Ⅱ 在宅急性期の課題
C. 難治例への対応
このようなエンピリックセラピーに反応せ ず、起炎菌が不明な場合、あるいは一度反応 しても肺炎が再燃する場合は、誤嚥(不顕性)
の持続、耐性菌の感染(MRSA や多剤耐性緑 膿菌)、抗酸菌や真菌の感染症、肺がんによる 閉塞性肺炎や腫瘍熱、過敏性肺臓炎や BOOP、
間質性肺炎などの可能性を検討する。
これらの検討のためには、ポータブル X 線、
血液検査(栄養状態の評価、腫瘍マーカー、
KL-6、β -D グルカン、QFT など、喀痰検査
(一般細菌培養と抗酸菌塗抹、培養、PCR など)
が必要となる。CT が撮れる環境にあれば単純 CT を撮影すると診断の大きな手助けになる。
基本的には入院治療の選択が望ましい。
高齢者の肺炎治療の限界
在宅高齢者の肺炎は、その病原体に問題があ るのではなく、宿主である個体の全身疾患とし て発症するという点で、一般の市中肺炎とは明 らかに異なる。宿主の個体が回復不可能な状態 になったとき、肺炎はもはや治癒を期待できる 疾患ではなくなる。在宅高齢者の肺炎をすべて 治せないことは事実であり、どこまで治るのか を見極め、緩和医療を行う決断をすることは熟 練した在宅医でも容易なことではない。
(平原 佐斗司)
《引用文献》
1) 日本呼吸器学会:医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療 ガイドライン.2011.
2) Yokobayashi K, et al: Prospective cohort study of fever incidence and risk in elderly persons living at home. BMJ Open 2014, e004998.
3) Nakagawa T,et al: High incidence of pneumonia in elderly patients with basal ganglia infarction.
Archives of Internal Medicine 157(3): 321-324, 1997.
4) Yoneyama T,et al: Oral care and pneumonia. Lan-cet 354: 515, 1999.
脱水のアセスメント
在宅医療では、患者の生活環境を現場で把握 できる。食事と水分摂取の状況、家族関係や本 人の性格、空調設備の状況などについて、医療 者が実際の現場を観察することは、どのような 検査よりも重要である。その反面、一般的に有 効と考えられるさまざまな検査を迅速に施行す ることは困難な場合が多く、可能な検査を組み 合わせて判断する工夫が必要である。電解質の 異常を症状だけから診断するのは困難で、血液
2. 脱水と電解質管理
在宅医療の対象となる患者は症状を訴えられない場合が多い。一見、病態が安定しているように 見えても、夏季や暖房による熱中症、水分摂取のアンバランス、排泄障害などによって、容易に脱 水や電解質異常に陥る。患者の病態を把握した上での状況把握と問診、理学所見に基づいた判断を 行うことが重要である。
検査を必要とするが、結果を得るまでに時間が かかる外注検査では間に合わない。携帯型血液 ガス分析装置の多くは同時に電解質分析を行え るので、在宅現場に携帯して静脈血の分析を行 うとよい(p28 ~ 31 参照)。在宅現場で水分バ ランスを検査するには、超音波検査装置による IVC、心臓、泌尿器系の観察が有用である。
高齢者の適切な水分バランスを把握すること は、案外困難である。さまざまな基礎疾患や生 活環境に応じて、患者ごとの許容範囲が大きく 異なるからである。高齢者では屋内の熱中症も 図.日本救急医学会「熱中症に関する委員会」の推奨する分類
Ⅰ度
(応急処置と 見守り)
症状 治療
Ⅱ度
(医療機関へ)
Ⅲ度
(入院加療)
重症度 めまい、立ちくらみ、生あくび、
大量の発汗、筋肉痛、筋肉の硬 直(こむら返り)、意識障害を認 めない(JSC=0)
頭 痛、嘔 吐、倦 怠 感、虚 脱 感、
集中力や判断力の低下
(JCS≦1)
下記の3つのうちいずれかを含む
(C) 中枢神経症状(意識障 害JCS≧2、小 脳 症 状、
痙攣発作)
(H/K)肝・腎 機 能 障 害(入 院 経 過 観 察、入 院 加 療が 必要な程度の肝または腎 障害)
(D) 血液凝固異常(急性期 DIC診 断 基 準[日本 救 急 医学会]にてDICと診断)
→Ⅲ度の中でも重症型
通常は現場で対応可能
→冷所での安静、体表冷却、
経口的に水分とNaの補給
Ⅰ度の症状が徐々に改善 している場合のみ、現 場の応急処置と見守り でOK
Ⅱ度の症状が出現したり、
Ⅰ度に改善が見られない 場合、すぐ病院へ搬送 する(周囲の人が判断)
Ⅲ度か否かは救急隊員 や、病院到着後の診察・
検査により診断される 医療機関での診察が必要
→体温管理、安静、十分な 水 分とNaの補 給(経 口 摂 取が困難なときには点滴に て)
入院加療(場合により集中 治療)が必要
→体温管理(体表冷却に加 え体内冷却、血管内冷却な どを追加)、呼吸、循環管理、
DIC治療
(日本救急医学会:熱中症診療ガイドライン2015より改変)
87 多い(図)。最も安定した状況を基準として、
水分バランスの基準をイメージしておく必要が ある。
電解質異常
(1) NaCl
在宅医療で経験することが多い低 Na 血症の 原因には、塩分摂取不足、慢性的な高血糖、熱 中症、利尿薬、過量の飲水などがある。経腸栄 養剤の多くは NaCl 含有量を少な目に設定して いるため、経管栄養のみ投与されている患者で は低 Na 血症に注意が必要である。高 Na 血症 の原因には、水分摂取不足、塩分摂取過多、内 分泌異常、細胞外液の過剰投与などがある。
Na の異常は熱発を伴うことが多い。特に炎 症を伴わない熱発では、Na 異常を考える必要 がある。いずれの場合にも、問診による原因の 推察と、理学所見による全身状態の把握を重視 すべきである。Na 補正の基本は外来や入院医 療と同様であるが、血中 Na 値の異常の多くは、
生活環境の問題や何かしらの誘因となる病態が 原因となる。そのため、単に輸液などによる補 正だけでは在宅医療における治療としては不十 分である。大量の嘔吐や上部消化管ドレナージ では、低 Cl 性アルカローシスが起こりやすく、
生理食塩水輸液による補正が必要である。尿崩 症では血中 Na 値が異常を示すが、原因となる 状況や病態を伴わないことがある。この場合に は塩分摂取を促し、NaCl を内服させる。
(2) K
低 K 血症は、下痢による脱水、利尿薬、K 摂取不足などが原因となりやすい。原因を除去 した上で K 補正を行ってもよいが、在宅医療 では頻繁な採血によるモニタリングが困難なの で、補正は慎重に行うか、軽度ならば経過観察 したほうがよい。
高 K 血症は、腎不全、消化管出血、まれに 輸液や薬剤による K 摂取過多などが原因とな
る。高度であれば、速やかに K を含まない輸 液と利尿薬による補正を行う必要がある。補 正が困難な場合には、救急搬送も検討すべき である。吐下血を伴わない消化管出血では、
胃管と下剤による消化管内のドレナージが有 効である。
(3) Ca
低 Ca 血症は、内分泌異常、薬剤、ビタミン D 欠乏症、膵炎、腎機能障害などが原因となる。
まれな原因として、Mg 欠乏や高リン酸血症が ある。高度になるとテタニーを呈するが、軽 度では無症状のことが多い。体内の Ca の 99%
は骨に存在し、副甲状腺ホルモンとビタミン D によって PO4 とともに平衡調節されている。
よって、低 Ca 血症に対する Ca 製剤の投与は 無効である。
高 Ca 血症は、単なる内分泌異常より悪性腫 瘍の骨転移や PTH 様ホルモン分泌腫瘍が原因 となることが多い。まれにビタミン D 中毒、
肉芽腫性疾患、薬剤などが原因となる。血中 Ca 値だけでは評価は不完全で、アルブミン値 で補正する必要がある。
補正 Ca 値 (mg/dL) =実測 Ca 値 (mg/dL) +
{4.0 -血中アルブミン値 (g/dL)}
高 Ca では、しばしば強い消化器症状や精神 症状を認め、高度な脱水とアシドーシスを伴 う。悪性腫瘍の患者に、急な精神症状、消化器 症状、脱水などを認めた場合には、必ず鑑別診 断にあげる。在宅医療においても、高 Ca 血症 は速やかな治療を必要とする。治療が遅れれば 患者に苦痛を与え、しばしば致命的である。治 療はまず十分な輸液とフロセミド投与を行い、
ステロイド、ビスホスホネート、カルシトニン 製剤などを投与する。転移性を含む骨腫瘍によ る高 Ca 血症の患者では、病的骨折にも注意が 必要である。
(泰川 恵吾)
骨折の予防
寝たきりの原因調査では、骨折をきっかけと していることが多い。認知症を合併しているた め治療への協力が得られない、脳血管疾患によ る麻痺で後療法が進まないなど、治療の過程に 原因があることもある。さらに手術療法を行っ たが廃用が進行し、結果的に寝たきりになるこ ともある。虚弱高齢者に限れば、骨折の予防こ そが寝たきり予防につながるといえる。
多くの高齢者の骨折に関する疫学的調査は多 数あるが、東京都老人総合研究所の報告には興 味深い知見が述べられている。転倒の危険因 子として、女性であること、歩行速度が低下 していること、転倒の既往(短期間に多数回)
があることとされ、10 回転倒すると 1 回の確 率で骨折を含む重篤な外傷を生じる。
骨折の予防には下肢筋力の強化が効果的で、
それにより歩行が速くなり安定し、姿勢反射 も俊敏となるため転倒しにくくなる。さらに、
万一転倒しても骨折を生じにくいとの報告もあ る。ただし、これらの研究の対象は自立生活を 行っている高齢者であって、在宅医療の対象と なる虚弱な要介護状態の高齢者での骨折の危険 はさらに高い。ベッドから車椅子、車椅子から トイレへの移乗時の失敗によって、静かに滑り 落ちる程度の事故でも簡単に骨折している。
また、骨粗鬆症の薬物療法により骨折予防 が可能と考えられがちであるが、要介護状態
3. 転倒と骨折
高齢者は、転倒などの軽微な外傷によっても、容易に骨折を生じる。転倒などの外傷の防止と可 及的に活動性を損なわせない適切な加療によって、寝たきりを予防することが重要となる。本来骨 折を生じることがない程度の外力による骨折は、病的骨折(pathological fracture)といわれて いるように、通常の骨折とは異なるため、標準的治療の選択が適切とはいえない場合もある。ここ では、虚弱で要介護状態の高齢者における骨折診断・治療の特殊性について述べる。
の後期高齢者および超高齢者らにおける信頼 できるデータはない。
骨折の診断
転倒や尻もちなど、たとえ軽微な外傷であっ ても四肢に運動制限を認め、局所に腫脹や熱感、
疼痛がある場合は、骨折を強く疑う。受傷直後 の X 線単純写真による、脊椎圧迫骨折および頸 部が骨頭に陥入した大腿骨頸部骨折の診断は、
経験豊かな整形外科医であっても手こずること がある(図 1)。骨折と診断されなくとも、疼 痛などの症状が続く場合には、2 ~ 3 週間後の X 線の再検査で骨折していたと判明することが ある。骨折は、時間の経過とともに X 線で描 出されやすくなり、例えば圧潰の始まった脊椎 圧迫骨折の診断はたやすくなる。
図1.人工骨頭置換術後(左)と
見落とされた大腿骨頸部骨折(右)