30 序論
ある感染症を引き起こす病原体を特定するためには,感染実験による病原性 の証明が必要である。M. plutoniusがまだ培養出来ていなかった時代には,P.
alveiやE. faecalisといった腐蛆から良く分離されてくる菌やハチへの病原性
があると考えられるウイルス等の EFB 発症への関与を感染実験により否定す ることで,EFBの一次病原体はM. plutoniusであろうことを推測していた(43)。 その後,Bailey(4)が M. plutonius(典型株)の培養に成功してから,M.
plutoniusそのものを用いて様々な方法で感染実験が試みられてきた(3, 5, 12,
30)。例えば,Baileyは2回継代培養したM. plutoniusと‘Bacterium eurydice
(正式な菌種名ではなく,本菌の分類学的位置は未確定)’を混合培養した菌液 を用いて,ミツバチ幼虫にEFBを実験的に再現させた(3)。‘B. eurydice’は EFBの二次感染菌であり,本菌単独ではEFBを引き起こさないことも確認さ れている(3)。また,McKeeらは腐蛆から直接抽出したM. plutoniusを用い ることでミツバチ幼虫への実験感染を成功させた(30)。これらの長年にわた る様々な研究の蓄積によって,現在では,M. plutonius がEFBの原因菌であ ることが広く認識されている。しかし,人工培養したM. plutoniusのみを用い てEFBを再現する試みはほとんど成功しておらず,M. plutonius(典型株)は 人工培地で継代培養を繰り返すことで急速に病原性を失うと考えられている
(3, 30)。
第一章の実験により,日本で分離された既知のM. plutoniusの性状とは異な る性状を示すM. plutonius様菌は,分類学的にM. plutoniusと同一菌種(M.
plutonius 非典型株)であることが証明された。しかし,第一章で用いた非典
型株は全てEFBの症状を示すミツバチ幼虫から分離された株ではあるものの,
31
非典型株が実際にミツバチ幼虫に病原性を発揮し,EFBの原因となり得るか否 かについては未だ実験的に確認されていない。また,非典型株も典型株と同様 に,人工培養条件下で急速に病原性が失われる可能性もある。そこで,本章で は,セイヨウミツバチ幼虫を用いて人工培養菌による感染実験を試み,非典型 株のミツバチ幼虫に対する病原性の有無を検証した。
32 材料および方法
1 供試動物と飼育方法
実験に用いる孵化後 24 時間以内のセイヨウミツバチ幼虫は,独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構畜産草地研究所で飼育されている健康蜂群か ら下記の方法に従って採取し,Aupinelらの方法に準じて飼育した(2)。
先ず,女王蜂を巣箱の中に設置したケージ内で隔離飼育し,産卵させた。産 卵から3日後に,ケージ内で孵化した幼虫を面相筆で拾い上げ,35 mm径細胞 培養用プレートに薄く敷いた約300 µlの人工餌(50% ローヤルゼリー,37% 滅 菌蒸留水,6% D-グルコース,6% D-フルクトース,1% イーストエキス)上 に浮遊させた。幼虫を飼育するプレートは,温度 35℃,相対湿度 90%のイン キュベーター内で維持した。
なお,当該研究所の蜂群においてEFBの発生はこれまで認められておらず,
M. plutoniusを摂取させなかった対照群の幼虫からはM. plutoniusは分離さ れていない。
2 供試株と感染方法
感染実験には,典型株3株(DAT583株,DAT585株,DAT606株)および 非典型株3株(DAT351株,DAT561株,DAT573株)の計6株を用いた。こ れら菌株は実験に用いるまで人工培地で約6回継代培養されていた。感染用人 工餌作製のために,供試株をKSBHI培地で35℃・1週間嫌気培養し,回収し た菌を滅菌生理食塩水で2回洗浄後,約1×107 cfu/mlとなるように滅菌生理 食塩水に浮遊した。この菌液と人工餌を 1:1 の割合で混ぜ,約 5×106 cfu/ml のM. plutoniusを含む感染用人工餌を調整した。
33
採取した幼虫を実験群6 群・対照群1群(各群 24匹以上)に分け,各実験
群には1匹あたり10 µlの感染用人工餌を24時間経口摂取させた。一方,対照
群には滅菌生理食塩水にて2倍希釈した人工餌を10 µl与えた。実験2日目以 降は毎日,全ての幼虫を新しい人工餌上に移して飼育した。実験は最大5日間 行った。
3 感染幼虫および人工餌からのM. plutonius分離
上記方法によって M. plutonius の感染が成立することを確認するため,
DAT606株(典型株)摂取群およびDAT561株(非典型株)摂取群を用い,各
感染幼虫および人工餌残渣からKSBHI培地によりM. plutoniusの分離培養を 行った。幼虫を生存させたまま感染菌量を測定することは不可能なため,生存 曲線作製のための群とは別に幼虫に菌を摂取させ,感染が十分に成立したと考 えられる実験4日目に無作為に幼虫および人工餌残渣を抽出し,実験に供試し た。両群の感染菌量の差の有無については,P値が0.05未満になる場合を有意 とし,t検定により判定した。
4 生存曲線の作製
生存曲線作製のために,全ての実験群および対照群について,実験期間中毎 日,実体顕微鏡下で幼虫を観察し,その生死を確認した。幼虫の死亡は呼吸の 消失,虫体の不透明性および黄色化により判定した。実験は 5 日目まで行い,
各群の生存曲線間の差の有無については,P値が0.05未満になる場合を有意と し,ログランク検定により判定した。
34 結果
1 ミツバチ幼虫へのM. plutonius感染の確認と臨床症状
感染用人工餌摂取開始4日後において,供試した全てのDAT606株(典型株)
摂取幼虫およびDAT561株(非典型株)摂取幼虫からM. plutoniusが分離さ れ,1匹あたりそれぞれ7.32×107±6.26×107 cfu(n = 8)および6.94×106
±8.24×106 cfu(n = 13)の菌が回収された。一方,人工餌残渣の培養では,
2検体からM. plutoniusのコロニーが1つだけ発育したものの,他の検体から
は全くM. plutoniusは分離されなかった。このことから,幼虫から分離された
M. plutoniusは,虫体表層に付着した人工餌に残存していたM. plutoniusの クロスコンタミネーションによるものではなく,幼虫体内に感染していた M.
plutonius の数を反映したものであり,いずれのタイプの株を用いた場合でも
本試験法で幼虫へのM. plutonius感染が成立することを確認した。
しかし,実験 4 日目の時点での感染菌量は,DAT561 株摂取群に比べ,
DAT606株摂取群で有意に多かった(t検定,P < 0.05)ものの,DAT606摂取 群では,取り扱いの過程で物理的に傷ついた個体を除き,全ての幼虫が良好に 発育し,臨床的な異常は全く認めなかった。一方,DAT561株摂取群では全て の幼虫の成長が完全に停止し,既に死亡していると考えられる個体も存在した
(図2-1(A))。
2 生存率および生存曲線
過去の報告(3, 30)と同様に,継代培養した典型株はミツバチ幼虫に対する 病原性を失っていた。典型株を摂取させた幼虫では,実験終了まで良好に発育 し,ほとんどの幼虫が生存した。実験終了時の生存率は 83.3~94.3%であり,
35
対照群(91.4%)と同等であった(ログランク検定, P = 1)(表2-1および図 2-1(B))。
一方,非典型株を摂取させた幼虫は摂取後 2~3 日で成長が停止し,呼吸緩 慢になり,実験終了時までにほとんどの幼虫が死亡した。実験終了時の生存率
は 5.7~29.2%であり,対照群,典型株摂取群と比較して有意に低かった(ロ
グランク検定, P < 0.05)(表2-1および図2-1(B))。
36 考察
M. plutonius(典型株)は人工培地上で急速に病原性を失うと考えられており,
人工培養菌を用いた場合,EFBを再現することは非常に困難であることが報告 されている(3, 30)。実際,McKeeらの感染実験では,人工培養菌を用いた場 合,1.1 × 109 organisms/mlのM. plutoniusを与え続けたにもかかわらず,
EFB を再現することは出来なかった(30)。過去の報告と同様に,本研究にお いても人工培養したM. plutonius典型株では EFBを再現することは出来なか った。一方,驚くべき事に,M. plutonius非典型株は,人工培地での継代を典 型株とほぼ同じ回数繰り返しているにもかかわらず,また,実験 4 日目の感染 菌量は発症しなかった典型株摂取群より有意に少ないにもかかわらず,摂取 5 日以内にほとんどのミツバチ幼虫を死亡させた。死亡幼虫はEFBの典型的な臨 床症状を示し,また,菌分離を試みた全ての発症幼虫から非典型株が分離され たことから,非典型株は人工培地で継代を繰り返しても病原性を維持すること が確認されたと同時に,確かにEFBの原因になり得ることが証明された。
EFBの診断は病性鑑定指針(33)に基づき,各都道府県の家畜保健衛生所に て実施されている。現行の病性鑑定指針(33)には典型株に関しての情報しか 記載されていないことから,非典型株が分離される事例については EFB とし て確定診断されず,農林水産省への発生報告もほとんど行われてきていない可 能性が高い。また,発生報告もアメリカ腐蛆病(American foulbrood; AFB)
との区別なく「腐蛆病」とだけ報告・集計されるため,法定伝染病であるにも かかわらず国内における EFB の発生状況は良く把握できていないのが実状で ある。EFBの正確な診断や発生状況把握のためには,病性鑑定指針の記載内容 見直しと発生報告におけるAFBとの区別が必要とされる。
37
人工培養したM. plutonius典型株では EFBを再現することは出来なかった が,本研究で用いた全ての典型株はEFBの臨床症状を示すミツバチ幼虫から分 離されている。また,菌株提供者から,典型株感染幼虫の症状と非典型株感染 幼虫の症状は見分けがつかなかったと報告を受けている。従って,今回供試し た典型株も野外ではEFBを引き起こす能力があったと考えられる。実際,一旦,
病原性が低下したM. plutonius株でも,ミツバチ幼虫の腸内を数回通過するこ とで病原性が次第に復帰していくことが確認されており(5),典型株の病原性 関連遺伝子の発現は人工培養時には抑制されている可能性が考えられる。また,
二次感染菌である‘B. eurydice’やP. alveiをM. plutoniusとミツバチ幼虫に 共感染させることにより,EFBを再現,もしくは死亡率が上昇したという報告 もある(3, 21)。このことから,M. plutonius典型株が病原性関連遺伝子を発現 し,十分な病原性を発揮するためには,P. alveiのような二次感染菌の存在も必 要とされるのかもしれない。一方,非典型株では人工培養時でも,また二次感 染菌の非存在下でも,ミツバチ幼虫に対して強力な病原性を発揮したことから,
典型株と非典型株の両者では病原性制御メカニズムは異なることが示唆された。
し かし, 非典 型株の 詳細な発 病メ カニズ ムはまだ 解明 されて いない。M.
plutonius は通常,ミツバチ幼虫の腸内でのみ増殖することから,増殖した M.
plutoniusが栄養成分を消費してしまい,幼虫を飢餓状態にすることで死に至ら
せるというEFB発病機序がBaileyにより提唱された(7)。しかし,McKeeら の実験では,腐蛆から直接抽出したM. plutoniusを実験感染させた幼虫は,十 分量の食餌を与えているにもかかわらず発症し,死亡した(30)。さらに,本研 究においても,非典型株摂取群は十分な餌を与えられていたにもかかわらず,
感染後数日以内に成長が停止した。対照的に,典型株摂取群は濃厚感染してい るにもかかわらず,良好に発育した。これらの結果は,Bailey が提唱した餓死