得ることができる。内部座標を用いれば、分子全体の並進と回転を始め から除外できる。例えば、水H2Oの場合には、二つのOH結合長とHOH 角の微小変位を考えればよい。これらを∆r1,∆r2,∆θとすると、対称操 作による変換は、次表のようになる。
R E C2 σv σ′v
∆r1 ∆r1 ∆r2 ∆r2 ∆r1
∆r2 ∆r2 ∆r1 −∆r1 ∆r2
∆θ ∆θ ∆θ ∆θ ∆θ
χ 3 1 1 3
指標χ= (3,1,1,3)を既約表現に分解すると χ= 2A1+ B2
となる。これは、デカルト座標から得た結果と同じである。
四方に伸びているので、不安定化は比較的小さい。このことから、5重に 縮退していたd軌道は、2重に縮退した(dx2−y2,dz2)と、3重に縮退した (dxy, dyz, dxz)に分裂する。前者はdε、後者はdγと呼ばれることもある。
以下では、このことを群論の言葉で記述する。
回転群の表現(d軌道)
原子軌道関数の角度部分は、球面調和関数Ylm(θ, φ)で表される。これは、
Ylm(θ, φ) =Pl(θ)eimφ
の形をしている。d軌道はl= 2であり、m= 2,1,0,−1,−2の5つからな る。これらをz軸まわりに(任意の)角度α回転する操作C(α)はφ→φ−α の置き換えなので、
C(α)(Y2,2, Y2,1, Y2,0, Y2,−1, Y2,−2)
= (Y2,2, Y2,1, Y2,0, Y2,−1, Y2,−2)
e−2iα 0 0 0 0 0 e−iα 0 0 0
0 0 1 0 0
0 0 0 eiα 0 0 0 0 0 e2iα
(2.20)
と表される。よって、この表現行列の指標は χ(α) =
2
∑
m=−2
eimα= 1 + 2 cosα+ 2 cos 2α (2.21)
となる。回転軸の方向が任意の場合でも、適当な座標回転によってz軸 が回転軸となるようにできる。2.5.1節や2.6.3節で見たように、このよう な座標変換によって指標は不変である。よって、回転の指標は軸まわり の回転角αのみで決まる。
対称性の制限と表現の簡約
正八面体(Octahedral)構造を表す群はOh群と呼ばれる。その指標表 は、節末の2.9.3節に示した。ここでは簡単のため、反転操作を省いた部 分群であるO群を考える。その指標表は、以下のように与えられる。
O E 8C3 6C2 6C4 3C2′
A1 1 1 1 1 1
A2 1 1 −1 −1 1
E 2 −1 0 0 2
T1 3 0 −1 1 −1 T2 3 0 1 −1 −1
対称操作は全て回転なので、式(2.21)を用いれば、5つのd軌道関数を基 底としたときの指標を容易に求めることができる。
O E 8C3 6C2 6C4 3C2′
α 0 2π3 π π2 π
χ(α) 5 −1 1 −1 1 これより、
χ=E+T2
と分解されることが分かる。すなわち、5重に縮退していたd軌道は、2 重縮退のEと3重縮退のT2に分離する。
2.9.3節で概説するように、Oh群ではO群に反転操作が加わる。反転 操作による符号反転の有無により、既約表現は‘gerade’または‘ungerade’
と分類され、添字gまたはuを付ける。d軌道は全て反転により符号を変 えない‡ので、geradeである。よって、Oh対称性の下で5つのd軌道は Eg+T2gに分解される。これらの一電子軌道は、eg軌道およびt2g軌道と 呼ばれる§。
2.9.2 配位子場による原子項の分裂
前節では、一電子軌道関数であるd軌道の配位子場による分裂を扱っ た。これを多電子原子(またはイオン)における縮退状態の分裂に一般化 するのは、ほぼ同様の手続による。
‡d関数の通常の実関数表示は、動径rの関数にx, y, zの二次同次式を掛けた形をし
ている。例えばdxy= (xy)f(r)の形で、他のdyz, dxz, dx2−y2も同様。dz2には3z2−r2 が掛かる。いずれも、反転(x, y, z)→(−x,−y,−z)に関して不変である。
§一電子軌道には、a1, b2, eu, t1gなどの小文字が使われ、多電子状態には大文字が使 われるのが通例である。よって、例えばeg軌道に電子が一つで他が閉殻である配置は Eg状態と呼ばれる。
多電子原子の状態は、「項記号(Term Symbol)」
2S+1LJ
で表される。Sは全スピン、Jは全角運動量の値を表す。Lは全軌道角運 動量を表し、原子軌道のs, p, d, fに倣い、L= 0,1,2,3,· · · に対応してS, P, D, F, · · · という大文字を用いる。よって、例えばL= 0, S = 0, J = 0 の場合の項記号は1S0である。項記号については、節末の2.9.4節で概説 する。配位子場はLの縮退を解くので、以下ではSとJの添字を省略し てS項、P項などと書く。
回転群の表現(球面調和関数)
一電子軌道関数の場合と同様に、全軌道角運動量がLの状態も球面調 和関数を基底として表すことができる¶。このため、多電子原子の縮退状 態(項)の配位子場による分裂も、前節の式(2.20)–(2.21)と同様に扱える。
すなわち、これらの式は
C(α)(YL,L, YL,L−1,· · · , YL,−L+1, YL,−L)
= (YL,L, YL,L−1,· · · , YL,−L+1, YL,−L)
e−iLα
e−i(L−1)α
· · · eiLα
(2.22) および
χ(L)(α) =
L
∑
m=−L
eimα= e−iLα(ei(2L+1)α−1)
eiα −1 = sin(L+ 1/2)α
sinα/2 (2.23) と一般化される。上式の二番目の等号では、初項e−iLα、公比eiα、項数 2L+ 1 の等比数列の和であることを用い、最後の等号では、分母分子に e−iα/2を掛けた∥。
式(2.23)を用いれば、任意のLをもつ項について配位子場による分裂
で生じるO群の既約表現を知ることができる。例えばL= 2であるD項 は、前節のd関数の場合と同様に
D→E+T2
¶
詳細は、角運動量の合成に関する議論が必要であり、ここでは省略する。
∥sinθ= (eiθ−e−iθ)/(2i)
と分裂する。F項はL= 3であるから、式(2.23)より O E 8C3 6C2 6C4 3C2′
α 0 2π3 π π2 π
χ(3)(α) 7 1 −1 −1 −1 となる。これより、
F→A2+T1+T2
と分裂することが分る。
練習問題 G項(L= 4)の分裂を調べよ。
(解: χ(4) = (9,0,1,1,1)→A1+E+T1+T2)
2.9.3 補遺: O
h群の指標表
Oh群の指標表は以下のように与えられる。
Oh E 8C3 6C2 6C4 3C2′ I 8IC3 6IC2 6IC4 3IC2′
A1g 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1
A2g 1 1 −1 −1 1 1 1 −1 −1 1
Eg 2 −1 0 0 2 2 −1 0 0 2
T1g 3 0 −1 1 −1 3 0 −1 1 −1
T2g 3 0 1 −1 −1 3 0 1 −1 −1
A1u 1 1 1 1 1 −1 −1 −1 −1 −1
A2u 1 1 −1 −1 1 −1 −1 1 1 −1
Eu 2 −1 0 0 2 −2 1 0 0 −2
T1u 3 0 −1 1 −1 −3 0 1 −1 1
T2u 3 0 1 −1 −1 −3 0 −1 1 1
上表の対称操作のうち、右半分は左半分に反転操作Iを掛けたものになっ ている。上表を縦横半々に四分割した左上のブロックは、O群の指標表 に対応している。このようなとき、
「Oh群はO群とCi群の直積Oh =O×Ci」あるいは、
「Oh群はO群とIOの直和Oh =O+IO」という。
2.9.4 補遺:原子の項記号
多電子原子の状態は、スピン軌道相互作用を無視できる場合には、全 軌道角運動量Lの大きさLと全スピン角運動量Sの大きさSにより指定 される。これらは、全電子からの寄与を合成したもので、スピン軌道相 互作用を無視できる場合には、各々が保存する。スピン軌道相互作用を 無視できない場合には、全角運動量J =L+Sが保存し、その大きさJ で指定される微細構造への分裂が観測される。
角運動量の合成則は、L,S,J で共通である。例えば、軌道角運動量の 大きさがl1, l2の二つの系からは、和l1+l2を最大値、差の絶対値|l1−l2| を最小値として、間隔1の一連のLが生じる。
L=l1 +l2, l1+l2−1,· · · ,|l1−l2|
すなわち、最大値と最小値は、単純にベクトル和とベクトル差から生じ、
それらの間は間隔1で量子化された値となる。例えば、l1 = 1, l2 = 2の 場合には、L= 3,2,1が生じる。三つ以上の場合には、二つずつ合成して いく。例えば、l1, l2から生じた各Lの値とl3を合成する。
スピンの場合も同様で、s1, s2の二つの系からは、
S=s1+s2, s1+s2−1,· · · ,|s1−s2|
が生じる。例えば、s1 = 1/2, s2 = 1/2からS = 1,0が生じる。二つの電 子から三重項と一重項が生じるのが、最も単純な典型例である。
全角運動量の場合も同様で、LとSから
J =L+S, L+S−1,· · · ,|L−S|
が生じる。例えば、L= 1, S = 1/2からは、J = 3/2,1/2が生じる。これ らの項記号は、2P3/2,2P1/2と書かれる。
与えられた電子配置からどのような項が生じるかを判定するには、上 記のような角運動量の合成だけでなく、Pauli原理を併せて考慮する必要 がある。例えば、炭素原子のようにp軌道に2個入った(np)2配置から は、l1 = 1とl2 = 1からL= 2,1,0すなわちD, P, S項が生じるが、スピ ンを考慮すると1D,3P,1S のみが生じ、3D,1P,3S は生じない。
補足 上記のようなPauli原理による制限は、次のような理由による。p軌道を 生じるl = 1には磁気量子数(角運動量のz成分)にm = 1,0,−1の三つがあ り、二つの電子がこれらを占めるとき、Pauli原理のためにスピン三重項では同