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で
! な ら し の│
ニ
◇コミュニティ
まちは︑市民Ai;n.
の北ハ同作文
による俐辺作品
です.ごてのため
に自分たちの生
活する地域社会 をより良くするため︑積極的に
意見を出しあいながら︑市政に
参川していかなければなりませ
ん︒そこに初めて地域の尖情に
限ざした施策を展開することが
できます︒
そこで︑新七い市民と市の人
間関係にむすばれたまちづくり
の推進のために︑﹁学校は社会
変革の拠点であり︑教育計画は
社会*Wr If*‑ の基Qである﹂という
コミュニティスクールの考え方
にたって︑一小学校区をIコミ
ュニティとするコミュニティ計
画を推進しています︒
習 志 野 市 域 図(
コ ミ ュ ニ テ ィ区 分)
地区要望 が予算化されるまで(
地域予算会ii)
‑
へ
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事 業 の 実 施 μ 汲 覚 回 ・・ 石
●地域の.竃見・ 要望 が どのように反映されr;/r
は. 地域担当禰 員を通じて報昏S れ まT
問 題 の 把 握
●tr 自分のまゎりの.
≪柚を
・.● ・畢
1・会の謨決
●予算ー として ≫とめ 市u 会tこil出
地ts£で の 話 合い
●II民同士力ヽ地域干ー 会1馴こlilを出T かを
話し合う
;1● − ぺ母 ・ ヽ‑
重定・予算藁の礦成
゜髭; 漂 舅?:
にXT 回 禄
「 地 域 予 算 会llj
●要里事項のU 明・脚査
●赳冨冪填.緊色度合を 考.tし てll!瞳の 要32S 項に盾位そつけ て簒n
する
A ●, ・●・ ・
担 当 部
●要望事頃<nia査、冪 菓費のti簒
・ sa の長ttlt画. 冥 扁ItiBとの間違及びu
急厦に石じ て予菖 要求
・
地 域 担 当 別 事 務 局(
金・・ φ 僣ai μ ぢ
●±1と!<からの 要a を 冨n
●饗aS 靖tl旦当an 別に 立哩 ■ 分a
◇地域担当制‑>l
地域の人々が︑自らの地域を
どうすべきか其剣に討議すると
き︑市は今までのタテ割行政︷業
務分担制度︸では充分に市民の
要望・意見に対応することは困
雅です︒
そこで︑本市では従釆のタテ
割行政の欠点を克服し︑より市
民の意向を市政に反映するため︑
市職員の一人ひとりが各コミュ
ニティの担当者となり︑担当コ
ミュニティの問aを把幄し︑地 域の問題解決にはどうしたら良
いのかを市民とともに考えてい
こうとするのが︑地域担当制と
いう習志野市のユニークな機構
です︒
地域担当職員は︑地区長︷部
長・次長相当職︸︑班長︵課長
相当職︶︑班員によって構成さ
れています︒そして各担当職員
は︑地域会議︑地域予一葬会議の
出席をはじめ︑浦掃活助︑緑化
推進事業︑敬老会などの各地域
の活動に直接参川し︑地域の人 々とじかに接しながら︑地域に
恨づいた発展の方向を模索し︑
行動にうつしながら︑行政の実
効性を高めています︒
◇地域会議︑地域予算会議
地域会議は︑地元町会︑自治会
老人クラブや婦人団体︑公共施
設の長などの各極団体の代表者
などで構成され︑月一回を原則
に開催さ︒れます︒ニこでは︑地
域庄民と地域担当職員で︑毎日
の生活にかかおるこみ︑道路︑下
く^^ 峨ソ
≒WK'^ ヽ及 瓦 ら
⇒
70?
水︑防犯なとから教育環境につ
いてまで広一粒な問SIについて︒卒
直な意見を出しあい︑その解決
の手法を協議︑険討する場です︒
地域予耳会議は毎年9月̲̲o
企画調整?
・ 間題によっ ては財政. 長 期 号
点 からチェッ クを うけるため合議。
圃 尚 尚t
地 域 担 当 制 の 処 理 ルート 海 域 会 議 }
n:i;Eかれ︑地域担当Qnが市
の財政状況やしくみを説明し.
地域住民との共通理解のもとに
地域の問題についての意見︑要 をfね︑その結眼を市のI直や
予算に反映させようとするもの
です︒
望︑そして解決の手法など討巌 ◇コミュニティセンター
−−−−︲−−皿
担当 部局 の 管 理 課
詞
タ テ 罰 り 組 織 へ の オ ン ーライ ン 苦 惜 ・ 要 望
坦 当 地 域.
砲
口 担当 課
W 四 画 ㎜ 心
事 単 杖 ま た は
一 同 − − −S − − − 一 欄 間 一 皿− − ■ 一 喝 − タテ割'J組織からの回 答
︲1−−︲﹂`
㎜ ・ ㎜
地 域 会 撮
域 呟 民
③ 回 答 を受 け た 地a 担 当 職 目 は 、 苦 情 ・ 要 望 を地 元 に 回 答 す る 。
② 担 当 部局 の 回 答 を 要 ず る問 題 は 各 部局 の 管 理 課 へ。
管 理 課 は 担 当 課 の 回 答 を 地 域 担 当 職 員へ 。
J・ 言 情 ・ 要望 な ど の う ちgn 答 で き る も のli 、 そ の 場 で回 答 す る 。 回 答 は 。 迅 速 に 回 笞 す べ き問 題. 次 回 の 地 域 会JS に 回 答 す る もの な ど. 緩 急順 序 を つけ て 処 理 す る。
まちづくりの主体は市民です︒
隈極的にコミュニティ活勁に参
画する市民の対話︑交流の場︑
また︑快適なコミュニティ創造 ました︒
その結限︑この埋立地には︑
既存市街地の過密緩和︑住工混
在の解消のための用地︑あるい
は︑ごみ︑汚水処理施設︑総合的
なスポーツーレクリェーション
施設︑総合福祉センター︒そして
霊園など既存市街地でiiSSiの
推進の場となるのがコミュニテ ー︒−
イセンターです︒
本市はじめての本恪的なコミ
ュニティセンターとして︑57年
7阿に︑賤習志野コミュニティ
センターをオープンしました︒
施設の運営は市民で隅成された
連営委肖会で行われ︒より自律
的なコミュニテイづくりが展開
されています︒
一屯二次埋立地の土地利用は︑庄
民陥址⁚川潜光を⁚以人方針■ M.Iてt
張≒国・県に吋︲・十お吊にb
たる折iS \r'ih.T強く続‑t‑てき 困玖な施設が整備されています︒
またごほ浜秋津・香冊団地や
一般住居の入居ととむに︑保育
所・幼陽同・小学咬・中学咬が
整備されるなど︑習志野の理想
を裏現するため︑祈しいまyつ
くりが進められています︒
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2 −1 習志 野市の 地域 担当制と 地 域会議
1. はじ めに
極め てユ ニー クな 自治 体によ るま ちづ くり 事 例と して 全国 に知 ら れることと な った習志 野 市 の 地 域担当 制は ,昭 和42年4 月 に 初当 選した 革 新 市長 ,吉 野市長の 提案によ るもの とさ れてい る. 急 激な都 市化によ り 大璽 に流入 す る新 住民 の多 様な 要求 と. 新しい 都 市問 題の 中で ,こ れ に 全く対 処で きない 行政組 織と 職員 白身 の 体質 の 両者を 改革 しよ うと したの が. 地域 担当制の 当 初の目 的であ る.官 原的 タ テ割り 組織 か ら抜 け出 て ,職員 白身 が ,まちの 中 に入り込 み ,ま ちで 今何 が起こ ってい る か ,住民 が何を 考え 何を 要望あ るい は 提案し てい るの かを 直接理 解し , そ れを 市行政の 中で 具体 化し て ゆく こ とを 目的 と する 地域 担当 制は, 職員 と 行政機 構その もの に 課せら れた 課題で あ った.
(1 旨地 域担当 制と.は
` ご
匹 岸m.‑SK昇 皿Sim‑h 止 堂捷E:ま でntz=' i 丿 三 し ーこ 芭匹比 些M^‑ とiiJSlμこ地 域担 当瞰 員と して 所 属し. ま ちづ くりを 総合的ぶ;m 野ヱ 考えー_実‑IX.x
す る制度ぼ ,こ の制 度 ).' 発足 後5 年以 上 経過 した 昭和48年 から50年 にかけ て ,住民 側の 参加‑.
組 織 で あ る 地 域 会 議. 地 域 予 算 会 議 が 各 地 域 に 誕 生 す る こ と で , 行 政 と 住 民 が 両 綸 と な っ て 腎.J.a ・ ・ ̄ 'I'− ¨‑‑‑,‑,〃 ミ〃 ・ ‑. −I
T ‑ヽ , 地 域 単 位 の コL. 一=‑ にー(ご づ̲乙.りヱ 柵 想 し 発 行 こむ ろA 本.制 然 暗 立4 ・る, 二
か ら10 年 を 経 過 し た 現 在 弧
る 地 域 の な か で 大 き な 成 果 を あ げ て い る 地 域
が あ る 一 方 , そ れ ぞ れ に 異 な る 様 々 な 問 題 が 各 地 域 で 指 摘 さ れ. 新 た な る 展 開 の た め の 模 索 が 行 わ れ て い る 。
本 論 で は ,地 域 担当 制 発 足 か ら 現 在 ま で の 経 廸 を 整 理 し ,そ の 時 々 に 生 じ た 問 題 と 成 果 を 指 摘し ,こ の 制 度 全 体 の 評 価 を し た の ち 今 後 の 課 題 に つ い て 考 察 す る。
`ヽ2./地 域 担 当 制 の 発 足 か ら 今 日 ま で
心 ・・ミ 〜 .
ミ ー . aミ. L ‑ ‑ 〃 ‑ ‑ ..− ‑ −− ミ へ ー
こ こ で は ,こ れ ま で の 経it を. 以 下 の3 期 に 時 期 区 分 し て ,こ れま で の お お ま か な 流 れ と , そ の 時 々 の 問 題 点 を 整 理 す る 。
(メ 〉第1 期│( 昭 和42 年 か ら 昭 和45 年 ま で‑)―・ 地 域 担 当│制s)発且 と 定M‑
4 f ‑W ・″゜ ‑■ふー‑・‑ ・■
( ロ )。第2 期( 昭 和46 年 か ら 昭 和50 年 ま で ): 地 域 会 議 に よ る 住 民 組 織 づ く り
( ハ
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第3 期( 昭和51年以 降 ) 地 域 廻当制 発足と 定 着
: 地 域 担 当 制 と 地 域 会 議 の 結 合
−4 −
703
(玉 口 きmM 劃Q え 足
照 巫 鍵‑8JJ 日し 爽 讐 市 政 発 足│後 。半年 を ま た\ずエ̲r, 地 域 担 半 柳 色 越丘旦 移/在夕 か 行 政 の 民 主 化を ま ず 第 一 に 掲げ 「 ガ ラ ス 張 り の 市政 」を モ ッ ト ーに 新 し い 自 治 体 を 打 ち 出 す な か で ,「 官 僚 制 の 排 除 と 閉 鎖 的 で厚 直 的 な 行 政 組 織 の 改 善 が 急 務 」 と さ れ"■各 部 課 か ら 渠 ま っ た 職 員 が 一 定 の 地 域を 分 担 す る こ と に よ っ て, 各 地 岐の 実 状te 圀 と 問 題 点 を 集 約 し て タ テ 割 り 行 政 の 欠 点 を 哺 い ,住 民 の 意 向 を 市 政 に 反 映 さ,せ る こ と 」( 昭 和43 年10 月 広 報 習志in
匹 ・
こ の よ う な 目 的 を 持 つ こ の 制 度 は 市 内を5 地 区. 25 班 に 分 け495 名 の 職 員 で 発 足 し た。 そ し て 屑U多│に は 二j?]志│野 市 地 域 担 当 制 実 施 規 則 」 か 制 定 し て 昭 和43 キJ 進 上 旦 ) さ れ , 行i&まll‑
− 度 と し て 正 式 に 発 足 す̲支 。
( ロ )市 内 行 政 査 察
地 域 担 当 制 と と も に 発 足 し た 広 聴 活 勣 は ,市 長 へ の 手 紙 ,市 長 面 接 日 な ど 数 多 く あ る が 中 で も 重 要 な の は ,後 巡 す る 各 託 管 理 課 体 制 と 市 内 行 政 査 察 の2 つ で あ る。 市 内 行 政 査 察 は 当 初2 月 に ― 度 , そ の 後 地 域 担 当 制 と リ ン ク さ れ るよ う に な っ て か ら は年 に ― 度 ,市 艮 は じ め 各 部 課 艮 と 地 域 担 当 幟 員 が 地 域 を 回 り 現 地 を 査 票 し 地 元 住民 と 意 見 交 換を 行 う も の で あ る 。 後 に こ の 制 度 は「 市 艮 行 政 査 察 」 と 呼 ば れ る よ う に な り ,地 域 担 当 に よ り 位 置 づ け ら れ た 地 域 の 諸 問 題 が い か に 改 善 さ れ て い る かを 査 察 す る とい う 機 能 と な り ,様 々 な問 題 点 に つ き 市 長 の 改 善 命令 か 出 さ れ る こ と に な る。
( ハ )各 部 管 理 課 体 制 の 確 立
昭 和43 年7 月 の 組 織 改 正 で 新 設 さ れ た 各 部 管 理 課 は「 筋 内 各 課 に 関 連 す る ,市 民 か ら の 苦 清 を 処 理 す る 窓 口 と な る と 同 時 に , そ の 問 題 点 を ,他 郎 と の 連 携 を は か り な が ら 行 政 の中 に 反 映 さ せ る 施 策 』( 昭 和43 年10 月15 日 広 報 習 志 野 よ り 〉と し て 考 え ら れ て い た。 現実 に は 当 時 の 企 画 室 が こ の 亙 引 隠 影j 娯 丈
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