I
金 融 の グ ロ ー パ リ ゼ ー シ ョ ン6 3
金融のグローパリゼーション
( f i n a n c i a lg l o b a l i z a t i o n )
あるいはグロー パル化については、明確な定義があるわけで、はない。一般的には各国の金 融機関や企業、政府等が各国の金融・資本市場に参加し、各種通貨建の資 金調達・運用等の金融取引を行う現象であるとされる。すなわち各国の金 融・資本市場が地理的・時間的制約を乗り越え、単一のグローバル・マー ケットに一体化・統一化される現象である。従来の「金融の国際化」が単 に国境を越えた取引の増加や国内市場の対外開放の進展を意味するのに対 し、金融のグローパル化は金融の国際化がさらに一歩進んだ状態であると いえるだろっ。近年各国を分離をしていた国境や時差の壁は次第に低下しつつあり、国 際金融の分野において金融のグローパル化が、大きな流れになろうとして いる。この傾向を支えている要因として、①高度な通信・情報処理技術の 発展、②主要国の規制緩和の進展、③世界的な金融ニーズの高度化・多様 化、④世界的低成長移行にともなっ内外市場での収益追求等々を挙げるこ
とカfで、きる。
このような金融のグローパル化の進展は、①金融機関の相互交流の増大 により、内外市場での競争の激化をもたらすとともに、②リスクの増大に
*
本章は「第10回国際通信研究奨励金」による研究成果の一部である。1)竹内一郎監修『国際金融・資本市場』有斐閣、
1 9 8 8
年、p p . 3 5 7 ‑ 3 6 1
、巽外夫「クゃローパリ セeーション下の都市銀行経営J r
金融財政事情J 1 9 8 9
年3
月1 3
日、p p .1 6 ‑ 2 3
参照。6 4
グローパル経済下の内外金融のリスク管理対処するため銀行の自己資本比率規制に関する国際的統一基準にみられる ような監督・規制方法の国際的統一化、③国際的資金移動の自由化にとも なって各国の金融制度改革が促進きれ世界的な金融制度のサヤ寄せ、同質 化が増大すると考えられる。
とくに主要国で、は金融制度改革への動きが
1 9 8 0
年代から顕在化した。ア メリカにおけるクググ、申、ラス.ステイ一カ度調査会金融制度第二委員会中間報告でで、提起きれた「投資銀行構想」もそ の潮流にある。これらはいずれも銀行業務と証券業務への進出を可能とす るユニバーサル・バンキング制度を指向したものである。とくに日本版金 融ピックパンの進展とともに日本においても各業務分野規制に対する緩和 や撤廃により、普通銀行、信託銀行、長期信用銀行、証券会社の壁がとり 除かれ、金融機関による新しい棲み分けが成立しつつある。
1 9 8 0
年代、邦銀や証券会社は顧客のニーズの多様化、国際化に対応する とともに、収益追求のため積極的に国際金融業務に進出した。とくに邦銀 はアメリカで法人信託、証券決済、投資顧客開業務を主体とした現地法人 方式による信託会社設立、買収や新設によるリース業務、LBO( l e v e r a g e b u y o u t )
業務、M & A ( m e r g e r s & a c q u i s i t i o n )
業務から、本格的な投 資銀行業務や証券子会社設立による証券業務等々異業種への進出を拡大し た。この結果、邦銀のアメリカでの商業貸出に占めるシェアは、1 9 8 3
年の7
.4%から8 8
年には13.9%
と倍増し、アメリカ金融界で無視できない存在と なった。本章においては、このような金融のグローパル化へつながる日本の金融 機関とくに銀行と証券会社の国際化への過程を考察するとともに、金融機 関の国際金融業務におけるグローパル化問題と
BIS
規制の中での経営再2 ) A m e r i c a n B a n k e r
,1 9 8 9
,March 6 .
第
3
章 金融のグローパル化における金融機関のリスク管理6 5
編の下で国際金融業務から撤退せざるを得なくなった事情も検討したい。I I
日 本 の 銀 行 の 国 際 化1
日本の銀行の海外進出状況日本の銀行(以下邦銀)の海外進出は、
1 8 7 8
年(明治11
年)、国立第一銀 行が釜山に支屈を設置したのを皮切りに、第2
次大戦直前の1 9 4 1
年(昭和1 6
年)央まで着実に発展した。当時海外に7 9
支庖、7 2
出張所が設置されて いた。しかし1 9 4 5
年の敗戦により、すべての海外拠点を失った。戦後、邦銀の海外進出は講和条約の発効とともに
1 9 5 2
年再開きれたが、この年は
5
行による6
支庖(ニューヨーク3
届舗、ロンドン3
居舗)と1
駐在員事務所(サンフランシスコ)に止まった。その後の邦銀の海外進出は、第
1
表のような経過をとりながら着実にすすめられてきたが、とくに1 9 7 0
年代(昭和40
年代後半)から、日本経済の国際化の進展を背景に急拡 大した。すなわち1 9 7 1
年には長期信用銀行が、7 3
年からは信託銀行が、7 5
年には地方銀行も、それまでの外国為替専門銀行と都市銀行に加えて海外 支屈を開設するようになったのである。そしてバブルのピークであった1 9 8 9
年6
月末の邦銀の海外進出状況は、267
支底、246
現地法人、4 2 6
駐在員 事務所に達しており、駐在員事務所の開設によるものを含めると、ほとん ど全世界をカバーした進出状況となっていた。なお1 9 8 9
年6
月末の邦銀の 地域別海外進出状況は以下のようなものである。①北 米・…
. . 9 7
支居、6 0
現地法人、9 0
駐在員事務所② 中 南 米 … …
8
支底、8
現地法人、5 2
駐在員事務所③欧 、州
1 . . . . . . 6 5
支肩、8 8
現地法人、7 7
駐在員事務所④ 中 近 東 … … l支居、 I現地法人、
1 7
駐在員事務所3 )小口一彦 157%増となった外銀の経営利義
J r
金融財政事情j1 9 8 9
年8
月7目、p p . 8 8 ‑ 9
1o66 グ、ローパル経済下の内外金融のリスク管理
第
1
表 邦銀海外進出状況(開設ベース)と開設現在数の推移 年 末 支 底 現 地 法 人 駐在員事務所 計(含出張所)I1950‑55 13 3 4 21
56‑65 34 2 14 53 66‑75 54 37 125 227 1976 6 7 23 36 1977 11 7 12 30 1978 4 10 16 30 1979 5 l 22 28 1980 12 8 24 47 1981 12 7 23 44 1982 8 14 55 80 1983 9 15 42 68 1984 10 16 34 62 1985 13 33 63 109*
1986 16 31 36 83*
1987 12 14 25 49*
1989 年数6 月
末の 267 246 426 939*
1996 380 426 322 1179 (51) 1997 375 416 308 1158 (59) 1998 328 389 265 1040 (58) 1999 253 321 231 857 (52) 2000 205 273 206 722 (38) 2001 187 184 (33) 注1.I現地法人」とは、出資比率50%以上の金融機関をいう。また現在数と計 の数字が合致しないのは、廃止、統合によるものである。なお*は出張所の数 が含まれていない。
注2. 1987年までは開設ベース。 1996年からは開設現在数。
( 出 所 大 蔵 省 国 際 金 融 局 年 報j1985年、 1987年、 1988年、『金融財政事情』
1989年8月7日号、 2000年8月7日号、 2001年8月6日号より作成。
⑤アジア・…
. . 8 2
支庖、5 4
現地法人、1 4 4
駐在員事務所⑥ 大 洋 州 … …
2 1
現地法人、3 3
駐在員事務所第
3
章 金融のグローパル化における金融機関のリスク管理6 7
⑦アフリカ……
2
駐在員事務所⑧その他(ケイマン、キュラソ一等)……
1 4
支底、1 4
現地法人このように邦銀は
1 9 8 9
年6
月末で939の海外拠点を持っていたが、多くの 拠点があるのは、アメリカ、香港、イギリス、中国、オーストラリア、シ ンカ*ポール、西ドイツ、スイス、カナダ等であり、日本との関係が深い国 や国際金融市場所在国に集中していた。しかし
1 9 9 0
年代になってバブルが崩壊し、株価や地価が暴落するととも に巨額の不良債権が発生し、BIS
規制による国際業務を行えない金融機関 が相次ぎ、邦銀への国際的信頼も低下し、国際金融市場での調達金利も「ジャパンプレミアム」という上乗せ金利を支払わねばならなくなり、銀 行の合併もあって第
1
表のように、海外に進出する邦銀数も急激し、国際 業務も縮小している。2
邦銀の海外進出形態邦銀のうち
1 9 9 8
年4
月の外為法改正までは「外国為替および外国貿易管 理法j第10
条第1
項に基づき大蔵大臣の認可により外国為替業務を営む銀 行を、外国為替公認銀行(為銀)と呼んでいた。第2
表は1 9 9 5
年12
月末現 在の外国為替公認銀行の現状を示しているが、邦銀95 3
行( 4 1 8
信用金庫と 全国信用金庫連合会を含み、外銀信託9
行を除く)のうち2 5 1
行が為銀となっていた。
為銀の中で外国所在の銀行その他の金融機関と業務上の取決めを行うこ とにつき、外為法第
1 1
条に基づく大蔵大臣の承認を受けた銀行を「コルレ ス為銀」と呼んでいる。コルレス契約は銀行の国際業務の基礎的なもので あり、貿易・貿易外の為替取引や信用状取引において、国際金融中心地所 在の銀行や相手国所在の銀行と委託契約を相互に締結し、国際間の取引を 円滑に処理するものである。コルレス為銀の重要性は、他の海外進出形態6 8
グローパル経済下の内外金融のリスク管理第
2
表外国為替公認銀行の現状( 1 9 9 5
年12
月末現在)銀行数
外国為替専門銀行 1 l 33 l 21 45 33
都 市 銀 行 10 10(10) 1,619 10 10 10 169 10 205 10 199 長 期 信 用 銀 行 3 3( 3) 50 3 3 35 3 40 3 46 信〔うち託外銀資系行〕 [29)5 ( 92)4 ( 4) 1(94)7 (92)4 〔916〕 6 33 41 53 地 方 銀 行 64 64 (33) 1,135 59 57 2 5 40 65 30 62 20 28 第 二 地 方 銀 行 65 60( 3) 376 43 30 13 17 17
信(全信用連を金含む庫) 418 94 215 16 76
信(全組用連を組含む合) 373 l 1
農中・商中・輪銀 3 31 2) 61 21
外 国 銀 行 94 94 146 94 94
計 1,056 354(55) 3,783 252 222 50 100 71 364 56 403 44 364
(注
1)
為銀のカッコ書きは、外為庖新設包括行数(内書)であるo(注2) 「現行数j欄は、本邦為銀による出資比率50%超の現地法人を計上している。
(注
3)
開設日ベース。(出所) 『大蔵省国際金融局年報j
1 9 9 8
年、 p,1 3 4
。の発展により一時低下していたが、近年見直きれてきた。しかし、
1995
年 時点でコルレス契約を認められていないノンコルレス為銀のままである金 融機関も数多く存在した。ところで1995年時点で、本邦為銀2
5 1
行のうち、地方銀行の約3
分の2と
第2
地方銀行の大部分は独自の海外拠点を持たず、コルレス銀行や他の国 内銀行に依存することにより国際業務を行っていた。また海外拠点を持っ ている全第2
地方銀行と地方銀行の大部分は、駐在員事務所のみであった。さらに海外現地法人を有する為銀は、外為専門銀行である東京銀行、都市 銀行
1 0
行、長期信用銀行3
行、信託銀行6
行、地方銀行3
行に限られてい た。本節での邦銀の国際業務も主として、これらの金融機関を念頭におい第
3
章 金融のグローパル化における金融機関のリスク管理6 9
て考えていくことにしたい。なお現地法人と一部重複する例もあるが、各国の数多くの銀行が共同出 資者として集まって設立される「コンソーシアム・パンク
( c o n s o r t i u m bank) J
と呼ばれる銀行聞の協力形態による合併銀行もある。これは西ヨーロッパで
1 9 6 0
年代後半から7 0
年代にかけて盛行した提携様式で、出資銀行 が単一国籍の場合と多国籍の場合、営業地域が全世界的な場合と地域的な 場合とがある。しかし7 0
年代後半から8 0
年代にかけて多くのコンソーシア ム・パンクは、多国籍銀行から少数国籍銀行ないしは単一国籍銀行へと変 {じしてきた。3
本邦為銀の国際業務本邦為銀の国際業務は、外国銀行とのコルレス契約や自行の海外支居、
現地法人、駐在員事務所と国内本支屈を通じて行われる。第
1
図は本邦為 銀の国際業務を外貨資金と円資金に分け、さらにその資金調達と運用を示したもので、ある。
まず外貨資金は、外国市場で一般預金やコルレス銀行によるコルレス預 金、コール・マネー取入、
CD
発行、インターバンク借入により調達され、1 9 8 0
年代はとくにユーロ市場からの取入が増大した。また国内市場でも外 貨預金受入や在日外国銀行からの借入、東京ドル・コール市場より外貨資 金を調達することができる。このようにして調達きれた外貨資金の運用先としては、圏内居住者への 貿易・為替金融、海外での短期現地貸付や短期インパクト・ローン、さら に国際シンジケート・ローン等の中・長期対外貸付、短期・長期の有価証 券投資を主としてあげることができる。そして余剰資金はインターバンク 市場へ、預金やコールとして運用している。
また円資金の調達は国内業務と同様の方法で行われ、貿易金融や非居住