第3章 平等院鳳凰堂の鳳凰
第1節 金銅鳳凰の制作技法
現在、鳳凰堂の屋根の両端に置かれている金銅鳳凰は複製品であり、実物は隣接する博 物館「平等院ミュージアム鳳翔館」に収蔵されている。金銅鳳凰の制作技法については、
鋳金や鍛金、彫金の金属工芸技法が用いられていることは知られているが、それぞれの細 かい技法や制作材料の詳細についてはわからないことが多い。そのため金銅鳳凰を観察し、
現代の技法を元に推測しなければならない。
本節では、前章で述べた金属工芸の諸技法や、平安時代に制作された金属工芸品を参考 として、金銅鳳凰(図 25)がどのようにして制作されたのかを考察していく。
国宝金銅鳳凰(鳳凰堂中堂旧棟飾)は、頭部、頸・胴・翼脚部、尾根部の3部に分け銅 を用いて鋳造で制作し、風切羽・尾羽は金属板を打ち延べて成形されている。それらの風 切羽や尾羽は鋲によって本体に接合され、その羽の表面には鏨によって細かく羽毛が彫り こまれている。また、像の各所に鍍金の跡が見られるため、かつては全体に鍍金が施され ていたと考えられる。実物は、各所に修理箇所があり、目立ちにくいように鋲留めがされ ているが、いつ頃に修理されたものかははっきりとしていない。
金銅鳳凰の姿は、頭が鷄に似た鳥の姿をしている。これは中国の唐代以降定着した鳳凰 の姿に近いと考えられる。当時の日本人にとって、鳳凰と言えばこの姿であったと想像で きる。
金銅鳳凰本体の鋳造方法は、梵鐘を鋳造する際の砂を用いた鋳型製作の方法ではなく、
蝋型を用いた鋳造方法であると考えられる。蝋型を用いた鋳造方法は、人間と同じくらい か、少し大きいくらいのものを鋳造するときに多く用いられる。
金銅鳳凰を制作する際には、実物大の模型が制作されたと推測できる。その模型が木製 であるか粘土製であるかを知る術は現在のところ存在しないが、金銅鳳凰が複数の部位を 組み合わせて制作されていることと1対であることから、組立時や完成時に姿を確認する ための基本となったものがあると考えられるのである。
『別冊太陽 平等院 王朝の美 国宝鳳凰堂の仏後壁』(2009 年)で加島勝は、金銅鳳 凰の真正面を向き直立した動きの少ない姿や寄木造りのような各部を組み上げる構造から 鋳造の蝋型原型の手本があったのではないかと論じている。
蝋型法は、融かした金属を流し込む空間になる部分を蜜蝋に松脂を混ぜた蝋で製作する
方法である。中子となり、内部の空洞となる実体よりも小さな土の塑像を製作し、その上 に制作物の厚さと同じ厚さの蜜蝋をつけて成形していく。蝋は軟らかいため細工が容易で、
接合点をあぶり溶かすことで個別に製作した部分を接着することも容易である(註:鋳物 の)。このように蝋型法では、かなり細かい表現が可能であり、金銅鳳凰にも蝋型法の特 徴を見ることができる。
『別冊太陽 平等院 王朝の美 国宝鳳凰堂の仏後壁』には、「鶏冠や肉垂など頭部の柔 らかでふくよかな表現や、胸の鱗、足爪などの精緻な表現は、この鋳造が蝋型によってい ることを示している。」とある。金銅鳳凰をよく観察すると上記のことがよく分かる。鳳 凰頭部の眼周辺の羽毛の表現は細かく、嘴や肉垂、その他の羽毛の表現も繊細であり、そ の表面はなめらかである。
頸・胴・翼脚部は、全体に鱗が表現され、翼の先に向かうにつれて、鱗は小さくなっている。
表面がなめらかであることや鱗、羽毛が繊細に表現されていることが、頭部の嘴、羽毛な どが繊細に表現されていることと同様、金銅鳳凰が蝋型で制作されたと考える上での判断 材料となる。尾根部にも頭部や頸・胴・翼脚部と同様のことが言える。
これらのことにより、金銅鳳凰の制作方法は以下のように推測される。
2羽の金銅鳳凰は大きさが微妙に異なることから、手本となる木造の鳳凰が 1 対製作 されたと考えられる。そして頭部、頸・胴・翼脚部、尾根部の3つに分け、骨組みを製作 する。それぞれの骨組みに、制作する鳳凰よりも小さい土の塑像を製作し、表面に蝋を塗っ ていく。制作する鳳凰の厚みと同じだけの蝋を塗った後、表面の蝋を削る、溶かす、接着 するなどの方法で、鳳凰の身体を表現していく。首輪は、蝋で別に造ったものを、この段 階で接着し、頸・胴・翼脚部と一体で鋳造したと思われる。
3つの蝋型はそれぞれ完成すると、蝋型に真土などの鋳造の土を塗り乾燥させる。乾燥 後、表面の土を焼き固めるが、このとき内部の蝋が溶け出て、鳳凰の形の空洞ができた鋳 型が完成する。この空洞に金属を流し込み、冷却後に焼き固めた土を崩すと頭部、頸・胴・
翼脚部、尾根部の3部分が完成するのである。
金銅鳳凰の頭部、頸・胴・翼脚部、尾根部は銅鋳と記されているが、鋳造で制作を行う 場合の多くは、単体の金属よりも融点が低く、鋳型に流し込んだ際に流れが良い合金を使 用する。したがって、現在の金銅鳳凰は銅錆に覆われているが、銅単体ではなく銅合金が 使用されていたと推測することができる。
完成した頭部、頸・胴・翼脚部、尾根部のそれぞれの表面を整えた後、頭部の後と頸、
胴の後と尾根の付根をそれぞれ鋲留めすることで、本体を制作したと考えられるのである。
この蝋型鋳造の方法では、鋳型を製作するときに蝋を溶かし出すため、1つのものを作 るのに1つの蝋型が必要になる。このことより、金銅鳳凰も蝋型が2羽分作られたと考え られる。
日本の金属の歴史を銅に着目してみていくと、銅鉱石が発見され、東大寺の盧舎那仏坐 像が建立された後から平安時代にかけては、盧舎那仏坐像に匹敵するような巨大なものが 造られた記録はない。奈良時代から平安時代にかけて、12 種類の銅銭「皇朝十二銭」が 鋳造されているが、これらを鋳造するために用いられている合金の組成には違いがみられ る。銅とアンチモンの合金やヒ素が多いもの、銅と錫の合金である青銅や鉛が多いものが あり、全体として時代を経るに従って銅が減少し鉛が増加する傾向にあり、銅資源の枯渇 の問題があったと言われている。また、この時代は大陸から銅銭を大量に輸入していた
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ここで、盧舎那仏坐像建立以降、日本では発見されていた銅鉱床をほぼ採掘し尽し、新 たに鉱山の開発を始め、新しい精錬技術が伝えられる 16 世紀頃までは、銅の生産は非常 に少ないものであったのではないかと推測できる。したがって、金銅鳳凰が鋳造された当 時は、皇朝十二銭が造られていた時代よりも銅は少なかったと考えることもできる。
原材料の銅をどのように入手したのかは不明であるが、可能性として考えられることは、
藤原頼通の命令により日本国内に残っていた銅鉱石を収集したり、中国から輸入していた 渡来銭を融かし、銅の塊を入手した可能性などが考えられる。
金銅鳳凰の主な材質が何であるかを特定することは困難であるが、鋳造で制作されてい ることや同時期に梵鐘が制作されていることから、青銅を使用している可能性が高いと考 えられる。
風切羽と尾羽は板金製で、それぞれ翼部と尾根部に鋲で取り付けられている。
風切羽と尾羽の主な材質は分かっていないが、本体と同様、銅または銅の合金であると 考えられる。風切羽と尾羽に使われている板金の製作方法は、銅または銅の合金の塊を赤 く輝くまで熱する焼鈍という処理を行ない、その後、大型の金鎚を用いて叩き、また焼鈍 し、叩くという作業を繰り返し、必要な厚さになるまで打ち延ばして製作したと考えられ る。この金属の塊を打ち延べて、板を製作する方法は金属の加工方法において最も基本的 な方法である。人類が最初に自然銅を手に入れた時も、この方法で加工していたと考えら れ、その後、日本では多くの仏具が制作され、押出仏も制作されている。板金は、多くの
金属工芸品を制作するために必要不可欠な材料であるため、塊から板へ加工する技術は日 本に金属加工技術が伝わってから比較的早い段階で定着したのではないかと考えている。
そして、押出仏に用いられている金属板の厚さをみるとかなり薄いため、板金をつくる 技術は平安時代には洗練されていたと想像できる。
このようにして製作した板金を、切り鏨などを用いて羽の形に切り出したと考えられる。
風切羽及び尾羽の鋳造製の本体と鋲で接合されている部分は鏨による繊細な彫りの表現 をみることができるため、完成当時のものであると考えられる。一方で、羽の先端部に向 かうにつれて鋲留の箇所や、針金で風切羽が留められている箇所が見られ、それぞれの箇 所の羽根が微妙に異なり、本体に近い部分の羽根の表面に見られるような繊細な表現が無 くなっていることから、数回修理が行なわれ、欠損部分が継ぎ足されていることがわかる。
風切羽および尾羽を観察すると、完成当時の部分が残っていると推測できる箇所には繋 ぎ目を確認できないので、風切羽や尾羽はそれぞれ1枚の金属板を用いて制作されていた と推測することができる。
風切羽をよく観察すると羽の1枚1枚を、刃鏨を用いて地金を鋤とるようにして削り出 したり、打出し鏨やなめくり鏨を用いてレリーフのように彫り出し、1枚1枚の羽には毛 彫り鏨などの刃鏨を用いて、羽毛や羽の芯が彫り込まれている。
具体的な制作方法は、次のように推測することができる。
まず、先に述べたように銅または銅の合金の塊を打ち延べ、風切羽1枚分の板金を製作 する。第2章第2節の中で触れたが、金属は打つたびに硬化していくため、全体を打ち延 べたのちに赤く輝くまで熱し、焼鈍を行う。焼鈍を行うと、金属は加工しやすくなるため、
この処理は制作していくうえで、基本となる。
板金を焼鈍した後、板金に風切羽のデザインを写し、木槌を用いて大まかな凹凸をつけ、
作業台に固定したと推測することができる。作業台に板金を固定する方法は、現在と同様 に松脂を溶かしたものを用いていたと考えられる。松脂は、暖め方を変えることで、軟ら かめに調整することも硬めに調整することも可能である。
風切羽を後方から見ると、平らではなく鏨のようなもので叩いたような跡が見られるた め打つ鏨を用いて、木槌でつけた凹凸と下絵をもとにし、羽を裏側から1枚1枚打ち出し ていったと推測することができる。また、風切羽は2列の羽で表現されているが、内側の 羽と外側の羽の境界をみると重なりが表現されている。これは、外側の羽の方の板を鋤彫 の技法を用いて削り取り、立体感を表現していると考えられる。内側の羽の1枚1枚も鋤