合は(分子の)一体ロスと呼ぶ。二体ロス=双極子ロ スと考えがちだが注意してもらいたい。双極子ロスは二原子の相対角運動量ml と原子の磁気副準位mF とが結合する散乱なので磁気双極子相互作用を必要とす る。磁気双極子相互作用の到達距離は非常に小さいがp波分子のサイズは遠心力 ポテンシャルの効果により小さいため、p波フェッシュバッハ共鳴近傍では二原子 間において磁気双極子相互作用が到達することが出来、双極子ロスが起きる。二 体ロスは二体散乱を必要とするので、二体ロスレートは原子密度nに比例する。
˙ n
n =−l2n (3.2)
ここで、l2は二体ロス係数であり、密度依存以外のロスレートを変動させる因子 はこの中に含まれる。
3.2 三体ロス
三つの原子が同時に散乱する際にそのうち二つの原子が束縛状態に落ち込むこ とがあり、三体再結合と呼ばれている。この際束縛エネルギー分のエネルギーを 原子対と原子が受け取ることになる。運動量保存が成り立たなくてはいけないの で、散乱の終状態に二体以上の粒子が残っていなければならず、散乱の始状態に 原子が二つではこういった再結合プロセスは発生しない。二体ロスと同様にこの 差分のエネルギーはトラップ深さに比べて十分に大きいため、この非弾性散乱過 程に関わった三原子はトラップから飛び出す。このことは三体ロスと呼ばれてい る(図3.1)。
図 3.1: 三体ロスの模式図
三体再結合過程自体はフェッシュバッハ共鳴がなくとも起こり得るが、フェッ シュバッハ共鳴近傍ではその確率が増大する。何故なら、フェッシュバッハ共鳴に よって散乱の始状態に束縛状態が結合してくるので、散乱の始状態の波動関数と 終状態の波動関数が近くなり、三体再結合が起きやすくなるためである。ここで 気をつけなくてはならないことが、散乱の始状態の束縛状態と散乱の終状態の束 縛状態は違う束縛状態であるということである。散乱の始状態の束縛状態はフェッ シュバッハ共鳴に関わる浅い束縛状態(フェッシュバッハ束縛状態)であり、この 状態のエネルギーはフェッシュバッハ共鳴近傍では原子の自由状態と同等 である ため、差分のエネルギーでトラップからロスするということはない。散乱の終状 態の束縛状態はフェッシュバッハ束縛状態よりも深く束縛された状態であり、い くつもある束縛状態のうち非弾性散乱過程の際に偶然選ばれた ある束縛状態 である。この束縛エネルギーはトラップ深さよりも十分に深いため、非弾性散乱 過程が起きれば生成された分子及び余りの原子はトラップから飛び出す。自由状 態よりもフェッシュバッハ分子状態の方が深い束縛状態に波動関数が近いために フェッシュバッハ共鳴近傍の方が三体再結合が誘起されやすくなる。三体ロスは 三体散乱を必要とするので三体ロスレートは原子密度の二乗に比例する。
˙ n
n =−l3n2 (3.3)
ここで、l3は三体ロス係数であり、密度以外のロスレートを変動させる因子はこ の中に入っている。このl3の散乱エネルギー及び散乱体積依存性を調べることが 本研究の主題である。
3.2.1 エフィモフ三量体による三体ロスの誘起
上記の通り、フェッシュバッハ共鳴近傍ではフェッシュバッハ分子状態の存在 が深い分子状態への三体再結合を誘起するために三体ロスレートが増幅される。
ボーズ粒子s波散乱系ではこのフェッシュバッハ共鳴近傍による三体再結合の誘 起に加えてエフィモフ三量体の存在によってさらに誘起される。これはエフィモ フ三量体のエネルギーとフェッシュバッハ分子と原子のエネルギーが一致した際 に起こる現象(エフィモフ共鳴と呼ばれている)であり、自由状態の原子からす るとそのような状況下ではフェッシュバッハ分子に加えエフィモフ三量体が自由 状態に混合してくる関係で、通常のフェッシュバッハ共鳴近傍での三体ロスレー トよりもさらにロスが誘起される。具体的にはボーズ粒子s波散乱系における三 体ロス係数l3はl3 ∝a4となることが知られている[4, 5, 6, 7, 8]が、エフィモフ 共鳴近傍ではその依存性から外れることが報告されている[9, 10, 11, 12]。1.2節 で述べた通り、その依存性から外れる現象が起きる散乱長の規則性1からエフィ モフ三量体の存在を証明することに成功した。本研究では同種フェルミ粒子p波 散乱系を扱うため、上記のようなエフィモフ共鳴による三体ロスの誘起は関係な いように思えるかも知れないが、実は西田によって二次元同種フェルミ粒子系に おいてスーパーエフィモフ三量体が予言されており[29]、その証明には同種フェ ルミ粒子系における三体ロス係数の散乱体積依存性を知る必要がある。このよう に我々の研究はスーパーエフィモフの物理の研究の前提にもなっており、非常に 有意義なものとなっている。
3.2.2 エフィモフではない三体束縛状態
Levinsenらによって同種フェルミ粒子系では散乱体積が負のBEC側において
三体の束縛状態の存在が予言されている[16, 32]。BEC側ではこの三体束縛状態 の存在によって、二つのフェッシュバッハ束縛状態が散乱することで三体束縛状 態1つと原子一つが生成され、差分のエネルギーでロスしてしまう分子の二体ロ スが予言されている。
1同種ボーズ粒子系では散乱長がeπ ≃22.7倍されるごとにエフィモフ三量体の束縛状態が存 在する。