3.3.1
病態生理,診断(症候,機能検査・画像検査の適応)
<推奨事項>
クラスI
1. CLIの診断にあたっては,症候,血行動態(画像所
見),生理機能検査所見を総合的に検討する.
レベルB
2. 糖尿病・透析患者では,その特殊性をよく理解した うえでCLIの判定を行う. レベルB
3. CLIの治療方針を決定する際には虚血,創の状態(部
位・深さ),感染合併の程度を総合的に検討する.
レベルB クラスIIa
1. CLI患者では積極的に全身の動脈硬化性疾患を診断
し治療する. レベルB
2. 医師とコメディカルは協力してCLIの早期発見を行
う. レベルC
CLI
は下肢の疼痛や組織欠損を引き起こし,日常生活に 多大な制限が生じるのみならず,感染の進行や全身性炎症 反応を惹起するなど,短期間のうちに生命を脅かす可能性 がある.可及的速やかに病態生理を理解し正確に評価した うえで,適切な治療を施行する.a.CLIの定義と診断
CLI
とは慢性動脈閉塞による下肢の重症虚血である.安 静時疼痛または潰瘍・壊死を伴い,血行再建なしでは下肢 の組織の維持や疼痛の解除が行えない病態をさす.神経性 疼痛,急性動脈閉塞,大血管症を伴わない糖尿病性足病 変,静脈うっ滞性潰瘍などとは鑑別を要する.客観的所見 は完全には合意が得られていないと断ったうえで,TASC II
では以下の診断基準を示している6).すなわち,安静時 疼痛を有する肢では足関節血圧50 mmHg
未満または足趾血圧
30 mmHg
未満,潰瘍・壊死を有する肢では足関節血圧
70 mmHg
未満または足趾血圧50 mmHg
未満であればCLI
の可能性が高い254–256).加えてtcPO
2が足背や足底で30 mmHg
以下ならば虚血と考えられる35).わが国ではtcPO
2よりもSPP
による評価が広く行われている.その理 由のひとつとしてtcPO
2の保険収載がなかったことがある(
2016
年4
月より収載).SPP
においてもtcPO
2において も,虚血性潰瘍の治癒率との関連性が示されている35, 122).tcPO
230 mmHg
はSPP 40 mmHg
に 相 当するとされ44),SPP
にて足部以遠で30
ないし40 mmHg
以下の値をとる場合は,虚血が症状の発現に大きく影響していると考えら れる257, 258).
CLI
の診断にあたっては常に症候,血行動態(画像所 見),生理機能検査所見を総合的に検討する.つまり,安 静時疼痛や潰瘍があるだけ,画像上高度の動脈閉塞がある だけ,または生理機能検査の値のみではCLI
の診断には不 十分である.実際に検査上でCLI
に該当しても保存的治 療のみで下腿壊死や下肢切断を回避しうる患者群も存在する120, 259).[「
IV-1.3
患肢の予後」(17
㌻)を参照]b.症候
自覚および他覚的症状は重度の虚血による下肢末端の安 静時疼痛,潰瘍・壊死であり,このような症状が少なくと も
2
週間持続し,改善しない.Fontaine
分類ではIII
,IV
度,Rutherford
分類では4
,5
,6
度に相当する2).CLI
は 必ずしも間歇性跛行から移行するものではない.間歇性跛 行患者のうち5
年以内にCLI
に進行するのは3
〜5%
とさ れる120).逆に,糖尿病の有無にかかわらずCLI
の定義に 合致する患者の約37%
には,間歇性跛行の既往がないと の報告もある260).足趾レベルのみに重度の虚血を呈する 病態もありうる.動脈塞栓症,膠原病,糖尿病性を含む神 経障害性潰瘍などがそれにあたる.いずれも動脈硬化性病 変も有している可能性があり,CLI
の原因病態の診断は慎 重に行う.安静時疼痛は下肢下垂によって改善される.これは静水 圧による血流の増加のためである.患者は足を下垂する姿 勢をとりがちで,下腿浮腫が著明になることもある261).虚 血による血管内皮細胞増殖因子の分泌が浮腫を助長すると もいわれている.また,夜間や透析時には疼痛が強まるこ とがあり,血圧低下や循環血液量の減少による循環不全や,
各種メディエーターが引き起こす末梢動脈収縮による虚血 の増悪のためとされている261a, 262).神経性疼痛との鑑別診 断には後述の血流評価を行う.糖尿病患者では神経障害と 虚血の両方を合併している例も多く,客観的指標の慎重な 解釈が求められる6).
潰瘍・壊死は通常は足趾先端や踵部から始まり中枢側に 進行するが,動脈の閉塞部位によってはまれに足背,足底,
下腿に始まるものもある.とくに糖尿病患者では,靴擦れ や深爪などの軽微な外傷から進行することも多いとされ る263).これは創傷のない組織の生存維持に比べ,組織の 修復にはかなり多くの血流量が必要であるためと考えられ る.また,感染を併発すると局所の酸素消費量が増え,相 対的な虚血が生じる.よって虚血性潰瘍は一般的な皮膚 創傷の治療だけでは改善せず,治癒には血行再建が必要 となる261).虚血による潰瘍・壊死の疼痛は通常の鎮痛薬 では抑えることが困難で,多くはオピオイドが必要となる.
組織欠損が持続すると外部からの感染が問題となる.糖 尿病患者,透析患者,ステロイド使用患者などは免疫力の 低下があり,感染がより危惧される.局所発赤,疼痛,浮 腫などが元来の虚血によってマスクされる可能性にも注意 が必要である.感染が全身に及ぶと発熱,脈拍上昇,呼吸 数上昇などを伴い,敗血症にいたることもある264). c. 血行動態
CLI
の責任動脈病変の分布は動脈硬化症を起こす背景リ スクによって異なるが,糖尿病患者が多い日本人のCLI
で は,腸骨・大腿動脈病変に加え下腿動脈病変が多い.それ ぞれの下腿動脈には主灌流領域(いわゆるangiosome
)が あるが,1
本が閉塞しても互いの交通によってある程度は 他領域の血流を補うことができる.しかし2
本以上の下腿 動脈が閉塞すると場合によってはその灌流領域,もしくは それらの分水嶺にあたる領域の虚血が生じることがある.3
本とも狭窄・閉塞をきたした場合は,側副血行路の発達 の程度によってはかなり広範囲の虚血が生じることがあ る.治療にあたってはangiosome
を考慮して血行再建を行 うことがより効果的との報告がある265, 266).一方でangio-some
に基づく血行再建でなくとも267, 268),とくに大量の血 流を供給できるバイパス術では虚血の改善が期待できると の報告もみられ269),その臨床的意義にはいまだ議論があ る.腸骨,大腿,下腿動脈の
2
領域以上に血流障害がある と,CLI
をきたすことが多い270).また,浅大腿動脈に加 えて大腿深動脈が閉塞しているときには,下腿の虚血がよ り重症となる271).大腿深動脈は浅大腿動脈閉塞時の重要 な側副血行路である.同様に膝窩部のネットワークも重要 で,膝窩動脈の閉塞においては,膝周囲から下行する腓腹 動脈などが下腿を灌流する唯一の血管となっていることも ある272).d.機能検査,画像検査
[「
II.
下肢動脈閉塞に対する検査」(8
㌻)を参照]i.生理機能検査
ABI
,TBI
,ならびに足部動脈圧の絶対値を指標とする.容積脈波検査では,波形によって虚血の重症度が推測でき る.
tcPO
2やSPP
はより皮膚に近い部分の血流を反映し,CLI
のよい指標となりうる.しかし測定条件によって値が 左右される欠点もある.ii.画像検査
CTA
は外来で容易に施行でき,画像処理法の進歩に伴 い診断の精度が向上し,血管病変の画像診断に汎用されて いる50).血行再建術を前提とした治療戦略の構築には,動 脈を直接穿刺して行う侵襲的血管造影検査が必要となるこ とが多い.下腿動脈病変のより正確な診断にはDSA
を用いる.ガドリニウム造影剤を使用した
MRA
が用いられる こともあるが,CT
と同様に下腿の血管の評価は難しい.また,腎機能低下患者ではガドリニウム造影剤による腎 性全身性線維症の発症が危惧される273).
MRI
は潰瘍部な どでの感染の深達度(骨髄炎の有無)の評価に有用であ る274).e.糖尿病・透析患者の特殊性
CLI
患者の多くは糖尿病を有しており,また慢性維持透 析患者も非常に多い.このような病態ではより末梢の動脈 から狭窄や閉塞が進行することが指摘されており,下腿病 変や多区域病変が多い47, 275).動脈の石灰化も高度で,ABI
の評価や画像診断に注意を要し,観血的治療の際には治療 成績をも左右する.症状は,下肢動脈圧やtcPO
2,SPP
がCLI
の指標値より高値でも保存的治療のみでは改善しない 場合があり,創の範囲,感染の有無による相対的虚血や,糖尿病による微小循環障害,自律神経障害などにも影響さ れる.一方で神経障害を有する糖尿病患者では,虚血が あっても疼痛を自覚しにくい.組織欠損を呈していない患 者を含め,無症候性患者では
CLI
の発見が遅れる可能性 がある.CLI
を発症した患者のなかには,発症前に重度 の虚血を有しながら症候の明らかでない,いわば潜在的 重症下肢虚血subclinical CLI
(TASC II
ではchronic sub-clinical limb ischemia
と定義されている)が存在すること が知られている261a, 275, 276).糖尿病・透析患者では,このsubclinical CLI
の状態から潰瘍や壊死を突然発症すること が少なくない277).
糖尿病・透析患者ではこのような特殊性 を加味して治療戦略を立てる必要がある278 ).
f.虚血創の評価
CLI
に限らず潰瘍・壊死などの組織欠損のある患者では,血行動態だけではなく創の評価も行う.とくに糖尿病患者 では,組織欠損の原因が虚血性か神経性かを十分吟味す る.虚血と感染の治療順序の決定にあたっては,創の範囲 や感染の有無なども考慮する.同程度の虚血であっても,
創の深達度や範囲が広範な場合や感染が顕著な場合は,十 分な血流の確保がより重要になる.虚血が
CLI
の診断基 準に満たない場合でも,状況や経過によっては先に血行再 建が必要な場合がある.局所感染の診断には,単純X
線 検査やMRI
による骨髄炎の判定を行う.重度の感染を伴 う患者では血行再建による感染の拡大や敗血症への進行も 危惧されるため,感染創に対する治療を同時に考慮するこ ともある.CLI
の治療方針を決定するには創の状態,虚血,感染を総合的に検討しなければならないことから,