乗
物竹行李
000000000
oo o o 1
(2, O)
o o o o
000000000 200111010
(5, O)157
(1, O)2
4
(3, 2)2
(O, 1)4
3
(1, O)3 9
(20, 1)
20 8 4
(2, O)
5
(O, 1)
6 11 11 2 18
(3, O)
6 3 3
(O, 1)
10 1 4 2 0 14
200103001 110243219
1︻01
り白−占り白−← 亡り699326871
小 計 ・1・〕・1・1・・i851431・133i224
業勲業叩台 糸綿材醤製 ︒子
業造庸主製酒壷
a製
o o 1
(13, 2)
2
(22, 2)
3
(5, O)o 1(o, 41)
of
o
Ol O ll O
oj (,,g)
00009臼
(2, O)
小 計1・・1321・1・・1・i・23
1 2
(2, O)
1 0
(1, O)
2
09臼00ウ臼 00000 00000 −み0000 349一31 1
館李具油服穀糸 行蚕醤
生
人 . . 商旅竹農三衣米繭
4︒
1
(3, 3)
1
(4, 1)
o o o 1
(3, 1)
o 1
(2, 3)
1
(3, 1)
o o 2
(5, 1)
3
(7, 3)
o 3
(1, 6)
1001ーム
(2, O)
o 3
(1, 2)
102210ρ 4111り臼9μ
(2, O)
1 2
4
(2, O)
9臼4067−2 110149臼3 00001⊥01 11占11←Qり10 89ρ0ρ0177 1 9臼11
「政党政治」確立期における地域支配構造{1) 157
材金青
雑 魚
木物物
貨その他食糧
その他日用品
料理飲食店
牛 馬 行 商
o 1 o o o o o o o o
o 1 o o o o 2 o o o
o
1 1(1, O)
2(6, O)
3(1, O)
o 0
1(O,6)
o
o 3
0暗⊥
(1, O)
o 3 o o o 1 o
2 1 2 3
7 3(1, O)
3 6(O, 6)
o
1 2
0 1(1, O)
8 5
12
(1, O)
8 6(O, 5)
2
2 3 1 2
5
5(O,1)
9 7 3(1, O)
o
2 1 o o 1 2 o 3 2 o 2
o o o 2 5 5 5 8 1 3
11 5 7 21 29 29 28 18 4 10 小 計 41 lol 14i lgl 441 761 4sl 131 371 267
5,職員等 教 員 吏 員 会社員・店員
鉄道職員
雪⊥01←0 1 2(O, 1)
1 0
り90り自0
0200 3145
−占り僧20 1⊥−⊥0445 0000
﹁00∩︶0 1⊥− り01占30¶工りρり0り々小 計 2 4i 41 21 131 2sl 13 Ol 251 87
十三刷負業業者雇 ス 日 送ビ教・ 他 一夫 の医質昼下運サ宗人
6浸
10000100
4(O, 1)o o o o l o o
5(O, 1)
o o 1 1
(2, O)
2 0 0
o o o ・1
(2, O)
1 1 0 0
02010335 01310534 1
0盈00001531 1 00000005 31010414 2 34352209
1 3¶⊥β0小 計
21 5
8 31 141 471 201 sl 34[ 13s総 計 14 1 34 i 62 1 6s 1 2sl 1 43g [ 237 1 74 1 16s ll,341
出所)職業は1920年『御殿場町人口静態調査小票綴』,所得は1922年『戸数割賦課原簿』
注)o職人中建築関係は建具・畳・指物・ガラス職,生産用具は水車・馬具・道具職,
日用品はおけ・はきもの・傘・炭焼職,乗り物は自転車・荷馬車職をさす。サー ビス業は置屋・アンマ・バリ・理髪・湯屋等。
。()内は雇用労働者数を(男・女)で示した。
158 彦根論叢.第1244号 ・.:)i
70%弱を占め中心的存在であるが,400円以上の中・上層にも少なからぬ数が 認められる。ζうして20年代には,下層を中心にレて全階層から流出者が検出
されるのである・だが表脚していなし〉カi・1000円m上の上層の場合・会社員
・1官吏・学生といった職種がほとんどでありet・ /下層民が大・小都市における工 場労働者や都市雑業層へと吸収されていっだめに比べ,厳然とした階層的断絶 が横たわっていたこ・とは明らかであ.ろう。 1 ・.
O以上みてきたよケ.に,御殿場地域は,1期1・∬期を通じて,男子を中心にし だ家族型の流出形態への移行を伴いながら,従来の近隣農村型の労働市場から 脱し,中核的大都市L周辺小都市一町内町場という序列的配置をなす都市雑業 的労働市場に,従属的に組みこまれてし\つたのであった。
〔3〕階層構成並びに地主小作関係の変化
、第1次大戦期を通、じた商品市場並びに労働市場の変化の中で,町民各層はい かなる階層構成に立たされたのか。職業別所得構成を一望のもとに示せば表11 めようである。この表からまず指摘すべき点は,農業所得の相対的低位性であ
31)ろう。高額所得層を比べると,地主層では1500円〜3000円層に13戸を数えるに すぎないが,製造業や商人層その他には3000円以上層が14戸も存在する。これ とは逆に100円未満の低所得層には,農業が49戸の多きを数えるのに対し,職 人・風入・人夫日雇層は合計でも25戸しか存在しないのである。そしてこのよ
う:な農業所得の相対的低位性は,農村と町場の所得格差となって現れてくる。
表12をみると,農村部と町場では総額においても1.戸当り所得額においても歴 煽る継が磁し,特に不況力1深亥唖化した瑚の後脚には濃村部で1漁 速に所得を低落させるのに対し・町場では現状を維持しており・特に中心地新 橋部落で.は総額を若モ上昇させているほどで贈る。こうした所得格差拡大が,
年にみプ『この期の農工生産の不均衡な発展を反映したものであることは言うま
31) この点についても清水前掲論文1「農業と地主制」を参照。ただし本稿の叙述からわ かるように,20年代の自小作・小作上層の新たな小商品生産者の担い手としての評価 については,清水氏のかなり限定を付した評価とは異なる。
「政党政治」確立期における地域支配構造(1} 159
表12各部落別所得色の推移
町場 御殿場
新 甘
受原中枚 田二乗西
中間部
農
村
部
沢山中沢原杉 田 久 鮎東東深北仁
1923年 A.所得額iB.1戸当
円i 円
144, 432 1 572. 4 188, 946 1 576. 0
63, 286 1 403. 0 46, 670 1 293. 0 2s, ool ll 473. o
17, 349 i 346, 9 19, 762 i 313. 6 47, 629 1 369. 2 38, 502 1 359. O
ll灘ll::1
1925年
A B
154, 699 1 579. 4 197, 262 1 s70. 1
62, 261 1 334. 7
42, 658 1 238. 3 24, 507 i・ 377. 0
16, 098 i 303. 7 18, 039 i・ 269. 2 1−iliiil i:g・li
25, OOI ii 403. 2
1929年
A
B152, 757 i 576. 4i 207,311 1 561.8
64,355 1 36L 5 38,004 1 191.9 1g, s66 1 2s3. s
15, 823 1 293. 0 14, 870 i 236. 0 40, 935 1 294. 4 35, 554 1 326. 1 15,698 i一 285.0 23, 815 i 283. 0
計 1 6s3,76g l 4ss.g 1 63g,6631 41s.6 i 62s,6mpt l 3s2.6 出所)各年次『戸数割賦課額原簿』
でもなかろう。
次に所得別階層構成を表11によってみると,町民は大略次の6階層に区分さ
れる。
A層 1500円以上層,48戸(3.6%)
5町歩以上寄生地主13戸と町内主要工業を営む「ブルジョア」層9戸(酒造 業3・菓子製造3・竹行李2・製材1),大商人・サービス業主15戸(衣料・
米穀・金物・日用品等の商人11・旅館2・サービス業2),教員2戸,吏員2 戸,会社役員2戸,医者5戸の計48戸から成る町内最上層支配層。地主層は
32)
完全に寄生化しており,雇用者は全体で6名しか存在せず,年雇等による「富 農」経営は解体していると判断できる。商・工層には男子69名・女子19名が雇 われ,町内における中心的雇用市場を提供している。また彼等の中には地主を
32) この層の所得構成を示せば,自作経営収入は0であり,小作地(貸宅地含む)収入 63.5%,営業12.5%,株式13。6%であった(『大正15年所得税調査書』より集計値)。
160 彦根論叢第244号 33)
兼ねる者も少なからず存在した。
B層 1000円〜1500円層,62戸(4.6%)。
耕作地主層32戸,町内二流の「ブルジョア」・割鐘層17戸,教員・会社員・
医者・その他11戸からなる町内二流の支配層。耕作地主層には12名が雇われて おり,農業経営者的側面から農会活動等に関与する者もいるが,全体としてみ 34)
れば地主的側面が強い。また商・三層へは,女子56名,男子14名が雇われてお り,製糸業や旅館等を中心に少なからぬ女子労働市場を提供している。
C層 700円〜1000円層,65戸(4.8%)。
地主自作・自作上層33戸,上級職人5戸,中堅商人・製造業者21戸,吏員2 戸,その他3戸からなり,支配層の最下層あるいは中間層の上級に位置する。
35)
地主自作層は,貸付地を持ちながらも耕作者的側面の強い上級農業者で,農会 活動を指導する生産力担当層。
D層 400円〜700円層,251戸(19%)。
36)
中堅自作・自小作上層125戸,親方的職人層49戸,中堅の自営業者・商入山 50戸,教員・公私職員その他28戸からなる中間階級。農民層は次のE層ととも
に該期の農民的小商品生産の担い手層で農会品評会にも多数選出。
E層 200円〜400円層,439戸(33%)。
自小作・小作上層202戸,中堅職人20戸,小商人・小営業者80戸,中下級職 員・会社員等28戸,サービス業15戸,人未24戸,その他5戸からなる,中層の 下ないしは下層の上。
F層 200円未満層,311戸(23%)
33)例えば酒造二等を営み11,000円という最高所得者山中兵右衛門は,町内最大の30町 歩地主であった。
34) この層の所得構成を示せば,小作料収入45.1%,自作経営収入29.1%(養蚕含む),
給与等11%,株式7%,その他8週目ある(同上史料よりの集計値)。
35)史料的に判明する800円〜1000円層の農業者の所得構成を示せば,自作経営収入 70.1%,小作料収入25.9%,給与・株式その他4%である(同上史料よりの集計値)。
36)D層以下の自作・自小作・小作等の区分は,自・小作別所得が判明する鮎沢部落で の次のような所得分布状況から判断した、自作318〜976円・平均554円,自小作136〜
747円・平均270円,小作40〜360円・平均188円。
「政党政治」確立期における地域支配構造(1) 161 図4 1914〜25年東田中部落の土地所有変化(単位地租:円)
98
0 1 0 2 2 3 5
1131415231計
1 i 1 1 i 1
一
1
11
0 0〜1