これまで述べてきた通り、震災前の霞ヶ浦北浦の漁業は、1980 年代からの漁獲量の減少傾向が下げ止
まり、ワカサギ資源の回復もあってワカサギの地元需要拡大などにも取り組み、新しい漁業構造の構築 に向けて動き出していた。また、水産加工業は、零細な経営体の廃業による販売金額の減少はあったも のの、残存する経営体の経営は安定しており、関東における一大佃煮産地にまで成長をとげ、若手後継 者の参入も多く見られていた。このような状況のなかで東日本大震災が起こることとなる。
(1) 地震による被害
2011 年 3 月 11 日に東北地方太平洋沖地震が発生し、霞ヶ浦北浦沿岸では震度 6 を記録した。この地 震により湖岸堤防や漁港に亀裂、陥没、段差の発生等の被害が発生した。漁港で被害があったのは麻生 漁港、五町
ごちょう
田
だ
漁港、白浜漁港、荒宿漁港、手賀漁港の 5 つで、いずれも行方
なめがた
市(霞ヶ浦東岸部)に位置し ている。これらの 5 漁港の被害総額は 2.1 億円となっている。これらの漁港管理機関は、麻生漁港が県、
それ以外は行方市となっており、それぞれが復旧工事を行った。
地震によって養殖施設も被害をうけた。小割式養殖業では網生簀の溶接部分の破断(これにより養殖魚 の一部逃亡)、網生簀に併設されている餌小屋の沈下・崩落、陸上池の壁面の傾斜・ひび割れ・崩落、ポ ンプ・配管の破損等の被害があった。また真珠養殖では湖底の液状化により真珠棚の杭が倒れる等の被 害があった。これらの漁業用施設の被害は 86 カ所、約 4 億円の被害額であった。これらの修復は養殖業 者が各自で対応することとなったが(主に各自の保険等)、耐用年数をすでに過ぎているものも多いこと などから書類提出に必要となる資料が揃わず補助事業にはのらなかった。
それ以外の被害としては、養殖組合の事務所などの共同利用施設が被害をうけた。霞ヶ浦北浦地区に おける漁業関係被害の総額は約 6.2 億円であった。なお、この被害総額には算入されていないが、北浦 で漁船が 1 隻転覆、水産加工業者で煮釜損壊・冷蔵庫陥没等の被害があった。
(2) 放射性セシウムの推移
以上のように地震による直接的な被害をうけたが、漁業(養殖業は除く)・水産加工業については 2011 年度の操業に大きな支障をきたすような被害は殆どなかった。それよりも、漁業においては水産物から 放射性セシウムが検出されたことにより多大な被害を受けることになる。まずは、水産物に含まれる放 射性セシウム濃度の推移から見ていくこととする。
図 3 に霞ヶ浦北浦における水産生物 6 種の放射性セシウム濃度(Cs-134 と Cs-137 の合算値、以下同様) の推移を示した。全ての種が 2011 年に放射性セシウム濃度の濃度が高く、その後、減少傾向となってい る。ワカサギ、シラウオ、テナガエビは 1 年性の生物であるが、2012 年度においても放射性セシウムが 検出されており、これは湖中に存在している放射性セシウムが餌を通してこれらの生物の体内に取り込 まれていることを意味している。なお、これらの生物の放射性セシウム濃度は 2012 年度末には 20Bq/kg 前後にまで減少しており、基準値の 100Bq/kg よりも大きく下回っている。ギンブナ、アメリカナマズ(天 然)、ウナギは多年性であり、先に挙げた 1 年性の生物よりも放射性セシウム濃度が高く、2012 年度の 初めには 100Bq/kg となっており、後述するように出荷制限がかかっている。ただし、ギンブナについて は 2012 年度終盤には放射性セシウム濃度は 50 Bq/kg 未満にまで減少しており基準値を下回っている。
なお図には示していないが図 3 と同じ資料を見るとゲンゴロウブナもギンブナと同様の傾向にあり、コ イ(天然)はこれまで 100Bq/kg を超えたことがなく 2012 年の末には 40Bq/kg 前後にまで減少している。
アメリカナマズ(天然)とウナギの放射性セシウム濃度が他の生物よりも高いのは底生性、魚食性、多年 性といった生態的特徴が関係していると考えられる。人工餌料で飼育されているアメリカナマズ(養殖)
は、2011 年は検出限界以下でありその後も 10 Bq/kg 未満とごく微量となっている(図には示していない がコイ(養殖)も同様の傾向である)。
以上のように、アメリカナマズ(天然)を除けば基準値である 100Bq/kg を下回る状況にあるが、依然と して餌を通して放射性セシウムが取り込まれている状況にある。このことは湖中に放射性セシウムが存 在していることを意味している。そこで、霞ヶ浦北浦の水質と底質における放射性セシウム濃度につい て見ていくこととする(6)。なお、水質については、第 1 回目の検査が実施された 2011 年 9 月 13 日から 霞ヶ浦北浦を含む県内全ての調査地点(河川:53 地点・湖沼・水源地:19 地点・沿岸:5 地点)において不 検出であった。
0 20 40 60 80 100
0 200 400 600 800 1000 1200
放射性セシウム濃度(Bq/kg)
2011年3月11日からの経過日数
ワカサギ 北浦 霞ヶ浦
0 20 40 60 80 100
0 200 400 600 800 1000 1200
放射性セシウム濃度(Bq/kg)
2011年3月11日からの経過日数
シラウオ 北浦 霞ヶ浦
0 20 40 60 80 100
0 200 400 600 800 1000 1200
放射性セシウム濃度(Bq/kg)
2011年3月11日からの経過日数
テナガエビ
北浦 霞ヶ浦
0 50 100 150 200
0 200 400 600 800 1000 1200
放射性セシウム濃度(Bq/kg)
2011年3月11日からの経過日数
ギンブナ 北浦 霞ヶ浦
0 100 200 300 400
0 200 400 600 800 1000 1200
放射性セシウム濃度(Bq/kg)
2011年3月11日
アメリカナマズ 北浦 霞ヶ浦 霞ヶ浦養殖
0 50 100 150 200
0 200 400 600 800 1000 1200
放射性セシウム濃度(Bq/kg)
2011年3月11日からの経過日数
ウナギ
北浦 霞ヶ浦
資料:水産庁 HP「水産物の放射性物質調査結果(一覧表)」
図 3 霞ヶ浦北浦における水産生物の放射性セシウム濃度の推移
表 1 に霞ヶ浦北浦 6 地点における底質の放射性セシウム濃度の推移を示した。直近に行われた 2014 年 2 月 19 日の検査においても放射性セシウムが検出されている。また表からは調査地点によって放射性 セシウム濃度に差が見られることと、どの調査地点でも放射性セシウム濃度は低下する傾向にあるがそ の動きは緩やかであることが分かる。このように霞ヶ浦北浦では今日においても底質に放射性セシウム が検出されているが、これは大気から湖に放射性セシウムが降下して底質に沈着したものが残存してい るだけでなく、流入河川から放射性セシウムが沈着した底土等が霞ヶ浦北浦に流入している可能性が高 い。
そこで、霞ヶ浦北浦の流入河川における底 質の放射性セシウム濃度の推移を表 2 から見 ると(7)、全河川において 2014 年 2 月時点にお いても放射性セシウムが検出されていること が分かる。また、河川によって放射性セシウ ム濃度に大きな差異が見られ、その減少傾向 にも違いが見られる。第一回目の調査(2011 年 9・10 月)を見ると、菱木川(かすみがうら 市)から清明川(土浦)までの霞ヶ浦南西部に 位置する流入河川において放射性セシウム濃 度が高い傾向が見られる。これらの地域は「文部科学省及び茨城県による航空機モニタリングの測定結 果」(2011 年 8 月実施)を見ると茨城県のなかでも地表面における放射性セシウム濃度が高い地域(30-60K Bq/㎡・一部に 60-100K Bq/㎡)であり(8)、そのことがこれらの河川における放射性セシウム濃度が高い 要因になっていると考えられる。しかし、この地域のなかでも桜川(調査地点はつくば市に近い地点)の 放射性セシウム濃度は顕著に低く(全体のなかでも低い)なっており、また境川は当初は放射性セシウム 濃度が高かったがその後は他河川よりも急速に放射性セシウム濃度が減少している。このように流入河 川の放射性セシウムは陸上に降下した放射性セシウムの量が影響しているが、それだけではなく川の流 量や流域周辺の自然環境条件なども影響を及ぼしているものと考えられる(9)。
現在、霞ヶ浦 北浦では流入河 川を含めて底質 に放射性セシウ ムが検出されて いるが、比較検 討のため海域の 底質についても 見ていくことと する。環境省の
「東日本大震災 の被災地におけ る放射性物質関 連の環境モニタ リング調査」か ら沿岸(河川河 口沖 5 地点)の 底質の放射性セシウム濃度を見ると(10)、2012 年 2 月に茂宮川・久慈川河口沖で放射性セシウム濃度が 230 Bq/kg であったが、その後は全ての地点で 100 Bq/kg 以下となり、2014 年には最も高い地点でも 67Bq/kg であり、2 地点では不検出であった(それ以外は 13Bq/kg と 11Bq/kg)。沖合の海底については、
2011年 2014年
9・10月 2月 5・6月 9月 12月 2月 5月 8月 11月 2月
鉾田川 旭橋 390 390 270 420 370 380 370 182 68 73
巴川 新巴川橋 280 690 220 370 540 159 410 600 314 87
大洋川 田塚橋 720 - 108 330 159 172 320 320 136 198
武田川 内宿大橋 460 - 152 630 380 230 177 260 291 254
山田川 荷下橋 600 - 390 174 35 190 304 143 137 217
蔵川 蔵川橋 1020 - 239 187 290 183 98 100 105 222
雁通川 JA横橋 320 - 260 223 264 166 211 195 164 151
流川 須保居橋 1260 - 830 490 590 370 530 340 236 156
園部川 園部新橋 280 - 260 1370 290 910 430 570 233 281
山王川 所橋 1920 1,950 1550 900 1510 1470 860 820 730 1800
恋瀬川 平和橋 194 - 830 680 770 210 153 135 116 101
梶無川 上宿橋 270 - 42 197 172 226 154 163 97 120
菱木川 菱木橋 1320 1,070 860 660 610 630 600 530 540 405 一の瀬川 川中橋 1870 1,540 950 530 920 730 840 650 880 530 境川 国道354境橋 2300 760 780 680 112 160 160 224 296 178 新川 神天橋 5500 4,400 900 4000 2210 2340 4100 4200 3900 2170
桜川 栄利橋 58 136 62 270 213 128 76 52 39 126
備前川 備前川橋 2600 228 4800 4500 2800 2150 1770 1860 1360 1540 花室川 親和橋 1390 820 1280 1000 29 570 810 790 790 1200 清明川 勝橋 1420 5,800 2130 1790 4100 3500 1290 1170 940 870
小野川 奥原大橋 260 220 620 570 980 990 960 910 420 620
新利根川 新利根橋 220 - 330 270 400 440 370 350 420 318
資料:環境省「東日本大震災の被災地における放射性物質関連の環境モニタリング調査:公共用水域」
単位(Bq/kg)
表2 霞ヶ浦北浦流入河川における底質の放射性セシウム濃度の推移
注:表中の「放射性セシウム濃度」はCs-134とCs-137の合計値である。
最終地点
2012年 2013年
北浦水域
霞ヶ浦水域
水域名 河川名
玉造沖 掛馬沖 湖心 麻生沖 釜谷沖 神宮橋 2011年9月12日 330 340 221 330 <40・90 220 2012年2月14日 1300 440 900 250 1000 217 2012年6月27日 228 610 178 183 510 106 2012年9月12日 201 430 151 202 520 103 2012年12月5日 370 252 630 186 239 93 2013年2月20日 890 270 310 183 610 95 2013年6月5日 650 280 300 150 610 121 2013年8月7日 630 320 880 139 410 136 2013年11月6日 770 268 490 164 470 139 2014年2月19日 640 257 340 138 470 172
北浦 測定日 霞ヶ浦
資料:環境省「東日本大震災の被災地における放射性物質関連の環境モ ニタリング調査:公共用水域」
注:表中の「放射性セシウム濃度」はCs-134とCs-137の合計値である。
表1 霞ヶ浦北浦における底質の放射性セシウム濃度の推移 単位(Bq/kg)
原子力規制委員会の「宮城県・福島県・茨城県・千葉県沖における海域モニタリング結果」を見ると、
試料採取日が 2014 年 1 月 13-27 日には茨城県沖合の 10 地点のうち福島県に近い 2 地点では放射性セシ ウム濃度が 200 Bq/kg を超えているが、その他の地点では全て 50Bq/kg 未満であった。
このように、霞ヶ浦北浦の底質は茨城県海域よりも放射性セシウム濃度が高い状態となっており、ま た冒頭で述べたように淡水魚は海産魚に比べて放射性セシウムの排出に要する時間が長いとされている ことから霞ヶ浦北浦と茨城県の海域では生息する生物の放射性セシウム濃度の動態に違いがあるものと 考えられる。そこで、これを検討するために、霞ヶ浦北浦と茨城県海産の放射性セシウム濃度別の検体 割合の経年変化を図 4 に示した。海産生物は検査する種数が多く当初から検出限界未満の種も存在する ことから単純にこの割合のみをもって比較することは出来ないが、ここで注目したいのは放射性セシウ ム濃度の動態であり折れ線の経年にともなってセシウム合計値が低い階層に移行していく動きである。
0 10 20 30 40 50 60
検出限界未満 10未満 10‐20未満 20‐30未満 30‐40未満 40‐50未満 50‐60未満 60‐70未満 70‐80未満 80‐90未満 90‐100未満 100以上
検体割合(%)
放射性セシウム濃度(Bq/kg)
霞ヶ浦北浦 2011年度
2012年度 2013年度
0 10 20 30 40 50 60
検出限界未満 10未満 10‐20未満 20‐30未満 30‐40未満 40‐50未満 50‐60未満 60‐70未満 70‐80未満 80‐90未満 90‐100未満 100以上
検体割合(%)
放射性セシウム濃度(Bq/kg)
茨城県海産 2011年度 2012年度 2013年度
資料:水産庁 HP「水産物の放射性物質調査結果(一覧表)」
図 4 霞ヶ浦北浦・茨城県海産における水産生物の放射性セシウム濃度の推移
図 4 を見ると、茨城県海産はいずれの年も 100Bq/kg 未満から 10Bq/kg 未満の階層にかけて検体割合 が増加していき、最大階層は 2011 年度から 2013 年度にかけて「10-20 未満」→「10 未満」→「検出限 界未満」と放射性セシウム濃度の低い階層へと移動していることが分かる。一方、霞ヶ浦北浦は、最大 階層が 2011 年度「30-40 未満」→2012 年度「20-30 未満」→2013 年度「20-30 未満」となっており、茨 城県海産と比較して最大階層の放射性セシウム濃度が高く、放射性セシウム濃度の低い階層への移動が 緩やかであることがわかる。
霞ヶ浦北浦の水産生物は、茨城県の海産生物よりも放射性セシウム濃度の低減傾向が緩やかであると はいえ、現在、霞ヶ浦北浦ではアメリカナマズ(天然)を除けば基準値である 100Bq/kg を下回る状況にあ る。さらに主たる漁業対象種であるワカサギ、シラウオ、テナガエビ、ハゼ類、コイ(養殖)については、
これまで 100Bq/kg を超えたことは一度も無く、現在はいずれも基準値を大きく下回っている。しかし、
以下に述べるように漁業・水産加工業に甚大な被害と影響を与えている。
(3) 漁業への影響
2011年3月11日に発生した地震によって漁港や養殖施設に直接的な被害を与えたが、漁業については 2011年度の操業開始に大きな支障をきたすような被害は殆どなかった。3月は主要な漁業のなかでは底び き網漁業(いさざごろひき網)と定置網(張網)の操業可能期間である。ただし、いさざごろひき網は、1990 年代からこの時期の漁獲対象種であるイサザアミの資源減少と需要減退(餌需要)があり操業はテナガエ