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都市農業地帯における集団組織の動向の実態分析

-東京都足立区・江戸川区のコマツナ農家を事例に-

1節 はじめに

1)本章の位置付け

第1章と第2章では,切り花産地を事例に産地内の組織と構成員(農家)の質的な変化,主にコンフリ クトの発生状況やその調整メカニズム,調整を担う主体の存在について明らかにしてきた.これは,集団 組織の存在が農家行動に及ぼす影響を確認するためである.では逆に,組織が無い地域では,農家は何に 影響を受けて,これまで見てきたような集団化等の農家行動を決定づけるのだろうか.

本章では,対照比較を行うために,地域内で互いに同じ品目を栽培しながらも,品目別部会(組織)に 拠らずに個選個販で出荷に取り組む産地として,東京都足立区と江戸川区のコマツナ農家を対象とする.

東京都はコマツナの生産量で全国4位に位置し(表 3-1),特に両区は都内の生産量のそれぞれ3位と1 位に位置する代表的産地である(表3-2).しかしながら,足立区,江戸川区,葛飾区を事業エリアとする JA東京スマイル(以下「JA」)(註52)にはコマツナの生産者部会は組織されておらず,非 JAの任意組 合も結成されていない.

当地域を対象とするもうひとつの理由は,事例地域が都市農業地帯ということである.つまり,近年の 都市農業政策の転換(与件変動)に対応する農家行動の実態調査が可能である.そこで,政策対応のため 新たな集団組織の必要性が議論され,あるいは実際にその芽が育ちつつあるのかという点も実態調査に より明らかにする.集団組織の影響は想定されなくとも,政策の影響を受けて集団組織を結成する動き があるのではないか,という点である.

2)目的

つまり,本章の目的は,主品目の生産や販売を束ねる組織が無い地域における個と集団の実態と,近年 の都市農業をめぐる社会的環境の変化による影響を併せて明らかにすることである.

なお,事例地域のJAには品目別部会として足立花卉部会が組織されており,足立区を中心に若干数の 花卉園芸経営が存在する.足立区は元々チューリップの栽培で栄えた歴史があり,前身組織(専門農協)

では,最盛期の1960年代には300戸近い農家が所属していた.都市化が進み,それ以降農家数は急速に 減少し,2018年現在で名簿上は21戸が所属するが,平均年齢は70歳後半である.部会の活動は現在も 残っているものの(註53),出荷販売は組織的に実施しておらず,10戸程度の農家が個選個販で市場への 出荷を実施している.しかし花卉の品目は統一されておらず,また,野菜作との複合経営も多い(註54). こうした状況から,これまでの事例に見てきたような産地としての量的な規模の特徴付けが困難である ため,本章の対象としては扱わない.

以降,本章の調査地域である足立区,江戸川区,葛飾区を総称する場合,「江東三区」と表記する.ま

(註52)正確には,江東区の一部も事業エリアに含まれているが,江東区に農地はないため,ここでは考慮しない.

(註53)具体的な活動は,畑の品評会(年3回),区の花のイベントへの出品(年3回),などである.

(註54)以上の内容は足立花卉部会員 X氏へのヒアリング(2018/07/18)による.本章の目的とは直接関係しないため表 3- には記載せず註記に留める.

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た,本事例における「直売所」は特別な断りがない限り全て「JAの設置する直売所」である.

表 3-1 コマツナの生産状況(全国)

コマツナ

作付面積

(ha)

収量

(kg/10a)

収穫量

(t)

出荷量

(t)

茨城 840 1,950 16,400 15,100

埼玉 859 1,690 14,500 12,400

福岡 548 1,950 10,700 10,300

東京 460 1,810 8,330 7,910

群馬 517 1,460 7,550 6,800

資料:農林水産省(2018)「平成29年産野菜生産出荷統計」より筆者作成.

注:データ表示は収穫量で降順.

表 3-2 コマツナの生産状況(東京都)

コマツナ

作付延べ面積

(ha)

収穫量

(t)

産出額

(億円)

区内(市内)産出額に 占める割合(%)と順位 江戸川区 152.9 2,854 6.83 48(第1位)

葛飾区 41.9 766 2.18 58(第1位)

足立区 38.8 470 2.32 32(第1位)

八王子市 28.8 433 1.39 5(第3位)

武蔵村山市 16.9 329 0.85 18(第1位)

資料:東京都産業労働局農林水産部(2018)「東京都農作物生産状況調査結果報告書(平成28年産)」より筆者作成.

注:データ表示は収穫量で降順.

2節 都市農業をめぐる政策展開と先行研究の整理

本章の調査地域は,いわゆる都市農業地帯である.都市農業とは,「市街地及びその周辺の地域におい て行われる農業」(都市農業振興基本法 第二条)のことである.都市農業は,かつては宅地の供給源と して,都市計画サイドから不要なものと見做されてきた時代もあったが,近年はその多面的機能の評価 が高まり,人口減少下での都市の暮らしの改善や,その緑の効用に期待が寄せられている.以降で,その 政策展開と転換のポイントを整理する.

1)都市農業政策の展開

図司・佐藤(2013)は,都市農業の研究動向の整理を通じて,1968 年の都市計画法制定以降,都市農 業論の萌芽が見られた第Ⅰ期(1970 年~1980 年代前半),農業不要論に対抗する農地保全論が主張され 始めた第Ⅱ期(1980年代後半~1990年代初頭),都市の縮小再編下でその存在意義が確立する第Ⅲ期(1990

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年代後半以降)に時期区分を行った.以降で都市農業をめぐる政策の展開を整理するにあたって,この時 期区分を参考とする(表3-3).

1968 年に,建設省(当時)が中心となって,同名の旧法の廃止とともに新たな都市計画法が制定され た.これにより,市街化区域と市街化調整区域の区域区分が行われ(註55),市街化区域内農地は農業政 策の対象から除外されることとなった.また,その転用においても届出制となり,転用行為が行いやすく なった(註56).それだけでなく,1973年からは市街化区域内農地は,固定資産税と都市計画税の宅地並 み課税が実施されることとなった.農林省(当時)も,こうした都市計画側の動きへの対応策として,

1974 年に生産緑地法を制定し,市街化区域内農地であっても一定の要件を満たす農地に限っては農地並 み課税となるよう,取り組んだ.また,宅地並み課税の導入に伴う相続税の過重化も,1975 年の租税特 別措置法の一部改正に伴い,相続税納税猶予制度が創設され,負担軽減策が実施された.それからも,都 市計画側と農林省の「市街化区域内農地への課税をめぐっての綱引き」(蔦谷,2009:p115)は続き,1982 年には長期営農継続農地制度が創設されるに至った(註57).ここまでが表3-3の第Ⅰ期にあたる.

第Ⅱ期は,バブル経済の展開によってますます農地への都市化圧が高まった.地価の上昇の抑制のた め,内需拡大を目指し住宅政策や市街地開発事業への取り組みを進めるべき方針が取られることとなっ た.本章の論旨を逸脱するためこの経緯の詳細には踏み込まないが,内需拡大の背景にはアメリカから の外圧が影響していた(蔦谷,2009:p117).1991年に生産緑地法が改正,翌年に新たな生産緑地制度が施 行され,同じく1992年をもって長期営農継続農地制度は廃止された.この頃より第Ⅲ期に突入する.こ れによって,市街化区域内農地は宅地化農地(宅地並み課税)と生産緑地(農地並み課税)に二分され,

生産緑地所有者には 30 年間の営農義務が課されることとなった.最初期に指定された生産緑地は 2022 年にこの義務が解除され,買取申出が可能になるため,農地の行方を再び定める新たな制度が必要にな った.これが第Ⅲ期の,特に後半に当たる近年の動向である.

実際にどのように制度・政策の方向転換が行われたのか.2015年から2018年にかけて,星(2018)が

「コペルニクス的転回」と表現するように,都市農業をめぐる制度環境は大きな変化を遂げてきた.それ までは「宅地化すべきもの」であった都市農地は,都市農業振興基本法(2015 年,以下「都市農業基本 法」)により,「都市にあるべきもの」と位置付けられるようになった.続く2017年の生産緑地法の改正

(以下「改正生産緑地法」)により,指定下限面積の緩和,行為制限の緩和,特定生産緑地制度の創設が 為され,これにより農家にとって生産緑地を維持しやすくなっただけでなく,域内での農家レストラン 等の関連施設の建設が可能になり,経営の幅も広がるようになった.

改正生産緑地法のポイントは次の3点である.1点目は,生産緑地に指定されるための面積要件が500

㎡以上から300㎡以上に緩和されたことである.2点目は,生産緑地での行為制限が緩和されたことであ る.これまでは生産に必要な施設のみが建設可能だったが,改正によって直売所,農家レストラン等の設 置が可能になったことである.最後に,3点目として,特定生産緑地制度の創設である.1992年以降指定 された生産緑地は,30年間の営農が義務付けられており,この義務を終える2022年から買取申出が可能 になる.ここで一斉に生産緑地の指定解除と買取申出がされて,農地が転用されることを「生産緑地の30

(註55)いずれも都市計画法第七条によれば,市街化区域とは「すでに市街地を形成している区域及びおおむね十年以内 に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域」,市街化調整区域とは「市街化を抑制すべき区域」である.

(註56)農地法第四条,および第五条による.

(註57)宅地並み課税と農地並み課税の差額を5年間徴収猶予し,5年経過した際に営農継続を確認し,これを免除する というものである(蔦谷,2009:p116)

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