茨城県農業総合センター園芸研究所 研究調整監
冨 田 恭 範
は じ め に
茨城県では,農作物病害虫・雑草防除指針(茨城県で栽培されている主な作物に発生する病害虫・雑草に ついて,効率的かつ安全性の高い防除方法を記載したもの)を毎年刊行している。この指針の中で,環境に やさしい病害虫防除の項が設けられている。
一部抜粋すると,『本県においては,農村における環境保全活動と環境にやさしい営農活動を地域ぐるみ で一体的に進める「エコ農業茨城」の全県的な展開を基本方向のひとつとしている。本県の農業者が環境に やさしい農業生産活動に向けて自ら最低限取り組むべき事項として「エコ農業茨城環境規範」を定め,実践 項目のひとつとして「効果的・効率的な適正防除」を掲げるとともに,エコ農業茨城の重要な担い手として エコファーマーを位置づけ,「持続性の高い農業生産方式」の「化学農薬低減技術」などの積極的な推進を 図っている。これらのことから,今後の病害虫防除においては,環境保全に留意し,病害虫や雑草が発生し にくい環境を整えながら,病害虫発生予察情報等に基づき,防除要否およびタイミングの判断を的確に行う とともに,伝染源の除去など耕種的防除,天敵や性フェロモンを利用した生物的防除,粘着板などを利用し た物理的防除および化学合成農薬による防除を組み合わせて行うことが重要である。このため,環境負荷を 低減しつつ病害虫の発生を経済的被害が生じるレベル以下に抑制する総合的病害虫・雑草管理(
IPM
)の取 り組みを推進する必要がある。』この中で,生物的防除法については,『病原菌や害虫の天敵となる微生物や昆虫類等を用いて病害虫の防 除を行う方法である。化学農薬と比べて効果発現まで時間がかかること,効果のふれが出やすいこと,そし て生物であることから活動に適した環境と餌(対象病害虫)を必要なことを十分理解して使用する。』とし ている。
さらに,天敵昆虫と微生物農薬の使用上の注意として,以下の
7
項目が記載されている。○天敵昆虫と微生物農薬の使用上の注意
•
病害発病前〜発病初期,もしくは害虫発生期に使用する。•
化学農薬と比べて遅効性であるので,使用時期が遅れないよう日頃から圃場の観察を怠らない。•
微生物農薬は他の薬剤との併用はしない。希釈水は塩素を含まないものを使用する。開封後は早めに使 い切る。•
剤の特性に応じて,使用条件等を遵守する。•
天敵昆虫放飼前後の薬剤散布はさける。•
天敵昆虫は入手後直ちに放飼し,使い切る。•
外部からの対象病害虫の侵入を防ぐため,施設の開口部にネットを張る。○具体的に記載されている病害虫防除を目的とした生物農薬の一部(抜粋)
◎水 稲
•
種子消毒トリコデルマ アトロビリデ:「エコホープ」,タラロマイセス フラバス:「タフブロック」,
バチルス シンプレクス:「モミホープ水和剤」
◎野菜類
•
うどんこ病タラロマイセス フラバス:「タフパール」
バチルス ズブチリス:「インプレッション水和剤」,「ボトキラー水和剤」
【ダクト内投入】バチルス ズブチリス:「ボトキラー水和剤」
•
灰色かび病バチルス ズブチリス:「ボトピカ水和剤」,「エコショット」,「インプレッション水和剤」,
「ボトキラー水和剤」
【ダクト内投入】バチルス ズブチリス:「ボトキラー水和剤」
•
軟腐病非病原性エルビニア カロトボーラ:「エコメイト」,「バイオキーパー水和剤」
◎イチゴ
•
炭疽病タラロマイセス フラバス:「タフパール」
◎キュウリ
•
ズッキーニ黄斑モザイクウイルスの感染によるモザイク症および萎凋症 ズッキーニ黄斑モザイクウイルス弱毒株:「キュービオZY
‑02
」◎シ ソ
•
斑点病バチルス ズブチリス:「アグロケア水和剤」,「エコショット」
◎ハクサイ
•
根こぶ病バリオボラックス パラドクス:「フィールドキーパー水和剤」
◎果樹類
•
根頭がんしゅ病アグロバクテリウム ラジオバクター:「バクテローズ」
◎ナ シ
•
黒星病バチルス ズブチリス:「ボトキラー水和剤」,「アグロケア水和剤」,「エコショット」
このように,茨城県では,農作物病害虫・雑草防除指針の中で
IPM
を実践していく上での一手法として 生物農薬を推奨してきている。今回は,病害防除の指導を実践する上での生物農薬の課題と展望について,具体的に,トマトの灰色かび病,キュウリの褐斑病とうどんこ病,ナシの黒星病に対する生物農薬の普及へ の取り組みを通じて述べてみる。
1 .生物農薬の現場での病害防除への導入
病害防除における生物農薬の現場への導入は,害虫防除技術としての天敵の利用と比較するとかなり遅れ ている印象をぬぐえない。天敵では,スワルスキーカブリダニをはじめタイリクヒメハナカメムシ,チリカ ブリダニ,ミヤコカブリダニなど防除を必要とする対象害虫に対応した防除効果の高い生物農薬が揃ってき ている。一方,各種病害に対する防除効果の高い生物農薬は少なく,害虫と病害に対する生物農薬の防除効 果の違いが,病害防除における生物農薬の導入を遅らせているひとつの要因と考えられる。また,生物農薬 を現場で使用する場合は,化学農薬を使用する場合よりも現場の栽培状況に対応したよりきめこまやかな指 導が必要である。天敵の利用については,指導機関の現場への導入指導に関する工夫はもちろんのこと,販 売メーカーも積極的に使用方法への指導に携わり,それぞれの立場で協力して現場をバックアップしてきた ことが現在につながっていると思われる。しかし,病害に対する生物農薬は,種類や防除効果などの情報も 生産者へ十分伝わっておらず,支援体制も不十分である。
生物農薬の現場への導入を目指して,
10
年前(平成19
年9
月)に「生物農薬 ─ この10
年間と今後の 展望」のテーマでシンポジウムが開催された時期に,茨城県農業総合センター園芸研究所では,施設栽培ト マト(促成栽培)において,トマト灰色かび病に対するバチルス ズブチリス水和剤(MBI 600
株)(ボト キラー水和剤)(以下「ボトキラー」とする)のダクト内投入の試験を実施した。さらに,新農薬実用化試 験(生物農薬)において,うどんこ病に卓効を示したバチルス ズブチリス水和剤(QST
‑713
株)(インプ レッション水和剤)(以下「インプレッション)とする)について,当時,キュウリの抑制栽培で問題となっ ていた褐斑病に対する防除効果の検討を行った。さらに,果樹類の減農薬栽培のアイテムとなれるかを検証するため,ナシ黒星病に対するバチルス ズブ チリス水和剤(
D 747
株)(エコショット)(以下「エコショット」とする)の防除効果の検討を行った。そこで,それぞれの試験の具体的な内容について触れながら,地方の研究機関が病害防除に対する生物農 薬の現場への普及を目指した取り組みについて紹介する。なお,本稿では農薬名について,バチルス ズブ チリス水和剤のみは商品名で記載する。
⑴ トマト灰色かび病
新農薬実用化試験(生物農薬)を経て農薬登録されたボトキラーについて,本研究所内のガラスハウス(
47 m
2)において,背負式自動噴霧器を用いた散布での効果持続期間やメパニピリム水和剤との防除効果の比 較試験などを実施し,防除効果や薬害,汚れなどの再確認を行った(平成15
年)。また,省力的な防除法と して,暖房機の送風ダクト内投入による防除効果を検討し,薬剤代と作業労賃などの簡単なコスト試算も実 施した(平成15
年)。これらの試験結果を基に,特別栽培農産物の認証を得たトマト栽培農家のハウスにおいて,特別栽培農産 物の基準である
16
成分回数(平成15
年当時)の化学合成農薬(殺菌剤)散布に加え,ボトキラーの暖房機 の送風ダクト内投入を併用し,灰色かび病の防除効果を検討した。ダクト内投入は,灰色かび病が発生する 前の平成15
年12
月2
日から翌年3
月までは毎日15 g
/10 a
/1
日換算量を投入した。設定夜温は8
℃とし,夕方,暖房機が稼働していない場合には,ダクト内投入後,手動送風を
2
時間程度行った。対照は特別栽培 農産物の基準である16
成分回数の化学合成農薬(殺菌剤)散布とした。その結果,ボトキラーのダクト内投入を組み合わせることで,化学合成農薬(殺菌剤)の使用回数を必要
最小限に抑えることが実証でき,特別栽培農産物の生産や灰色かび病に対する薬剤耐性菌の出現回避を目的 とした防除体系を作成した。
さらに,この試験事例を基に,県内のトマト農家への普及を目的に本剤のダクト内投入法と化学合成農薬
(殺菌剤)を組み合わせた防除法について,県内のトマト栽培ハウス
6
圃場で現地試験を行い,防除効果を 検討した。1
)ボトキラーのダクト内投入法による飛散・葉面付着状況(現地試験:平成16
〜17
年)ボトキラーの防除効果を安定させるためには,ダクト内投入した本剤の十分な飛散と葉面への付着状況が 重要であるため,はじめにその状況について調査を行った。
① ダクト内投入法を実施した試験場所および栽培概要
② 方 法
薬剤の投入方法
県内
6
ハウス(図1
のa
〜f
)において,平成16
年11
月または12
月から毎日,10
〜14 g
/10 a
/1
日換算量 のボトキラーを暖房機の稼動前にダクト内に投入した。薬剤の飛散調査
平成
16
年11
月26
,30
日に,各ハウス内の9
〜10
地点にNA
培地を暴露状態で設置し,ボトキラー15 g
/10 a
換算量をダクト内に投入して暖房機の手動運転を30
分間行った。その後,培地を回収し,37
℃で一晩 培養して,翌日コロニー数を計数することにより飛散量を調査した。葉面付着バチルス ズブチリス数調査
ダクト内投入を開始してから
2
〜3
ケ月経過した2
月21
,22
日に各ハウス内の3
地点より上位葉を採取 し,0.85
%生理食塩水を加えながら磨砕した。この磨砕液を原液として作製した各希釈段階100
μlずつをNA
培地に塗沫し(各希釈4
反復),37
℃で一晩培養して翌日コロニーを計数し,新鮮葉重1 g
に付着して いるバチルス ズブチリス数を算出した。試験場所 面積
(m2) 品 種 定 植 日 ダ ク ト 内 投入開始日
栽培密度(cm) マ ル チ 畝間 株間 ベット 通路 T市 ハ ウ ス 700 レディファースト(自根) 10月27日
〜11月4日 11月22日 150 33 緑 なし I 町 ハ ウ ス 1,000 麗容(穂木)
マグネット(台木)
10月18日
〜25日 11月17日 150 78 黒 黒 K市 ハ ウ ス 1,580 ごほうび(穂木)
マグネット(台木)
10月3日
〜6日 11月22日 150 32 黒 黒 B市Aハウス 726 麗容(穂木)
ブロック(台木) 9月25日 12月11日 130 33 黒 黒 B市Bハウス 825 麗容(穂木)
ブロック(台木) 11月16日 12月11日 130 33 黒 黒 Y市 ハ ウ ス 1,000 麗容(穂木)
マグネット(台木) 9月29日 11月17日 135 66 白黒 なし その他の栽培管理は農家慣行とした。